第30話 結ばれた日

 カルディアに押し倒された。


 文章にすれば、たった一文で済む。


 でも、それが実際に起きれば、現実として自分の身に降りかかると、とてもではないけれど、それだけとは言えないことだった。


「か、カルディア?」


 宿泊施設の一室。


 本来なら複数人のクランで使うであろう部屋のひとつ。その部屋のベッドの上でカルディアは俺に馬乗りになっていた。


 もともと体躯はカルディアの方が大きいこともあり、のし掛かられれば対抗する手段はなかった。


 それでも、どうにか抜けだそうと四苦八苦するも、カルディアは俺が抜けだそうとするたびに、絶妙な体重移動をして、抜けだす隙を見せなかった。


「どうしたの? 旦那様?」


 カルディアは俺を見下ろしながら笑っていた。


 シリウスを前にしての笑顔とは違う。


 獲物を前にした獣のような笑顔を浮かべていたんだ。


「ど、どうしたのって、そんなの」


「そんなの?」


 ギシッとベッドが軋む。


 宿泊施設とは言うものの、実際のところはそこらの宿屋よりも安価な宿という程度だ。


 主に駆け出しの新人ないしクラン向けの施設なだけあって、設備も値段相応でしかないため、少し動いただけでもベッドは軋んでしまう。


 でも、ベッドが軋む音を聞くと、その前日のことが脳裏によぎっていた。


 それだけ衝撃的なことだったし、当時の俺にとっては前日のことだから、なおさら鮮明に思い出してしまい、顔に熱が溜まっていくのがはっきりとわかった。


「……レア様のときのことを思い出しているの?」


 ……でも、それがよくなかった。


 カルディアは目をすっと細めて、いかにも不機嫌そうに顔を顰めた。


「い、いや、そういうわけじゃ」


「じゃあ、どういうわけ?」


 顔をずいっと近づけてカルディアは俺を見つめる。


 宝石のようなきれいな双眸が俺をまっすぐに見据えていた。


「ど、どういうって、そんなの」


「そんなの?」


「……そんなの」


 それ以上は言葉にできなかった。


 言葉が出てこなかったから。


 なにを言えばいいのか。


 わからなかった。


 カルディアに迫られているという状況ではあったけれど、カルディアの言う通り、俺はたしかにレアさんと過ごした一夜を思い出していた。……レアさんに教わったこととともに。


「こういうときは、ちゃんと相手のことを見てあげてね? 他の人のことを考えたらダメ。目の前にいる相手のことだけを考えないと。教わったことを思い出すくらいならいいけれど、他の人とのことを思い出したらダメだからね?」


 それはレアさんが最後に教えてくれたこと。


 いろんなことを一夜で身を以て教わった。その最後に教えて貰ったのがそんな言葉だった。


 その教えを思いっきり破ってしまっていることに気付いたときには、もう後の祭りだった。


「旦那様、いまレア様のことを考えていたでしょう?」


 ジトッとした目で俺を見下ろすカルディア。


 その視線に背筋がぞくりと震えた。


「……レア様はそんなによかったの?」


 ぷくっと頬を膨らますカルディア。


 不機嫌そうな様子から、ヤキモチを妬き始めるカルディア。そんなカルディアを見ていると、やけに胸が騒いだ。


「いや、よかった、というか。その、初めてだったし」


「……初めての相手だから?」


「……う、うん」


「……そっか。じゃあ、上書きすればいいんだよね?」


「え? 上書き?」


「そう、上書きするね」


 そう言って、カルディアは自身の服に手を掛けた。服の裾を掴んで一気に捲りあげた。


 細いウェストから露わになるカルディアの素肌。


 レアさんとは違っていた。


 レアさんのように派手な古傷はない。


 でも、うっすらとは古傷は見えていた。


 細かな古傷が刻まれているけれど、それでもカルディアの体はきれいだった。


 ウェストを抜けると、次はふくよかな胸が見えた。


 そのふくよかな胸を下着が覆っていた。


 この世界の女性用の下着は、地球のそれとさほど変わらないようだった。


 が、さすがにデザインはかなりシンプルだった。

 刺繍等の飾りはない。


 というか、俺も身につけているスポーツ系のものだった。


 ただ、カルディアの場合は、俺とは違い、大きく盛り上がっていた。


 盛り上がった胸がふるりと震えていた。


 上着を脱ぎ捨てると、カルディアは下着も脱いでいた。


 カルディアの胸が再び弾んだ。


 長くきれいな銀髪が胸の頭頂部に掛かり、隠していた。


「……レア様とどっちがきれい?」


 カルディアはじっと俺を見つめていた。


 カルディアから視線を逸らすことができなかった。


「……カル、ディア」


「……触っていいよ?」


 カルディアが俺の右手を取ると、髪に隠れた胸元へと導いてくれた。


 カルディアの胸と俺の掌が触れる。掌では納まりきらないほどにカルディアのは大きかった。


「……どう?」


「ど、どうって言われても」


 どう言えばいいのかわからなくて、俺は言葉を濁していた。


 女性の胸に、自分の胸以外に触れたことは初めてじゃない。


 地球にいた頃は、しょっちゅうではないけれど、時折希望の胸を揉んでいた。


 希望曰く、俺が揉むせいで希望の胸は大きくなったらしい。


 だから、カルディアの胸を触るのは初めてではあったけれど、女性の胸に触ったのは初めてじゃない。


 なのに、なぜか抑えきれない衝動が俺の中で駆け巡っていた。


 気付いたときには、再びベッドが軋む音が聞こえた。


 見上げていたはずのカルディアを、今度は俺が見下ろしていた。


 見下ろしながら、カルディアの唇を奪った。


 カルディアはまぶたを閉じながら、体を震わせていた。


 体を震わせていたけれど、それは怖かったからわけじゃない。


 ……多少は怖かったかもしれないけれど、それ以上に緊張が勝っていたんだろう。


 唇を奪いながら、緊張しないようにとカルディアの髪を擦るように撫でていく。


 カルディアのまぶたがうっすらと開き、濡れた紅い双眸と目があった。


 目と目を合わせながらカルディアと口づける。


 シリウスの小さな寝息とともに、軽やかな水音が奏でられていた。


 水音を奏でていたのは、どれくらいだったろう?


 一分? 


 それとも数秒か?


 自分でもわからないくらいに、夢中になってキスを交わした。


 やがて、息苦しくなった。


 カルディアの顔が赤くなる。その瞳に映る俺の顔も赤くなっていた。


 そっとカルディアとの距離を空けた。


 その距離を繋ぐようにして、唾液でできた銀の橋が架かっていた。


 お互いの胸が大きく上下するたびに、銀の橋は徐々に薄れていく。


 ほどなくして、音なく橋は崩れ落ちた。


 それでもまだお互いに呼吸は整っていなかった。


 整っていなかったけれど、再び距離をゼロにすることにためらいはなかった。


 カルディアの胸に触れていた手が自然と、彼女のそれを揉んでいた。


 カルディアの体がわずかに震える。


 野天風呂でプーレ相手に見せていたのと同じ反応をしていた。


 あのときは、ただ見ていることしかできなかった。


 でも、そのときは俺自身がしていた。


 そのわずかな違いに、俺は夢中になっていた。


 夢中になりながら、もう片方の手でカルディアの残りを服を脱がせていた。


 利き手ではない左手だったけれど、カルディアを産まれたままの姿にするまでにはさほど時間は掛からなかった。


 カルディアはきれいな銀髪で頭頂部などの部分を隠しながら、逆手でベッドのシーツを握っていた。


「……やさしく、して」


「……うん」


 珍しく、しおらしい態度をするカルディアに、俺の胸は自然と高鳴っていった。


 高鳴る胸の鼓動と、その鼓動から生じた衝動を押さえることなく、俺は再びカルディアに顔を近づけていった。


 その日、一晩中俺たちの部屋からはベッドが軋む音がした。


 ベッドの軋ませながら、俺は体の下にいるカルディアに、声を必死に我慢するカルディアに愛おしさを感じていた。


 こうして二日目の夜は更けていった。

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