第54話 戦場
景色が流れていた。
鬱蒼とした草花や背の高い木々の間に生じた獣道を俺たちは駆け抜けるようにして進んでいた。
特に先頭を進むカルディアは、まさに駆け抜けるという言葉そのもののように獣道を疾駆していた。
俺とプーレ、それにシリウスは、彼女の背中を眺める形で後続していた。
「か、カルディアさん、速すぎるのです!」
まるで疾風のように地面を駆け抜けるカルディアを見て、俺の腕の中にいるプーレが目を白黒とさせていた。
本当ならプーレには残っていてもらうつもりだったのだけど、プーレも着いてくると言ったので、プーレにも着いてきてもらっていた。
だけど、そのおかげでひとつ弊害が出てしまっていた。
その弊害とはシリウスのことだ。
そのときのシリウスは、俺の背中にしがみつくようにしていた。
プーレに残って貰うつもりだったのは、シリウスの面倒を看てもらうつもりだったんだ。
もしかしたら、という可能性が否めなかった。その「もしかしたら」が現実になったら、シリウスがどれほどまでに傷を負うのかは容易に想像できた。
だからこそ、そのときは、確認のために向かっていたときは、プーレにシリウスの面倒を看ていて欲しかったんだ。
だけど、当のプーレが「着いてくる」と言った以上、シリウスも連れて行くしかなかったんだ。
……というか、シリウスも「いく」と言って聞かなかったということもあるんだけどね。
そもそも、プーレが「着いて行く」と言ったのも、シリウスが「いく」と言ったからだ。
シリウスはいままでになく、強情だった。ううん、強情というよりかは、不安で仕方がなかったんだと思う。
自分の一族が危機的状況にあるかもしれない。
その不安をかき消すためには、実際に現地に、「アージェントの森」へと帰るしかなかった。
つい先日に帰ったばかりの実家に戻る以外に、不安を消す方法がなかったんだ。
そんなシリウスに言えることはなにもなかった。できたのは「わかった」と言うことだけだった。
シリウスまで着いていくとなると、もうプーレに残っていて貰うことはできなかった。
そうして俺たちは四人で「エンヴィー」を出て、再び「アージェントの森」へと向かったんだ。
「アージェントの森」に行くことをククルさんたちに告げると、ククルさんは「……シリウスちゃんに見せたくないものを見せることになるかもしれませんね」と言われた。
どうやらククルさんも、シリウスの素性のことは知っていたみたいだ。
かなり迷われていたけれど、最終的にはククルさんは頷かれたんだ。
それはその場にいたレアさんも同じで、「できることなら残っていて欲しいけれど、最悪のことを考えると仕方がないかな」と頷いてくれた。
頷きながらも、レアさんはシリウスと目線を会わせるようにして屈み込むと、シリウスの肩をそっと掴みながらこう言われたんだ。
「いい、シリウスちゃん。もしかしたら、見たくないものがたくさんあるかもしれない。信じたくない現実が広がっているかもしれない。それでも不安を取り除きたいのであれば、しっかりと自分の目で見てきなさい。目を背けたい現実だったとしても、きちんと見てくるの。辛いことだとは思うけれど、頑張ってね」
「……はいなの、レアさま」
「うん、いい子ね」
レアさんはシリウスの肩から手を離し、シリウスの頭に手を置くと、そっと撫でられていた。
シリウスの頭を撫でられながら、レアさんは辛そうな顔をされていた。
本音を言えば、レアさんもシリウスには着いて来て欲しくなかったんだろう。
だけど、ククルさんの剣幕に驚いた起きたシリウスは、「アージェントの森」に、自身の故郷に危険が迫っていることを知り、居ても立ってもいられなくなってしまった以上、残らせていることはできなかった。
仮に無理矢理残らせても、シリウスのことだ。どんな形であっても抜けだして「アージェントの森」へと向かうに決まっていた。
であれば、一緒に来て貰う方がよっぽど安全だし、安心できたから致し方がなかった。
そうして俺たちは「アージェントの森」へと向かったんだ。
できることなら、なにもないことを祈りながら、ね。
だけど、その祈りは届かなかった。
休憩することなく、「アージェントの森」へと急行した俺たちが、「アージェントの森」の入り口で見たのは、折り重なった死体だった。
「深緑の翼」らしき十数名の死体と、数頭のブラックウルフの死骸が折り重なるようにして入り口にはあったんだ。
「深緑の翼」の死体は、首筋に噛み痕があった。たぶん押し倒された後に、首筋を噛みちぎられて絶命したんだろう。
それを証明するように、ブラックウルフたちの死骸の口元は血まみれになっていた。でも、口元以上にその全身は切り傷や矢や槍がいくつも刺さっていた。
特に槍が致命傷だったのか、深々と突き刺さっていて、その目は無念を語るように見開かれたままだった。
「……わぅ」
「深緑の翼」の死体には目にもくれず、シリウスはブラックウルフたちの死骸へと向かい、涙目になりながら体を揺すっていた。
だけど、どれだけ体を揺すってもブラックウルフたちが動くことはなかった。
「……なんで、なの」
シリウスは震えていた。震えながら泣いていた。泣きながらブラックウルフの死骸に縋るようにして抱きついていた。
それでもブラックウルフが動くことはなかった。目を見開いたまま、事切れた死骸にシリウスが零した大粒の涙が注がれていった。
「……旦那様、シリウスをお願いね」
泣きじゃくるシリウスを見て、カルディアは唇の端を切るほどに噛みながら、俺たちに背を向けて、森の中へと猛然とした勢いで入っていった。
「ままうえ!」
森の中に入っていたカルディアを見て、シリウスが叫ぶ。
だけど、カルディアにはもうシリウスの声は届いていなくて、カルディアは獣道を駆け抜けて行った。
「ぱぱうえ、ままうえが」
「……わかっている。追いかけよう」
「うん!」
「プーレは?」
「着いていくのです! でも、私じゃ」
「ならこうすればいい」
「え? カレンさん、なにを──って、はわわわ!?」
シリウスは俺の背中にしがみついた。いくらシリウスでも全速力のカルディアには追いつけないとわかっていたんだ。
プーレも自分の脚では追いかけれないとわかっていた。それでも居ても立ってもいられなかったんだろう。
だけど、脚の速さの差はどうしようもない。プーレは悔しそうにしていたけれど、解決策ならあった。
俺はプーレを抱きかかえた。いわゆるお姫様抱っこの形で抱きかかえると、先行するカルディアの後を追いかけていった。
『……これは本当に最悪の状況になるかもしれないわね』
カルディアの後を追いかけながら、香恋が獣道の途中に残された惨劇を、盗賊たちの死体とブラックウルフたちの死骸の数々を見やりながら言った。
なってほしくないことではあったけれど、すでに最悪に近い状況にはなりつつあった。
それでも。
それでも、どうかと祈りながら、俺たちは森の深部へと、シリウスたち一族の住居である魔群晶の洞窟へと向かっていった。
そして──。
「いた!」
カルディアが叫ぶ。その声に導かれるようにして、俺が見たのは洞窟の入り口前で数百人ほどの盗賊たちと対峙するガルムとマーナ、そしてアヴィスさんたちが率いる狼たちの群れだったんだ。
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