第24話 獣の目
肌を風が打っていた。
風の中を大剣がまっすぐに迫ってくる。
まるで大剣が風の中を泳いでくるかのようだった。
実際は大剣が風を切り裂いているだけなのだけど、俺の目には風の中を大剣が縦横無尽に泳いでいるように見えていた。
そんな大剣を紙一重で避けていく。
大剣がそばを通るたびに、髪が煽られていくが、気にすることなく、じっとプーレを見つめていた。
「ちょこまかとすばしっこいのです!」
プーレは苛立っていた。
細い腕からは想像もできない速度で大剣を自在に振り回すプーレ。
だけど、どれほど自在に振り回しても、俺を捉えることはできていなかった。
大剣は肉薄していた。
肉薄しているものの、掠ることさえなかった。
プーレの一撃を見切っているからこそできることだった。
プーレ自身、そのことを理解していた。
理解しているからこそ、苛立ちを隠せないでいるようで、その表情はどんどんと怒りによって歪んでいた。
「す、すげえ。プーレさんを相手に」
「いったい、あの子は誰なんだ?」
新人さん方もランニングをやめて、俺とプーレの模擬戦を呆然と観戦していた。
本来なら咎めるはずの教官さんも、俺たちの模擬戦に唸り声を上げていた。
それどころか、「ちゃんと見ていろ」というお達しをするほどだった。
教官さんの目から見ても、俺とプーレの模擬戦は見て学べるものがあるという感想が出るほどのものだったようだ。
が、当の俺にとっては、「そこまでのものかなぁ」というのが率直な感想だった。
俺にしてみれば、単純にプーレを相手取りながら、自分の身体能力の検証を併行していたので、見るべきものなんて特にないと思っていた。
ただ、それはあくまでも俺にとってはであり、傍から見ればありえない光景の連続だったようだ、
というか、普通は大剣が肉薄すれば怯えもするし、大剣が切り裂いた風を浴びれば重心がずれるから、どうあっても避け続けることなんてできない。
そのできないことを淡々と行う俺は、教官さんや新人さんたちにしてみれば、「ありえない存在」という風に見えていたそうだ。
もっと言えば、化け物かなにかに見えていたらしい。
……ちんちくりんとはいえ、一応女子なんだがと話を聞いたときとは思ったが、そのときの俺は検証で夢中になっていたというのもあり、化け物扱いを後にされることになるとは一切考えていなかった。
ただ、その検証も終わりのときは訪れた。
「いい加減にするのですよ!」
プーレが叫びながら、大剣を頭上に掲げるようにして振りかぶったんだ。
「っ、プーレさん! 待ちなさい!」
ククルさんはプーレの行為を制止させようとした。
が、もう冷静ではなくなっていたプーレは、制止を振り切って、振りかぶった大剣を俺目がけて迷うことなく、全力で振り下ろした。
その瞬間、破砕音とともに地面が砕けた。
刃を潰したはずの大剣で、訓練用の大剣で地面を砕く様は、正直目を疑うものだった。
「すごいなぁ」
地面を穿つ大剣を見て、俺は感嘆の声を漏らしていた。
プーレが大剣を振り下ろすのと同時に、軌道上から退いていたため、プーレの一撃はやはり俺には当たらなかった。
「まだなのです!」
だが、プーレはそれで止まらなかった。踏み出した足を軸にして、まるで独楽のようにくるりと回転して薙ぎ払いを放ってきたんだ。それも連続でだ。
次から次へと迫り来る大剣は、まるで嵐のようだった。
直撃すれば、一堪りもないであろう鉄の塊の嵐を、俺はすぐ目の前で観察していた。
「っ!」
プーレの顔が歪んでいく。どうすれば当たるのかとその顔にはありありと書かれていた。それでも負けじとばかりに大剣を振り回すプーレ。
それだけでも十分すぎるほどに凄いことだったけれど、その分見えるものはきっちりと見えていた。
「……そろそろ、かな?」
俺はぽつりと呟きながら、あえて一歩踏み込んだ。
俺が踏みこんだことで勝機と思ったのか、プーレは叫びながら再び大剣を振りかぶり、俺の進行上目がけて大剣をまっすぐに振り下ろした。
再びの破砕音とともに地面が砕けていく。
「……はぁ、やっぱりすごいなぁ」
地面が砕ける様を俺はプーレの背後から見つめていた。
プーレは驚愕としながら目を見開いていた。そんなプーレの首筋をぽんと鞘で叩くと──。
「──これで一本でいいですか?」
審判であるククルさんに尋ねたんだ。
ククルさんはそれまでの心配そうな顔から一変し、驚愕とした表情を浮かべながら「え、ええ」とだけ頷いていた。
「わぅ、ぱぱうえ、すごいの!」
シリウスがきらきらと目を輝かせながら叫んでいた。
手をひらひらと振り返しながら、興奮するシリウスを見やっていると、プーレは理解できないという顔で「いま、なにを」と呟いていた。
「うん? 避けて、背後に回って、首筋を叩いた。それだけですよ?」
「それだけって」
「まぁ、とにかく次に行きましょうか」
プーレの疑問に答えながら、ふたたび距離を取る俺と、得体の知れないものを見るような、若干の怯えをにじませた目で俺を睨み付けるプーレ。
新人さんや教官さんたちもあ然としながら、俺とプーレの模擬戦を黙って見つめていた。
「で、では、二本目始め!」
ククルさんの宣言が響くと、プーレは再び突っ込んできた。
が、一本目とは違い、その顔には苛立ちはない。苛立ってはいなかったけれど、警戒心を露わにしながら、じっと俺を見つめていた。
考えなしだった一本目とは違う。一本目の反省を活すと同時に、俺の得体の知れなさを確認しようとしていた。
俺の動きを決して見逃さないようにと、俺の一挙手一投足に集中しながら、大剣を振りかぶった。……振りかぶった際にある隙を、わずかに目元が隠れてしまうという癖に気付かないまま。
その癖を逃すつもりは俺にはなかった。
「これで二本目ですね?」
「っ!?」
大剣を振りかぶるのに合わせて踏みこみ、そのまま抜刀した剣をプーレの眼前に突き付けた。
プーレは信じられないという顔で俺を見つめていた。
でも、それはプーレだけではなく、新人さんたちや教官さん、ククルさんも同じだった。
「わぅ! すごい、すごいの! ぱぱうえ、ほんとうにつよいの!」
目をキラキラとより輝かせるシリウスに、俺は笑いながら手を振るった。
「……凄いね、旦那様」
シリウスが興奮する中、カルディアは驚いたようだった。
驚きながらも、カルディアの目の色が少しだけ変わっていることに俺は気付いた。
「面倒なことになりそうだなぁ」と思いながら、剣を鞘に納めて、再びプーレと距離を取る。
プーレは呆然となりながらも、大剣を再び正眼に構えるのを見て、俺もあえて構えを取った。
右脚を前に出して、体を斜めにする。いわゆる脇構えの態勢を取る。
いままで構えを取らなかった俺が、初めて構えを取ったことで、訓練場にいた面々が騒ぎ立てていく。
プーレも表情をより引き締め、唇を真一文字に結ぶと、どっしりと腰を落としていた。
一本目は考えなし、二本目は俺の行動を見ようとしていた。
最後となるかもしれない三本目は、いままでの反省を活かして、あえて自分からは踏みこまないことにしたんだろう。
一本目も二本目も動いた後の隙を突かれたからこその負けと考えていたんだと思う。
もっと言えば、俺の戦法がカウンターであることを見抜いたのかもしれない。
実際、カウンター戦法は俺の得意とする戦いのひとつであるため、プーレの行動はあなちが間違いではなかった。
「それでは、三本目! 開始!」
ククルさんも表情を引き締めて、開始の合図を出してくれた。
その合図とともに俺は、あえて前に出た。
「なっ!?」
プーレが声を荒げた。
それまでの二本は、すべて待ちの態勢だった俺がまさかの先手を取るべく動いたんだ。その衝撃は強かったはずだ。
それでもプーレはすぐに行動に出た。俺が動いたと同時に迎撃するべく、大剣を水平に構えて、そのまま薙ぎ払ったんだ。
が、俺はその薙ぎ払いを搔い潜った。
文字通りプーレの大剣の下を潜るように、地面すれすれにまで姿勢を低くしながらプーレの一撃を回避した。
「で、でたらめすぎるのですよ!?」
あまりの突飛な行動にプーレがあ然とする中、プーレの大剣を搔い潜り、彼女の懐に飛びこむ。
「っ!」
プーレはとっさに後ろへと跳び下がるが、プーレに合わせて俺もまた踏みこんでいた。
「ふっ!」
短い気合いとともに抜刀しながら、プーレとすれ違う。斜め下、いわゆる逆袈裟にプーレを斬った。
「つっ!」
プーレは顔を顰めながら、その場で膝を突いた。大剣を手放し、斬られた部分を押さえつけていた。そんなプーレに剣の切っ先を突き付けた。
「まだやられますか?」
「……いえ、プーレの負けなのです」
プーレは素直に負けを認めてくれた。
同時に、ククルさんは頷き、俺の勝利を宣誓しようとしたのだけど──。
「──待って、ギルマス」
「カルディア、さん?」
カルディアが宣誓を止めたんだ。
いままでとは違う目を、穏やかさとはかけ離れた、戦闘狂のような目を、爛々と目を輝かせる獣のような目をしながら。
「私にも旦那様とやらせて?」
カルディアははっきりとそう宣言したんだ。
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