第23話 カレンの能力

 ククルさんの先導で訪れた訓練場は、屋内の施設だった。


 訓練場って言えば、屋外にあるというのが俺のイメージだったのだけど、ククルさんのところの訓練場は屋内だった。


 それもただ広いだけの部屋ではなく、体育館くらいに大きな場所だった。


 体育館は体育館でも、学校にあるようなものではなく、スポーツの試合ができるくらいに大規模な体育館のような施設だった。


 当然、それほどに大きな施設であれば、俺たちだけってわけじゃなかった。


 訓練場内では、新人の冒険者たちを相手取る教官らしき人がいた。


 新人さんたちの教導中であるようで、厳しい叱責の声が飛んでいく。


 叱責の声に新人さんたちは「はい」や「すみません」と教官さんの声に負けないほどの大きな声で返事をしていく。


 が、返事をしつつも、彼らの視線は俺たちにと向けられていた。


 正確には俺たちというよりかは、プーレとカルディアにと視線は向けられていた。


「あれって」


「あぁ、プーレさんだ。やっぱり、かわいいなぁ」


「……そういうことを言っていると、さっきの変態みたいにぶっ飛ばされるよ?」


「というか、カルディアお姉様もおられるじゃない」


「シリウスちゃんを抱っこする姿、あぁ、画になるわぁ」


「本当に親子って感じだよなぁ」


 新人さん方は、何組かに別れて、訓練場内をランニングしながらカルディアとプーレを見ながら、ひそひそと話をしていた。


 だが、本人たちにしてみれば、内緒話なのだろうけれど、俺でも聞こえるくらいの声量だった。当然教官さんの耳にも聞こえていた。


「貴様ら、無駄話をするとはずいぶんと余裕があるようだな? あと十周追加だ!」


 教官さんは口元を大きく歪ませながら、ランニングの追加を宣言された。


 宣言された内容に、新人さん方の悲鳴が響き渡る。


 阿鼻叫喚とも言うべき悲鳴が聞こえる中、俺は訓練場の中央で件のプーレと向かい合っていた。


 プーレは大剣を素振りしながら、やる気に満ちあふれていた。


 そのやる気がどういう意味なのかは考えるまでもない。


 なにせ、素振りしながらプーレは裂帛の気合いを込めていたもんね。


 数メートルは離れているはずなのに、素振りするたびに風圧が生じ、その風圧で俺の髪が靡いていたほどだ。


 プーレが当時俺にどんな感情を向けていたかなんて、察するには十分すぎた。


 ……完全に誤解であるのだけど、当時のプーレは俺の話を完全に無視していたので、そもそも会話自体が成立していなかったんだけどね。


「ふぅ、こんなもんなのです」


 プーレは素振りを終えて、大剣を肩に担いだ。担ぎながら俺をじっと見つめていた。


「準備はしなくていいのですか?」


「すでに終わっていますよ」


「ふぅん、ずいぶんと余裕なのですね?」


「余裕はないですけどね」


「そうは見えないのですよ?」


 プーレは相変わらず俺を見つめていた。いや、睨み付けていたと言う方が正しいか。とても鋭く目を細めていたんだ。


「それに、そんな細身の剣でいいのですか?」


「これが一番私に合っていますから」


「……そうですか」


 ふんと鼻を鳴らすプーレ。その言葉の通り、俺は大剣を持つプーレとは対照的に細身の剣、日本刀に近い剣を手にしていた。


 でも、日本刀そのものではなく、あくまでも近しい剣ってだけ。その証拠に俺が腰に佩いていた剣は両刃であり、片刃の日本刀とは似て非なるものだった。


 ちなみに、プーレの大剣も俺が持っていた刀に近い剣も刃を潰しているもので、殺傷力のない訓練用の武器だった。


 その訓練用の武器で、男性冒険者をズタボロにしていたプーレに戦慄したのは言うまでもない。


「カレンさん、準備は本当によろしいですか?」


 ククルさんは俺に準備が本当にできているのかを尋ねられた。


 プーレも言っていた通り、俺はプーレの様に素振りもほとんどしていなかった。


 せいぜいが、ゆっくりとした抜刀を何度かした程度だ。


 それ以外で準備と言えば、少しストレッチをしたくらい。


 ほかには準備らしい準備はしていなかった。


 ククルさんや相手役のプーレでさえ確認をしてくるのも当然のことだった。


「ええ、問題ありません」


「……左様ですか。わかりました。では、これより模擬戦を始めます。形式は三本先取です。時間は無制限とします。よろしいですか?」


「問題ないのです」


「構いません」


 ククルさんを間に挟み、等距離で俺とプーレは向かいあった。


 プーレは肩に担いでいた大剣を正眼に構えていた。


 姿勢はとてもきれいで、真っ当な剣士然としていていた。いわば正統派な剣士のイメージそのものだった。


 そんなプーレに対して、俺は剣の柄に手を掛けるだけで、プーレのような構えは取らなかった。プーレもククルさんも怪訝そうに顔を歪めていた。


「構えないのですか?」


「これが私の構えです」


「……そうですか」


 バカにしているのかと言わんばかりに、プーレの顔が歪んでいた。


 こうなるだろうなぁとは思っていただけに、なんとも申し訳ない気分だった。


 が、俺は嘘を吐いてはいなかった。


 軽く柄に手を触れるだけ。それもまた「神威流宗家」における構えのひとつだったのだから。


「……あまり無茶はしないでくださいね?」


 ククルさんはプーレにそう言い聞かせながら、ゆっくりと手を上げていく。手が頭上に上げるにつれて、プーレは息を大きく吸っていった。


 やがて、ククルさんの手が頭上に至ると、ククルさんはその手を勢いよく振り下ろし──。


「試合、始め!」


 ──模擬戦開始の合図を出されたんだ。


 それと同時にプーレは一気に突っ込んできた。正眼に構えていた剣を肩に担ぐようにして振りかぶりながら。


 青色の瞳は、複数の感情に彩られた瞳はまっすぐに俺を射貫きながら、最短距離を突き進むプーレ。


 対する俺はプーレをじっと見つめながら、触れるだけだった柄を軽く握った。でも、行動を起こしたのはそれだけ。


 プーレの様に突進するわけでもない。


 ただプーレの動きを見つめていた。その一挙手一投足さえ見逃さないように。


「バカに──するななのです!」


 プーレは動かない俺に苛立ったのか、振りかぶった大剣をまっすぐに振り下ろした。


 その一撃はとても速かった。


 速いが、とても素直な一撃でもあった。


 プーレが放ったのは、なんの捻りもない、ただ振り下ろしただけの一撃。


 ただ振り下ろしただけでも、スピードが乗っているうえに、質量兵器での一撃であるため、両刃剣ではまともに防ぐことはできない。


 それはプーレだけではなく、いつのまにか俺とプーレの対戦を見つめていた新人さんや教官さんも同じ意見だったのか、「避けて」と叫ぶ声が響き、そしてプーレの大剣は地面を穿った。


「速いですね」


 身をひょいと捻ってプーレの一撃を避けた。プーレは少しだけ目を開いていた。


 その一発で決めるつもりだったんだろうけれど、想定外の俺の動きに驚いていたようだった。


 もっとも驚いていたのは俺も同じだった。


 プーレとは同じ意味で驚いていた。


 プーレは俺の動きが速いことに驚いていた。俺も自分の動きがいつもよりも速いことに驚いていたんだ。


 いくら剣術や徒手空拳を使えると言っても、所詮は平和な島国で生まれ育った俺と冒険者として生きてきたプーレとでは身体能力に差があるはずだった。


 実際、それまではプーレの方が身体能力は高いと考えていたのだけど、プーレの一撃を難なく避けられたことで、いつもよりも体が軽いことに気づけたんだ。


(どこまで動けるのかな?)


 検証なんてしている場合ではないとわかっていたが、ゲーマー魂がつい刺激されてしまった。


「……ふむ。少し付き合ってくださいね?」


「なにを言って」


「まぁまぁ、とりあえず、おいで、お嬢さん?」


 プーレに向かって余裕をたっぷりと見せながら手招きする。


 プーレは「まぐれで調子に乗るななのですよ!」と再び大剣を水平に薙いだ。


 が、今度もやはり軽く体を捻る程度で避けられた。


 強風のような剣風が肌を打つけれど、気にはしなかった。


 そんなことよりも、当時の俺は検証に夢中だった。


 異世界転生や異世界転移ではおなじみといってもいいチート能力。


 それまではそんな能力があるとは思えなかったけれど、プーレの一撃をあっさりと避けられたことでひとつ思い至るものがあった。


(……身体能力の向上って奴かな? わりと地味だけど、有用な能力だな)


 そう、俺が転移して得られたのは身体能力の向上だと思ったんだ。


 炎や風といった自然現象を操るわけではない。


 かと言って、なにかしらの特殊能力というわけでもない。


 自身の身体能力が向上するという、画面的にはとても地味だが、剣と魔法の世界においてはなによりも有用な能力だった。


 事実、日本にいた頃とはまるで体のキレが違っていたから、身体能力が向上していることは間違いない。


 それまでは戦うことがなかったからわからなかったけれど、プーレと模擬戦をしてようやく自分の現状を把握できたんだ。


 でも、できたのはあくまでも身体能力が向上しているということだけ。


 どこまで向上しているのかは回避するだけじゃわからなかった。


 この世界でどこまで通用するのか。


 それを確かめたくなった。


 悪いとは思ったけれど、プーレは試金石にはまさにうってつけの相手だった。


「ごめんね」と心の中で謝りながら、俺はプーレを相手に自身の身体能力の検証を始めたんだ。



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