第22話 話を聞いて?
真っ白な廊下を進んでいく。
左右には灯りの点いた燭台があり、その燭台がまるで道しるべのように延々と置かれていた。
道しるべの燭台に挟まれた廊下をククルさんの先導で俺は歩いていた。
俺の隣にはカルディアとカルディアに抱っこされたシリウスがいた。
サブマスターさんとレアさんはいない。
レアさんは「そろそろ帰るわ」と言って、帰ってしまい、サブマスターさんはそのお見送りとなったんだ。
本当なら、ククルさんがお見送りで、サブマスターさんが先導するべきなのだろうけれど、ククルさん曰く「私でないと相手が納得してくれるかわからないので」ということだった。
どうにも俺の模擬戦相手は、サブマスターさんでも言うことを聞かせられない相手のようだ。
普通に考えれば、強面のサブマスターさんの方が向いているようにも思えるのだけど、ククルさんが言うには「彼では話にならないので無理です」と仰っていた。
その説明だけではどういうことなのかいまいちわからなかったけれど、サブマスターさんでは話にならないほどの人物が俺の模擬戦相手ということだけは理解できた。
「いったいどんな凶暴な相手なんだろう」と戦々恐々としながら、ククルさんの後を追いかけていた。
緊張する俺の隣ではカルディアとシリウスが呑気な会話をしていた。
「ぱぱうえ、きんちょーしている?」
「そうみたいだね」
「わぅ。シリウス、なにかできるかな?」
「う~ん。応援してあげればいいと思うよ」
「わぅ! いっぱい、いっぱいおーえんするの!」
カルディアもシリウスも穏やかに笑っていた。
呑気な会話だなぁと思いつつも、その会話に必要以上に入っていた力が抜けていくのがわかった。
「そういえば、カレンさん、武術の覚えは?」
「一応、剣術と徒手空拳を」
「ほう? 我流ですか?」
「いえ、下の兄と上の兄の友人から手解きを受けています。ふたりは私の祖父から叩き込まれたそうですが」
ククルさんが何気ない口調で尋ねてきたので、隠すことなく伝えた。
俺の家は「なんでも屋」を営んでいるけれど、その一方で剣術と空手の道場も経営している。
道場と言っても、近所の子供や運動不足のお父様方が相手の小さなものだ。
でも、じいちゃんがまともだった頃は、何度か道場破りが来たことを覚えている。
道場破りに来た人たちは、巨漢だったり、顔に傷があったり、真っ黒なスーツ姿だったりと、子供ながらに強そうな人たちばかりだった。
そんな人たちを白髪頭で小柄な俺のじいちゃんは一蹴していた。
じいちゃんははじめ道場破りの人たちに好きに攻めさせるのだけど、ある程度のところで一気に踏み込み、一撃ですべてを終わらせていた。
その一撃が俺にはいまいち理解できなかった。
というのもじいちゃんは、道場破りさんたちに肉薄すると、いつも人差し指で額を突くだけだったんだ。
たったそれだけ。それ以外はなにもしなかった。
でも、それだけで道場破りさんたちは崩れ落ち、気絶していた。
なにをしたのと尋ねても、じいちゃんはいつも「ただ額を小突いただけだ」としか答えなかった。
額を小突いただけで、人が気絶するわけがないことは、幼い時分でもわかったけれど、ならどうすればそうなるのかはいまだにわかっていない。
「ちなみに流派は?」
「神威流です。神の威を示すと書いて神威流と読みます」
「なんとも大それた」
ククルさんはいくらか呆れたような目を向けていた。
まぁ、気持ちはわかる。
大それた名前ではあるけれど、うちの家の道場は本当に小さなものだ。
もっとも、道場の規模は小さいけれど、「神威流」はそれなりに大きな流派だった。
俺自身すべてを知っているわけではないけれど、いくつもの分派があり、分派になるほど、名前が長くなるという特徴がある。
ちなみにうちの家は「神威流」の宗家にあたるということだった。
宗家であるはずなのに、道場の規模が小さいのはどういうことなんだろうとはいまでも思うけどね。
「まぁ、それだけ大それた名前の流派であれば、それなりの腕は持っているということですよね?」
「……まぁ、それなりでしかありませんが」
「なら問題はありませんね。あの子であれば、万が一もないでしょうし」
ククルさんの質問に応えると、ククルさんはしきりに頷いていた。
その際に漏れ出た「あの子」という言葉を聞いて、改めてどんな相手が出てくるのやらと不安はあったけれど──。
「さて、着きましたよ」
──すでにその相手がいるという訓練場に辿り着いてしまっていた。
ククルさんが立ち止まった先にあるのは、大きな扉だった。
その扉の先が訓練場であり、そこに俺の模擬戦相手が汗を流しているということだった。
ククルさんが言うには、その相手は今ごろ訓練場で他の冒険者の相手をしていて、その後で俺と模擬戦をしてくれるそうだった。
他の冒険者と模擬戦をした後に俺の相手をするとか、どれだけの実力者が用意されているのかとはじめは思った。
でも、ククルさんは「心配しなくてもいい」とだけ言われていた。
心配しなくてもいいと言われても、相手がわらかない以上は心配するしかないわけなんだが、それを言ってもククルさんは「心配しなくて大丈夫ですよ」の一点張りだった。
「さぁ、では行きましょうか」
ククルさんは笑いながら、扉に手を掛けた。そのとき。
扉が勢いよく開かれたんだ。いや、開かれたというよりかはこじ開けられたという方が正しいのか。
ククルさんとカルディアは扉が開いた瞬間に避けていた。
俺もふたりから少し遅れてだけど、とっさに避けると、それまで俺たちがいた場所に見知らぬ男性が白目を剥いて倒れ込んできたんだ。
「あらあら、やはり相手になりませんか」
「当然だと思うよ、ギルマス」
「まぁ、そうでしょうね」
ククルさんとカルディアは倒れ込んだ男性を見やると、しきりに頷き合っていた。
男性は完全に気を失っていた。
気を失っているだけではなく、顔はボコボコだし、服や装備も切り傷と穴だらけとまともに使用できそうになかった。
ゴリラでも相手にしたのかと思うほどの惨状だった。
そしてそんなゴリラとこれから模擬戦をすると考えると、恐怖しかなかったんだが──。
「あれ? ギルマスなのです」
──俺の耳に聞こえてきたのは、ドラミングでもなければ、咆哮でもない。鈴の音のような穏やかな女の子の声だった。
声の聞こえた方へと顔を向けると、そこには肩くらいの長さの青色の髪と同色の瞳をした、黒い看護服姿の女の子がいた。
……なぜか手には格好とは不釣り合いな大剣が握られていましたけど。
「あぁ、ちょうどよかったです」
「なにかご用なのですか?」
「ええ。ところで、徹底的にやりましたね?」
ククルさんは苦笑いしながらズタボロになった男性をちらりと見やるが、当の女の子は憤慨したように鼻息を荒くしていた。
「仕方がないのです! だって、その人気持ち悪かったのです! 勝てたら一晩相手しろなんて言い出したのですよ!? 防衛反応が出るのは当然なのですよ!」
「……過剰防衛という言葉もあるんですけどねぇ~。そもそも、あなたの場合防衛反応というか、単純に男性嫌いなだけでしょう?」
「だって、仕方がないのですよ! 男の人と来たら、すぐにいやらしいことを言うし、いらやしい視線を向けてくるのです! そんな輩はこういう目に遭って当然なのです!」
むふぅと断言する女の子に、ククルさんは困ったように笑っていた。
そのやり取りで「サブマスターさんじゃ無理」と言っていた意味がなんとなくわかった。
男性嫌いだからこそ、男性のサブマスターさんでは話にならないどころか、話を聞いて貰えないということなのだろうと。
そりゃあ、ククルさんじゃないと話にならないのも当然だった。
「まぁ、気持ちはわかるけれど、プーレはやりすぎだよ?」
「あ、カルディアさん。用事は終わったのですか?」
「うん。あ、言いそびれていたけど、シリウスを預かって貰ってありがとうね」
「いえいえなのです。プーレもシリウスちゃんと過ごせて楽しかったのですよ」
鼻息荒かった女の子だったけど、カルディアと話をしていると態度は一変し、穏やかに笑っていた。
笑顔と看護服が合わさると白衣の天使というのはこういうことを言うんだろうと思えた。
まぁ、白衣ではなく、黒衣姿だったけど。
「カルディアが時間って言っていたのって」
「うん。プーレにシリウスを預かって貰っていたんだよ。レア様のところに行くのに、シリウスは連れて行けなかったし。ね? シリウス」
「わぅ。きのうはプーレままのおうちにおとまりしたの!」
シリウスは元気いっぱいに頷いた。その言葉に女の子ことプーレは穏やかに笑いながら、シリウスの頭を撫でていた。
「ふふふ、そう言って貰えて嬉しいですよ、シリウスちゃん」
「わぅ!」
「あぁ、もう本当にかわいいのですよ~」
若干だらしなさげに笑うプーレ。すこし前までの苛烈さはどこへ行ったのかと思ってしまうほどだった。
「ところで、そっちの女の子はどなたなのです?」
プーレはシリウスと会話しながら、俺をじっと見つめていた。
その視線に少しばかり居心地の悪さを感じていると、シリウスが首を傾げた。
「わぅ? ぱぱうえだよ?」
「ぱぱ上?」
「わぅ! シリウスのぱぱうえなの!」
嬉しそうに笑うシリウス。だが、その言葉にプーレの表情が再び一変した。
「……ぱぱ上ということは、男?」
「え? いや、俺は」
「俺? 俺ってことは、やっぱり男なのですね!? 女の子に見える男なのですね!?」
くわっと目を見開きながら、プーレはその手にある大剣を突き付けてくる。
あまりの展開に呆然となる俺。だが、プーレの暴走は止まらなかった。
「あなたからシリウスちゃんたちを取り戻すのです! さぁ、構えやがれなのですよ!」
プーレの中でどんな結論に達したのかはわからない。
だけど、シリウスちゃんたちと言うことは、シリウスだけではなく、カルディアも含まれるということだろう。
つまり俺はふたりを誑し込む悪い男ということになってしまったということだろう。
どうしたらそういう結論に至ったんだろうと思わずにはいられなかったね。
「……まぁ、元々プーレさんに頼む予定だったから、構わないか」
ククルさんは場を沈静させることを諦めたのか、すんなりとプーレの発言を受け入れてしまった。
こうして俺は勘違いしたプーレと模擬戦を行うことになったんだ。
「……あの、話を聞いて?」
「いまさらだよ、旦那様」
「わぅ」
……俺の意見はまるっと無視される形でだけど。
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プーレの性格をちょいと改変しました。
男嫌いと言っても、あれです。
思春期くらいの女の子が嫌いな子に対する潔癖具合程度です。
……あれ、十分に毛嫌いかな?←汗
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