第21話 実力測定
「──さて、いきなり家庭を持つことになったカレンさん? 話の続きをしましょうか?」
シリウスのパパ上兼カルディアのパートナーとなることが決まってすぐ、それまでの話を見守っていたククルさんが楽しげに言われたんだ。
その言葉でようやくククルさんを待たせていたことを思い出し、俺は慌ててククルさんと向かい合った。
ククルさんは、紅茶を片手に優雅に脚を組んでいた。
怒っている様子はなかった。
呆れている様子もない。
ククルさんはどこか安心したような顔で俺たち三人を見つめられていた。
「カルディアさんのパートナーというのは、まぁ、どうでもいいですが」
「ギルマス、それはひどい」
「自業自得でしょう? 普段の行いを鑑みれば、このくらいの悪態は吐かれて当然でしょう?」
「私なにもしていないよ?」
カルディアは俺の腕を取りながら、不思議そうに首を傾げる。
そんなカルディアの仕草をまねしているのか、シリウスも首を傾げていた。
「ままうえ、なにかしたの?」
「ううん。なにもしていないよ?」
シリウスの言葉にカルディアは本当に理解していない、いや、理解できないとばかりに首を傾げていた。
ふたりのやり取りを聞いて、ククルさんは頭を痛そうに押さえていた。
サブマスターさんは「マスター、お気をたしかに」と心配されていた。
薄々わかっていたことではあるが、やはりカルディアはとんでもない問題児なのだとわかった瞬間だった。
ただ、問題児ではあるものの、すこし前のククルさんの言葉で「腕が立つ」というのがあった。
あの言葉を察するに、カルディアは問題児でありつつも、腕利きの冒険者だということだ。
現代社会で言えば、能力はあるけれど、素行に問題がある人物ということ。それも本人は無自覚というおまけ付けで。
もっと言えば、有事には頼りになるけれど、通常時では、というタイプってところ。
……ククルさんにしてみれば、上司からしてみれば、一番扱いづらい部下じゃんと思ったのは言うまでもない。
これが素行も悪いうえに、能力もないというのであれば、あっさりと切り捨てられるけれど、能力があるのが困る。
そのうえ無自覚という厄介極まりないおまけもつきとなると、性質が悪すぎて、厄介を通り越して厄ネタじゃんと思ったのもまた言うまでもない。
そんなカルディアのパートナーとなってしまったのが俺。
一部の人は、カルディアの性質を知らない人からしてみれば羨ましがるんだろうね。
けれど、カルディアをよく知る人からしてみれば、体のいい押しつけ役ができたというようなもの。
もっと言えば、公認のカルディアの世話係ができたようなものだった。
うん、どう考えても俺が気苦労をする未来しか見えなかった。
が、カルディアのパートナーを辞退するってことは、イコールでシリウスのぱぱ上を辞退するってことでもある。
シリウスはカルディアを「まま上」と呼び慕っている。
カルディアもシリウスを娘と認知している。
そんなふたりの隣に立つと宣言してすぐに、掌返しなんてすれば、カルディアも傷つくだろうけれど、シリウスがより傷つくだけだった。
シリウスを傷付けたくない。
当時からすでに俺は、シリウスの涙を見たくないと思ってしまっていた。
性別を無視して、「ぱぱ上」扱いする子だけど、それでもシリウスの愛らしさにやられてしまっていた俺にとっては、シリウスを泣かせる選択などできるわけがなかった。
「わぅ? ぱぱうえ、どうしたの?」
シリウスが俺をじっと見つめていた。
純粋無垢な瞳がまっすぐに俺を射貫いていた。
その視線に俺は──。
「……なんでもないよ、シリウス」
──笑いながら、シリウスの頭を撫でていた。
下手なごまかしだというのは自覚していたよ。
でも、逆にさ、どうしろと?
掌クルーをしろと?
そんなことをしたら、シリウスを泣かせるだけじゃん!
そんな選択など当時もいまも俺の中には存在しない!
なら、もう笑って誤魔化すしかないじゃん。
あまり褒められたことではないというのはわかっていたよ。
でも、俺だってまだミドルティーンの女の子だ。
思春期まっただ中にある子供に、それ以上どう対処しろってんだ。
できることなんて、もう腹を括るしかないじゃんか。
たとえ「大変なことになっちゃったなぁ」と思いながらも、腹を括ってシリウスのぱぱ上として頑張って生きていこうと決めるしかないじゃんか。
「……不器用な子ですねぇ」
「そうね。でも、そういうところもかわいいと思わない、ククル?」
「そういうことにしておきましょうかね?」
俺が腹を括ったことを察したククルさんとレアさんはそれぞれに笑っていた。
笑いながらも「それじゃさっさとお仕事を決めるとしましょうか」と言われたんだ。
「お仕事というと、例の件、ですよね?」
「ええ。あなたの人となりは理解できました。それだけでも、まぁ、任せてもいいかなぁと思えます。が、人となりだけでは、冒険者ギルドのマスターとしてやっていくことはできません」
ククルさんは至極真っ当なことを言われた。
その言葉にはレアさんも「そうね」と頷かれていた。
俺もカルディアもククルさんの言葉には同意していた。
他のギルドであったのであれば。
それこそ、冒険者以外のギルドであれば、マスターとして立つことはそこまで難しいことじゃなかったとは思う。
が、ククルさんのところは冒険者ギルドだ。
冒険者という職業が、執務室に向かうまでの間でどんなものなのかは察している。
俺の知っている冒険者ギルドそのものだった。
つまり、実力こそがものを言う世界だった。
となれば、だ。
ギルドの長もそれなりの実力を持っているのは大前提と言えることだった。
「よって、少し試験をさせて貰います」
「試験ですか?」
「ええ。あなたにどれほどの武力があるかどうかを確かめさせてください。あなたの実力を測る適任者を呼びますので、その子と模擬戦をしてもらえますか?」
ククルさんは至極真っ当だが、かなりの無茶振りをしてくれた。
前日に異世界から転移してきた俺に、いきなり模擬戦をしろと。
まだこの世界のこともろくに把握もできていない俺に、ククルさんのところの冒険者と戦えなんて無茶なことを言われたんだ。
「スパルタねぇ、ククルは」
「ですが、遅かれ早かれ実力を測ることは必須ですから」
「それもそうだけどねぇ。まぁ、大丈夫でしょう。カレンちゃんならいけるいける」
レアさんはふふふと楽しげに笑っていた。
なにがいけるのかが当時の俺にはさっぱり理解できなかった。
理解できなかったが──。
「ままうえ、どういうことなの?」
「ん~。ぱぱ上がいまから他の人と戦うってことだよ」
「わぅ? ぱぱうえが?」
「そう。ぱぱ上が戦ってくれるんだって。シリウスとまま上のために」
「わぅ、そうなんだ。ぱぱうえ」
「う、うん?」
「がんばって」
シリウスは両手を握りしめながら笑いかけてくれた。
その笑顔に俺は胸をどんと叩いて、「任せて」と答えてしまったんだ。
こうして転移二日目にして、俺は荒事を本職とする方々と模擬戦を行うことが決定してしまったんだ。
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