第33話 禁句
「わぅわぅわぅ~」
シリウスの鳴く声がこだまする。
上機嫌に鳴きながら、シリウスは新しいプクレを頬張っていた。
「シリウスちゃんはいい食べっぷりなのです」
「まったくだ。作りがいがあるってもんよ」
プクレを頬張るシリウスを見て、プーレとゼーレさんの父娘は嬉しそうにプクレを焼いていた。
ふたりが焼いてくれたプクレはすでに全員に行き渡っていた。……俺を除いてだけど。
「こっちのプクレもおいしーの!」
満面の笑みになって、ばくばくとプクレを頬張るシリウス。
最初に食べていた分は、すでに食べ終えており、いまはベリロというイチゴに似た果物の果汁を加えたクリームのプクレを頬張っている。
……ちなみに、そのベリロのクリームのプクレはもともと俺が頼んでいたものだった。
が、そのベリロクリームのプクレは、俺が口にすることはなく、シリウスが代わりに食べていた。
「……美味しい? シリウス」
「ままうえ、こっちのプクレもおいしーの!」
「そうなの? ちょっと食べていい?」
「うん! はい、どーぞなの」
「ありがとうね、あーん」
「……あの、無視しないで」
俺の分のプクレを食べるシリウスはとても嬉しそうに笑いながら、尻尾をぶんぶんと振っていた。尻尾を振りながら、カルディアに食べていた分のプクレを差し出す。
差し出されたプクレをカルディアは長い髪をそっと掻き分けながら咀嚼し、穏やかに笑いながら舌鼓を打っていた。
「うん、美味しいね。じゃあ、お返しにまま上の分も一口食べてみる?」
「わぅん! ありがとーなの」
「……あの、だからさ」
シリウスの分を一口咀嚼し、カルディアは穏やかに笑いながら、自身の分を差し出した。
カルディアの分をシリウスは嬉しそうに囓った。もぐもぐと小さな口を動かしながら、プクレを堪能するシリウスはとても愛らしい。
「わぅ、ままうえの、ちょっとすっぱいの」
「うん。パイナを使っているみたいだからね。シリウスはパイナは苦手かな?」
「わぅ~。すっぱいけれど、おいしーの」
「そっか。よかった」
くすくすと笑いながら、シリウスの口の周りについたクリームを拭うカルディアと、カルディアに口元を拭われてくすぐったそうにするシリウスは、まさに親子のそれだった。
そう、仲のいい親子のやり取りだった。……その親子に、ぱぱ上であり、旦那様である俺は完全に無視されていました。
ちなみに、パイナというのは、パイナップルに似た果物で、その果汁を使ったクリームのプクレをカルディアは食べていた。
シリウスはパイナを食べるのは初めてだったようで、ちょっと驚いた顔をしていた。
あくまでも驚いていただけで、苦手としているようには見えなかったし、シリウスも苦手とは言っていなかった。
酸っぱい果物を食べたのが初めてだったからこその反応だったようだ。
そんなシリウスを、カルディアは優しく抱っこしていた。
……俺に背中を向けながらです。
どうしてそんなことになってしまったのかと言いますと、俺が悪いんですよね。
どういうことかと言いますと、シリウスがプクレを美味しそうに食べる姿を見て、「禁句」を口にしてしまったからだ。
シリウスは「わぅわぅ」と鳴きながらプクレを食べながら、尻尾をしきりに振っていた。
その姿はとても愛らしく、かわいいものだった。
だから、うん。ついついと「禁句」を口にしてしまったんですよね。
「シリウスはなんか犬っぽくてかわいいね」
そう、シリウスの言動に「犬っぽい」と言ってしまったのです。
実際、シリウスの言動はまるで犬のようだった。だけれど、シリウスもカルディアと同じで狼であるため、犬扱いすると酷い目に遭うことになる。
……当時の俺はそのことをすっかりと失念していた。
失念していたがゆえに、その悲劇は起こった。
「……いぬ?」
それまで満面の笑みだったシリウスから、笑顔がすっと消え落ちた。
「……犬?」
笑顔が消えたのはシリウスだけではなく、カルディアも同じだった。
ふたりとも真顔になって、じっと俺を睨み付けてきたんだ。
……うん、いま思い出してもとっても怖かったデス。
だって、それまで笑顔だったのに、急に真顔になられたんだもの。
その真顔でふたり揃って詰めてくるんですよ。怖くねえわけがないでしょうに。
そのうえ、プーレたちは、「あー、やっちゃった」って顔で呆れ顔になるだけで、助け船を出してくれそうにもなかった。
「ぱぱうえ、だれがいぬなの?」
「私もシリウスも狼なんですけど?」
「「なのに、犬?」」
シリウスとカルディアは声を揃えて俺を詰め寄って睨み付けてきた。
声を荒げて怒るわけではないけれど、静かにふたりが怒っていることはわかった。
そうして怒れるふたりを相手に、俺ができることは少なかった。
できたのは、俺の分としてプーレに渡して貰ったプクレを献上することだけ。
無言でかつ跪きながら渡すことで、どうにかふたりからの怒りは落ち着いた。
もっとも、怒りは落ち着いてもふたりは俺を完全に無視していたんだけどね。
「美味しいね、シリウス」
「おいしーの、ままうえ」
ニコニコと笑いながらプクレを食べさせ合うふたりと、半ば泣きながら「無視しないで」と縋る俺。
そんな俺たち三人を見て、プーレたちが呆れ顔をしていたのは言うまでもありません。
「もう言わないから、許してぇ~」
俺は無視する嫁と娘に対して、必死に謝り続けるという、ダメ夫もかくやなムーブを続けることになったが、それでもふたりはなかなか許してくれませんでした。
結局ふたりの機嫌は、プーレの家で朝食を食べるまで直ることはなく、それまで俺は延々と謝り続けることになったんだ。
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