第34話 無一文
「──おまちどうさま、ご飯ですよ」
プーレとゼーレさん父娘にプクレをごちそうして貰ったあと、俺たちはそのままプーレの家で朝食もごちそうしてもらうことになった。
プクレも本当は代金を支払うつもりだったのだけど、すっかりと失念していたことがあった。
当時の俺はこの世界のお金を持っていなかったんですよね。
代金を支払おうと思って、ようやくそのことに気付きました。
……まぁ、実際は気付いたというよりかは、シリウスに指摘されちゃったんですよね。
「……ぱぱうえ、おかね、あるの?」
「え?」
「だから、おかね、あるの?」
「そんなの……あれ?」
言われてみれば、と。そのとき初めて気付きました。
だらだらと汗を搔く俺を見て、シリウスはなんとも言えない目で俺を見上げていた。その視線が胸に突き刺さった。
「……ぱぱうえ、おかね、ないの?」
「……ない、ですね」
絞り出すようにして俺はお金がないことを告げると、シリウスはかわいそうなものを見るような目で俺を見つめてくれました。
「……ぱぱうえ」
「やめて? そのかわいそうなものを見るような目で、ぱぱうえを見るのはやめて?」
「でも、ぱぱうえ、おかね、ないんでしょう?」
「……否定できません、ね」
再び、絞り出すようにして頷くと、シリウスが俺を見る目が変わった。かわいそうなものを見るような目はやめてと言った影響だからだと思う。
でもね?
たしかに、かわいそうなものを見るような目ではなくなったよ?
だけど、今度はどうしようもないものを見るよな目で、若干蔑んだ目で俺を見つめ始めたんですよ。
かわいそうなものを見るような目で見られるよりも、心を抉られましたよ。
「……わぅ」
「やめて? 今度はどうしようもないものを見る目をするのはやめて? 心がどんどん抉られていくから」
この時点で俺は両膝が笑うほどの衝撃を受けていた。
それでも、シリウスから逃げるわけにはいかず、どうにか立ち向かおうとしていたのだけど──。
「……」
──当のシリウスは無言で目を逸らしてくれました。
たしかに。
たしかに、そういう目で見るなとは言いました。
だからって無言で目を逸らすのは勘弁して欲しい。
まるでしょうもないものと言われているようで、膝を突きそうになる。
だから、当時の俺は慌てて、シリウスの両肩を掴んだ。
「待って待って待って! 無言で目を逸らさないで! 見ないでって言うのはそういう意味じゃないんだよ!?」
「……でも」
「見ていいから! パパ上をちゃんと見てください、お願いします!」
「……ぱぱうえ、わがままさんなの。めんどーくさいの」
「め、面倒くさい?」
……娘からの「面倒くさい」という一言が、あんなにも心を抉ってくれるなんて知らなかった。
その一言に俺はその場で両膝を突きながら、吐血しそうになった。
「わぅ。ぱぱうえがそんなひとだとおもわなかったの」
ぷいっとシリウスが顔を背けてしまう。背けられる瞬間の、俺を見るシリウスの目は、見ても仕方がないものを見るような目をしていましたね。
その時点で俺を両手両膝を突いて項垂れました。
「ねぇ、ままうえもそうおもうよね?」
シリウスはカルディアの腕の中で、俺のしょうもなさを語ってくれました。
カルディアは俺とシリウスを交互に見て、苦笑いしていましたね。
「まぁ、その、うん。個性って大事だから、ね」
苦笑いしながら、カルディアは精一杯のフォローをしてくれました。
その言葉に、俺がより項垂れたのは言うまでもありません。
「あ、そっか、ぱぱうえはあれなの」
項垂れていると、シリウスがいきなりなにかを思いついたのか、ぽんと手を叩いた。
なんだろうと思い、顔を上げると、シリウスははっきりと言い切ってくれました。
「ぱぱうえは、ままうえのひもさんなの!」
「ごふぅ!」
「だ、旦那様ぁ!?」
……シリウスの無垢な一言に俺は吐血した。よりにもよって「ヒモ」扱いですよ。いくらなんでもひどすぎる。
……ただ、それを否定できないことがとても、とても辛かったです。
そんな俺にカルディアは珍しく狼狽えていた。
まぁ、いきなり吐血すれば、狼狽えるのも当然かなといまでは思うよ。
が、当時の俺は狼狽えるカルディアになにもすることができないまま、ただ項垂れていたんだ。
「……えっと、朝ご飯食べていきますか?」
項垂れる俺を見て、プーレが、気の毒に思ったのだろうプーレが朝ご飯のお誘いをしてくれた。
顔をあげると、プーレだけではなく、ゼーレさんも「……大したものはないけれど、食べていってくださいよ」と気遣うような視線を向けてくれていました。
ふたりの気遣いはとっても嬉しかった。
嬉しかったけれど、心を抉られた痛みは治まることはなかった。
「わぅ、あさごはん、たべるの!」
俺の心を抉ったシリウスはと言うと、とてもマイペースでしたね。
だけど、そんなシリウスを見てかわいいと思ってしまいましたね。
……かわいいは正義だと思いつつ、どうにか笑う両ひざを叩きながら、俺は立ち上がった。
「だ、旦那様、大丈夫?」
立ち上がった俺を見て、カルディアは心配げに俺を支えてくれた。
「大丈夫だよ」と返事をして、俺たちはプーレの家で朝ご飯もごちそうしてもらったんだ。
朝ご飯はプーレのお母さんで、ゼーレさんの奥さんであるプラムさんが用意してくれていた。
もともと、朝ご飯を誘ってくれるつもりだったんだろうね。俺たちがプーレの実家に入ると、すでに家のテーブルには所狭しと朝食が並べられていたんだ。
立ち並ぶ朝食を見て、シリウスは目を輝かせながら喜んでいた。
少し前に俺の分だったはずのプクレを食べていたというのに、ずいぶんと食いしん坊さんだなぁと思った。
成長期だから仕方がないのかなと思いながら、俺たちはテーブルに着き、朝食をごちそうしてもらったんだ。
朝食をごちそうして貰いながらも、今後の資金をどうしようかなと考えていた矢先のことだった。
「ところで、カレンさん。食い扶持を稼ぐためにも、仕事をしてみませんか?」
俺たちと一緒に朝食を取っていたククルさんが今後の指針というか、指標となる言葉を口にされたんだ。
「仕事と言いますと」
「カルディアさんと互角のあなただからこそできる仕事ですよ」
にっこりと笑いながら、ククルさんはその仕事についてをはっきりと教えてくれた。
「あなたも冒険者になりませんか?」
ククルさんは俺をまっすぐに見つめながら、異世界から来た俺にとって、とてつもなく魅力的な言葉を口にされたんだ。
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