第42話 至高の食材(カレン限定)
「──まぁ、こんなところではないかな?」
アヴィスさんが合流してから少し。俺たちは本来の目的である薬草採取の依頼を終えた。
必要な薬草を一定数採取するという依頼だったけれど、その依頼はアヴィスさんが案内してくれた群生地のものから適当に採取するだけで終わった。
薬草の群生地はシリウスたちの群れが定期的に採取する場所ではあったのだけど、アヴィスさんやシリウス曰く、少しくらいなら問題ないということだった。
群生地は森の中で数少ない開けた場所にあった。森の中とは思えないほどに広大な場所で、その場所いっぱいに数々の薬草が群生していた。
今回の依頼に必要な薬草も当然その中には含まれていて、渡りに船だったんだ。
本当にいいのかなと思ったのだけど、アヴィスさんとシリウスが問題ないと言っていたし、当のふたりが率先して採取していたので、本当に問題はなかったみたいだ。
ちなみに、今回依頼された薬草は、毎年流行する風邪の特効薬となるものだ。
アヴィスさん曰く、魔物が罹ることのない病気であり、いつも余っている薬草のひとつということだった。
「我らではせいぜい口直しに食べる程度のものでしかありませんので、それでよければいくらでも採取されてもいいですよ」
一定数の採取でいい依頼なのだけど、どうせならと少し多めに採取させてもらった。
アヴィスさんが言うには口直しに食べる程度でしかなく、ほぼ必要がない薬草のひとつということだったから、必要数よりも多めに採取させて貰ったんだ。
カルディアとプーレが言うには、必要数以上に採取できれば、場合によってはボーナスが得られるということだった。
その時点では、先立つものが一切なかったこともあり、ボーナスという言葉につい惹かれてしまい、結構な数の薬草を採取してしまったが、アヴィスさんもシリウスも問題ないと頷いてくれた。
本当に大丈夫かなと思っていたときに言われたのが、先述したアヴィスさんの一言だった。
「口直し、ですか?」
「ええ。その薬草は噛んでいると口の中がすっきりとするのですよ。我らではそのくらいしか利用目的のないものです」
「すっきりする……ちょっと噛んでもいいですか?」
「ええ、もちろん」
採取していない薬草をひとつ手に取り、葉の部分を噛んでみると、清涼感が口の中に広がっていった。その味には非常に憶えがあった。
「これ、ミントか」
そう、依頼の目的の薬草の正体は、地球で言うミントだったんだ。
この世界では薬草扱いされているけれど、地球では香草として名高いミントだった。
アヴィスさんが口直しに噛むと言っていたから、「もしかして」とは思っていたけど、まさか本当にミントだったとは正直想定外だった。
「ミント?」
「えっと、俺の世界でのこの薬草の名前なんですよ。俺の世界では、薬草というよりかは香草になっていて、料理に使われることが多いものです」
「これを料理に使うのですか?」
アヴィスさんが首を傾げられたので、ミントの説明をしていたら、プーレが食いついたんだ。さすがに調理関係のことには食いつきがいいなぁと思いつつ、プーレがより前のめりになることも教えたんだ。
「うん。清涼感があるというのも大きいけれど、色合いとして使われているんだ。あとはスイーツにもそれなりに使われることが多いかな? まぁ、その独特の清涼感が苦手って人もいるけれど、好きな人は結構好きなものだね」
ミントが苦手な人は結構いる。中には歯磨き粉やガムとかいう人もいるけれど、俺としてはミントは素晴らしい食材だと思う。特にチョコミントは神の一品としか言いようがないね。
『いや、神の一品はさすがに言い過ぎでしょうよ』
「言い過ぎなもんか。チョコミントこそが至高である」
『……まぁ、美味しいとは思うけれど、そこまでは』
「は?」
『……ゴメンナサイ』
香恋が変なことを言うもんだから、声が裏返って低い声が出てしまった。その声を聞いてカルディアたちがびくっと震えてしまったよ。悪いことをしてしまった気分だ・
「まぁ、とにかく。ミントは食材として優秀だと俺は思うよ」
「ふむ……アヴィスさん。もうちょっと採取してもいいですか?」
「構いませんぞ。先ほども言いましたが、我らにとっては口直しにしか使わない薬草ですからな」
「ありがとうございます。お父さんと相談して試作してみるのですよ」
プーレは俺の熱弁を聞いて、興味が出たみたいで試作に使うために、ポシェットに入る分だけのミントを採取していた。
「……これを食べるのかぁ。旦那様って不思議だね」
「わぅ、すーすーするから、シリウスはいらないの」
その一方でカルディアとシリウスからは支持を受けることはできなかったのだけどね。
特にシリウスはミントの清涼感がお気に召さない模様でした。
……美味しいのに。
『万人受けするとは言いがたいから、無理もないんじゃない? それにシリウスはまだ子供だから、食べ物の好みも年相応でしょうし』
「それは、そうかもしれないけど」
『それに下手に強要するのは、虐待同然の行為とも言えるわよ? 嫌われたくないのであれば、ミントを楽しむのはあんた個人だけにしなさいな』
香恋に淡々と言いくるめられてしまった。でも、言っていることは間違いではないから、仕方がないかぁと諦めるしかなかった。
「ふむ。この薬草だけの群生地もありますので、よろしけばお教えしますが」
「是非」
「……承知しました。また後ほどに」
アヴィスさんがミントの群生地を教えてくれると仰った。その言葉に俺は食いついた。それこそ前のめりになるくらいに食いついた。そんな俺の姿にアヴィスさんは若干引いていた。……あれはいまだに解せぬ。
『はぁ、これでしばらくミントパーティーかぁ。あんた、本当にシリウスに強要しないようにしなさいよ? 私は付き合ってあげるからそれで我慢しなさい」
「……わかっているよ」
『どうだかねぇ』
はぁと香恋がため息を漏らした。その言葉にむくれながら俺は頷いたんだ。
とにかく、そうして俺たちは目的の薬草であるミントを大量に採取することができた。
ウルフ側からしてみれば、需要がほぼないミントを大量に採取して貰え、俺たちからしてみれば依頼達成できるうえに、最高の香草が大量に手にはいったというまさにWinーWinな結果となったんだ。
『Win-Winなのはあんただけだっつーの』
「だよねぇ」
香恋とカルディアがひそひそとなにかを言っていたが、そのときの俺にとっては些事でしかなかった。
「いやぁ、楽しみだなぁ」
大量に入手できたミントにほくほく顔になりながら、俺はひとりだけスキップしながら、群生地を後にしたんだ。
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