第10話 オシオキ、だよ?

「──いいお湯だったね」


 カルディアがバスタオルを片手に笑っていた。


 湯船から上がり、ほかほかと湯気を立て、その肢体を艶やかに濡らしていた。


 同い年とは思えないほどに、圧倒的なカルディアのスタイルを、薄布一枚で隠しきれるわけもない。かなり目の毒だった。


「そ、そうだね」


 俺は視線を逸らしながら頷いていた。


 いくら同性とはいえ、じろじろと体を見ることなんてできるわけもなく、視線を逸らすしかなかったんだ。


「カレンなら見てもいいよ?」


 だが、当のカルディアは俺の考えを読んでいるのか、それとも天然で言っているのかはわからないが、なんとも言えないことを言ってくれた。


 それができるなら苦労はしない。そう言いたいところだけど、あえてカルディアの一言を聞き流して、「早く出よう」と催促した。


「照れているの? かわいいね」


 くすくすとカルディアが笑う声を聞きながら、俺はそそくさと浴室を出た。


 ちなみに、お湯はとてもいい加減だった。一緒に入っている人が人だから、緊張しなかったけどね。


 そうしてカルディアと一緒に浴室を出ると、投げ捨てていた変質者の姿はどこにもなかった。


「おや、ちょうどお上がりですか」


 変質者はいなかったが、その代わりに男装の麗人と言わんばかりの、執事服姿の女性が立っていた。


 女性の手足は長く、顔立ちも整っている。ただでさえ美人なのに、執事服がやけに似合っていた。


 宝塚の男役みたいで、女性人気がありそうな人だなぁというのが第一印象だった。


「お加減はいかがでしたか、カルディア様?」


「ちょうどよかったですよ、コアルスさん」


 夢女子系に人気がありそうなお姉さんの名前は、コアルスさん。


 名前と見た目が合っていないなぁとは思ったけれど、俺自身市松人形っぽい顔立ちしているのに、「カレン」だった。


 名前と見た目が合っていないというのは、巨大なブーメランとなるだけだったので、あえて黙っていることにした。


 そうして俺がなんとも言えない感想を抱いているうちに、カルディアとコアルスさんの話は続いていた。


「左様でしたか。でしたらよろしゅうございます。して、そちらの方が?」


「ええ。「異界の旅人」さんであるカレンです」


「なるほど。たしかにカルディア様にはお連れはいらっしゃいませんでしたし」


「……まぁ、単独で活動しているし」


「いや、誹ったわけではありませんよ?」


「わかっていますよ。ただ言っただけ」


「左様ですか。まぁ、とにかく、本日登城された方の中にもカレン様のような方はいらっしゃいませんでしたから、「旅人」というのは間違いなさそうですね。しかし、まさか浴室に転移されるとは」


「ええ、私もそこは驚きました」


 カルディアとコアルスさんが俺の姿を見て笑い合っていた。


 いきなり風呂の中に転移してきたなんて前代未聞だろうから、その反応も無理からぬものだった。


「……すみません」


 ふたりに笑われながら、なんとも言えずに縮こまると、ふたりはよりおかしそうに笑っていた。


 そこまで笑うことないんじゃないと思うのだけど、言ったところでより惨めなことになりそうだったので、黙っていることしかできなかった。


 そうしてひとしきり笑って気が済んだのか。コアルスさんは「さて」と言って、持ってきていた着替えを差し出してくれた。


「こちらをどうぞ。お召し物はこちらで乾かしておきますので、その間はこちらをご着用ください」


「ありがとう、ございます」


「いえいえ。転移されてきたとはいえ、あなたはお客様ですので。我が主もそれを認められておりますゆえ、どうぞごゆるりと」


「主……カルディアではないんですよね?」


「ええ。カルディア様も我が主の客人ですので。正確には我が主のご盟友のお身内にあたるのがカルディア様ですね」


「そう、なんですか?」


「ええ。浴室内でいろいろと語られたかと思いますが、カルディア様はやんごとなき身分の方でして」


「元だよ。元。いまは没落貴族だもん」


「それでも、尊い血を引き継いでおられるでしょうに」


「血を引き継いでも家が没落していちゃ意味ないよ」


 唇を尖らせながら、顔を背けるカルディア。その姿は最初見た印象とはまるで違って、どこか子供っぽい印象を与えてくれる。


 でも、不思議と似合うと思った。出会ってからというもの、不思議とカルディアにずっと目を奪われてしまっていた。


「どうしたの、カレン? じぃーっと私を見て? 見とれちゃったの?」


 俺の視線に気づいていたのか、カルディアはくすくすと笑っていた。


 それはカルディアだけではなく、コアルスさんも同じで、まるでからかっているかのような様子で俺を見て笑っていた。


「そ、そんなわけあるか」


「そうなの? ふぅん。見とれてくれていたら嬉しかったのになぁ」


 そう言って、今度はにやにやと笑うカルディア。


 どこまでも俺をからかうつもりなのやら。


 いい加減にしてくれと俺は抗議するように顔を背ける。


 がその反応がより面白かったのか、余計ににやにやと笑うカルディア。


 コアルスさんは俺とカルディアのやり取りを穏やかに笑って見守って暮れていた矢先のことだった。


「カルディアちゃん、そろそろ出た?」


 脱衣所のドアが開き、ひとりの女性が入ってきたんだ。


 その女性を見て、俺は一瞬声を失った。


 というのも、その女性はあまりにもきれいだったんだ。


 蒼い瞳はまるでサファイア、澄んだ海を想わせるほどに美しい。


 瞳と同じ色の髪は腰に届くほどに長く、やはり美しかった。


 顔立ちも非常に整っていて、それこそ精巧に作られた人形かなにかのようだ。


 それでいて体つきは非常に蠱惑的だった。


 男性であれば凝視してしまってもおかしくないほどの奇跡のスタイル。


 出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるという同じ女性としても羨ましくなるほど。


 カルディアだってかなりのスタイルなのに、その女性の前では少し翳んでしまう。


 正直言って、目の前にいるのは同じ次元にいる人なのかと思ってしまった。


 二次元の中から出てきた人なんじゃないかって思ってしまうほどに、現実に存在しえる人なのだろうかと思ってしまうほどに、信じられない存在だったんだ。


 いくら現実に目の前にいるとわかっていても、それでも目の前に本当にいるのかと信じられないレベルの美人さんだった。


 そんな美人さんが現れて、俺は言葉を失ってしまった。


 言葉を失う俺を見て、隣にいたカルディアが突如不機嫌になった。


「むぅ」と唸りながら、なぜか俺の頬をつねってきた。


 あれは、とても痛かったね。


「気持ちはわかるけれど、レア様に見とれすぎ」


 頬を膨らませながら、俺の頬を抓るというカルディア。ただでさえ抓られると痛いのに、不機嫌だからか、力がやけに入ってしまっていた。


 要するにめちゃくちゃ痛かった。


 それこそ涙目になりながら「痛い」と連呼するほどに。


 それでも、どんなに抗議をしてもカルディアは聞いてくれなかった。


 それどころか片頬だけだったのが、両頬を抓るという悪魔の所業をやらかしてくれた。それも笑いながらだよ。


「……どうやら面白い子みたいね」


 俺とカルディアのやり取りを見て、美人さんは、カルディアが「レア様」と言った女性はおかしそうに笑っていた。


 笑顔ひとつとっても、やっぱりきれいだった。


「……がぅ~」


 また呆けしてしまいそうになったが、カルディアの「がぅ~」という唸り声に現実に引き戻された。


「か、かるひあ?」


 頬を抓られているせいで、まともな言葉になっていなかったが、どうにかカルディアを呼びかけるも、カルディアの瞳孔は縦に裂けていた。


「……なぁに?」


 瞳孔を縦に裂けさせながら、カルディアはこてんと首を傾げている。首を傾げながらも、俺の頬を抓るのはやめようとしていなかった。


 どう考えても危険だった。


「まずい」という警報が頭の中で鳴り響くのを感じながらも、どうにか。そう、どうにかカルディアを落ち着かせようと思考を巡らすも、すでに時遅しだった。


「……カレン?」


「ひゃ、ひゃい」


「オシオキ、だよ?」


 にっこりと笑うカルディア。


 その笑みにさぁーと血の気が引く音が聞こえたが、次の瞬間にはこれでもかと頬を抓られたことによる痛みに襲われた。


 その痛みは想像を絶していた。


 涙目どころか俺は完全に泣いてしまっていた。


「あははははは! たっのしいなぁ~。あははははは! カレンも楽しいでしょぉ~?」


「ひゃ、ひゃめ、ひゃめてぇぇぇぇ」


「え~? なにを言っているのか、わかんないなぁ~? あ~、わかったぁ~。もっとしてってことぉ~? じゃあ、もっとしてあげるねぇ~?」


 カルディアはやめてくれないどころか、とても圧のある笑顔を浮かべてくれていた。


「カルディアちゃん、楽しそうねぇ」


「……止めて差し上げないのですか?」


「進んで馬に蹴られるバカはいないでしょう?」


「……そう仕向けたのはどなたですかね?」


「はて、なんのことやら」


 カルディアによる折檻を受けている間に、コアルスさんたちがなにやらやり取りを行っていた。


 その内容は正直憶えていない。


 それだけの激痛に苛まされていたからだ。


 それでもカルディアの折檻は止まらなかった。


 折檻を受けながらら俺が思ったのは、抓られるのって地味だけどやっぱり痛いなぁといういまさらなことだった。

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これも一種の独占欲。

すぎればヤンデルになりますが。

……まぁ、これからヤンデルが増えるわけですけど←ぼそっ

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