第16話 ギルドマスターは苦労人
真っ白な部屋だった。
左右の壁、天井までも清潔感のある白で覆われた部屋だった。
調度品までは白ではないけれど、木目調だったり、茶色などのアースカラーなどのシックな色で纏まっていた。
その部屋の奥、ちょうど大窓の前には古めかしい執務机があった。
古めかしいけれど、ボロいというわけではなく、きちんと手入れをされ、品の良さがかもちだされた執務机はアンティークと言ってもいいほど。
その執務机の上には様々な書類が所狭しに、山のように積み重ねられていた。
その積み重なった書類の向こう側、執務机の持ち主が座るべき席にはひとりの女性が腰掛けていた。
真っ黒な外套と薄緑色の服を身につけた女性は、かなり若い見た目をしていた。
若いというよりかは、幼いという方が正しいのかもしれない。
見た目だけで言えば、女性はせいぜい十二、三歳くらいだろう。
でも、見た目通りの年齢ではないという証拠が女性にはあった。
細長く尖った耳。その耳を見て、目の前の女性が見た目通りの年齢ではないということがわかった。
細長く尖った耳と言うと、真っ先に思い浮かぶのはエルフ族。
ファンタジーものには必ずと言っていいほどに登場する有名種族であり、長命種として有名な種族でもある。
エルフ族の一番の特徴と言えば、外見的な特徴と言えば、その細長く尖った耳だ。
通常のヒューマン種よりも、若干華奢ということもあげられるけれど、なによりも目立つ特徴は耳にある。
その特徴的な耳を女性は持っていた。
つまり、目の前にいる女性はエルフ系の種族であり、見た目通りの年齢ではないという証拠だった。
ゲーム内であれば、何度となく見てきたけれど、現実で初めて出会ったエルフ系種族の女性を前にして俺は、不躾な視線を向けていた。
女性はそんな俺の視線を浴びても気にすることなく、書類仕事を──。
「……そんなに珍しいですか? この耳は」
──書類仕事を続けながら、女性は自身の耳について尋ねきたんだ。
「え、あ、す、すみません。不躾に」
女性の言葉に俺は慌てて頭を下げた。
俺なんか眼中にないと思っていたので、女性の問いかけは予想外だったし、その内容がまさかの耳についてだったから、つい慌ててしまった。
女性は「構いませんよ」と言いながら、書類にサインを記してから、「ふぅ」と小さく息を吐くと顔を上げた。
顔を上げるも女性は目元を揉んで、いかにも疲れているという様子だった。どう見ても、あまり歓迎されてはいなかった。
それでも、レアさんからの紹介だからこそ、調整して時間を空けて会ってくれていた。
その調整もかなり無理矢理だったようで、挨拶を交わしてからというもの、俺たちを半ば放置する形で書類仕事に専念されていた。
それだけそのときの顔合わせは、無理があった。
そもそも調整するにしても、その日の朝にいきなりだったんだから、無理矢理になるのも当然だった。
俺もまさか当日に調整してくれというとんでもないことをレアさんが言い出すとは思わなかったんだ。
そうして無理矢理時間を作ってくれたからこそ女性──ククルさんは挨拶を交わした後に、残っている書類仕事を先に終わらせるので、それまで待っていてほしいと頼まれたんだ。
本来なら国王であるレアさんからの紹介であれば、仕事を後回しにするべきなのだろうけれど、当日朝に無理矢理調整した影響で、俺たちが面会に来ても仕事が残っているという状況に陥っていたんだろう。
ククルさんはとても申し訳なさそうに誤られていたのだけど、悪いのはククルさんじゃなかった。
あえて言うとすれば、無茶なことを言い出したレアさんに責任があり、その無茶なことも俺がいきなり転移してきたからだ。
総じて言えば、俺が悪いのだから、待たされることくらいなんの問題もなかった。
とはいえ、ただ待っているのも暇だったので、部屋の中を見回したり、お茶菓子を摘まんだりして時間を潰していた。
ククルさんの耳を見ていたのも、その時間潰しの一環だったんだが、まさかここに来て指摘されてしまうとは思っていなかった。
いくら暇だったからと言って、挨拶を交わしたばかりの相手を観察するなんて、不躾にもほどがあった。
俺にできたのは平謝りだけだった。
が、当のククルさんは大して気にしされていなかった。どころか、ご自身の耳を観察されていたことに対しても一定の理解を示してくれていた。
うん、本当に当時のククルさんはいい人だった。そう、本当に当時はいい人だったんだ。
いまでは見る影もないというか、本性を露わにされているけれども、少なくとも当時の俺にとってククルさんは「苦労人ないい人」という枠組だった。
「私個人としては、生まれつきのものなので、いまさらですし、珍しいとは思いませんが、「旅人」の方々にしてみればそうではないことはわかっていますからね」
「きょ、恐縮です」
「畏まらないでください。いまのあなたは、お姉様、いえ、蛇王様からご紹介いただいたお客様ですから。そう肩肘を張らず、自然体で構いません」
「で、ですが、今朝になって、アポイントメントを取ってしまった不手際もありますので」
「まぁ、それはたしかに。ですが、それも元はと言えば、蛇王様の無茶振りが原因なのであって、あなたに責はありません。そう、悪いのはすべて蛇王様であり、あなたではありません」
ククルさんははっきりと悪いのはレアさんだと言い切られた。
さきほども言ったけれど、アポイントメントを取って欲しいとレアさんにお願いしたら、まさか当日になるなんて想定外だった。
レアさんらしいとは思うけど、やらかされていることは間違いないし、ククルさんの言い分も当然だ。
まぁ、ククルさんにしてみれば、国王であるレアさんに頼まれれば二つ返事をするしかなかったんだろうけれど。
中間管理職ってのは、本当に大変だなぁとつくづく思うよ。
「それでも蛇王様が無理を通されてしまったのも、元を正せば私がいきなり転移してしまったからですから」
「……あなたは意外と頑固ですね」
「え?」
「私が「蛇王様のせいだ」と言っているのに、それでも自分にも責任があると言うなどと、普通は言いませんよ? だからこそ、蛇王様もあなたを気に入られたのでしょうね」
そういうとククルさんは執務机から離れて、俺たちの座る来客用のテーブルへと移動された。
「……いい子ちゃんすぎて反吐が出るどころか、一周回って心配になりますけども」
移動しながら、ククルさんはなにかを呟いていた。
でも、その声はあまりにも小さすぎてよく聞こえなかった。
「なにか?」
「なにがですか?」
「いや、いまなにか」
「気のせいでは?」
「そう、ですかね?」
「ええ、そうですよ」
ククルさんは一転して、にこやかに笑っていた。
笑っていたけれど、その笑みは偽物めいた、作り笑いのように見えた。
けれど、会って間もない人にそんなことを指摘できるはずもないし、そもそも指摘する理由もなかったので、「は、はぁ」とだけ頷いた。
そうしているうちに、ククルさんは来客用のテーブルに来られると、静かに座られた。
「さて、改めてご挨拶を。私は冒険者ギルド「蛇の王国」主都エンヴィー支部のギルドマスターを務めております、ククルです。以後よしなに」
「カレン・スズキと申します。この度は急なお願いでしたのに、お会いしていただき誠に感謝致します」
「これはご丁寧に。今後は蛇王様にアポイントメントのお願いをしないでいただけるとありがたいですね」
「……以後気をつきます」
「はい、お願いします」
にこやかに笑いながら、ククルさんはきっちりと釘を刺された。
まぁ、大変な状況になったのもすべてはレアさんのやらかしによるものなのだから、そう仰られるのも当然だった。
「さて、蛇王様やそちらのカルディアさんからは事前にお話を聞いているのですが、改めていろいろとお話を聞かせていただけるとありがたいですね」
ククルさんはカルディアを、入室してからずっとお茶菓子を堪能してくつろぎモードのカルディアを頬杖を突きながら見詰めていた。
だが、当のカルディアはお茶菓子をもりもりと食べながら、「うん?」と首を傾げていた。
「なひふぁ、よほ?」
「……食べるか喋るか、どちらかにしなさい」
「……わふぁった。もぐもぐ」
「……そこで食べるのを選びますか? まぁ、あなたらしいですが」
はぁとため息を吐くククルさんと再び首を傾げるカルディア。
それだけでふたりが普段どういうやり取りをしているのかがわかる。
やっぱり、この人もコアルスさんと同じ苦労人なんだなぁとしみじみと思った。
「えっと、なんか、すみません」
「いえ、いつものことですから」
「……カルディア? あまりククルさんにご迷惑をおかけしないようにね?」
「むぐ。……迷惑なんて掛けていないよ? ね? ギルマス?」
「……ふぅ」
「がぅ?」
カルディアにククルさんの迷惑になることを控えるように伝えたんだが、当のカルディアは迷惑なんて掛けていないと言ってくれた。
だが、当のククルさんは大きくため息を吐くだけ。そのため息にカルディアは不思議そうに首を傾げていた。
やっぱり苦労人かぁとしみじみと思いつつ、俺は話題を変えるべく、「それで話というのはなにを話せばいいんですか」と尋ねた。
ククルさんも俺の話題転換に乗られて、「そうですね」と頷かれた。
「……私迷惑なんて掛けていないのに。ねぇ、そうでしょう? サブマス?」
「……あー」
ククルさんが話題転換に乗られたものの、当のカルディアは不満げにサブマスターさん、ククルさんの執務室の隣で彫像のように佇んでいた禿頭の男性に声を掛けていた。
それまでは物静かに、それこそ置物のようだったサブマスターさんだったが、唐突なカルディアの問い掛けに困ったように顔を顰められていく。
「どうしたの? サブマス? ただ「迷惑なんて掛けていないです」って言えばいいだけじゃん?」
カルディアはサブマスターさんの反応にまた不満げになっていく。
当のサブマスターさんは「そう、ですねぇ」と非常に言いづらそうに、どこから話せばいいのやらと頭を悩ませていた。
が、カルディアはサブマスターさんの「そうですね」を自身の都合良く解釈したようで、「やっぱりそうだよね。迷惑なんて掛けた憶えないもん」とふふんと胸を張っていた。
その返答にサブマスターさんは「え? えぇ?」と唖然とされていた。
が、その返答をまた都合良く解釈したカルディアは自慢げに胸を張っていた。
そんなふたりのやり取りにククルさんは頭を痛そうに押さえられていた。
「……カレンさん?」
「……後で言い聞かせておきます」
「お願いします。彼女は腕が立つし、頭も回るのですが、どうにも天然さんでしてね」
「……ええ、よくわかります」
「左様ですか。……あなたも大変ですね」
「……言わないでください」
「……そうですね。すみません」
「いえ」
ククルさんとため息交じりの会話を交わしながら、ちらりとカルディアを見やると、カルディアはすっかりと機嫌を直して、お茶菓子を再び大量に食べ始めていく。
最初に置かれていたお茶菓子はとっくに空になり、お代わり分を食べているというのに、その勢いは留まることを知らなかった。
それだけ食べるのに、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるというスタイルなのはいったい全体どういうことなんだろうと思わずにはいられなかった。
その後、すっかりと毒気を抜かれた俺とククルさんは、美味しそうにお茶菓子を平らげるカルディアをぼんやりと眺めていった。
なお、その後カルディアはお茶菓子のおかわりを二回、計三回もお茶菓子をすべて平らげたんだ。
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ようやく登場なククルさん。
この時点ではまだ淑女っぽいです。
……まだこの時点では、ね。
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