RE:⁠異世界で、冒険者ギルドという体の、何でも屋を開きました。

@suimou

第1話 カレンと香恋

 賑わっていた。


 いまいる暗がりの路地とは違い、ひとつ向こうの通りは非常に活気があり、賑わっている。


 道交う人々の姿は、路地とはさほど変わらない。


 角があったり、翼があったり、鱗が生えていたり。この街に住まう種族特有の姿をしている人たちばかりだ。


 道交う人たちの姿はあまり変わらないというのに、たったひとつ通りが違うだけで、天と地ほどの差があるというのは見ていて面白いとは思う。


 まぁ、もともとの世界でも大通りと路地裏では人通りには差があったけども。


 それを踏まえても、元の世界では見かけることなどない姿を見ているのは、わりと楽しい。


 以前の街だと元の世界とそこまで人通りには差がなかったということもあり、この街の特有の光景は見ていて飽きない。


「……まぁ、これは楽しくないけどね」


 見ているのは楽しいが、火の粉が降りかかるとなれば話は別だ。


 降りかかる火の粉は払わないとならない。それはどこの街も、いや、どの世界だって言えることなんだろう。


「本当に面倒くさい」


 火の粉である「手荷物」をその辺に投げ捨てる。


「手荷物」は意識を失っているみたいで、口をだらぁと開けて、舌を覗かせている。


『ちょっと、グロイの見せないでよ』


 頭の中で声が響いた。


 グロいのを見せられたら、さすがに苦情も出るよなぁと思いつつも、今日は散々見たんだしとも思う。


『逆に散々見せられて食傷気味なのよ。そもそもこんなのを見せられて、なにを楽しめと言うのよ?』


 たしかに直で見ていて楽しいものじゃないので、声の主の言葉に従い、視線を外して他の「手荷物候補」を見やる。


『ちょっとコラ、無視すんな!』


 ……声の主がまたもや騒いでいるが、「ぎゃーぎゃーうっさい」と告げると、『はぁ!?』と返されてしまった。


 そうなるよなぁと反省しつつ、「手荷物候補」を改めて見やる。


「それでさ、なにか知っていることがあれば教えて欲しいんだけど?」


「手荷物候補」に声を掛けるも、震えるだけでなにも声を発さない。


 俺よりもはるかに上背もあって、鎧じみた筋肉と分厚い鱗に覆われているっていうのに、まるで化け物を見るかのような目で俺を見上げてくれている。


 ……個人的に言えば、そっちの姿の方がよっぽど化け物に近いのだけどね。


 フード付きの外套で顔を隠して、いきなり襲いかかってきた相手なんざ、誰だって怖いだろうし、その反応は当然なんだけど。


 それでも華奢な乙女相手に、その反応はどうなんだろう?


「おまえみたいな乙女がいてたまるか!」と言われたら、否定はしませんけどね?


 そんな俺に比べたらこの街に住まう人々にとって、いや、この世界に住まう人々にしてみれば、彼らの姿は珍しくはあるけれど、おかしなものではないらしい。


(前の街に比べると、明らかに異形なんだけど、それも個性で済んでしまうあたり、異世界ってすごいよなぁ)


 少し前までいた街と比べると、この街の住人は元の世界とは比べようもなく、大柄な人ばかりだ。


 加えて頭には二本の角ないし背中に大きな翼がある。竜人族と言われる人が住むのがこの「ラース」の街の特徴だった。


 竜人族ははるか大昔に人と竜族が交わって産まれた一族であり、竜族特有の高い戦闘能力を受け継いでいる。


 ゲームで言えば、ドラゴンレイスやらドラゴンニュートと呼ばれる彼らは、ゲーム内でも言われていることだけど、この異世界でも同じく総じて強力な種族だった。


 その竜人族が俺の目の前にはごろごろと倒れている。


 中には泡を吹いて倒れている奴や顔面が血まみれになって倒れている奴もいる。


 すべて俺が倒した奴らだ。


「黙っていたらわからないからさ、さっさと情報を出してくれる?」


「じょ、情報って言われても」


 ようやく「手荷物候補」もとい、震えている竜人族が声を出した。


 相変わらず震えているけれど、その目には狡猾な光が宿っている。


 ひとつ向こうの通りの音のおかげで大半がかき消されているけど、わずかな物音が後ろから聞こえてきていた。


 演技をするのはいいが、少しばかりずさんだなと思う。演技をするのであれば、もっと徹底してほしいものだよ。


「情報は情報だよ、あんたの知っていることならなんでもいいよ。たとえば──」


 物音が間合いから聞こえたとき、体は勝手に動いていた。


 振り返りながら拳を握った。


 ちょうどそこには大剣を振りかぶった竜人族がいた。


 俺が振り返ったことに驚いているようだった。驚いた顔のまま、彼は宙を舞い、「ぐへぇ」とひしゃげたような声とともに血反吐を撒き散らしながら地面に落ちた。


「──たとえば、あんたの仲間があと何人いるかでもいいからさ」


『バレバレの不意討ちよねぇ。もうちょっと工夫できなかったのかしら?』


 やれやれとため息を吐く声の主だが、「なんで知らせてくれねえの?」と尋ねると、『だって、知らせてくれって言われてないもの』というありがたいお返事がありました。


 ……これに期待した俺が馬鹿だったよ。


『これってなによ、これって!?』と、声の主が叫ぶけど、いまは残った「手荷物候補」が優先だった。


 とりあえず、落ち着いてもらうためにも、満面の笑みを浮かべてみようかな。


『……たぶん逆効果になると思うわ』


 まぁた声の主がおかしなことを言い出した。


 人との関係を築くには、フレンドリーな笑顔が大切なのは、古今東西、そして世界が変わろうとも、不変の事実のはず。


 そこに加えて一応見目は整った俺が笑いかければ、きっと問題ないはず。


『……無駄だと思うけどねぇ』


 ふぅと声の主がため息を吐く中、「黙って見ていな」と言い返して、俺は「ね?」と小首を傾げながら笑いかけてみる。


 これで問題はないと思っていた俺だったのだけど、なぜか目の前の竜人族には「ひぃぃぃ!」とかえって怯えられてしまった。


 解せぬ。 


『……いや、解せぬと言われても当然としか言いようがないのだけど』


「な──」


「な、なんで」


 声の主に「なんでだよ」と言い返そうとしたのだけど、先に竜人族に言われてしまった。


 タイミング悪いなぁと思いながら、竜人族を見やると声の主の言いたい意味がよぉくわかった。


『……これだけ怯えられていたら、笑顔を作っても無理でしょうよ』


『……デスヨネ』


 竜人族さんは、どうにも怯えすぎてしまったようで、股の間を濡らしていました。


 大の男が情けないと言いたいが、それだけの恐怖を味わったということでもあるわけで。


 冷静になって考えてみたら、ひとりまたひとりと問答無用にぶちのめされていく光景を間近に見ていたら、股の間を濡らしてしまうのも当然かもしれない。


『あんたって、本当にずれているわよねぇ。気をつけなさいよ?』


「こいつ、どうしようもねえよなぁ」みたいな言い方をする声の主。今回ばかりはぐうの音も出ませんでした。


「今後は気をつけるよ」


『ぜひ、そうしなさい。じゃないと、情報収集もできないじゃないの。……まぁ、ある意味ではやりやすくなったのかもだけども。試しに近づいてみなさいな』


「こう?」


「ひいっ!?」

 

 声の主の言葉に従って、一歩踏み出してみると、竜人族さんはまた怯えてくれました。


 もとから震えていたのに、より一層に震え始めた竜人族さんは化け物を見るかのような目をしています。……か弱い女の子に対して失礼じゃないですかね?


『……知らなかったわ。か弱い女の子って、大の男を次々にぶちのめす存在を言うのね?』


「……揚げ足はよくないと思います」


『取られる方が悪い』


「……デスヨネ」


 がくりと肩を落としながら、俺は改めて竜人族さんに近寄った。


 再び、「ひぃっ!?」と悲鳴をあげられてしまったが、無視して近寄っていく。


「……とりあえず情報ぷりーず。少なくともぶっ飛ばさないからさ」


「じょ、情報って言ってもなにを言えばいいんだよぉ」


「だから、あんたの仲間があと何人いるかでもいいんだってば。あんたらを掃除するのも仕事のうちなんだ」


「そ、掃除?」


「うん。この依頼書にも書いてあるでしょう? 「最近柄の悪い連中が路地裏でたむろしていて、怖いのでどうにかしてほしい」ってさ」


 懐から依頼書を取り出して突きつけると、竜人族は唖然としていた。

 

「とりあえず柄が悪そうで、路地裏でたむろしている人たちを根こそぎ掃除している最中なんだ。ちなみにあんたらで七グループ目だね」


「は、はぁ?」


 竜人族が驚いたように口をぽかんと空けた。


 いまの「はぁ?」がどういう意味なのかはわからないけれど、こちらの意図は理解してもらえたはずだ。


「七グループ目って。俺たち「火竜の息吹」の全員ぶちのめしたのかよ」


「あぁ、もしかしてお仲間だったの? てっきり別のグループだと思って、手当たり次第にぶちのめしていたからわからなかったよ」


「手当たり次第って」


 竜人族は開いた口が塞がらないようだったが、こちらとしてはいい情報を貰った。


「そっか。ぶちのめした全員が同じグループか。ならもう壊滅させたってことでいいかな。でも、あんた残っているしなぁ〜?」


「どうしようかなぁ」という意味で言ったつもりだったのだけど、竜人族は「ひぃぃぃ!」とまた悲鳴を上げてしまう。


 どうしてそんなに怖がるのやら。まったく理解できませんね、はい。


『……下手に顔が整っていると、こういうとき、より怖く見えるみたいね? 美しいって本当に罪ね』


「参ったものね」と言わんばかりの声の主を、はいはいと受け流しながら、あえてじっと竜人族を見やると、やっぱり怯えられました。

 

「こ、殺さないで」


「……殺さないよ。殺してなんかないでしょう?」


 ほらと、いままでぶちのめした連中を見やる。全員生きている。まぁ、一応生きてはいる。ちょっと治療に時間が掛かりそうな人もいるっちゃいるけれど。


「……若干力の入れ方間違えて、死んだ方がマシなダメージを負った人もいるけど。一応、みんな生きているから、安心して。ね?」


『普通に考えたら、安心できる要素が皆無ですけど?』


「うるさいな。仕方がないだろう?」


『はいはい、そうね。不意打ちをしたのは特に悲惨だけど、仕方がないわね?』


「むぅ」


 たしかに不意打ちをしようとしてきた人は、特に悲惨かもしれない。


 なにせ顎が砕けたみたいで、血を流して目を回している。若干グロい。


「とにかく、今後は路地裏でたむろしないでくれない? そうすれば俺からはなにもしないからさ」


「わ、わかった。わかったからなにもしないでくれ! もう勘弁してくれ!」


「うん、言質は取ったからね。あと、これ書いて。誓約書。今後路地裏でたむろするなどの迷惑行為は一切しませんって」


「わかった。わかったよ!」


 誓約書を突き出すと、竜人族は慌てて署名してくれた。


 これで一応は問題ないはずだけど、念には念を入れておこうかな。


「あと」


「ま、まだなにかあるのかよぉ。もうなにもしないってばぁっ!」


「それはわかっているって。ただ俺としてはね? 路地裏でたむろしているだけじゃつまらないだろうなぁって思ってさ」


 涙目になって泣き叫ぶ竜人族。年齢がいくつなのかは知らんけど情けない。……同じ立場だったら、同じ反応をしていたかもなぁと思いつつ、懐から羊皮紙を取り出し、ささっと簡単な地図を書いていく。


「こういうところがあるから行ってみなよ。金にもなるし、人のためにもなるよ?」


 書きあげた簡単な地図を渡してあげると、竜人族は訝しみながらも地図を受け取ってくれる。


「……ぐす、ここって、なんだよぉ?」


 半べそになりながら、尋ねる竜人族は、見た目よりもずいぶんと幼く感じられた。


 まぁ、竜人族の年齢なんて見た目じゃわからんから、もしかしたら本当に少年なのかもしれん。下手したら年下の可能性もあるかも。


 ……ちょっと悪いことをしてしまったかなぁと思いつつ、質問に応えてあげた。


「ん? 俺の仕事先の地図。ちなみに俺がマスターしているんでよろしく」


「……は?」


「まぁ、興味があったら、お仲間さん連れて遊びに来なよ。一応は歓迎してあげるからさ」


 仕事はもう終わったので、ここにいる意味はない。


 踵を返してひらひらと手を振りながら表通りに向かった。


 竜人族は腰を抜かしたまま、渡した地図をぼんやりと眺めているようだけど、あとはあちらさん次第。


 さっきも言ったけれど、俺からなにかすることはない。


『……あれで大丈夫かしら?』


「ん〜?」


『いや、「ん〜」じゃなくて』


「知らないよ。俺は方法を示しただけ。あとはあの人次第だよ」


『まぁ、それもそうね。あとはあれ次第か。ちなみに復讐に走ってきたらどうするつもり?』


「そんときは、いま以上にぶちのめす」


『殺さないの?』


「殺さないよ」


『……本当に甘いんだから』


「逆にお前が厳しすぎなんだよ」


『妹の身を案ずるのは当然でしょう?』


「……恥ずかしいから、急に姉貴モードになんなよ、香恋」


『なぁに? 恥ずかしいわけ? かわいいところ、あるじゃないのよ、カレンちゃん?』


「うるさいよ」


 声の主こと、どこぞのバカ姉貴のせいで顔が熱くて堪らない。


 普段よりもおざなりに対応しながら、依頼書を懐にしまい込む。


「とにかく、仕事はこれで半分片付いたかな? 次の仕事と行きますか」


『もう完遂でいいとは思うけどね』


「……まぁ、念の為だよ」


『そうね』


 半分は終わったけど、あとはあちらさん次第。今後どうなることやらと考えると、若干気が重い。


 できることなら、面倒事にならないことを祈りたい。


 ……でも、こういうときって、わりと面倒事に発展するんだよねぇ。


 まったく世知辛い現実に涙がちょちょ切れそうになるよ。


 俺も香恋も揃ってため息を吐いた。


「さて、次も頑張ろう」


『ええ』


 まだ完遂とは言えない依頼だけど、いまはこれ以上できることはない。


 次の依頼をこなすために大通りをのんびりと歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る