第2話 銀行と呼ばないで

「ん~。ひとまずこんなものかな?」


『まぁ、こんなところでしょうよ』


 日が高くなった頃、通りかかったカフェテラスでのんびりとティータイムとしゃれこみながら、懐から取り出した依頼書を眺めていく。


 正確にはティータイムというよりかは、腹が空いたから昼飯中という方が正しいかな。


 その昼飯もいましがた終えて、食後のお茶を現在楽しんでいた。


 ちなみに今日のメニューはチキンサンドに大盛りのパスタとミルクティー。


 本当は炭酸飲料が欲しいところだけど、どうにもこの世界にはないみたいなのでミルクティーにしておいた。


 チキンサンドはともかく、大盛りのパスタをがつがつ食べる姿に、唖然とされてしまったよ。


 またしても解せぬ。


 そんな異物を見るような視線を向けられていた昼食を終え、午前中に達成した依頼書を眺めていた。


 今日だけで達成した依頼は四件ほど。まだ昼過ぎなので、もう何件かはできるかもしれない。


 とはいえ、すでに終えた依頼とは違い、ほかの依頼は達成難易度がやや高めのものばかりだが、ひとつだけ毛色の違うものが混じっていた。


「……「血刃の行方」ね。こんなもん、どうやってしろってんだよ」


『こういう探索系が一番面倒よねぇ』


「ねぇ〜」


 セットの紅茶を啜りながら、依頼書のひとつであり、確実に一番難易度の高いそれを香恋といっしょに目を通していく。


「史上最高額のお尋ね者、ねぇ」


『相当にヤバい存在よ、そいつ』


「だよね。金額が金額だし」


「血刃」とは、史上最高額のお尋ね者である辻斬り行為をする女性剣士のことだ。


 なんでも高名な剣士ないし戦士の元を尋ねては、真剣勝負を強制的に行うという、なかなかにはた迷惑かつ厄介な人らしい。


 真剣勝負で敗れたものは当然死ぬ。


 真剣勝負とは文字通りに真剣を使った勝負なので敗れれば当然死ぬ。


 その敗れた剣士や戦士の遺族たちの連名でお尋ね者となってしまっているのが件の「血刃」さんというわけ。


 敗者の血に濡れた刃を振りかざす剣士だから、「血刃」という異名になったそうだ。


 とはいえ、それだけならよくある話だ。


 剣の道を極める過程で、殺人行為に囚われてしまうという人は、古今東西でよく聞くことだ。


 人を殺すということが得がたい快楽に繋がり、その快楽のために殺人剣を振るう。そんな狂人の話はよく耳にする。


 だが、「血刃」がそんじょそこらの狂人連中とは違うのは、その圧倒的な強さにある。


 被害者遺族が寄り集ってできた「対血刃」連合百人をたったひとりで皆殺しにさせたとか。


 どこかの国の特殊部隊ひとつを壊滅させたとか。


 伝わっている逸話は常人ならとてもではないけれど、やろうとは思わないことばかり。


 そんな常識を逸脱した光景を平然と行っているのがこの「血刃」さんだった。


 討伐すれば、最上級の金貨である星金貨10枚が報酬として支払われるのだけど、この依頼は「血刃」の行方を探すものなので、討伐依頼ではないため、報酬は星金貨10枚ではない。


 それでも金貨100枚というとんでもない額の報酬となっていた。


 とはいえ、生存しているかどうかもわからない相手、いや、そもそも実在しているかもわからない相手の探索依頼なんてどう達成しろというのやら。


 というのも「血刃」の逸話はどこまで信憑性があるのかわからないような眉唾物が多い。


 その逸話ゆえに「血刃」というのは都市伝説だと言い切る学者さんもいるみたいだ。


 なにせ「血刃」の逸話は何十、何百年と語り継がれている。


 それだけの規模の物となると、当然都市伝説、つまりは作り話と思われてしまうのも無理もない。


 俺自身、「血刃」の逸話はすべて作り話だと、いや、「血刃」自体が作り話の産物だと思っている。


 でも、実在していると思う人も多いようで、前の街のギルドにも「血刃の行方を探して欲しい」という依頼が張り出されていた。


 それはうちのギルドでも同じだが、どうやら間違って持ってきてしまったみたいだった。


「……こんなもん、達成しようがないっての」


『達成できれば、金貨100枚はオイシイけど、さすがに費用対効果が吊り合っていないわね』


「だよね」


 実在しない人物を探すなんてどうしようもない。


 持ってきた手前で言うのはなんだが、こればかりは達成不可能だ。


「他の依頼に目を通しますかね」  


『それが賢明ね』


「血刃」の依頼書を除外し、別の依頼書に目を通そうとした、そのときだった。


 ──~♪


 軽快な音楽が流れ始めた。


 視線を落とすと、右の手首に身に付けていた腕輪が、腕輪の中央にある宝石が七色に輝きながら音を発していた。


 その宝石を一撫ですると、ブンという音ともに小さな人の姿が、銀色の髪のきれいな女性が、十六、七歳くらいの女性が浮かび上がる。


 いわゆる立体映像と呼ばれる物で、この世界で言えば、「虚影」といわれる魔法を使った通信技術だった。


『いま大丈夫?』


 通信してきた人物に「ああ」と頷くと、彼女は「そっか」と嬉しそうに笑っている。その笑顔に胸の内が暖かくなった。


『見た感じ、休憩中かな?』


「あぁ、四件片付けたからね」


「半日で?」

  

『あなたたちに褒めてほしくて頑張ったのよ。まったく子供みたいでしょう?』


「そういうわけじゃないから!」


 片付けた依頼の件数を言うと、彼女は驚いた顔をしてくれた。


 普段ポーカーフェイスというか、ぼんやりとした表情を浮かべることの多い彼女が珍しくわかりやすい表情を浮かべているのが、なんとも面白い。


 が、香恋が余計なことを口走ってくれたので、慌てて否定するも、彼女はくすくすとおかしそうに笑っていた。


 その笑顔に顔が熱くなっていく。我ながら単純ではあるけど、惚れた弱みと言えばいいんだろうか?


 どうにも彼女には頭が上がらないし、勝てそうにもない。


 俺の心情を理解しているのか、それとも単純な俺をからかっているのか、彼女の銀色の毛並みの尻尾はゆらゆらで背後で揺れているのが、なんとも印象的だった。


「……簡単な仕事ばかりだったからね。でも、これからの仕事は面倒なものばかりだと思うよ?」


 こほんと咳払いをして、話題を少し変えた。我ながら下手なごまかし方だった。


 香恋が若干呆れているのがはっきりとわかったけど、下手なことを言うと、倍返しされそうでなにも言わないことにした。


『でも、旦那様ならすぐに片付けてしまいそうだよね』


 くすくすと彼女は笑っていた。その笑みに胸の内が暖かくなっていく。癒やされるというのはこういうことを言うんだろうなと思う。


「……「旦那様」って呼ばれるの、やっぱり慣れないな」


『いまさらだよ?』


 彼女はこてんと首を傾げていた。


 その仕草ひとつとっても愛おしく見えるのだから不思議なものだ。


「いや、だってさ。旦那様って言い方は普通男に言う言葉じゃん?」


『そうだね。でも、旦那様は旦那様だもの』


「それはそうだけど、でも、俺は」


『うん、かわいい女の子だよね。でも、旦那様は旦那様だもん』


 くすくすと口元を押さえながら彼女は笑っている。こうなるともうなにを言っても聞いてはくれない。


 そもそも彼女自身、俺の言うことをあまり聞いてくれないわけなのだけど。


 ……本当に嫌がっているとわかって貰えたら話は別だが。


 少なくとも彼女にしてみれば、本当に嫌がっている訳じゃないということなんだろう。


 だからこそ「旦那様」と女の俺に対して言っているわけなんだろうけど。


「……カルディアには敵わないね」


『だって、旦那様のお嫁さんで、ママだもの』


 えっへんと胸を張りつつ、彼女──カルディアは言った。


 得意げに言うことでもないことだが、それさえも愛おしく見えるのだから困ったものだ。


「……事実だからなにも言えない」


『ふふふ、そうだね』


 カルディアはまた笑っていた。これが計算尽くでなく、すべて素で行っているところが実に彼女らしいよ。


『それよりも、半日で四件も終わらせたのだから、今日は早めに切り上げちゃったら? あの子も「ぱぱ上がいないと寂しい」って言っているから』


「……そうだね。早めに帰るとするよ」


 カルディアの声で言われたというのに、頭の中ではあの愛らしい、舌っ足らずな声で再生されてしまっていた。


 まだ出会って数ヶ月だって言うのにすっかりと骨抜きにされてしまっている自分に笑ってしまう。そんな俺を見てカルディアは微笑んでいた。


『お土産よろしくね。三人分』


「はいはい」


 慈母のような笑みで、なんとも現金なことを言われてしまった。


 カルディアらしいけど、もう少し余韻に浸らせてくれても罰は当たらないと思うが、下手なことを言えないのが実に俺らしい。


「ちなみにリクエストは?」


『私たちの欲しいもので』


「……それ一番難しい奴じゃね?」


『そう? でも、旦那様なら大丈夫だって信じているから。ふふふ、頑張ってね、旦那様』


 唇に指を当ててから、「ちゅっ」という軽やかな音とともに指をこちらに向けられる。


 いわゆる投げキスでもって、カルディアからの通信は終わった。


「……される方の身にもなってよ」


 投げキスをする側はイタズラをしたという程度かもしれないが、される側にとっては堪ったものじゃない。


 顔が真っ赤になるのが自分でもわかってしまう。


「……あの小悪魔狼め」


 実際に口にはできない。されて嫌なわけではないけれど、どうしても恥ずかしさが勝ってしまう。


 それさえもカルディアはわかっている。


 わかったうえでやってくれるんだから、本当に困ったものだ。


「……まぁ、とりあえずお土産探しますか」


『本当にカルディアたちには弱いわよねぇ。これがカカア天下ってやつかしら?』


「……て、亭主関白よりもいいんじゃない?」


『そうね。でも、威厳は御臨終だけど?』


「……それを言わないで」

 

 言われたくないことって、誰にでもあるんだなぁとしみじみと思いました。


 でも、言い訳になるけど、亭主関白よりかはマシだと思うんですよね。


 そうさ、俺の威厳なんかよりも、カルディアたちが笑顔でいてくれる方がはるかに大事であって──。


『ちなみに、カカア天下もすぎると、旦那を銀行程度にしか思わないようになるそうよ?』


「やめろ、香恋。それ以上言われると俺が死ぬ!」


『……あんたの場合、ガチでありそうだから笑えないわね』


「だから、やめてってば!」


 香恋の心ない一言の数々で、俺の精神はズダズタになっていく。


 でも、カルディアがそんなひどいことをするわけがない。


 カルディアなら大丈夫だと言い聞かせながら、思考を転換することにした。


 カルディアが言った通り、半日で4件片づけたのだから、今日はもう終わらせてもいいだろう。


 本来であれば、このくらいは俺自身で片づける必要はない。が、何事にも事情というものはある。


「……早く人数増えてくれないかなぁ」


『そうね。マスターのあんた自らが出張らなきゃいけない状況はどうにかしないとよねぇ』


 香恋の言う通り、マスターという立場であるのに、なんで現場の仕事をしているのやら。


 現役でありマスターでもあるという立場上、人がいないのであれば、現場仕事もやらねばならないといのは、なんとも世知辛い。


 まぁ、仕事ってそんなもんなんですけどね。


「お姉さん、お勘定お願いします」


「あ、はーい。少々お待ちくださいねー」


 大きくため息を吐いてからウェイトレスのお姉さんに声を掛けると、元気のいいお返事をされた。


 その後、お勘定をして貰い、カフェテラスを後にした。


 なお、食事の内容を確認されて、お姉さんにも信じられないものを見るような目を向けれてしまった。


 やっぱり解せぬ。


 

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