第3話 双炎兄弟

 カフェテラスを出た俺たちは、また大通りを練り歩いた。


 午前中と違うのは仕事ではなく、今回はお土産を探すためなので、人ではなく店を見ることに集中していた。


 それでも視線が道交う人に向いてしまうのは、職業病なのかもしれない。


 街中を行く人たちはみんなそれぞれの表情を浮かべているが、どれひとつ取っても悲観的なものはない。


 なかには悲観的に俯いている人もいるにはいるけれど、そこまで悲惨なものじゃない。


 せいぜい、博打等ですられたという程度のこと。


 それもある程度の負けで済んだってところだろうか。


 負けに負けはしたけれど、「次こそは」というやる気には満ちているようにも見える。


 ……やる気を満ちあふれさせるのはいいけれど、店側にしてみれば「いいカモ」でしかないのだけど、負け込んでいる人ほどそのことには気づかないようだ。


(……そういうところは「ガチャ」に似ているよなぁ)


 ソーシャルゲームにつきものである「ガチャ」は、1パーセント以下である目玉を引くことに一喜一憂するものだ。


 その一憂を重ねた人──いわゆる爆死を遂げた人は「次こそは」とか「ここまで来たらもう退けない」という心境になりがちだ。


 その結果、ついついと課金を重ねてしまい、大枚を叩くことになる。運営側に取ってみれば、そういう人ほど「いいカモ」となる。


 ……もっとも運営側もあまりにやりすぎてしまうと、面倒なことになるのでそこそこの回数で天井を設置するという緩和策を行うわけだけど。


 加えてガチャと博打とでは、まるで趣は違う。


 ガチャはあくまでも引けたとしても手に入るのはデータだけ。


 運営がサービス終了すればそれでおしまい。


 博打の場合は勝てば現金という生ものが手に入る。


 勝っても現実にはなにもないものと現実には残るもの。


 その一点の違いが大きな差となっている。


 むしろ、その大きな差があるからこそ、より博打は悲惨なものになりやすいのかもしれない。


 ……ガチャも同じようなもかもしれないけどね。


(まぁ、ガチャのことはいいか。それよりもお土産はなににしようかなぁ〜?)


 この街にもだいぶ慣れたが、すべてを知っているわけじゃない。


 まだ踏み込んでいない区画もそれなりにある。


 聞けば、この街で生まれ育った人でも知らないところもあるそうなので、まだ引っ越してきてそんなに経っていない俺が知らないというのも無理もない。


 そんな場所で三人分のお土産を探さないといけないのだから大変だよ。


 それも三人それぞれのお土産を探さないといけないのだから、余計に大変だった。


 ひとりは甘い物であればなんでもいい。強いて言えば、この街特有のものであればなおよし。


 ひとりは添加物少なめな薄味なもの。強いて言えば、ドッグフードに近いものならば安心だ。


 最後のひとり──カルディアの場合は、なんだって喜んでくれる。


 喜んでくれるが、それがかえって難しい。


(……本当にカルディアには困ったものだよ)


 そういうところで愛情を確かめようとするのだから、本当に困ったものだ。


 彼女のそういところも憎からず思ってしまっている俺にも問題があるのかもしれないが。


(……そろそろ本気で土産探しに移りますかね)


 カルディアに言われた通り、今日はこれで切り上げよう。


 次のミッションは三人分のお土産探し。いままで以上に奔走されることは間違いない。


 実に困ったものだが、それもまたいいかな。


「さぁて、どうしようかな?」


『内容次第では、あんたの立ち位置が本格的に銀行になるか、それとも「さすが、旦那様」になるのか。まさに瀬戸際ねぇ』


「……だから、それを言わないでよ」


 銀行扱いの旦那なんて誰だってごめんだよ。


 香恋の奴、わかっていて言ってくれているから余計にタチが悪い。 


 ……もしくは、いくら家族とはいえ、元は他人同士なのだから、相手への尊重を忘れないように気をつけろということなのかもしれない。


 香恋はなんだかんだで、俺のことをしっかりと考えて寄り添ってくれる人だから、俺がカルディアたちをおざなりに扱わないように注意してくれているのかもしれない。


 ある意味、おせっかいと言えることなのだけど、香恋のそういうところにはわりと助けられているのも──。


『あんたばっかり、嫁や娘に囲まれているという状況はわりと腹が立つから、破局してくれたら私としては面白おかしいのだけどねぇ〜』


「おまえは鬼か!」


 ──助けられていると思ったけど、撤回だ! 撤回!


 こんな姉貴なんざごめんだよ!


『ふふふ、なにをいまさら言っているの? 兄姉にとって、弟妹とは都合のいい玩具を指すものなのよ? つまり私にとって、あんたはお気に入りの玩具にしかすぎないわけよ』


「へぇへぇ! そうですか! この鬼畜姉貴め!」


『ふふふ、褒め言葉として受け取っておくわよ』


「褒めてねぇよ!」


『あら、そうなの? それは残念。くすくす』


 香恋がとても愉悦と言わんばかりに笑っていた。いますぐにでも殴りたいところだが、残念ながら実体のない香恋を殴ることは叶わない。が、意趣返しもできないわけじゃない。


「おまえが羨む家庭を作って見せらぁ!」


 そう、香恋が羨む家庭をこの世界で作ることこそが、最高の意趣返しと呼べるだろう。


 いまに見ていろよという意思を込めて、香恋に言い返すと、香恋は『それは楽しみねぇ』と「あんたにできるの?」と言わんばかりの挑発じみたことを言って来ましたよ。


 買ってやるよ、その喧嘩とばかりに俺は改めてお土産を買うことに集中していった。


『……ふふふ、いらぬ発破をかけないとやる気を出さない困った愚妹なんだから』


 香恋が小声でなにかを言っていたけど、集中していたからよく聞こえなかった。


「なにか言った?」と尋ねるも、「独り言よ」とだけ返された。


 香恋は時折俺が聞こえない声量で、なにかを言うことがある。今回もそれかなと思い、あえてそれ以上は聞かなかった。


 香恋のことよりも、いまはカルディアたちへとのお土産をどうするかが問題なのだから。


 改めて、なにを買おうかなと視線を飛ばしていた、そのときだった。


「──なぁ、「助人」って知っているか?」


 不意に聞こえてきた声に耳を傾ける。


 顔を向けず、視線だけを向ければ、そこには大柄の体をした男性ふたりがいた。


 どちらも竜人族の男性で、にょっきと左右に分かれて生えた角と畳まれている一対の翼を持った男性がふたりオープンテラスで茶を飲んでいるところだった。


 ちなみに俺が休憩をしていたのとは、別の店だった。


「ああ、最近できた冒険者ギルドだろう? まぁ、冒険者ギルドだけじゃなく、ギルド自体で個別名があるっていうのは珍しいから知っているけど」


「なんだ、そのくらいしか知らねえのか?」


「なんだよ。おまえはそれ以上に知っているのかよ」


「もちろん──と言いたいところだけど、俺も偶然前を通りかかったくらいなんだよな」


「なんだよ、おまえも同じじゃんか」


「そうとも言うな」


「そうとしか言わねえよ」


 お兄さんのひとりは若干呆れて、もうひとり、「助人」の名前を出した方のお兄さんは茶目っ気を見せているのか、舌をちょろっと出して笑っている。


 どちらも当たり障りのない会話をしている。


 ほぼ同じ顔をしていて、印象だけを言えば、どこにでもいる街の住人というところ。


 ただ、それぞれ角と翼に特徴的なものがある。


 呆れた方は角の先端が若干紅く、舌を出している方は翼の一部に大きな火傷のような傷が刻まれていた。


 なんとなく見覚えがある気がしたので、懐に入れていた依頼書を取り出し、一枚一枚確認すると、ある一枚にぴたりと一致していた。


 念のために見比べてみるけれど、どうやら間違いはなさそうだ。


「──みーつけた」


『五件目の仕事ねぇ』


 にやりと口元を歪めて俺たちは、そのふたりにと近づいていく。


 できる限り、笑みを浮かべたまま、できる限り敵意を出さないようにして近づいていく。


「「うん?」」


 あと数メートルというところで、ふたりのお兄さんは俺の存在に気づいたみたいだ。


 どちらも「なんだこいつ?」というように怪訝そうに顔を歪めていた。


 フードで素顔を隠しているから、余計に怪しがっているみたいだ。無理もないけどね。


「はじめまして、お兄さんたち。カレンって言います。早速で申し訳ないんですけどぉ~」


 ニコニコと笑いながら、お兄さんたちに向かって挨拶をしてあげる。


 ふたりとも「はぁ?」と困惑しているようだった。


 いや、翼に傷跡があるお兄さんの方はなにかしら引っかかりのあるような顔をしている。その顔めがけて跳躍した。


「「は?」」


 いきなりのことにお兄さんたちは戸惑っていた。


 いきなり話しかけられたうえで、飛びかかられればそりゃぁ困惑もする。困惑しないはずがない。


 ……個人的には困惑してくれる方がありがたい。そうしてくれると「仕事」がスムーズにすむからね。


「──とりあえず、地べたを舐めておいてくださいねぇ〜?」


 おふたりさんの顔を狙って、空中で回し蹴りを放つ。


「ぐへ」という声とともにしたたかな感触と、鉄さびのような血の臭いが漂った。


 いきなりの惨状に悲鳴と怒号が響くが、あえて無視して、お兄さん方が座っていたテーブルの上に着地する。


「て、てめぇ、なにしやが──がふっ!」


 赤い角のお兄さんが叫んだが、そのときにはお兄さんの頭頂部に俺の右の踵が直撃し、お兄さんはそのままテーブルにキスをすることになった。


 キスとは名ばかりな血の海になってしまったが、問題はない。


「あ、兄貴! てめぇ、兄貴になにを」


「いま兄貴って言ったね? じゃやっぱり確定だなぁ。うんうん、これでまたひとつ片付いたね」


「な、なにを言って」


 翼に傷跡のあるお兄さんは俺の言動を理解できないようだ。


 いきなりもうひとりのお兄さんを血の海に沈められたことで怒っているんだろう。目が若干血走っている。


 とはいえ、それで止まってあげるつもりはない。


「「仕事」の話だよ。「炎翼」のオルト」


 口元を歪めて笑いかけると、お兄さんこと「炎翼」のオルトは目を見開いて、俺を指差してくる。


 ……人を指差したらいけないと教わらなかったのだろうか。


「おまえ、もしかして」


「炎翼」は指を震わせているが、よく見ると口元に笑みが見えた。


『っ、カレン!』


 香恋が少し慌てていた。


 どうしたのと尋ねるよりも先に頭に衝撃が走り、木の屑が宙を舞っていく。


「逃げるぞ、オルト!」


 血の海に沈めておいたお兄さんが叫んだ。「炎翼」は「おう」と返事をしている。


 どうやらいまの不意討ちで逃げられると思ったみたいだけど、そうは問屋が卸さない。


「まぁまぁ、待ちなよ、おふたりさん。まだ話は終わっていないよ?」


 逃げようとするふたりの肩を同時に掴むと、おふたりさんはそれぞれに目を見開いてくれる。


 相当に驚いているみたいだけど、そんなものは知らん。

  

 そもそもこんなうら若き乙女の後頭部へと、鈍器を叩き込むなんて、どういう了見だっての。……ちょいとお話を聞かせてもらいましょうかね?


「あ、頭を殴ったのに……」


 赤い角のお兄さんはありえないものを見るかのように、体を震わせている。


 気持ちはわかる。


 竜人族の一撃を受けて、平然といられるわけがないと思うのは当然だもの。それも後頭部と来れば余計にだろうね。


 ……個人的にはうら若き乙女に対して、そんな致死級の一撃をほいほいと放つんじゃないよと言いたいのだけど、不意打ちで顔面に攻撃をしたことを考えれば、これでイーブンかね?


『……ずいぶんと優しいわね、カレン? これでイーブン? ふふふ、そんなわけないじゃないの? 塵ひとつ残さず消してあげて、ようやくイーブンなのよ?』


 あ、まずい。香恋がぶち切れている。


 俺の体は香恋のものでもあるから、その体を傷つけられることを香恋はすごく嫌がっているから、お兄さんズは香恋の逆鱗に触れてしまった。


 本気で塵ひとつ残さずに消滅させてしまうかも。さすがにそれはまずい。香恋が実力行使に出る前に、お兄さんズには血の海に沈んでもらわなきゃならんね。


「や、やっぱりこいつは」


「炎翼」は体を震わせている。どうやら俺が「誰」なのかがわかってしまったみたい。


 まぁ、「助人」の名前を出したことを踏まえると、いろいろと見られてしまっていたのかな?


「そっちは「炎角」のオルタだね? 二人揃って「双炎兄弟」か。賞金は金貨五枚ねぇ。ふぅん。そこそこの賞金首かな? で罪状はなんだったけ? なになに──」


『なんにせよ、シケた犯罪者風情がナメたマネをしてくれたものよねぇ。……死んで償いなさいよ』


 手配書の内容を読み進めようとすると、「炎角」が声をあげた。


 ……ついでに香恋がぶち切れモードに突入しました。


 ヤバい。実にヤバい。さっさと制圧せんと、この周辺が更地になるぞ!


「お、おまえ、もしかして賞金稼ぎか?」


「炎角」は震えながら俺を指差してきた。


 賞金首を専門に扱うのが賞金稼ぎと呼ばれるけれど、賞金稼ぎももともとは別の職業から派生している。


 俺は賞金首専門というわけではないので、賞金稼ぎではない。


 それどころか、その大元なのだけど、「炎角」は勘違いしているようだ。


 なので、そろそろ正式に名乗ることにしようか。というか、さっさと拿捕されんかい!


「賞金稼ぎじゃないよ。俺は冒険者だよ、オルタ。それもただの冒険者じゃない」


「なんだと?」


「あ、兄貴。その女は例の奴だよ!」


「炎翼」が「炎角」に向かって叫んでいた。「炎角」は「例の奴?」と「炎翼」に視線を向けた。


 視線がそれたことで、ちょうど隙が生じた。そのことに「炎角」は気づいていないようだった。


「はい、隙あり」


 隙だらけの隙を衝いて側頭部に蹴りを入れてあげた。ついでに属性も付与させてあげたので、「炎角」は「がぁっ!」と悲鳴を上げて、倒れ込んだ。


「あ、兄貴ぃっ!」


 倒れた「炎角」に「炎翼」は叫びながら声を掛ける。


 でも、そのおかげで「炎翼」にも隙が生じた。その隙を衝いて、今度は頭のてっぺんに向けて脚を振り上げて、そのまま踵から振り下ろした。


 やっぱり踵には属性を付与させてあげると、「炎翼」もまた倒れ込んだ。


 ふたり揃って体をぴくぴくと震わせるだけで、それ以上の動きを見せる様子はなし。うん──。


「──「双炎兄弟」確保完了、と」


『……はぁ、つまんないわねぇ。どうやって塵にしようかと思っていたのに、まぁ、考えてみれば? こんなゴミども相手に私が手を下すのも馬鹿馬鹿しいわよね?』


「はいはい、そうだねぇ」


『はいは一回でいいのよ』


「はぁい。お優しいお姉様」


『……あんたからのお姉様呼びは気色悪いわ』


「あ、そう。せっかく後頭部の一撃から守ってくれてありがとうと言おうと思っていたのに」


『ぇ?』


「もう言わない」


『ちょっと! それとこれとは話が別でしょうが!』


「別じゃありませーん」


『話を聞きなさいよ、カレン!』


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ香恋を無視して、持っていた手配書にバツ印を書き込んで、仕事終了だ。


 今日の仕事はもう切り上げるつもりだったけれど、追加で一件加わり、計五件となった。


 まずまずというところかな。


「あ、あの?」


 鼻歌交じりに倒れた「双炎兄弟」をお縄に掛けていると、急に声を掛けられた。


 なんだろうと振り返るとメイド服っぽいものを来たお姉さんだった。


 どう見てもお店のウェイトレスさんにしか見えない。……うん、嫌な予感しかしないねぇ。


「……えー、その、弁償でしょうか?」


「あー、それもあるんですが、その方々の飲食代も」


「……私が払うので?」


「だってその人たち、気絶しちゃっていますし」


「双炎兄弟」はどちらも気を失っていた。


 お姉さんの言う通り、このまま連行するにしても、こいつらの飲食代をどうするのかという問題がある。


 連中の懐を探っても銀貨1枚しか出てこなかった。


 ちなみに飲食代は銀貨で10枚ほど。……どうやって支払うつもりだったのかと問いただしたいが、どうせ「喰い逃げするつもりだった」とか言うんだろうから聞くだけ無意味だ。


 さらにちなみに「双炎兄弟」の罪状は「連続食い逃げ」である。


 連続食い逃げ犯の異名が「双炎兄弟」というのはなんとも名前倒しなものだけど、こればかりはどうしようもない。


「……とりあえず、弁償代やもろもろも含めてこれで」


 懐の財布から金貨を取り出し、お姉さんに渡す。飲食代と弁償を含めても、せいぜい銀貨数十枚だろうけど、迷惑料も込みにした。


「……多すぎるかと」


「他の人たちの飲食代にもしてください。ご迷惑をおかけした、せめてものお詫びとして」


「えっと」


 お姉さんは困った様子で背後を振り返る。そこにはロマンスグレーという言葉が実によく似合う、モノクルを着けた白髪頭のおじいさんがいた。おそらくはマスターさんなんだろう。


 そのマスターさんが頷いたことで、お姉さんも頷いていた。


「畏まりました。そのように致しますね」


「お願いします。あ、あと領収書もお願いできますか?」


「あ、はい、わかりました。お宛名は?」


「「冒険者ギルド助人 マスター」で」


「承知しましたが、マスター様宛でよろしいので?」


「ええ。問題ないです。私がその本人ですので」


「え? では」


「はい、カレン・ズッキーです。お騒がせ致しました」


 ウェイトレスのお姉さんとマスターさん、それに食事中の方々に頭を下げていく。


 その間にマスターさんが領収書を持ってきてくれた。


 この世界だと手書きオンリーになってしまうが、元の世界でも手書きの領収書の方が一般的だったし、そこに思うことはない。


 ただ、領収書に書かれた字は、元の世界のどの言語とも異なっていた。


(読めるけど、やっぱり違和感あるよなぁ)


 渡された領収書を手にしながら、ぼんやりと眺めているとマスターさんに「なにかございましたか?」と尋ねられてしまった。


「いえ、特に。次は食事で寄らせていただきますよ」


「はい。お待ちしております。プーレさんとシリウスちゃんにもよろしくお伝えください」


 マスターさんが一礼をした後、まさかの名前を出してくれて、つい固まってしまう。


「……お知り合いでしたか?」


「カルディアさんを交えてお三方でスイーツを食べに来られますね。プーレさんは時折うちの厨房に立たれて腕を振るってもくださいますな」


「……初耳ですが」


「お三方曰く「ナイショだから」とのことでしたよ」


 マスターさんはおかしそうに笑っていた。


 その笑顔を見やりながら、あとで話を聞かせてもらおうじゃないか。


「あははは」と苦笑いを浮かべながら、受け取った領収書を手にして、カフェを後にした。


「……はぁ、土産代なくなったなぁ」


『そうね、銀行扱いに一直線ね』


「だから、それやめてってば!」


 達成した依頼が増えたのはいいのだけど、想定外の出費が嵩んでしまうことになった。


 おかげで土産を買うことができなくなってしまった。


 代わりに、カルディアたちが俺を除け者にしてスイーツを食べていたという情報を得られたが、あんまり意味はない。


 どうせ、カルディアに論破されるのは目に見えているし。


 でも、「次に行くなら誘ってよ」とは言わせてもらうけどね。


 ただ、金貨の喪失はデカい。


 重ねていうが、お土産を買う余裕がなくなってしまうほどだからね。


 でかすぎる出費だった。


 加えて再びの香恋が銀行と宣ってくれた。


 本当にこいつはと思うけど、いまは拿捕した「双炎兄弟」を連れ帰るのが先だ。


『後頭部を殴られたのに、本当に元気よねぇ』


「香恋が守ってくれたからだよ。……まぁ、守られなくても問題はなかったけど」


『まぁ、そうね。あんたに致命傷を与えるにはあれじゃ全然だものね』


「我ながら、化け物じみているなぁと思うよ」


 後頭部に鈍器で一撃を食らったら、普通は致命傷になるが、俺の場合はなんの問題もなかった。


 だから、香恋に守ってもらわなくてもよかったのだけど、その気遣いはありがたかった。……気恥ずかしくて言えないけどね。


『……あんたが化け物? そんなわけないでしょう。私のかわいい妹が化け物なわけがないんだから。むしろ化け物なのは』


「香恋?」


『なに?』


「いや、いまなにか言っていたから」


『気のせいよ』


「そう?」


『そうよ。気にしないでね。それよりもさっさと帰りましょう。飽きたわ』


「はいはい」


『はいは、一回よ』


「はぁい」


 香恋がなにを言ったのかはわからなかった。本人が言わない以上は俺からはどうしようもなかった。


「じゃあ、帰ろうか……姉さん」


『そうね、帰りましょう、香恋』


 もう帰ると決めていたけど、改めて帰ることを告げて、だいぶ軽くなってしまった財布を胸に俺たちは帰路へ着いた。気絶した「双炎兄弟」を引きずりながら。


「あー、でも、失敗したなぁ」


『仕方がないと諦めなさいな』


「でも」


『……カルディアたちには、カレンを銀行扱いしないように、私からも言ってあげるわよ』


「本当に!? っていうか、銀行じゃないから!」


『そうね、いまはまだ、ね?』


「っ〜! かーれーん!」


『ふふふ』


 香恋にまたからかわれてしまった。なんだかんだで俺は香恋にも勝てないよなぁと、改めて力関係を確認させられてしまう。


 でも、それも悪いことじゃない。


 悪いわけがないんだ。


『カレン?』


「なんでもないよ」


『そう? ならいいわ……あなたが無事ならそれでいいわ』


 また香恋がなにかを言っていた。


 でも、それが俺にはとても嬉しいことだって直感できた。


 足取りは不思議と軽かった。軽い足取りで俺は「双炎兄弟」を引きずりながら、て、経営する冒険者ギルドへと戻ったんだ。

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