第4話 ダレカタスケテ

「──はい、確認致しました。たしかに「双炎兄弟」ですね」


 仕事先であるギルドに戻ると、受付担当者に「双炎兄弟」を差しだした。


 普通は受付嬢になるんだろうけれど、俺が向かったのは受付チーフである男性──ハーフフッド族のアルーサさんだ。


 ちなみに俺の部下です。


 アルーサさんは自身の目の前にある水晶球を操作していく。


 俺も詳しくはよくわからないのだけど、この水晶球を操作することで、依頼の概要の表示や依頼の達成報告ができるらしい。


 仕組みも操作方法もどちらもわからないので、詳しくは知らないけどね。


「しかし、よく見つけられましたね、マスター。この兄弟はなかなか姿を現さないので有名なのに」


「そうなの? 普通に茶しばいていたよ?」


「まぁ、食い逃げするつもりだったんでしょうから、ある意味当然なんでしょうけど、その場面に遭遇することがなかなかないはずなんですけどね」


「まぁ、持っているからね」


「はいはい」


 やれやれと肩を竦めながらアルーサさんは、手続きを行ってくれている。


 話をしながらも手続きをきちんと行えるのだから、アルーサさんの有能さがよくわかる。


 有能ではあるのだけど、あまり女性にモテないのがなんとも残念だ。


 アルーサさんの顔自体はわりと整っていた。


 イケメンというよりかは美少年と言うべきお顔の持ち主なのでわりとモテそうな気もする。


 だけど、どうにも理想が高すぎるみたいでそれが悪影響しているそうだ。


 理想を落とすというか、妥協すれば選り取り見取りになるそうなのだけど、どうにも性格上妥協ができないということらしい。


 そのせいで、アルーサさんの独り身は当分続くというのがうちのギルドにおける公式見解だった。


「あと他の四件も完遂とのことですが、一件だけは一応様子見をさせていただきますね」


「あぁ、例のたむろっている奴らでしょう?」


「ええ。一応誓約書は書いていますが、たむろしないというのはあくまでもそれを認めた男だけという可能性もあります」


 たむろしないようにと注意はしておいたし、ズタボロにしてあげたから、もう大丈夫だろうけれど、アルーサさんの言うとおり様子見にしておくのが無難だろうね。 


「とはいえ、マスターにそれだけズタボロにされてしまったのですから、たむろしない可能性は高いと思いますが」


「だよね。最後は半分泣いていたし」


 冗談交じりに告げたのだけど、アルーサさんはわりと引いていた。引きながらも、「それはそれとして」と咳払いをした。


「ですが、確実ではありませんので、一応時間を置いて確認させていただきますね?」


「うん、それでいい。で報酬だけど」


「お支払いするのは簡単ですが、あまり意味ないですよね」


「……個人的に支払って欲しいところなんだけどね」


「はい?」


 金貨一枚を弁償代として支払ったことが、重くのし掛かっていた。


 いまさらながらに、なんで金貨にしちゃったかなぁと思わなくもないけど、本当にいまさらだ。


「……とりあえず、いつものように訓練施設に投資という形にしておいて。俺自身のポケットマネーにしたいところなのだけれど、ここは後進のために使うのが一番いいだろうからね」


「承知しました。では、そのように」


 アルーサさんは目の前にあった水晶球をさらにいじっていく。


 ちなみに依頼達成すると水晶球の近くにある箱──特殊なアーティファクトから依頼の達成状況に応じた半透明のケースに封じられた水晶が出てくる。


 出てくる水晶にはそれぞれの依頼のランクによって色が異なる。


 色は白から虹の全十色となる。


 たとえば最低ランクの依頼だと水晶の色は白。最高ランクの依頼だと虹色の水晶になる。


 今回アーティファクトから出てきた水晶の色は下から三番目の青が三つに、下から四番目にあたる緑色がひとつだ。


 青い水晶は午前中までに解決した依頼のもの、緑の水晶が「双炎兄弟」の拿捕に対してのものになる。


 本来その水晶は別のカウンター──素材等の売買のカウンターで換金される。


 その際にやはり似たような水晶球に──挿入口のある水晶球に放り込むことで自動的に読み込まれて、それぞれの依頼に応じた報酬が出るというのが、冒険者ギルドにおける支払いのシステムだった。


 どうしてこのシステムを構築したのかはわからないけれど、この世界における冒険者ギルドでの支払はこのシステムが一般的だ。


 でも、今回俺が達成した依頼の報酬はうちのギルドに特設した訓練施設に寄付ということになるので、出てきた水晶はそのままアルーサさんが回収していく。


 あぁ、金貨五枚がと思うけど、ここはぐっと堪えた。


 いまさら「やっぱり報酬ちょうだい」なんてカッコ悪いにもほどがあるし。


 それでも後ろ髪引かれるものはあるけれど、ぐっと堪えることにした。堪えないといけない。悲しいけどね。


「……あぁ、そういえば。カルディアたちは?」


「あの方たちでしたら──」


 アルーサさんがカルディアたちの居場所について言おうとしていた、そのとき。


 ──ドドドドド


「ん?」


 どこからともなく走る音が聞こえてきた。


 走るにしてはなんだか重量感があるような気がしたけれど、とりあえす音が聞こえた方へと振り向いた。


 それとほぼ同時にぼすんと胸の中に灰色の塊が突っ込んできていた。


 あまりの勢いにたたらを踏んでしまうが、どうにか倒れずに持ちこたえることができた。


 胸の中に飛び込んできたそれをそっと抱きしめて、ため息を吐く。


「こら、ダメだろう、シリウス。いきなり突っ込んできたら」


 胸の中に突っ込んできた灰色の塊こと灰色の髪と毛並みの幼女に苦言する。


 でも、幼女は「わぅ~」と嬉しそうに灰色の毛並みの尻尾を揺らすだけで、たぶん話は聞いてくれていないね。


 頭の上にある同じ毛並みの立ち耳はぴこぴこと動いていて、非常に愛らしい。


 そんな愛らしい幼女であるシリウスは俺の苦言をやはり聞いていないようで、相変わらず「わうぅ~」と鳴くと──。


「──おかえりなさい、ぱぱ上」


 えへへへと満面の笑みを浮かべて、「おかえりなさい」と言ってくれた。


 シリウスの嬉しそうな笑顔に胸がきゅんとした。


 打ち抜かれるというのはこういうことを言うんだろうなぁと思うほどに、その笑みは俺の心に大ダメージを与えてくれる。


 具体的に言えば、シリウスが突っ込んで、いや、胸の中に飛び込んできたときはたたらを踏んでも倒れることがなかったのに、その笑顔の前に俺は膝を突いてしまった。


 それどころか、手で口元を隠しながら膝を突いてグロッキー状態になってしまった始末だ。


「わぅ? ぱぱ上、どうしたの?」


 こてんと小首を傾げるシリウス。


 首を傾げると同時に揺れていた尻尾も「?」マークと近い形になっている。


 やめてほしい。


 その仕草は俺に対しての特効でしかないというのに。


 シリウスはそのことを理解していないのか、徹底的に俺を攻めてくれる。


 まったくとんでもない小悪魔だ。愛らしく困る。


「なんでもないよ、今日もシリウスはかわいいなぁって思っただけだよ」


「シリウス、かわいいの?」


「うん、とってもかわいいよ。世界一かわいいよ!」


「わぅ、そうなんだ」


「うん、そうなんだよぉ~」


 膝を突きながらシリウスに笑いかけると、シリウスは「わぅ」と嬉しそうに鳴きながら微笑んでくれる。


 うちの子、マジ大天使。そう思わずにはいられない笑顔だった。


「……シリウスちゃんが絡むと、旦那様は本当に気持ち悪いのですよ」


 シリウスという大天使に癒やされている俺に容赦のない一言が突き刺さった。


 ぐさりという音が聞こえたよ。ぐさりって音が。泣いちゃいそう。


「ぱぱ上は、きもちわるいの?」


 こてんとまた小首を傾げながら、別の意味での特効をシリウスは仕掛けてくれた。


 シリウスはあくまでも尋ねているだけなのだけど、俺の耳には「ぱぱ上は本当に気持ち悪いの。吐き気がするの、ぺっ」って言われているように聞こえてしまう。


 ……お年頃の娘を持ったお父さんはこんなやるせない気分になってしまうんだなとしみじみと感じながら項垂れる俺。


 項垂れる俺を見てシリウスは「わぅ?」と不思議そうな顔をしている。


 そんな顔もかわいらしいのだけど、いまは心に負った致命傷を癒やすのに精一杯だった。


「そうですね。ぱぱ上は普段そうじゃないんですけど、シリウスちゃんをかわいがりすぎている関係で、シリウスちゃんが絡むととたんに気持ち悪くなってしまうのですよ」


 致命傷を癒やそうと、シリウスをかわいがろうとしたら、再び心に突き刺さる一言が。地面に両手を突きそうになる衝撃を伴った一言が無情に飛んできた。


「だからといって、シリウスちゃんが気にすることではないのですよ? 悪いのはすべてぱぱ上がおかしいのがいけないのです。シリウスちゃんはなにも悪くなんかないのです」


「そーなの? プーレまま?」


「そうなのです」


 打ちひしがれている俺を尻目に、黒い看護服を身につけた青色のボブカットの女の子──嫁のひとりであるプーレがシリウスと目線が合うように中腰になりながら言っている。シリウスの頭を優しくなでつけながら。


 シリウスはプーレの言葉に「よくわかんないけれど、わかったの!」とシュタっと手を挙げながら頷いている。


 実にかわいい。


 かわいいけれど、ちょっと待って欲しいな、ぱぱ上としては。


「待って? シリウス、いいかい、プーレママの言うことを鵜呑みにしてはいけない」


「わぅ?」


「なにを言うつもりなのですか、旦那様」


 プーレはどうしようもないものを見るような目で俺を見てくれている。


 おかしいな? 


 旦那様と呼んでくれているのにその視線からは一切の愛情を感じられない。


 まるで道ばたに落ちているゴミを見るような目を向けられている気がする。


 むしろ、道端のゴミや石に向けられる視線の方がまだ愛情がある気がするよ?


 そのような目を向けられて快感を覚えるような特殊な性癖など俺にはない。


 だというのになんでそんな目を向けられなければならないのか。


 誰か説明してください。


「ぱぱ上はおかしいわけじゃないんだ。シリウスがかわいくて、かわいくて、仕方がないからちょっと変になってしまうだけなんだ。決して気持ち悪いわけじゃない。これは溢れんばかりの愛情がやや過剰に放出されているだけであって──」


「うわ、キモなのです」


「……プーレ、もう少しオブラートに包もう? それが君なりの愛情の形だとしても若干ツンデレがすぎると思うんだよね」


「……知らないのです。プーレは知らないのですよ」


 ふんだと顔を背けるプーレ。


 どうにも様子がおかしいのだけど、拗ねているのは確定みたいだ。


 でもなんで拗ねているのかがよくわからん。


 俺がいったいなにをしたのやら。回目、検討もつきません。


「無理もないよ。だって私たち一緒にいたのに、シリウスばっかり見ているんだもん。プーレは二号さんだから余計に焦っちゃうんじゃないかな?」


 プーレの謎の態度に頭を悩ませていると、くすくすと笑う穏やかな声が聞こえてきた。


 顔を上げると、プーレのさらに後ろにいつのまにかカルディアが立っていた。いつのまにか、シリウスを抱っこしながら。


「一緒にいたって?」


「そのままの意味だよ? 私とプーレはシリウスと一緒にいたんだよ?」


「そう、なんだ?」


「うん。でも、シリウスが旦那様を見つけたら駆けて行っちゃったから目立たなかっただけなんだよ」


 くすくすとおかしそうに笑うカルディア。


 シリウスと似た色の髪と毛並みの尻尾を持ちながらも、その有り様はとても落ち着いており、どこか儚げな印象を与えてくれると


 見目も相まって清楚な女性という風に見える。


 ……もっとも中身は清楚とは言い切れないんだけどね。


「ずっと近くにいたのに、旦那様が私たちを見ていないもんだから、プーレはヤキモチを妬いちゃったんだよ、かわいいよね」


「か、カルディアさん!?」


 プーレが顔を真っ赤にして慌てている。


 わりとツンとしていることの多いプーレには珍しいと思う。


 いや、ツンとしていることも多いけれど、基本的には笑っていることも多い。


 俺が少し軽率なことをするとそれだけで怒り出してしまって、それでツンツンとしているんだよね。


 まぁ、つまりは俺のせいですね、はい。


 そんな俺でもプーレは見捨てることなく、俺をきちんと立ててくれている。


 立ててくれるのと貶すことのどちらが多いのかと言われれば、押し黙ることしかできなくなってしまうけれども。


「あー、その、プーレ?」


「……なんですか?」


 苦虫を潰したかのようなひどい顔を浮かべるプーレ。


 でも、よぉく見ると頬がほんのりと紅く染まっているところを見る限り、恥ずかしいのを隠すためであるようだ。


 ……もう少しわかりやすいデレが欲しいなと思うよ、切実に。


「えっと、プーレのこともちゃんと好きだからね」


「……「も」? 「も」ってなんなのですか? まるでついでみたいなのですけど?」


 フォローを入れたつもりだったのだけど、なぜかプーレの笑顔が怖くなりました。


 そんなプーレと俺のやりとりを見て、カルディアが「朴念仁って本当に困るね」と呆れている。


「いや、別に深い意味は」


「ありますよね? 「どうせ、プーレは二号さんだから、適当でもいっか」という旦那様の裏の声が聞こえたのですよ、プーレには」


 プーレがじりじりと詰め寄ってくる。非常に迫力があって、すごく怖いです。


「いや、そんな意図はありませんよ? マジで」


「ふふふ、なのですよ」


 シャキーンという音とともにどこからともなくプーレが背丈を超えるほどの大きな包丁を取り出しました。


 プーレは後方部門の冒険者で、治療特化型。わかりやすく言えば、ヒーラーだ。


 そう、ヒーラーのはずなのだけど、プーレが手にしているのはとっても大きな包丁です。プーレの身の丈を超えるほどの包丁です。


 もはや包丁というよりかは大剣という方が正しく、そんな凶器を持つ姿を見たら、とてもではないけれどヒーラーとは呼べない。


 呼べないのだけど、俺個人としてはヒーラーは物理火力もある職だという認識になっている。


 それもすべては幼なじみの存在があるからなのだけど、いまは置いておこう。でないとなにが起きるかわかったものじゃない。


 正確にはプーレの怒りがどういう風に向くのかがわからないというべきかな。


 妖しく包丁を構えるプーレを前に、他の女性のことを口にしたらどういうことになるのかなんて考えるまでもないこと。


 そんな予想困難どころか容易すぎる未来に対して、あえて地雷原に踏み込む蛮勇を俺は持ち合わせていない。


 命大事にはマジ大事だと思います。


「……いま他の女のことを考えましたね?」


 どきりと胸が高鳴った。


 背筋を冷たい汗が伝っていくのがはっきりとわかった。


 ほぼ同時にひんやりとした冷たい金属が首筋に触れた。


 目の前にはにっこりと笑うプーレがいる。


 プーレの腕はまっすぐと伸びていて、その手にある大剣じみた包丁によって俺の首筋は撫でられていた。


(……動き出しすら見えなかったんですけど)


 背筋を伝う汗の量が増えるのがはっきりとわかる。


 当のプーレはニコニコと笑っている。


 笑っているけれど、その姿は愛らしい嫁というよりかは、血に飢えた獣のようにしか見えない。


 それも俺の命を狙う獣。それがうちの嫁のひとりです。


 ……本当にどうなっているんですかね。


 これでうちのギルドではハーレム扱いですよ? 


 勘弁して欲しいですよ、はい。


「こぉら、プーレ。あんまり旦那様を虐めたらかわいそうだよ?」


 プーレの怒りに震え上がっている俺に、カルディアが救いの手を差し出してくれた。


 あぁ、持つべきものは心の広い嫁だなぁとつくづく思う。さしあたっては「さすがカルディア」と申し上げたいところで──。


「いくら旦那様が私とばかりそういうことをするからって、旦那様に当たり散らしても意味ないよ?」


 ──ってちょっと待って!?


 この子なに言ってくれやがんのです!? 


 公衆の面前でなにをぶちまけてくださるんですかい!? 


「そ、そういうこと、って」


「うん? そういうことは、そういうことだよ? いくら私が羨ましいからって、ツンケンばかりしていた、ますます旦那様が遠ざかっちゃうんだからね?」


 カルディアはそう言って胸を張ってくれました。


 プーレを諫めようとしてくれたのはわかる。その気持ちはとてもありがたい。


 だけどさ、一言余計すぎるよ。


 いや、一言どころじゃないな、うん。発言その物が余計ですね、はい。

 

 だってその内容じゃプーレを諫めるどころか、より白熱させてしまうのは目に見えている。そんなことがわからないカルディアじゃない。


 ということは、この嫁はあえてやりやがったな。なんてことをしてくださるんですかね、この嫁は。言ったところで意味ないでしょうけども!


「か、カルディアさんだって、そんなしょっちゅうしているわけじゃ──」


「わぅ? きのうもぱぱ上とまま上、ベッドの上でいろいろとしていたよ?」


 カルディアの一言に食ってかかるプーレに、まさかの一言をシリウスがぶちかましてくれました。


 シリウスちゃん、君もその一言は余計すぎますよ。


 というか、なんで知っているの!? シリウスが眠ったのを確認したはずだったのに!


「あのね、シリウスが「いもーとほしい」って、まま上におねがいしたの。そしたらまま上が「じゃあ、今日はおねんねしたふりをしているといいよ」っていっていたの」


 状況説明をシリウスはしてくれるけれど、その内容はなんとも言えない。


 いや、そもそもの話、「妹が欲しい」と言われても、俺もカルディアも同性なわけなので、どう頑張っても無理なんですよね。


 その辺りのことはどうにも理解してもらえない。


 というかさ、なに、寝たふりって?


 寝たふりしたところで子供ができるわけがないんだけど。


「「シリウスがおねんねしているあいだに、ぱぱ上にがんばってもらうから、シリウスがまま上に「がんばれ」っておうえんしてくれるなら、いもーとができるかもしれないから」って」


 きらきらと目を輝かせるまいどーたー。その純粋無垢な瞳がいまは心に痛い。あまりにも痛すぎる。


 痛いという感情に以上、なんてことをさせているんだ、この嫁は。


 そもそもなにがしたいのかがさっぱりと理解できん。


「あのさ、カルディ──んんぅ!?」


 俺がカルディアの方へと振り向くとなぜかカルディアの顔がすぐそばにありました。プーレの慌てる声が遠くから聞こえてくる。


「──旦那様がうるさいことを言おうとしていたから、塞いじゃった」


 カルディアは悪気も見せずにはっきりと言い切った。


 その言動のおかげで、もうなにも言えません。というか、なにを言えと?


 できるのはただゆっくりと後ろへと倒れるだけだった。


「やだ、もう、旦那様ってば。みんなが見ている前でするの? 本当にこういうのが大好きなんだから。仕方がないなぁ」


 そんな俺を見下ろしながら、頬をほんのりと染めると、カルディアはおもむろに着ている服に手を掛けた。


 カルディアをプーレは「なにをするつもりなんですかぁぁぁぁ」と叫びながら必死の形相で止めていた。


 カルディアは不満げに「邪魔しないでよ、プーレ」と唇を尖らせている。


 邪魔するもなにもプーレの反応こそが自然だと思うのだけど、カルディアにそんな常識が通じるわけもなく、ふたりは自然と言い争いを始めてしまった。


「ぱぱ上、ぱぱ上、いもーとはいつできるの? ねぇねぇ」


 カルディアとプーレが言い争う中、シリウスは待ちきれないという様子で俺の服の裾を握っている。


 どう考えてもカオスだった。


 そんなカオスな状況に追いやられた俺は「ダレカタスケテェ」と天を仰ぎながら呟くのだった。


 でも、その呟きが届くこともなく、ふたりの言い争う声とシリウスの強請る声はいつまでも聞こえ続けていたんだ。

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