第14話 これからのこと

 青空が広がっていた。


 青空の下で、庭園内の花々は美しく咲き誇っていた。


 美しい花々と澄んだ青空のコントラストは見事であり、その見事な光景を眺めて朝食の最中だった。


 場所は前日のお茶会と同じく、庭園中央のガゼボ内。その中は、やはり真っ白なテーブルと人数分の椅子が置かれていた。


 ただ、テーブルの上に並べられているのは、前日のようなお茶やお茶菓子ではない。


 真っ白なテーブルクロスの上には洋風の朝食という言葉で思いつくような、テンプレともクラシカルとも言えるようなメニューが並んでいた。


 ベーコンエッグと付け合わせのトマトのサラダと複数種類のパンが収まったバスケットに、黄色のポタージュ。まさに「これぞ朝食」と言わんばかりのメニューだった。


 それもどれもとても美味しそうだった。


 たとえば、ベーコンエッグであれば、卵は半熟でフォークで突っついただけで真ん中の卵黄が溢れてしまいそうなほど、ほどよい具合の半熟。


 ベーコンはベーコンで表面はカリカリに焼かれているが、噛めば肉汁が口の中にじわっと広がりそうなほどによく焼かれている。


 付け合わせのサラダだって、採取したてと思うほどにとても瑞々しかった。


 トマトに至ってはとろりとした果汁に塗れているうえに、とても艶々としていた。


 トマトを始めとした野菜たちの上から乳白色のドレッシングだか、ソースだかが掛けられることで、非常に調和が取れた見た目をしていた。


 主食であるパンは、メインはロールパンらしき焼きたてのパンだった。


 しかもひとつだけではなく、ひとりひとりの席の近くに複数の種類かつそれぞれが複数個入ったバスケットがあり、各自自由に食べることができるように配慮されていた。


 そのうえ、飲み物は飲み物で、ミルクと紅茶、それとコーヒーが置かれていて、各自自由に選べると来ていた。


 紅茶とコーヒーはそれぞれティーポットとドリッパーが置かれており、それぞれから香り高い匂いととも湯気が立っていた。


 最後のポタージュも黄色の水面からは、トウモロコシの香ばしい匂いが立ちこめていて、非常に食欲をそそってくれていた。

 

 なにからなにまで、理想的な朝食風景だった。


 前日の夕食とは違い、朝食の席には俺とカルディア、レアさん、それにコアルスさんが揃っていた。


 コアルスさんは、まるでそこが定位置と言わんばかりにレアさんの後ろに静かに控えていた。


 それだけを見ると、少し前までの光景は、レアさんとカルディアを揃ってこってりと絞られていたのが幻だったかのようだ。

 

 でも、幻ではなく、現実だった。


 その証拠に、レアさんもカルディアも若干疲れたような顔をしていた。


 疲れてはいるけれど、気落ちしていないようで、牽制するような目で睨み合っていた。


 その牽制の意味がどういうものなのかは、言うまでもない。


 当時もいまも思うのだけど、俺のどこにそんな魅力があるのやら。


 まったく理解ができない。


 でも、理解はできないが、ふたりが挙って俺を狙っていたことはわかっていた。


 そのおかげで俺の席はふたりの中間、いわゆるお誕生席となっていた。


 普通こういう席はその場の主と決まっているのだけど、その主の席になぜか俺は座らされていた。


 座らされながら朝食を取るというなんともいない状況に追い込まれていたんだ。

 

 そんな状況に陥りながらの朝食。正直言って、あまり味はわからなかった。


 美味しいとは思うのに、具体的にどう美味しいのかを表現できないほどに、そのときの俺は緊張感に苛まされていた。


 そんな緊張感溢れる朝食も半分を過ぎたとき。レアさんが、それまで無言であったレアさんがついに口を開かれたんだ。


「さて、そろそろ建設的なお話でもしようか?」


 レアさんは何気ない口調でそう言われた。


 まるでいままでそのときを待っていたかのような口振りだった。


 実際、コアルスさんのおかげでどうにか窮地から脱し、美味しいはずの朝食を半分食べ終わるまで、レアさんは無言だった。


 無言だったのはレアさんだけではなく、カルディアも同じだったけど。


 同じ無言ではあっても、ふたりの無言はまるで意味合いが異なっていた。


 お互いを牽制し合ってはいたものの、レアさんは終始清々しいお顔だった。


 対して、カルディアはいまにも噛みついてきそうなほどに剣呑な表情だった。


 対照的なふたりの姿に、自然と朝食の席は緊張感に溢れるものになっていったんだ。


 カルディアはともかく、レアさんの振るまいは、まるで朝のあれこれはまるで幻だったのではないかと思えるほどだった。


 それほどにレアさんは、静かに席に着いて朝食を取られていた。


 そんなレアさんと一緒に俺とカルディアは朝食を取っていたのだけど、その終わりのときはいきなり訪れたんだ。


「建設的というと?」


「カレンちゃんの今後のことだよ」


 レアさんはそう言って、朝食のパンをちぎり、口に運ぶ。


 もごもごと動く口元に自然と目が向いてしまっていた。


 正確には艶やかな唇に目が向いていた。


(昨日はあの唇と)


 昨夜のことが自然と脳裏に蘇り、顔に熱が溜まってしまった。


 そんな俺に目ざとく気づいたレアさんは、ふふふとおかしそうに笑っていた。


 でも、笑うだけでなにか言う訳でもなく、直接的な行動に出るわけでもなかった。


 ただ、穏やかに笑って俺をじっと見つめるだけ。


 その視線と、その表情には俺はすっかりとやられてしまって、なにも言えずに沈黙することしかできなかった。


 でも、そんな俺とは違い、レアさんはよりにこやかに笑っていた。そして──。


「……じぃ~」


 ──擬音を口にしながらカルディアが俺を睨んでいた。その目はとてもとても鋭くて、針のむしろだった。


 そんな状況下でも、俺はどうにかレアさんを見ていた。


 問いかけに答えるということもあるけれど、カルディアの視線から逃れるという意味合いもあって。


 そうしてレアさんと対峙を選ぶと、レアさんが言ったのは──。


「カレンちゃんは今後どうしたい? カレンちゃんの目的をまず決めようってこと」


「……俺の目的」


 レアさんに言われて思いついたのはひとつだけだった。


「……元の世界に戻りたいです」


「そう。まぁ、そうだよね」


 レアさんは俺の返事を聞いて、「当然」とばかりに頷き、紅茶を一口啜ると──。


「帰る方法がとっても難しいことであっても?」


「あるんですか?」


「うん。でも、とっても難しいよ? それでも元の世界に戻りたい? だいたいの人は挫折したり、途中で死んじゃったりしているけど、それでも元の世界に戻りたい?」


 レアさんはじっと俺を見つめていた。


 その目はとても真剣で、おふざけは一切感じられなかった。


 だから、俺もまた真剣に、自身の想いを口にした。


「……帰りたいです。絶対に帰ると約束したから」


「……そう。じゃあ、協力してあげる」


「え? いいんですか?」


「うん、もちろん。カレンちゃんにはその分の代償を支払って貰ったからね」


「代償」


 レアさんに支払った代償。言われて思いついたのは、前夜のことだけ。


 でも、いくらなんでもそれが代償というのは、あまりにも軽すぎるようにも思えた。


 人にとってはそれで十分というだろうけれど、いくらなんでも代償が軽すぎる気がした。


「……いくらなんでも軽すぎるのでは?」


「そうかな? 十分だよ?」


「ですが」


「いいから、いいから。黙ってお姉さんの厚意に甘えていなさいね」


 ウィンクをするレアさんに、このときの俺は押し切られてしまった。


 薄膜ひとつで得られる協力なんてたかが知れていると思っていたのだけど、次の瞬間、その考えが浅はかであったことを俺は痛感させられてしまった。


「とりあえず、そうだね。資金援助と場所の提供かな? コアルス、どこかいい場所あるかな?」


「そうですね。「エンヴィー」内ではちょうどいい物件はないかと思われます。ですが、竜王陛下のお膝元であれば」


「えー? あいつのところにあったっけ?」


「お忘れですか? ちょうどいい物件を無償提供されていたではありませんか。ですが、陛下は使いもしない別荘として放置されておられたでしょう?」


「別荘? ……あー、そういえば、そんなのあったね。あいつの顔を見るの大っ嫌いだから、一度も使っていなかった気がするけど」


「ええ。その通りです。ですから、そちらを提供するのがよろしいかと」


「あいつのことだから、それなりの広さのをくれているはずだし。そうだよね?」


「ええ。屋敷というよりも城館という方が正しいくらいの規模ですね。……本当にあの方は陛下にはお優しいですね」


「ん~、優しいというか、甘いんじゃない? 私はどうでもいいことだけどさ」


 吐き捨てるように言い切りながら、レアさんは紅茶を啜る。


 さっきまでとは違い、苦々しい表情になっていた。


 コアルスさんの言葉を聞く限り、あいつというのが竜王という人なのはわかった。


 その竜王さんをレアさんが嫌っているということもだ。


 対して竜王さんはレアさんを好いているようだった。


 どういう意味合いでなのかはわからなかった。


 ……会ったこともなかった竜王さんに対して、なんとも言えないもやっとした感情をそのときの俺は抱いていた。


 それが嫉妬であることはいまならわかるけれど、当時にはわからなかった。


 というか、気にしている余裕がなかったというべきか。


 なにせ、そのときはふたりが言っている内容がいまいちわからなかったからだ。


 なんで資金援助なんて話になるのかがぜんぜんわからなかった。


 そんな俺の姿が目に入ったのか、レアさんは楽しそうに笑っていた。


「カレンちゃん、話が理解できていなそうな顔しているね?」


「えっと、すみません」


「ううん、気にしなくていいよ。事情が飲み込めないのも当然だもんね。だから、まずは事情というか、カレンちゃんが元の世界に戻る方法から教えてあげる」


 レアさんは、こほんと咳払いをしてから、元の世界に帰るための方法について教えてくれた。


 あまりにも無理がありすぎる方法を、唯一世界を渡れる方法を教えてくれたんだ。


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3日に1回はやはり余裕がありますね。

もう少し書き溜められれば、また毎日にするかもですが、いまはまだ無理ですけども←

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