第49話 強い人

※閲覧注意回。苦手な人はロールバック推奨

________________________


 ククルさんによる私刑は一時間ほど続いた。


 途中から構成員の男を別室へと連れて行かれたので、全容は俺も知らない。


 だけど、途中までは知っている。その途中まででもかなり過激で、カルディアとプーレに頼んでシリウスを外に連れて行ってもらったくらいだ。


 まぁ、途中からというよりかは、構成員の脚を何度か突き刺したあたりで、シリウスを連れていって欲しいと頼んだ。


 ふたりは二つ返事で頷き、ギルドの外へと行った。それはカルディアたちだけではなく、他の冒険者でも人の血が苦手な人は同じようにして、ギルドの外へと出て行った。


 それだけ、ククルさんの私刑、いや、尋問は過激、いや苛烈だった。


 特に最後、俺が知る最後のあたりからは、構成員の左腕の骨を削り始めたあたりからは、狂気さえ感じたほどだった。


「なかなかしぶといですねぇ? ですが、それもこれで終わりですかね?」


 それまでククルさんは、構成員の脚を突き刺したり、左手の指を折ったりなど、構成員を痛めつけながら、「なにが目的なのか」と尋ねていた。


 それでも構成員は口を割ることはしなかった。


 それだけ痛めつけられても口を割らない、いや、口を割れないほどに「深緑の翼」とやらは厳しい掟があるのだろうかと思い始めたときだったんだ。


 ククルさんが笑いながら、構成員の左腕をおもむろに掴んだのは。


 ククルさんに左腕を掴まれた構成員は「なにをするつもりだ」と汗まみれになった顔で言った。そんな構成員にククルさんは──。


「ほぼ確実に口を割らせるやり方ですよ」


 ──口元を妖しく歪ませると、左腕の可動域を超過するようにして捻って骨を折ったんだ。


 構成員は顔をひどく歪ませ、声もなく唸っていた。


 だけど、ククルさんはそこで止まらなかった。


「お次は~」


 鼻歌を歌うようにして、構成員の袖を切り落とし、露わになった左腕に双剣を宛がったんだ。


「な、なにを」


 構成員は震えていた。震えながらククルさんを見やるも、ククルさんは相変わらず笑っていた。妖しく口元を歪ませて笑いながら、左腕の肉をそぎ落とされたんだ。


 その瞬間、構成員の口から野太い悲鳴があがった。


 でも、ククルさんは手を止めることなく、肉を削ぎ続けて、やがて骨に達した。


 そぎ落とされた肉は、構成員が流した血だまりに浮かんでいた。


 それをククルさんは男に見やすいように見せながら、鼻歌を歌われていた。


「さぁて、ここからが本番、ですよ?」


 ふぅと構成員の耳元で囁きかけると、ククルさんが行ったことこそが骨を削ることだった。


 俺のいた場所からでも骨を削る音ははっきりと聞こえた。


 構成員にとってみれば、体の中を削られる音と激痛は産まれて始めての経験であると同時に、生き地獄のようなものだっただろう。


 構成員はそれまで以上に野太い悲鳴を上げていた。脂汗を全身で搔きつつ、無事な右手でギルドの床に爪を立てていた。


 床に立てた爪もほとんどが割れていて、割れた爪からは血が滲んでいた。それだでも十分すぎるほどの痛みであるはずなのに、その痛みよりもはるかに強い激痛に構成員は苛まされていた。


 それでもククルさんの尋問は続けられたんだ。


「あなたがすべて話すまで続けますよ? 仮に削りきっても、まだ骨はたぁくさんありますからねぇ~?」


 くすくすと囁きかけられた言葉に、構成員はひしゃげた声で「殺してくれ」と懇願していた。


「ええ、殺してあげますね? まずはあなたの心をきっちりと殺して、その後で命を奪ってさしあげますね?」


 ククルさんのその一言に、構成員の心は折れたのが俺にもわかった。


 そしてそのときにはすでに退出していた冒険者以外の、人の血にもなれているはずの冒険者たちでさえも青い顔をしていた。


 中には堪えきれずに、吐きだしてしまう冒険者もいたほどだった。


 それでもククルさんの尋問は終わらなかった。


「そぉれ、ごーり、ごーり、ごーり~」


 楽しそうな声でククルさんは構成員の耳元で、その左腕の骨を削る音を口ずさんでいた。


 ククルさんの声はかわいらしいものだけど、その口にする言葉はひどくえぐい。


 構成員は尾を引くような悲鳴を上げ続けた。やがて、左腕の骨の半ばほどを削ったとき。構成員の心は壊れた。


 構成員の心が壊れたところで、ククルさんは一度手を止められたんだ。


「さて、ここからは別室に行きますかね。カレンさん、これを別室まで運ぶのを手伝ってください」


「お、俺ですか?」


「そう、あなたです。あなたもいずれこの手の尋問を経験することになるでしょうし、いまのうちに慣れるためにも連れて行く手伝いをしなさい」


「それは、指示ですか?」


「いいえ、命令ですよ?」


 ニコニコとククルさんは笑いながら言い切った。


 有無を言わせる言葉に、俺は無言で頷き、涙と涎塗れになり、意味のない言葉を延々と呟く構成員を肩で担いだ。


 そのときにはククルさんは俺に背中を向けて別室へと向かって歩かれていた。


 その後を俺を追い、ククルさんの言う別室──やけに声が反響する部屋、ギルドマスターの執務室と同じ階にある小部屋へと構成員を運んだんだ。


 小部屋には黒い椅子が置かれていた。その椅子にククルさんは構成員を座らせるように言われた。


 俺は無言で構成員を縛り付けながら、椅子に座らせた。


「ご苦労様です。あとは私がやっておきますので、あなたは外で見張りでもしていてくださいね?」


「えっと、ギルドの外、ですか?」


「なにを言っているんです? 部屋の外に決まっているでしょう?」


「……は、はい。わかりました」


「よろしい。では、お願いしますね? これが演技をしている可能性もなくはないのでね。もし、私への逆襲を狙っていた場合、私を守るのはあなたですからね」


「……わかりました」


「では、そのように」


 ククルさんの言葉に頷きながら、俺は部屋の外に出た。


 それからすぐに尋問は再開され、構成員の声が響き渡った。その声を俺は壁に寄りかかりながら聞くことしかできなかった。


『……カレン、気を強く持ちなさいな』


 その間、香恋が幾度となく俺に声を掛けてくれた。


 その声に俺は「大丈夫」や「ありがとう」と返事をしていった。


 そうして別室へと移った数十分、尋問が始まって一時間が経った頃、ククルさんが部屋の中から出てきたんだ。


「終わりましたよ」


 ククルさんは顔まで血にまみれながら、笑いながら部屋から出てこられたんだ。


 ただし、部屋の中を巧妙に隠しながらだけども。


「……ククルさん、どうでしたか?」


「ええ、すべて聞かせて貰えましたよ」


 ククルさんは笑っていた。満足げに笑っていた。


「他の子たちにも聞かせなくてはならない内容ですので、このまま下まで行きますよ」


「着替えは」


「いりません。必要ない」


「ですけど」


「いいから着いてきなさい。これは命令です」


「……わかりました」


「よろしい」


 ククルさんは言葉短く返事をしながら、先導するようにしてロビーに向かわれた。


『……強い人ね』


 そんなククルさんを見て、香恋はぼそりと呟いた。


「……ひどい人の間違いじゃ」


『いいえ。強い人よ。……あんなにも手を震わせているのに、気丈に振る舞っているのだから』


「手を震わせて?」


『左手を見てみなさいな』


 香恋の言葉に従って、ククルさんの手を、左手を見やると、かすかにだが左手が震えていたんだ。


 でも、震えていたのはわずかな時間だけ。それこそ見間違いだったんじゃないかと思えるほどの、刹那とも言える時間だった。


 瞬きよりも短い時間。瞬きをすれば、すでにククルさんの左手は震えていなかった。


「……想像を絶する尋問をみずから行う。普通の感性をしていたら、無事にいられるわけがないじゃないの。それでもギルドマスターはそういう仕事もやらないといけないんでしょうね』


「……ギルドマスターの、仕事」


『ええ。だからといって哀れむんじゃないわよ。それこそ、あの人を貶すことなのだから。あの人の気丈さに泥を塗る行為だと思いなさい』


「……わかった」


『そう、いい子ね』


「子供扱い、すんな」


『ふふふ、ごめんなさい』


 香恋と短いやり取りを交わしていくと、ククルさんが立ち止まって振り返られた。


「どうしました?」


「なんでもないです」


「そうですか? ならいいのですが」


 ククルさんは血まみれになった顔で笑われた。


 そこにはもう先ほどの震えはない。


 ただただ強い人が、強すぎる人がまっすぐに背筋を伸ばして立っていた。


 敵わないなあとはっきりと思った。


 はっきりと敵わないと思いながら、俺はククルさんの後を追いかけていく。


 血まみれになってさえも、まっすぐに歩み続けるククルさんの後をただただ追いかけていったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る