第48話 私刑
見知らぬ男性がギルドへと乗り込んできた。
……乗り込んできたというには、その男性は大いに怯えていたけれどね。
でも、怯えながら男性ははっきりと言ったんだ。「盗賊たちが徒党を組んだ」と。
その言葉に俺以外の冒険者たちは、みんな騒然となっていた。
誰もが「ついにか」とか、「まずいことになったな」とか口々に漏らしつつ、その顔を真剣な色に染めていた。
両隣にいたカルディアもプーレも表情を引き締めていた。シリウスは相変わらず意味がわかっていないみたいで、不思議そうに首を傾げていたが。
冒険者たちが騒然となりつつも、真剣な表情を浮かべ始めたとき、パンパンと手を叩く音が聞こえてきたんだ。
手を叩いたのは、ほからぬククルさんだった。当のククルさんも真剣な表情を浮かべながら、乗り込んできた男性を見やると──。
「そちらの方、少し話を聞かせていただけますか?」
──にこやかに男性に手招きしながら笑いかけたんだ。その笑顔に男性は「え。あ、ああ」と頷きながら、手招きされるままにククルさんに近寄っていく。
「いくらかお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「え? あ、それはもちろんって、悠長に話している場合じゃないんだよ! 早くギルドマスターを呼んできてくれ!」
男性は距離をある程度詰めると、状況が逼迫していることを思い出したのか、慌ててギルドマスターを呼び出して欲しいと言い出したんだ。
ギルドマスターなら目の前にいるけれど、と思ったけれど、不思議と冒険者たちはなにも言わなかった。
ククルさんもニコニコと笑いつつ、「ギルドマスターですか?」と聞き返していた。
「あぁ、そうだよ! 見知らぬ盗賊どもが徒党を組んでいたんだ! 早くギルドマスターを呼ぶか、ギルドマスターにこの件を伝えてくれ! 早くしないとこの辺一帯に大きな被害が出てしまう!」
男性は叫んだ。その言葉はギルドの中にこだました。
その声にギルド中の目が男性へと注がれていった。
それでも、なぜか冒険者たちはなにも言わなかった。
ククルさんもニコニコと笑うだけでなにも言わない。
その様子に男性は怪訝そうに「お、おい、早くしないと」と焦っていた。
そんな男性に向かって、ククルさんは笑いながら「まぁまぁ」と告げながら、その肩にぽんと手を置いた、そのとき。
「風縛」
ククルさんの手から視覚化した風が生じ、その風が男性の全身に纏わり付く形で、拘束していったんだ。
男性は「なにを!?」と叫ぶも、ククルさんは拘束した男性へと近づくと、すぐさまうつ伏せに床に転がすと、その背中を思いっきり踏みつけたんだ。
「がぁっ!?」
男性が苦悶の声を漏らすも、ククルさんはおかまいなしとばかりに、腰に佩いていた双剣のひとつを、男性の顔すれすれに投げつけたんだ。
男性は「ひぃっ!?」と悲鳴をあげるけれど、ククルさんは男性の背中を踏みつけたまま、双剣の刃を男性の首筋へと向けると──。
「──問おう。貴様はそれをどこで見た? なぜ、見ただけで盗賊どもが徒党を組んだとわかった?」
「な、なにを言って──がっ!」
男性が脂汗を搔きながら、ククルさんを見上げていた。が、ククルさんはそれまでの笑顔とは一転して、とても冷たい目で男性を見下ろしていた。
「質問するのはこちら。貴様は答えることしか許されていない」
ククルさんは淡々とした口調で、もう片方の足で男性の後頭部を踏みつけた。それもぐりぐりと床に擦りつけるようにして。
「お、俺がなにをしたと」
「……聞いていなかったか? 答えることしか許していないと言った。それともそんな様で斥候役は務まるというのかな?」
男性は鼻血を出しながら、ククルさんを睨み付けるけれど、ククルさんはやはり冷たい目のままで男性を「斥候役」と呼んだんだ。
その言葉に男性が目を見開いたのがはっきりと見えた。
「な、なにを言って──」
「はっきりと言わないとダメかな? なぁ、「深緑の翼」の構成員?」
「っ!?」
男性は鼻血を出しながら取り繕おうとしていたのだけど、ククルさんは取り繕うことを許さないとばかりに「深緑の翼」という名前を口にした。
その名に男性はあ然となって、ククルさんを見上げていた。
「新進気鋭の盗賊団「深緑の翼」の名前を知らないと思うてか? そしてそのやり口も、善意の協力者という体を取って、相手側の内情を最初に測るというやり口がすでに知れ渡っているとなぜわからない?」
淡々と告げながら、ククルさんは床に差した件を拾い上げると、再び顔スレスレの床へと剣を差したんだ。
男性の頬をかすめる形で差された剣は、かすめた男性の頬を少し深めに切り裂いたのか、男性の頬から少なくない量の出血が生じていく。
「ち、違う! 俺は「深緑の翼」じゃ」
「そんな嘘を信じると思うてか? ふざけるのも大概にしろよ?」
ドスを利かせた声でククルさんが囁きかける。その声に男性の顔は恐怖の色に染まりつつあった。それでも誤解を解こうと必死に「誤解なんだ」と叫んでいた。
「ギルドマスターを。そうだ、ここのギルドマスターを呼んでくれ! 俺はここのマスターと長年の付き合いで!」
ついにはギルドマスターを呼んで欲しいと懇願していた。
男性曰くギルドマスターとは長年の付き合いと言ってだ。
「ふぅん?」とククルさんが頷きつつ、ちらりと俺を見つめた。その目はやはり冷たいものではあったけれど、その口元は楽しそうに弧を描いていた。
その様子にククルさんがなにを言いたいのかはなんとなくわかり、俺はククルさんの要望通りであろう言葉を口にしたんだ。
「その人と長年の付き合いなんですか? ククルさん、いや、ギルドマスター」
「……は?」
男性は俺の言葉にまたあ然としていた。だが、ククルさんは男性を無視して俺を見やると、「よくできました」と言わんばかりに満足げに笑うと──。
「いいえ? 初めてお会いしましたねぇ? 私は初めてお会いしたはずなんですが、どうにもこの方は私と長年の付き合いらしいですよ? おかしな話ですよねぇ~? ギルドマスターの、長年この街の支部でギルドマスターを務める私の顔も知らない人なんて、この街には存在しないはずだというのにね?」
にやりと大きく口を歪ませるククルさん。その言動でようやく男性は自分の置かれている状況が死地であることに気づけたようだった。
だが、時すでに遅しだった。
「さぁて、少しばかりお話を聞かせて貰いましょうかねぇ? 「深緑の翼」の構成員さん? 具体的にはなにが狙いなのかとかね?」
ククルさんが笑みを深めた。その笑顔はとても迫力があり、そしてとても恐ろしい笑みだった。その笑みに男性が悲鳴をあげる。
だが、ククルさんは笑いながら、もう片方の双剣を抜くと、男性の脚に突き刺したんだ。
男性の目が見開き、呻き声が上がる。
だが、ククルさんは止まらなかった。
「さぁて、あなたはあと何回突き刺したら、いい子になりますかね? 試してみましょうね?」
再びニコニコと笑いながら、ククルさんは男性の脚を何度も何度も突き刺していく。
呻き声が悲鳴になるまでに時間はさほど必要ではなかった。
それでも、ククルさんは嬉々とした様子で双剣を振るい、その度に男性の口からは悲鳴があがっていった。
そうしてククルさんの手による尋問は始まりを告げた。
それを俺はシリウスが見ないようにとシリウスの目の前に立って、私刑染みた光景を隠したんだ。
「ぱぱうえ?」
シリウスが首を傾げた。
でも、俺はあえてなにも答えずに、ククルさんの手による私刑をただ眺めていったんだ。
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