第47話 依頼達成と

「──ふむ。たしかに依頼の薬草ですね。それもこんなにも大量に」


 がやがやと騒がしい声が聞こえていた。


「アージェントの森」から戻ってきた俺たちは、ククルさんのギルドで依頼の報告をしたんだ。


 とはいえ、報告するまでに一悶着があったのだけど。


 高台でちょっと、いや、大いにハメを外しすぎた俺とカルディアは、プーレに朝までお説教されていた。


 その後は朝になって起き出したシリウスと一緒に朝食を食べて、俺たちは「エンヴィー」へと戻ってきたんだ。


 必要数以上の薬草を採取して、追加報酬は確実と目を輝かせるプーレは意気揚々とギルドへと向かっていた。


 その後を俺とカルディアとカルディアに抱っこされたシリウスは続いた。


 シリウスはプーレが上機嫌である意味はわかっていないけれど、「プーレままがうれしそうなのはいいことなの」とシリウスもまた上機嫌になって尻尾を揺らしていた。


 そんなふたりとは対照的に朝までお説教されていた俺とカルディアは若干疲れ気味になって、ふたりとともにギルドのドアを潜ったんだ。


 そうして潜るとそこにはなぜか強面の冒険者たちが揃っていて、その冒険者たちの前には双剣を装備したククルさんが立っていた。


 いきなりの状況に俺たちはあ然としたが、それはククルさんたちも同じだった。


「あなたたち、無事だったんですか?」


 ククルさんはいかにも心配しましたと顔に書きながら、大きく息を吐いていた。


 そしてそれはククルさんたちだけではなく、居並ぶ冒険者たちも同じだったようだ。


 その様子を見て、プーレとカルディアは揃って、「あ、途中報告忘れていた」とバツの悪そうな顔を浮かべたんだ。


 この世界の冒険者は依頼の際に、必ず途中報告することが義務づけられていた。


 予定にない魔物と遭遇したり、依頼書の内容との食い違いがあったりなど、冒険者の仕事は必ずしも依頼書の内容通りに進むわけじゃない。


 その際、依頼を受けた冒険者の実力次第では、依頼失敗どころか、命を落とす可能性もありえる。


 それを防ぐために、冒険者は依頼の途中で必ず途中報告をするという義務があった。


 それは日帰りの依頼だろうが、泊まりがけの依頼だろうが関係なくだ。


 その途中報告を当時の俺たちはすっかりと忘れていたんだ。


 しかも、俺たちが向かったのは、「アージェントの森」という進化種の魔物の住処だ。


 このあたりで有数の危険地帯に向かったのに、途中報告がいつまで待ってもされない。


 なにかしらの異常事態に巻きこまれたと考えるのはある意味当然だったんだ。


 そのうえ、メンバーはエンヴィー支部においてのエースであるカルディアと準じるプーレが含まれている。


 ふたりがいるのに途中報告もできない状況。ククルさんが異常事態宣言を出すのも当然の状況だった。


 ククルさんは夜明けを迎えてからすぐに、腕利きの冒険者たちを集めた。


 そして一通りの冒険者たちを集めて、いざ「アージェントの森」へと向かおうとした矢先に、俺たちがちょうど帰ってきたんだ。


 居並ぶ冒険者たちに発破をかけ、いざ出撃というところで何食わぬ顔で帰ってきた俺たちを見て、ククルさんたちが呆然となったというのが事の顛末だった。


 その後、俺たちがこっぴどくククルさんからのお説教を受けることになったのは言うまでもない。


 ククルさんのお説教を受ける俺たちに、他の冒険者たちはみな苦笑いしつつも、安心したように笑ってくれていた。


 が、ククルさんの怒りはなかなか収まってくれず、お昼近くになって俺たちは解放され、それからようやく依頼の報告ができたんだ。


 お説教を受けている間に、冒険者たちの半分は解散していたけれど、もう半分は残って、ククルさんを宥めてくれていた。


 それでもお昼近くまで拘束されたんだ。もし、誰も宥めてくれていなかったらと思うと、いまでも恐ろしく思うね。 


 とにかく、そうして一悶着を終えた俺たちは、依頼の報告として採取してきた薬草をカウンターへと並べていった。


 次々に出てくる薬草を見て、冒険者たちは「おぉー」と歓声をあげていた。


 ククルさんも俺たちが採取した薬草を見て、目を見開きながら、ひとつひとつの薬草を確認してくれていた。


 ギルドマスターみずからが確認する姿に、他の冒険者たちも「なんだなんだ」と集まってきて、あっという間にカウンター周辺は騒がしくなってしまった。


 そんな騒がしい中でも、ククルさんの手は止まらず、そしてその声もはっきりと聞こえていた。


「ふむ。傷はなし。そして生育も十分、と。これもあれもすべてが最高の品質ですか」


 ククルさんは、カウンターに置かれた薬草をひとつひとつルーペで吟味されていた。


 手に取った薬草ひとつひとつに、ククルさんは唸り声を上げていた。


「ふぅ、見事ですね。どれも品質的に最高と言ってもいいものばかりです」


 最後の薬草を確認し、ルーペを片づけて、ククルさんは満足げに頷かれていた。


「依頼人もこの品質で、この量であれば満足されることでしょう」


「ということは、色はつくということなのですか?」


 目ざとくプーレが目をきらきらと輝かせながら尋ねると、ククルさんは苦笑いしながらも、「ええ、存分に色をつけさせてもらいますよ」と頷いてくれたんだ。


 それからククルさんは俺を見やると、懐からあるものを取り出したんだ。


「カレンさん、初仕事お疲れ様でした。報酬はこちらです」


 そう言って、ククルさんが渡してくれたのは複数の水晶だった。


「アージェントの森」で見た魔群晶とも違っていた。


 黄水晶と呼ばれるシトリンのような水晶がひとつに水色の水晶がふたつほど。三つの水晶を見て、プーレが「わぁ、大金なのです」と目を輝かせていた。


 カルディアも「わぁ、大盤振る舞いだね」と驚いていた。


 そう、ふたりは驚いていたのだけど、俺はいまいちよくわからなかった。


「……あの、ククルさん」


「はい?」


「これが、お金ですか?」


 恐る恐ると尋ねると、ククルさんは「え?」とあ然としたが、すぐに「あぁ、そうでしたね」と笑われたんだ。


「この世界では、直接報酬金を渡すというわけではないのです。この世界では、まず換金用の水晶を、ランクごとに色分けされた水晶を渡して、その水晶を換金カウンターで現金と引き換えるというシステムになっています」


「なるほど。これは換金用の水晶ってことですか」


「その通りです。ちなみにこの黄色の水晶はちょうど真ん中のランクで、水色は下からふたつめとなりますね」


「そうなんですか?」


「ええ。だいぶ色を付けさせて貰いました。本来なら水色の水晶だけの支払となりますが、今回は量もさることながら品質も最高でしたので」


 ニコニコとククルさんは笑っていた。その笑顔を眺めつつ、俺は三つの水晶を回収した。


「えっと、換金カウンターは」


「あの大きな水晶があるところですね。あの大きな水晶の割れ目に水晶を投入して、担当者が現金と引き換えてくれますよ」


 水晶と現金を引き換えてくれる換金カウンターの説明をククルさんはしてくれた。


 その説明の通り、換金カウンターには、大きな水晶がおかれており、その水晶の向こう側には職員の人が座っていた。職員さんは笑顔で手を振ってくれて、「こっちですよ」と言わんばかりの様子だった。


「カレンさん、早く行きましょうなのです」


 プーレは目をきらきらと輝かせながら、俺を急かしていた。その際、なぜか俺の右腕を抱きかかえるようにしてです。


 俺の腕はプーレの胸に挟まれる形になったが、俺がそれを指摘するよりも早く、カルディアもまた俺の腕を取ったんだ。


「旦那様、いこ?」


「あ、あぁ、うん」


 俺はふたりの圧力に押される形で、受付カウンターから換金カウンターへと向かった。


「……ふむ、たしかに有望ですね」


 その際、ククルさんがなにやら呟いたのだけど、当時の俺はそのことに気付かぬまま、ふたりに連行される形で換金カウンターで、三つの水晶を換金した。


 なお、換金した報酬はしめて金貨が十五枚と銀貨五十枚ほどとなり、それぞれで山分けすることになったんだ。


「これでようやく一文無しから脱出かぁ」


 ようやく手に入れた資金を前に俺は感慨深く眺めていた。その隣では金貨を手に入れたプーレが大はしゃぎしていたのは言うまでもない。


 そしてカルディアはというと──。


「……うん、これでまたひとつ近付いた、かな」


 ──どこか遠くを眺めつつ、手に入れた報酬を大切にしまいこんでいた。


 その様子に俺はなにを言うべきか迷いつつも、とりあえず声を掛けようとしたんだ。


 でも、それよりも早く事件は起きてしまった。


「たたたた大変だ! と、と盗賊が徒党を組んだぞぉ!」


 俺たちが換金カウンターでわいわいと騒いでいると、突如ギルドのドアが弾かれたように開き、見知らぬ男性が飛びこんできたんだ。盗賊が徒党を組んだと叫びながら。


 その言葉にギルド内は再び騒然となったんだ。

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