第18話 暴走するククル
上品な調度品と芳しい紅茶の香りに包まれながら、俺はカルディアとともにひとりの女性と対面していた。
「──話というのは、あなた自身のことを聞かせて欲しいということです」
女性の名はククルさん。
俺が転移した国──「蛇の王国」の主都である「エンヴィー」にて冒険者ギルドの支部長、ギルドマスターを務める女性だった。
そのククルさんは、応接用のテーブルに腰掛けられながら俺をじっと見つめながら、俺自身の話を聞かせて欲しいと言われたんだ。
「私自身の話を、ですか?」
「ええ。あなたの人柄、あなたの考え、あなたの想いを一通り語ってくれませんか?」
ククルさんは俺をまっすぐに見つめていた。見つめながら、俺のことを一通り語ってほしいと言われたんだ。
語ること自体は別に問題はない。
高校受験のときにした面接みたいなものだと思えば、俺自身のことを語るのは特に問題はない。
そう、あくまでも俺の問題はない。問題があるのはククルさんの方だった。
なにせ、俺とこうして面会するために、仕事を片づけてくれたんだ。
かなり無茶をしていたという話だった。でも、いくら無茶をしても、その日の仕事すべてを終わらしたというわけではないはず。
となれば、時間は限られているはず。
俺だけではなく、その人の人となりを一通り語るにはそれなりの時間が掛かる。
それだけの時間がククルさんにはあるのかなぁと思うのは無理もなかった。
「あぁ、時間に関してはご安心ください。今日の分の仕事はすべて終えましたから。ですよね?」
顔に出ていたのか、それとも視線に乗っていたのか。ククルさんは俺の様子を見て、俺が言いたいことを理解してくれていた。
すでに今日の分の仕事は終わっていると言ってくれたんだ。
ククルさんはちらりとサブマスターさんを見て、確認もしていた。
当のサブマスターさんはククルさんの問い掛けに頷かれていた。
「ええ、すべて終了しております。いつもこの調子で頑張ってくだされば、私としても苦労はしないのですが」
「いつも一通り済ませてあるはずですが?」
「ええ、済まされておりますよ。ただ、休憩時間がいつも長うございますのでね?」
「ははは、これはやぶ蛇ですかねぇ」
「まさか。ただの事実でございます」
「……ま、まぁ、とにかく。今日の仕事は終わっていますから、時間に関しては気にしないでくださいね?」
「は、はぁ」
ククルさんとサブマスーさんのやり取りを一通り眺めて思ったのは、この人もわりと奔放な人なんだなぁということだった。
レアさんほどではないけれど、ククルさんもわりと自由人なんだなぁと思った。
「あの、話す前にひとつ聞きたいのですが」
「はい?」
「レアさんを先ほど「お姉様」と仰っていたのですが、ククルさんとレアさんって姉妹の契りみたいなのを交わされているのでしょうか?」
話をする前に、気になることを尋ねていた。
それはククルさんが少し前にレアさんを「お姉様」と呼んだことだ。
とはいっても、一度だけだし、すぐに「蛇王様」と言い直されていた。
でも、一度とはいえ、「お姉様」と呼ばれていたということは、常日頃からレアさんを「お姉様」と呼ばれているということ。
そもそもレアさん自身が「妹みたいな子」と言われていた。
それらを踏まえれば、自然とおふたりがスール的な関係にあることはなんとなくわかった。
だからといって、話の前にそれを聞くのはどうかといまなら思うけれど、当時の俺はなんだかんんだで困惑していたんだと思う。
情報過多のあまり、その精査で忙しかったんだと思う。
だからこそ、そのことを聞いてしまった。
いまなら、はっきりと地雷であることがわかる話題に、みずから脚を踏み入れてしまったんだ。
なぜなら、そのことを聞いた次の瞬間──。
「ふふふ、いいでしょう。聞かせてさしあげましょう! お姉様の素晴らしさを!」
──ククルさんはそれまでの淑女然とした様子を投げ捨てられたのだから。
いきなりの変化に俺は唖然とし、カルディアとサブマスターさんは「あぁ、始まった」とため息交じりに呟かれたんだ。
どうやら、ククルさんのこれはいつものことのようだとわかったときには、すでにククルさんのマシンガントーク、いや、ガトリングトークは始まっていた。
「まずなによりも、あの美貌。十人、いえ、百人中百人が見惚れるあの美貌! 千年もの永き日々をこの国の発展のために費やしてもなお、あの麗しき美貌を誇っておられるのです。あれぞ、まさに神々の芸術と言っても過言ではありません!」
息継ぎすることなく、一息でレアさんの美貌についてをククルさんは褒め称え、いや、崇拝されていた。
言いたいことはわかる。
わかるのだけど、そこまで言うのかと思わずにはいられなかったね。
言ったら言ったで怒られそうだから、あえて言わなかったけれど。
「そのうえ、あの鈴の音のような、美しい声。あれぞ、まさに天上の調べです。その調べに優しげに声を懸けられただけで、膝が砕けるには十分でしょう。お声を懸けられただけで、私なんて一日寝ずに働くこともできますよ!」
次に称賛したのは、レアさんの声。たしかにきれいな声の持ち主だけどとは思ったけれど、ククルさんの目はガン決まりしていて、下手なことはやはり言えなかった。……正直若干引きました。
「そしてあの豊満なお体。出るところは出て、引っ込むところは「内蔵ありますか?」と思うほどに引っ込むあの肢体。異性はもちろん、同性さえも目を奪われるほどの、完璧すぎるお体。そんなお姉様に抱きしめられてごらんなさい? 普通に死ねます。あまりにも幸せすぎて、死ねます。ええ、普通に死にますね。少なくとも私は」
目を血走らせながら、ククルさんは顔をずいっと近づけて断言された。
その言葉に俺はもはやなにも言えなくなっていた。
というか、昨夜そのお体を堪能させていただきました、なんて言ったら、それこそ殺されそうな気がしたよ。
……さすがに殺されはしないだろうけれど、死んだ方がマシなところまで追い込まれそうだった。
俺は口をチャックしてククルさんの絶賛を受け入れていく。……やっぱりその勢いにどん引きしながら。
「他にもですね、その深い思考、優れた人品など、あぁ、もう言葉だけで語りきるのは難しいほどにお姉様は素晴らしいのです。素晴らしすぎるほどに素晴らしいのです! もはや、素晴らしいという言葉だけでは言い表せないほどに、あぁ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! お姉様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
最後は身もだえしするように絶叫するククルさん。俺もわりとオタク系ではあるのだけど、ククルさんはガチ中のガチ。限界化のさらに先を行ってしまっていた。限界を超えた限界化した限界オタク。それがククルさんだった。
……そんな事実に俺はドン引きを超えて、ガチで引いていた。というか、怖かったです、はい。
「……サブマスも毎日毎日大変だね」
「……言わないでください。あぁならなかったら、理想的な上司なんです。ただ、時折、一日に何回かあぁなってしまうだけで」
「知っている、サブマス? そういうのを時折とは言わないんだよ?」
「……」
サブマスターさんとカルディアがなんとも言えない会話を交わしていた。
その会話の中でサブマスターさんがカルディアの言葉になにも反論できずに顔を逸らしてしまった。
それだけで、サブマスターさんの普段の苦労が理解できた。
やっぱり、組織の参謀役って本当に大変なんだなぁと思ったよ、切実に。
「あぁ、ダメです。やっぱり、ここはあなたの話を聞くよりも、お姉様の素晴らしさを語るべきでしょう! ええ、ええ、そうに決まっています。そうと決まれば」
目を血走らせながら、ククルさんは立ち上がると、執務机に向かい、なにやら取りだそうとしていた。
後で知ったことだけど、それはククルさんが蒐集&編纂したレアさんの素晴らしさを記した書籍だったらしい。
それを取り出し、いかにレアさんが素晴らしいかを語ろうとされていたククルさんだったけれど──。
「はぁ、こうなると思っていたよ」
──そんなククルさんの行動は、ため息交じりのレアさんの声によって止められたんだ。
レアさんはいつのまにか、ククルさんの執務室に来て呆れ顔になっていた。
「お、お姉様!? なぜ、こちらに」
「なんとなく、こうなりそうだなぁと思って、お忍びで来たの。そしたら、やっぱり予想通りだったからね」
ふぅとため息を吐くレアさん。ククルさんはそれまでの勢いが嘘のように萎んでいった。
「い、いや、お姉様、これはですね」
「……あとでちゃんとあなたともお話するから、いまはカレンちゃんのことを優先して。いい?」
「は、はい。わかりました。では、カレンさん、あなたの話を聞かせてください」
「あ、はい。わかりました。じゃあ、この世界に来たところから」
「ええ、そこからで構いません。ちゃんと聞かせてください」
こほんと咳払いをしてから、ククルさんは佇まいを直し、応接用のソファーに戻っていく。
レアさんはため息を吐きながら、ククルさんの隣に腰掛けた。
それだけでククルさんは体をぶるりと震わせるけれど、レアさんがテーブルを指先でトントンと叩いた。
それだけでククルさんは背筋をピンと伸ばされた。
「この人、大丈夫かな」と思いながら、俺はククルさんにこれまでのことを話していったんだ。
その最中でカルディアが「あ、そろそろ時間だ」と言って退席していったけれど、俺は横目でそれを眺めながら、自分のことを語り続けたんだ。
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ククルさんは一応淑女なんです。
ええ、ちょっとアレなところがあるだけで、一応は淑女なんです←
次回、娘登場話です。
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