第19話 ぱぱうえなの?

 昼過ぎくらいから始まったククルさんとの会見は、どういうわけか、俺のことについての話になっていた。


 当のククルさんが俺の話を聞かせて欲しいと言われたというのもある。


 ククルさんの要望以上に途中合流したレアさんも俺の話を聞きたがっていたというのが大きい。


 思えば、このときまで、俺はレアさんに俺自身の話をほとんどしていなかった。


 俺がどれほどに元の世界に戻りたいのかを伝えるために、俺は俺のことを淡々と話していった。


 その途中でカルディアは「そろそろ時間だ」と言って退室してしまった。


 どこに行くのかなと思ったし、カルディアにも聞いて欲しかったんだけど、なにやら用事みたいだから仕方がない。


 カルディアが退室した際に、レアさんやククルさん、サブマスターさんを見たのだけど、三人とも笑うだけだった。


 笑いながら三人は「かわいい子のところ」とだけ言った。


「かわいい子?」と首を傾げたけれど、それ以上のことを教えて貰えなかった。


「カルディアちゃんのことが気になるのもわかるけれど、いまはカレンちゃんのことだよ。もうちょっとお話聞かせて、ね?」


 レアさんはそう言って俺の話の続きを聞きたがっていた。


 そのときにはこの世界に来た話は終わり、元の世界のことについての話になっていた。


 特に俺と希望の関係を聞きたがっていた。


 どうしてそんなに俺と希望のことを聞きたがるのかはわからなったけれど、この時点ですでにレアさんのお世話になっていた。


 レアさんのお願いを無視することはできなかったので、俺は希望とのいままでのことを一通り話すことになった。


 そうして希望とのことを話していると、昼過ぎだったのが、すっかりと日が暮れてしまった。


 この世界に来て二日目は、話をするだけで終わりを迎えつつあった。


 そうして暮れなずむ世界を視界に収めながら、俺は俺と希望のことを話し続けて、そして──。


「──というわけで、元の世界には戻らないといけないんです。……希望と約束したから」


 ──一通りのことを話し終えた。


 元の世界に戻りたい理由を、希望との約束を守りたい。


 約束を守るための大元となる気持ち。


 そのすべてを俺は語った。


 戻ったところで、なんの意味もないかもしれない。


 戻ったところで、この想いが成就するはずもない。


 それでも、約束をしたから。


 希望に、大好きな彼女にそう約束をしたんだ。絶対に戻るって。


 だから、その約束は守らなきゃいけない。


 守れるかどうかもまだわからない。


 それでも、守りたい。この胸の想いが尽き果てぬ限り、彼女のそばにいたいから。


 そんな赤裸々な想いごと、すべてを語った。 

 

 途中までは相づちを打ってくれていたククルさんやレアさんも、最後はずっと黙られていた。


 が、サブマスターさんだけは途中から涙を流されていた。


「ぐす、なんとまっすぐなお気持ちでしょうか。たとえ想いが届かなくても、愛する人の元に戻りたいなど。その有り様、そのお覚悟が胸を打ちます」


 懐からハンカチを取り出され、涙を拭われていたサブマスターさん。


 そこまで大げさな反応をしなくてもとは思ったけれど、すでに感極まっているサブマスターさんに俺の声が届きそうにはなかった。


 後に聞いた話なのだけど、どうもサブマスターさんは、涙もろい人らしい。


 ただ、禿頭に強面という外見なため、どうにも怖い人扱いされてしまい、涙もろい情の篤い人であることが浸透していないらしい。


 当然、当時の俺がそのことを知るわけもなく、「なんでこの人泣いてんの?」と若干引いた。


 が、そのことをサブマスターさんは気づくことなく、涙を流されていた。


「はぁ、まったく本当に涙もろすぎますよ。……気持ちはわからなくもないですけどね」


 泣きじゃくるサブマスターさんに、ククルさんは呆れていた。


 呆れるククルさんだったけれど、ほんのわずかに目尻に涙を溜められていた。


 サブマスターさんに呆れはしていたものの、感化されてはいたようだった。


 当時はともかく、いまであれば「冗談だろう?」とか、「見間違いかな」としか思えないことだけど。


「そうね。感動的なお話だったよ、カレンちゃん」


 ククルさんやサブマスターさんが感化される中、レアさんだけはそれまでとなんら変わらない表情を、笑顔を浮かべられていた。


 深い海のような蒼い瞳は穏やかな光を宿していたけれど、濡れてはいなかった。


 だからなんだと言われたらそれまでだけど、あまりにも変化の見えないレアさんの姿に、俺は少しだけ怯えていた。


 というか、怖くなってしまった。


 なにがどうして怖いのかはいまもわからない。


 ただ、なんとなく、レアさんを怖いと思った。


 その意味はいまもわからない。


 わからないまま、「これで話は終わりです」とだけ告げた。そのとき。


「あ、お話終わった?」


 執務室の扉が勢いよく開き、向こう側からカルディアが執務室に入ってきたんだ。小さな女の子を抱っこしながら。


「カルディア、お帰り。……その子は?」


 カルディアの腕の中にいる子は、だいたい五歳くらいの見た目のかわいらしい女の子だった。


 肩より少し長いくらいの灰色の髪と、カルディアと同じきれいな紅い瞳はまるで宝石のように煌めいていた。


 顔立ちは年相応の幼さはあるけれど、整ったきれいな顔をしていた。


 そのきれいな顔の上に、灰色の髪の中からちょこんと小さな立ち耳が見えていた。立ち耳の毛並みは髪と同じ灰色で、カルディアの立ち耳と同じものだった。


 カルディアと同じなのは、立ち耳だけではなく、背中側にあるふさふさの尻尾も同じだ。その尻尾もやはり髪と同じ灰色の毛並みをしていた。


 その女の子がカルディアと同じ種族であることは、カルディアと同じ狼の獣人なのは明らかだった。


 というか、毛並みは若干、灰色と銀色という違いはあるけれど、よく似た毛並みであることを踏まえたら、その子とカルディアの関係がどんなものなのかはなんとなく窺えた。


「この子のこと?」


「うん。その子は、えっと、妹さん?」


 そう、俺が真っ先に思いついたのは、カルディアの妹さんということ。


 カルディアの年齢が今年で十六歳。つまりは当時十五歳だった。


 女の子は見た目が五歳前後だけど、姉妹にしては少し歳は離れているが、なくはない年齢差だった。


 だからカルディアの妹さんかなと思ったのだけど──。


「……わぅ、いもーとじゃないの」


 ──女の子が小さな声で首を振ったんだ。

 

 恥ずかしがり屋さんなのかなと思いながらも、「そっか」と女の子に向かって笑いかけた。


 いまなら元気よくお返事をしてくれるけれど、当時は俺相手でも警戒していたからか、カルディアの袖をぎゅっと握りしめながら、かすかに体を震わせていた。


 まぁ、初めて会った人を警戒するなというのは難しいし、こればかりは仕方がないかなぁと思いながら、どうにか警戒を解こうとできるだけ優しく笑いかけ、「どういう関係なのか」とカルディアに視線を送ろうとしていたら──。


「むすめなの」


「そう、むす……娘?」


 ──女の子にカルディアとの関係を言われてしまった。


 当のカルディアは穏やかに笑いながら、女の子を頭を優しく撫でつけていた。


 頭を撫でられていた女の子は気持ちよさそうに「わぅ」と鳴いて、カルディアの手にみずからの頭をぐりぐりと押しつけていた。


 女の子の行動にカルディアは「甘えん坊さんだね」とまた穏やかに笑っていた。


 その笑顔に胸が少しだけ高鳴ったが、問題はそういうことじゃなかった。


「えっと、娘ってことは」


「あぁ、違う違う。私が産んだわけじゃないよ。この子は養子なんだ」


「あ、そ、そうだよね。うん、そっか、そっか」


 カルディアをママと呼んだことで、ちょっと気が動転していた俺に、カルディアは養子であることを教えてくれた。


 考えればすぐにわかることだったけれど、それくらい当時の俺は混乱していたのだろうね。


 カルディアは苦笑いしながら、女の子の額にこつんと自身の額を当てた。


「ほら、シリウス。ご挨拶しようか」


「わぅ。シリウス、です」


 女の子はカルディアの袖を握りながら、バリバリに警戒しながらも、「シリウス」と名乗ってくれた。


 女の子ことシリウスの様子にカルディアは、くすくすと笑いながら、「まぁ、急には難しいかな?」とシリウスを抱きしめた。


 シリウスはカルディアに抱きしめられると、そのまま胸の中に顔を埋めてしまった。


 それでようやく恥ずかしがり屋さんではなく、人見知りをする子だというのがわかったんだ。


 もうちょっと優しく声を掛けてあげればよかったなぁと思いながら、俺も挨拶をした。


「ご丁寧にどうも。カレンです。よろしくね、シリウスちゃん」


「……ちゃんはいらない」


「そう? じゃあ、よろしくね、シリウス」


「……わぅ」


 シリウス自身が呼び捨てでいいと言ったので、さっそく呼び捨てにすると、シリウスはなぜかじっと俺を見つめていた。


 どうしたんだろうと思っていると、カルディアが俺の手を指差したんだ。


「えっと?」


「手を出して? シリウスの前に」


「え? あ、うん。これでいい?」


 カルディアに言われるままに手を出すと、シリウスはすっと俺の手に顔を近づけると、すんすんと鼻を鳴らすと、小さな唇を開き、ぺろりと手の甲を舐めたんだ。


「……わぅ。ままうえ」


「うん?」


「このひとが、シリウスのぱぱうえなの?」


 いきなり手の甲を舐められたと思っていたら、、今度はシリウスがとんでもないことを言ってくれた。


 その言葉に「は?」と俺は硬直してしまったんだ。


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 カレンにシリウスを「ちゃん」付けさせるのは、わりと新鮮でした。まぁこっちでもそのうち怯えながら「ちゃん」付けすることになりますが←


追記:シリウスの鳴き声間違えていました←汗


 

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