第39話 腹話術じゃないです

 紫色の薄い光だった。


 薄明かりであっても、無数に集まれば強い光になった。


 シリウスたちの群れの住居である洞窟の中は、薄暗い森の中とは違い、魔群晶のおかげでとても明るい。


 その明るい灯りの中、俺とプーレは伴ってシリウスの家である洞窟の最奥へと向かっていた。


 相変わらず、道行くウルフたちは俺を見るや、崇拝するようなまなざしを向けると、恭順の意を示すように平伏していた。


 一頭だけであればまだしも、すべてのウルフが進化種、未進化種問わず平伏していた。


 なんだか無理矢理平伏させているようで、どうにも気が引けてしまう。


「すごい光景なのですよ」


「……そうだねぇ」


 俺とプーレは目の前の光景に居心地の悪さを感じていた。


 神子という出自はわかったものの、根が庶民であるからして、こういう光景は見慣れていないし、され慣れてもいないのだから、居心地が悪いのは当然っちゃ当然だった。


 プーレもやはり俺と同じ庶民であるから、この手の光景はまったく見慣れていないようで、困ったように頬を搔いていた。


『当たり前じゃない。私は神子なのだから。これくらいは当然よ』


 俺とプーレが困り果てる中、ひとりだけふんぞり返るのがいた。


 ただ、その声の主の実体はない。


 するのは声だけ。


 その声だけでも、十分すぎるほどにふんぞり返っていることがわかった。


「……あんまり調子に乗ったことは言わない方がいいと思うけど?」


『なんでよ。事実じゃない』


「いや、事実だったとしても、あまりそういう発言はよくないと思うよ?」


「プーレも同感なのです」


『……むぅ、ふたりとも庶民根性がしみつきすぎじゃないかしら?』


「逆におまえはなんでそんなに上流階級視線なんだよ?」


「カレンさんと同一人物なのに、上から目線がすごいのです」


『だって、事実だもの。当然よ』


 ふふんと自信満々に告げる声の主。その言動に俺とプーレは顔を見合わせて苦笑いした。


『というか、プーレ。カレンと同一人物ではなく、カレンが私と同一だと言いなさいな。その言い方だと私の方が下位のように聞こえるわ。私の方が上位者なの。気をつけてね?』


「はいはい、なのですよ」


『はいは一回でいいのよ!』


「はぁい、なのです」


『この小娘ぇ』


「年齢はそんなに変わらないと思うのですけど?」


『それでも私とカレンの方が年上よ! ねぇ、カレン!?』


「……年上ムーブをかますのであれば、もっと年上らしい言動を心がけるべきだと思うけど?」


『ぐ、ぐぅっ!?』


「……ぐうの音も出ないっていうけれど、実際にぐうって言う奴、初めて見たよ」


「プーレもなのです」


『あ、あんたたちぃぃぃ、この香恋様をバカにするんじゃないわよぉぉぉ!?』


「「はいはい、わかりました。香恋様」」


『むきぃぃぃぃ!』


「「むきぃ」って実際に言う人いるんだ」」


『揚げ足を取るんじゃないわよぉぉぉぉ!』


 俺とプーレと声の主こと香恋とのやり取りはまるでコントじみたものだった。


 その会話を聞いても恭順の意を示すウルフたちの姿勢はすごかった。


 むしろ、香恋の声を聞いてより一層恭順の意を示していたからね。


 ……君たち、こんなのでいいの?


 そう思ったのは俺だけではなく、プーレも同じで、若干引き気味の顔でウルフたちを眺めていたね。


「ねぇ、プーレ」


「言われなくても予想できますけど、なんですか?」


「……これのことをどう言えばいいと思う?」


「……やっぱりなのです」


『待って? これ? これって、もしかして私のこと? ちょっとそれひどすぎない?』


 香恋のことをどうカルディアたちに説明するべきか。プーレに相談してみたのだけど、プーレは予想通りだったようでため息を吐いてくれました。


 あと、香恋は思いっきり不満そうに噛みついてきたね。


 さすがに「これ」扱いは酷いかなぁといまなら思うけれど、当時は俺も連続の衝撃のせいで、いまいち頭が動いていなかったというのもあるかもしれない。


 当時、本人の要望通りに「香恋」と呼んではいたけれど、正直なことを言えば胡散臭い相手としか思っていなかったので、カルディアたちにどう説明すればいいのかがまったくわからなかったんだ。


 だからこそ、同じ当事者とも言えるプーレに相談したくて、ぼかしたのだけど、香恋をごまかすことはできなかったんだ。


『ほかにもっと言い方があると思うのよね? たとえば、素晴らしき親愛なるお姉様とか』


「……語彙がなさすぎてウケますわよ、お姉様」


『おい、待てコラ』


「なにか? あなたの要望通りにお姉様とお呼びしておりますけど?」


『ただバカにしているだけでしょうが!?』


「……」


『無言になるんじゃないわよ!?』


「いや、だって、どう言えばいいんだろうなぁって思って」


『そのまま言えばいいじゃないの! 私とう素晴らしきお姉様が』


「あー、はいはい。そういうのはいいんで」


『そういうのってなによ!? っていうか、扱いが雑すぎるんですけどぉ!?』


「だって、面倒なんだもん」


『面倒って言うな!』


「カレンさん、さすがに事実とはいえ、言いすぎなのですよ。面倒な人に面倒って言ったら怒るに決まっているのです。すみません、香恋さん。面倒なんて本当のことを言ってしまったことを、カレンさんに代わってお詫びするのです」


『……ねぇ、プーレ? 慇懃無礼って言葉を知っているかしら?』

 

「うわべだけ丁寧ってことですよね?」


『しっかり通じているしぃ! ……なら、私が言いたいこともわかるわよね?』


「……」


『だから、無言になるんじゃないわよ!?』


 実体があったら地団駄を踏んでそうに怒る香恋。だが、俺もプーレもあえてスルーしつつ、香恋との距離感を模索していた。


 なんだかんだで付き合いが長くなりそうな予感もあったけれど、それ以上に胡散臭くはあるけれど、悪い奴って感じがしなかったというのが理由だった。


「まぁ、とりあえず、そのままを伝えるしかないかな?」


「そうですね。それが一番なのです」


『……ねぇ、そのことを決めるだけで私の尊厳がだいぶ破壊されているんですけど? そのことであんたたち言うことないの?』


「「なにを?」」


『こんの、小娘どもがぁ」


 実体があればブルブルと震えていそうな香恋の声を聞きながら、俺とプーレは揃って笑っていた。


 笑いながら俺たちはガルムの家である洞窟の最奥に戻ってきた。


 どう説明しようかなぁと思って、ガルムの家に戻ると──。


「あ、お帰りなさい、旦那様」


 ──エプロン姿になったカルディアが、マーナと一緒に調理をしていたんだ。


 エプロン姿になったカルディアは、普段下ろしている髪を束ねていて、その姿はなんとも新鮮に見えた。


「……鼻の下が伸びているのです」


『あんた、それでも私の妹なんだから、そんな下品な顔しないでよ』


 カルディアの姿を見て、ふたりが言いがかりをつけてきたが、ふたりに反論するよりも先にカルディアが「いまの声は?」と首を傾げたんだ。


「あー、その、なんというか」


「もうひとりのカレンさんなのです」


「もうひとりの旦那様?」


 どういうことと怪訝そうな顔をするカルディア。対してガルムとマーナは神妙そうな顔で俺を見つめていた。


『ふん、愚妹と小娘にはわからずとも、そっちのふたりはわかっているようね。では、改めて。私の名は香恋。こっちのカレンの姉ということにしておいてちょうだい』


 香恋はここぞとばかりに存在な物言いで、自己紹介をしたんだ。


 その内容にカルディアは──。


「旦那様、腹話術?」


 ──まぁ、当然だなぁという返答をしてくれました。


 その言葉に香恋が「腹話術じゃないわよぉ!」と叫んだのは言うまでもない。

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