第40話 十兵衛、帰還する。
柔らかな日差しの下で、草原を誰かが歩いている。
白いワンピースに、男物の大きな麦わら帽子。
この世の全てが愛おしい・・・そんな様子で歩いている。
『田宮さーん!』
俺に向かって振り向き、嬉しそうに手を振るその顔。
その顔は・・・
「・・・半世紀以上も前のことを、我ながら女々しいわい」
薄く目を開ける。
晴れ渡った空に舞う竜を見ると、ここが異世界だと再認識するのう。
懐かしい夢を見たのう。
体中が痛むが・・・致命傷は一つもない。
「お、起きた」
不意に顔を覗き込まれた。
「ウルリカか・・・?」
「なんだよジュウベエ、目をやられたのか?」
「いや、乳が邪魔で見えん」
どうやら甲板でウルリカに膝枕をされておるらしい。
・・・いやこれは膝ではないな。
胡坐をかいたウルリカの、丁度股間と下腹の中間ほどにわしの頭がある。
なんとも・・・居心地の悪い枕じゃな。
感触は最高じゃが。
「よっと・・・おおそうじゃ、わしはどれくらい寝ておった」
「ち、乳をどかすな乳を・・・まったく助平なんだから。ええっと・・・わかんねえや、時砂港に置いてきたし」
重々しい乳を下から持ち上げると、ウルリカは若干顔を赤くしながら答えた。
しかし重いのうこれ・・・スイカかメロンじゃな、まるで。
「ま、風の匂いからして・・・デュルケンまでもう少しって所だな。そろそろ陸が見えてくると思うぜ」
「ふむ、魔物は?」
「ジュウベエがあのデカブツを黙らせたら、潮が引くみてえにいなくなった。『王』種を倒せばいつだってそうなるんだよ、海ではな」
「ほう、そうなのか」
「族長も!ジュウベエも!おっぱい掴んだりしたまま普通に話してんじゃないわよ!」
確認をしていると、横からアマラが顔を赤くして怒鳴ってきよった。
・・・おう、今気づいたがセイレーンに囲まれておるな、わし。
それと・・・
「・・・のう、何故わしは褌一丁なんじゃ」
これにも今気付いた。
刀と脇差は、わしの横で畳まれた着物の上にある。
・・・やはり、わしに害意のない人間にはあの祟りめいた力は発現せんのか。
しかし・・・セイレーンの視線が痛い。
なぜそこばかりを見る、はしたないぞ。
「最初がそれですの!?包帯に気付きませんの!?」
ぬ、カリンもおるのか。
・・・確かに体中包帯まみれじゃの。
所々に護符めいたものが貼ってあるのは・・・治療の魔法具じゃろうか。
「クラーケンの魔法でズタズタだったんだよ、ジュウベエ。んで、俺らが脱がせたってわけ・・・それにしても変わった下着だなあ」
「ほうほう、それはすまんのう。・・・わしの下着なら飽きる程見たじゃろうに」
「あ、あの時はそんな余裕なんてなかっ・・・こ、こんな所で話すようなことじゃないだろォ!?」
ふうむ、娼婦をしておる癖に中々の生娘ぶりじゃな。
アンバランスでなかなか面白い。
ちと名残惜しいが、起き上がる。
「あの、ジュウベエ・・・その背中の傷」
アマラがおずおずと聞いてきた。
背中の傷・・・?
おお、この古傷か。
若返った後でも消えんのは、この体だったころには既にあったからじゃろうか。
「ふふん、男ぶりが上がる傷じゃろう?」
「いえあの・・・そんなに凄い古傷、どうやって付いたの?」
正確には胸を貫通した傷じゃがな。
「なあに、子供時分に熊・・・魔物と戦ってのう。いやああの時は死ぬかと思ったわい」
懐かしいことよ・・・
刀の刃筋が立たんとは、熊の毛皮恐るべしじゃ。
結局目を貫くしかなかったからのう。
今なら問題なく斬れるが、若気の至りとは恐ろしいもんじゃ。
・・・いや、あれは義父・・・師匠が悪いな、うむ。
「ガキの頃からおかしかったってわけかい」
半ば呆れたようにウルリカが言った。
ふふ、性分は死ぬまで変わらんじゃろうな。
さて、このままでは風邪をひいてしまうのう。
とっとと着替えるとするか。
騒ぎが収まったのを感じて、客がチラホラ甲板に顔を出しておる事じゃし。
まあ、客の方も男の裸体よりセイレーンの容姿の方が気になるじゃろうがの。
上半身が鎧で下半身がほぼ全裸・・・マニアックじゃな。
全員、名実ともに水も滴るいい女たちじゃ。
「綺麗な布ですわねぇ・・・」
いつぞやの治療院といい、カリンといい。
エルフというのは服や布に興味があるのじゃろうか。
セリンはそんなこともなかったが・・・
祝福のお陰ですっかり乾いた服を着る。
うむ、ようやく人心地ついたわい。
「やったぞ!生き残ったんだ!」「もう駄目かと思ったよ!ありがとう『蒼の団』!!」
口々に感謝の言葉を口にする客たちに、慣れた様子で手を振り返すセイレーンたち。
なるほど、人気者よのう。
乗客は船内に籠っておったから、わしの大立ち回りは見られておらんようじゃな。
いささか派手に魔力を使い過ぎたからのう・・・目立たなくてよかったわい。
「さてさて、デュルケンまで海でも眺めつつゆっくりさせてもらおうかの・・・」
腹も減った。
これだけの規模の船なら、食堂の一つもあるじゃろう。
金を払って何か食わせてもらおうかの・・・
『ジュウベー!』『ありおっさんのむすめ』『みっけた~』
船内へ向かおうとすると、精霊どもが甲板をすり抜けて帰ってきた。
・・・わしが頼んだ3匹じゃろうが・・・うむ、相も変わらず見分けがつかん。
「(そうかそうか、元気じゃったか?)」
『ぴんぴん!』『あんしんしてねてる~』『すやぁ』
なるほど、そいつは重畳。
アリオ殿にはかなり世話になっておるからのう。
これで幾ばくかは恩返しができたというもんじゃ。
さて、飯でも食うとするか・・・
「・・・どこ行くのジュウベエ?」
アマラが着物の袖を掴んで止めてくる。
「いや、腹が減ったから何か食い物を探そうと思っての」
そう言うと、心底呆れた顔をされた。
「あのねえ!両手両足がズッタズタになってるのよ!?そりゃ血は止まってるけど・・・おとなしくしていなさい!」
そう言うと、アマラは懐をまさぐってマジッグバッグを取り出した。
この様子・・・エルフのものじゃな。
『蒼の団』は金回りがいいんじゃのう。
「はいこれ!今から捌いてあげるから・・・サシミでいいのよね?」
アマラが取り出したのは、いつぞやの触手魚じゃった。
たしか、テンタクラーとかいう名前じゃったかの。
「お、おう」
焼いてもいいが、甲板で火を熾すわけにもいかんしのう。
なんとまあ、優しい事じゃ。
まあ、食わしてくれるというなら甘えようか。
そう、肩の力を抜いた時。
『じゅうべー!』『あいつ!あいつ!!』『まだいきてる!!!』
切羽詰まった精霊の声に、瞬時に刀を抜く。
・・・あそこか!
「ちょっ・・・ジュウベエ!?」
ウルリカが叫ぶが、構ってはおられん!
視線の先・・・イリオーンの眷属の残骸が、動いておる!!
「下がれェ!そいつは・・・まだ生きとるぞォ!!」
叫びながら走る。
包帯の下の傷が、いくらか開いてきたようじゃが気にしていられるか!
この場で、あの時のような衝撃波を放たれれば・・・大勢死ぬ!
「EE・・・RRKO・・・WRTTT・・・T!!!」
何事かを呟きながら、油の切れた機械のように奴が起き上がりつつある。
「SSSAAAAAAKAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!!!!」
不可思議な叫びと共に、奴の周囲に円状に浮かび上がる魔法陣。
「させる・・・かぁ!!!」
脇差を抜くと同時に投げ、さらに走る。
両足の筋繊維が、ぶちぶちと切れる音を聞いた気がした。
陽光を反射し、光の尾を引きながら脇差は真っ直ぐに跳び。
「WATFACKKKKKKKKKKKKK!?!?!?!?」
わしが斬った奴の顔、その傷跡に突き刺さった。
『まりょく、のう!』『きょうはうちどめ!』『だめだから、ねー!』
わかっとるわい!
また魂とやらを消費されるのは御免じゃ!
じゃから、奴は、わしの剣の技だけで・・・斬る!!
ガクガクと痙攣する、奴の間合いに入る。
最早死に体だが、奴もまた貫き手をこちらに向けようとしてくる・・・が、遅い!!
「ぬうう・・・オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!」
甲板を踏み割る勢いで踏み込み、体を回す。
足から腰、腰から上半身へ。
余すことなく力を乗せた斬撃が、奴の首元に飛び込む。
「があああああああああああああああっ!!!!!!!!!!」
摩擦の火花を散らしながら、加速した刀身が首に食い込み、通過していく。
根元から切っ先までを使い、ついに愛刀は奴の背後へ勢いよく抜けた。
南雲流剣術、奥伝ノ五『鋼断』
首の断面から、蒼い水銀のような体液を噴出させ・・・奴はどうと甲板に倒れた。
跳び下がり、残心。
しばらく観察するが、さすがに頭ナシでは生きてはおれんようじゃな。
死んだ、か。
・・・やれやれ、魔物というのは生命力がすこぶる強いのう。
これで駄目なら、全身を切り刻まねばならんところじゃったわい。
『いっぽん!』『おみごとー!』『あっぱれ!!』
わしの周囲を飛び回りながら、喜ぶ精霊ども。
こいつが出た時にも大層怯えておったが、精霊にとってこの魔物はなにか天敵のようなもんじゃろうか。
不意に、奴の斬り飛ばした頭が動いたような気がした。
・・・もう一勝負、というやつかのう。
頭は身構えるわしの前でがくがくと震え、光を放ちながら内側から割れた。
『んあー!狭かったァ!!!』
・・・その中から出てきたのは、なんとも・・・
『わーい!』『おめっとー!』『おひーさー!!』
『にゅ?おー!チビども!元気かー!?』
・・・宙に浮かぶ金色のイルカじゃった。
いや、よく見れば少し違うのう。
・・・だがまあ、イルカでいいじゃろう。
ちょいとヒレが多いか少ないかくらいの違いしかない。
『じゅうべーがたすけてくれたー!』『めでたい!』『リトスさまの、しとー!』
・・・おいおい、使徒とはなんじゃ使徒とは。
わしはそのようなもんでもないぞ。
『へー・・・面白い魂の人の子だなあ・・・・まあいいや!サンキュー!!』
「(・・・おう)」
『お、頭の中で考えるだけでわかるぞー!』
でかいイルカが、わしの目の前でキュイキュイ鳴いている。
「ヒィ!か、かかかか・・・」
わしの後ろでは、アマラがなにやら奇妙な悲鳴を上げている。
なんじゃ?このイルカ、有名人?か。
「海神の眷属様アアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?!?!?!?!!?!?」
・・・耳が潰れるかと思うた。
このイルカ、そんなに重要なイルカなのか。
『うぷぷ、相変わらず賑やかだなあセイレーンは・・・あとそこの!イルカってなんだ!?』
いや、わしの故郷におるかわいい生き物じゃよ。
『ふぅうん、かわいいのか・・・ならいいや!いやーそれにしても助かったよジュウベーとかいうの!』
イルカはわしの体に纏わりつき、うれしそうにヒレでぺんぺんと頭を叩く。
『昼寝してたらアイツにパクリといかれてさー!30年ぶりに出られたよ!あっはっは!!』
・・・食われたのになんとも呑気なもんじゃのう。
『出れないだけで消化されないからね~、まあそろそろ出たいと思ってたところだったんだよ~!』
そうか、まあ・・・それならよかったわい。
『おっと、こうしちゃいられん!我が王に報告せねばな~!』
・・・いいのか、30年も前のことなのに。
『こっちにとっちゃ誤差だよそんなもん!んじゃ、騒がしくなる前に帰るわ~!!』
周囲に続々と集まるセイレーンを見回し、イルカは高く鳴いた。
『ジュウベーだったな!?今度改めてお礼しに行くからな~!!』
・・・50年後ではなかろうな?
『はっはっは!今度は人族基準で合わせるさ~!そんじゃ、またなジュウベー!チビ共~!!』
『ういういうー!』『おっさんによろしく~!』『ままにもよろしく~!!』
騒がしくそう言うと、イルカは甲板を踏切台のように使って天高く舞い上がり。
『おっと忘れてた!セイレーンも大儀であった~!!!!!』
そう叫びながら、盛大な水柱と共に大海原へと消えて行った。
・・・なんとも、ようわからんイルカじゃのう。
「イリオーンの眷属め・・・喰ってやがったか、眷属様を」
わしの隣に立ったウルリカが、イリオーンの眷属の成れの果てを睨みつけながら言う。
ふむ、イリオーンとやらは海神と敵対しておるのかの。
そしてセイレーンは海神側のようじゃな。
「ジュウベエ、ありがとな。うちらの眷属様を助けてくれて」
「はっは、向かってくる敵を斬っただけのことじゃよ、わしはな」
ウルリカが抱き着いてくるので、甘んじて受け入れる。
「・・・いい男だねえ、ほんとに」
「なんじゃ、今頃気付きおったのか?」
「ふふ・・・ばぁか♪」
肩に頭を乗せてくるウルリカの体温を感じながら、わしは刀を納刀した。
「・・・ところでアマラは・・・大丈夫なのか、これ」
「眷属様の神気に当てられたんだろうねえ・・・まだまだ未熟だわ、こいつも」
アマラは、甲板上に倒れて気を失っておる。
・・・少し、人には見せられぬ寝顔じゃの。
かわいそうなので編み笠をかぶせておいてやった。
その他のセイレーンたちも、何やら夢見心地といった感じであった。
ようわからんが、眷属様・・・さっきのイルカはかなり神聖な存在らしいのう。
「・・・しかしまあ、とりあえず腹が減ったのう」
「・・・はははは!!豪傑だねえ、ジュウベエ!!おい皆ァ!・・・酒盛りの用意だ!!」
「「「はーい!族長!!」」」
ほう、それはいい。
「なんですの・・・この状況はなんですの・・・?」
カリンよ。
この際諦めた方が人生は楽しいぞ。
精神年齢的に先人からのアドバイスじゃ。
「・・・なん、なんなん・・・なんですのォ!?この状況はァア!?!?!?!?!?!?!?!?」
「ジュウベ!ジュウベ!!」
「あああ!!!あたいらがヒイヒイ戦ってたっていうのに・・・ジュウベエこの野郎ォ!!あたいも混ぜろォ!!!!」
甲板上で始まった宴会は乗客をも巻き込み、わしらはどんちゃん騒ぎをしながらデュルケンに入港した。
船員たちが恨めしそうにこちらを見つめておったが、そこは我慢してもらわんとな。
あの魔物の群れはいくらかデュルケンにも押し寄せたらしく、出発時と比べていささか港湾施設に損傷が見受けられた。
戦闘自体は終わっており、船を見るや傭兵や魔法使い、街の住民などが安否確認に押し寄せてきたのじゃが・・・
彼らが見たものは、甲板で飲めや歌えの大盛り上がりの集団であった。
「オイてめえグレェン!!とっとと報告に来やがれ!!護衛隊長が酔っぱらってんじゃねえ!!」
「ぎ、ギルド長ちょっと待って引っ張んないで・・・うああ、ネルリちゃぁん、今晩店に行くから待っててくれよォ~!!」
「ふふ、タダにしてやるから早く来るんだよォ!!」
「やったぜ!愛してる~!!」
「いちゃついてんじゃねえ!!!」
「あだだだだ首がもげる!もげるゥ!!」
視界の隅で豊満なセイレーンに抱き着きながら酒を飲んでいたゲイルが、ギルド長のディッセル殿に片手で引きずられていくのが見える。
あやつ、護衛隊長だったのか・・・いやそれにしてもディッセル殿、凄まじい膂力じゃな。
指を2本、首に引っ掛けておるだけじゃぞ・・・?
やはり二つ名持ちというのは、すごいもんじゃのう。
「ケガシテル!!ジュウベ、ダイジョブ!?ダイジョブ!?」
「ぬおっと・・・ああ、これくらい軽いもんじゃ、ラギ」
仮面越しに見える程涙目になったラギが、甲板を疾走してわしに抱き着いてきた。
ぬう、傷が開いた。
・・・ま、これくらいよかろうて。
「ジュウベエが、んぐんぐ!そんなになるってこたぁ、んぐんぐ!強敵が出たんだなあ!ぷっはぁ!!!」
「器用に喋るのう、ペトラ」
ちゃっかりわしの横に腰かけたペトラは、どこからか調達した酒瓶を呷り、まるで水でも飲むようにごくごくと喉を鳴らしておる。
・・・人間が同じことをやれば即昏倒じゃな。
やはりオーガの肝臓は4つありそうじゃ。
「こ!これ!これはまさか・・・イリオーンの眷属ですの!?にゃ、にゃにゃにゃにゃんてこと・・・!!」
セリンはセリンで、甲板に転がる残骸を見て騒ぎ立てている。
「ジュ、ジュジュジュジュウベエ!あなたまさかこれを・・・!?」
「・・・おう、倒したわい。中々骨のある敵じゃった」
「んあああああ!!脳の許容量が焼き切れますわあああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」
事実を告げると、セリンはまるで打ち上げられたマグロのように甲板をびたんびたんと跳ねている。
・・・おい、はしたないぞ。
下着が丸見えじゃ。
わしの中でハイ=エルフの立ち位置がどんどん下落していくわい。
「お、おおおおば・・・お姉さまではありませんことっ!?」
そんなセリンを見て、カリンが目を丸くした。
ほう、雰囲気も名前も似ていると思ったら親戚じゃったか。
「お、お止めください!そんなお姿をお母さまやお父さまがご覧になったら・・・」
「やっかましいですわっ!!30年も生きていない若造にわたくしの心を吹き荒れる暴風がわかりまして!?わかりまして!?!?」
なんとか立たせようとするカリンと、甲板を転げまわりながら抵抗するセリン。
・・・なかなかコメントに困る光景じゃのう。
「ジュウベ!ケガシテル!オ酒!メッ!!」
「まあまあ、そう固い事言うなよお嬢ちゃん~♪戦士には命の水が付き物ってもんさぁ♪」
「グモモモモ!モモモモモ!!!」
わしの酒瓶を取り上げようとしたラギは、ウルリカに仮面越しに酒を流し込まれておる。
おいおい、未成年じゃぞ。
酒は・・・そういえばここは異世界であったな。
「にゃっはっは!ジュウベエ!おみゃえクラーケンもぶった斬ったんだってえ~~???さっしゅがあたいが見込んだ男らぜよ!!!!」
「む!なかなかのモン持ってるじゃないか・・・!!」
ペトラ・・・もう酔ったのか。
そしてもうそれを聞いたのか。
ええい、胸を押し付けるでない。
ウルリカも張り合うでない・・・もっとやれ!!
「お父様!おとうさまぁ!!!」
「あああ!ミルド!!よかった・・・本当によかったあ・・・!!!」
船倉から出てくるなり、甲板にいたアリオ殿の胸に飛び込んでわんわん泣いておる娘さんが見える。
おお、あれがアリオ殿の娘御か。
無事で何より、じゃな。
親子の周りを旋回する精霊が、こちらに手で大きく〇を作って笑いかけてくる。
うむうむ、よかったわい。
『よろこんでるー!』『みんな、よろこんでるー!』『ぶれいこうだー!!』
キラキラと輝く無数の精霊どもが、甲板を跳び跳ねたり料理を貪ったり酒に飛び込んだりやりたい放題じゃ。
中には見えるものもおるようで、目を白黒させながら周囲を見渡しておる。
・・・さてさて、これは・・・収拾が付かんな?
「・・・商機ニャ!!ダイドラァ!!簡易屋台を設置ニャアぁ!!『イカヤキ』量産体制ニャ!!!!!!!!!!!」
「か、勘弁してくれよ姉ちゃん・・・」
「だまらっしゃいニャあ!!キリキリ動くニャアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!」
・・・ダイドラよ、お主も苦労するのう。
元はと言えばわしが教えたせいじゃな・・・すまぬ。
傭兵というものは大体がよく言えばノリがよく、悪く言えば馬鹿じゃ。
甲板上のどんちゃん騒ぎは瞬くうちに彼らに伝播し・・・やがて、魔物への戦勝に沸く町全体を飲み込んでいった。
それからはもう、デュルケンの街全体がまるで盆と正月が一緒に来たような大宴会場へと発展した。
その渦中におるわしは・・・
「ねえ、ジュウベエ・・・ね?」
熱を持った声を発しつつ、ウルリカが衣の胸元に艶めかしく腕を入れてくる。
「ぬ、じゃがここでは・・・」
「船室があるだろォ?・・・俺たちは戦勝の立役者だぜ?使い放題に決まってるじゃんか・・・♡」
「ぬぐぐぐ族長!わたっわたしも!わたしもっ!!」
その腰にしがみつき、真っ赤な顔で懇願するアマラ。
「・・・こ、今回だけだぜ?いいかい、ジュウベエ?」
「ふふ、これほど言われてはのう・・・よかろう、受けて立つわい」
・・・とまあ、そういうことになった。
戦いの後で昂るのは、どこの戦士も変わらぬらしい。
なあに、多少の怪我はあるがこの程度・・・何の問題にもならんわい。
わしは、2人と連れ立って甲板を後にした。
さて・・・ある意味クラーケンよりも強敵かもしれんな。
暗闇の中で怪しく光る2対の目に見つめられながら、そう心に思うのであった。
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