第3話 十兵衛、もてなされる。

この街の名は『ヴィグランデ』、なんでも防壁という意味らしい。


辺境の森(わしが目覚めた処から更に奥へ進んだ場所)から、たまに湧き出てくる魔物に対応するための城塞都市のようじゃ。




城門には全身を鎧で固めた兵士たちが詰め、物々しい雰囲気であった。


しかし、街へ入ると様子は一変した。




大通りには様々な人種があふれ、活気に満ちている。


わしは思わず子供のように窓にしがみついた。


借りものの知識が教えてくれる。




あの耳が長いのは『エルフ』。


筋肉質でずんぐりむっくりなのは『ドワーフ』。


あそこにおるデカいトカゲは『リザード』。


獣のように全身に毛が生えておるのは『ビースト』。




その他にも多種多様な者たちが行き来しておる。


椅子に身をあずけ、深くため息をついた。




「ジュウベエ様、どうされました?」




「おおう・・・いやなに、この街は大層栄えておる故、気圧されての」




「じゅうべえさまのおくにとは、ちがいますか?」




「ううむ・・・人族ばかり住んでいたような気がするの」




「ほう・・・それは珍しい、私は聞いたことがありませんなあ」




ここは、なんとおもしろい。




先程倒した大男も、前の世界におればかなりの剛力だったろう。


加えてあの『魔法』。


・・・まあ戦い方はお粗末であったがの。




この世界は、まだわしが見たこともないような驚くべき強者たちがひしめいているのだろう。


それが楽しみで楽しみでたまらぬ。




戦いたい、早く。


わしの技と力を賭して全力で。


その結果死ぬるようでも一向に構わん。




2人に見えぬように広げた扇子で隠した笑みは、狂気すら孕んでおる気がした。








「ジュウベエ様、ここが私の店でございます」




「ほう、なんと立派な・・・アリオ殿は一角の商人であったのだの」




「いえいえ、私などまだまだです・・・」




街の中心部にほど近いところに、アリオの店はあった。




煉瓦造りの重厚な店だのう。


ちらりと覗く店内には、多くの従業員が働いておるのが見える。


扱っている商品はなんじゃろうかの。


『アリオ商会』・・・字まで翻訳してくれるとは、ほんにありがたいもんじゃのう。


日本語でないものが何故か読める、というのはなかなか違和感があるがの。




そういえば、この国では王侯貴族以外にはほとんど苗字がないらしい。


アリオ殿に尋ねると教えてくれた。


わしの知識にも、ここらの細かい補足は無いようじゃの。




それを聞いて、今後はわしも十兵衛とだけ名乗ることにした。


苗字持ちの異国人なぞ、いらぬ詮索をされるだけじゃしの。




「アリオ様!盗賊に襲われたとお聞きしましたが、大事ありませんか?」




護衛から聞いたのだろうか、番頭のような男が馬車を降りたわしらのもとへ駆け寄ってくる。




「ああ、リグですか。危ないところでしたが、こちらのジュウベエ様のおかげで助かりましてね」




「なんと・・・ありがとうございます!ジュウベエ様!」




「なんのなんの、さほどのこともないわい」




リグと呼ばれた壮年の男は、わしに深々と頭を下げてくる。


どこの馬の骨ともわからぬわしに、ためらいもなく頭を下げるとは・・・


これだけで、アリオ殿がどれほど重要な人物かよくわかるというものよ。




「リグ、ジュウベエ様を屋敷にご案内して差し上げなさい。私も用事を済ませたらすぐに向かいますので。」




「わたしもごいっしょします!」




「くれぐれも失礼のないようにね、ナリア」




「はい!」




「ではジュウベエ様、こちらへ・・・」




そう言って、リグ殿はわしを先導して歩き出した。


ナリア嬢はわしの横に立って、にこにことしながら歩いている。






商会の内部を抜けると、奥に広い中庭があった。


よく整備されておるのう。


噴水を中心として、美しい庭園が広がっている。




そこをさらに越えたところに本宅が見える。


わしの道場よりデカい上に2階建てときたものだ。


大分儲かっておるようじゃのう。




「ナリアお嬢様あああぁ―ッ!!」




本宅の方から1人のメイドが結構な勢いで駆けてくる。


速いのう。


オリンピック選手並じゃ。




「キトゥン―ッ!!」




ナリア嬢も笑顔で駆けていき、その胸に飛び込んだ。




「ああっ!よくご無事で!!盗賊に襲われたと聞いてから、キトゥンは心配で心配でっ!!」




「んん~!キトゥン!くるしいぃ~・・・」




涙をこぼしながらナリア嬢を抱きしめるそのメイドには、猫科の獣のような耳が生えている。


顔もかなりの面積が体毛に覆われている。


よく見れば、スカートの後ろに尻尾も見え隠れしている。


なるほど、このメイドは『ビースト』か。




「ジュウベエ様、すみません。すぐにご案内しますので・・・」




「よいよい、再会に水を差すのも無粋故な」




ナリア嬢とキトゥン嬢はしばらく話し込んでいたかと思うと、わしのほうに2人まとめて駆けてきた。


脚力の差か、キトゥン嬢がすぐに到着し、わしの手を握り込んでくる


おお・・・肉球があるのか。


道場に居ついておった猫を思い出すのう。




「お嬢様からお聞きしました!この度は誠に、誠にありがとうございます!ジュウベエ様!!」




両目に涙を浮かべながら、キトゥン嬢が頭を下げてくる。


ふーむ、こうしてみると人と獣の合いの子のようじゃな。


目と鼻は猫そのものじゃ。


口からも鋭い牙が覗いておる。




「なんのなんの、おぬしのような別嬪さんに感謝されただけでもお釣りがくるというものよ。気にするでない」




「まあ!まあ!お上手なこと・・・!」




「キトゥンのかおがまっかです!」




わしの軽口に目を白黒させて驚く様子は、まさに猫のようじゃな。






「じゅうべえさまー、わがやへおはいりください!」




嬉しそうなナリア嬢に手を引かれながら歩き、屋敷へ入る。




ううむ・・・派手過ぎず、それでいて地味でもない。


なんともよい趣味じゃな。


通された応接間でソファーに腰掛け、置かれた調度品を眺めながら思う。




「失礼します、ジュウベエ様」




ノックの音に続き、先ほどのキトゥン嬢がワゴンを押しながら入ってくる。




「粗茶ですが、どうぞ・・・」




目の前に、湯気を立てるカップと干菓子の皿が置かれる。


これは・・・紅茶のようなものかのう?




「これはこれは・・・それでは、遠慮無く」




手を合わせ、カップを取る。


ふむ・・・紅茶ともまた違う香りじゃな。


嗅ぎ慣れぬものだが、悪くはない。




「うまいのう。初めて飲んだわ」




「それは、ようございました。お代わりもありますので」




鼻に抜けていく爽やかな香り。


ジャスミン茶に少し似ておるな。


干菓子の方は、素朴な甘みのクッキーのようなものじゃな。


茶によく合う。




キトゥン嬢と話しながら茶を楽しんでおると、アリオ殿とナリア嬢、それにもう1人のご婦人が入室してきた。


目鼻立ちがナリア嬢によく似ている。


年からすると、母御だろうか。




「はじめまして、ジュウベエ様・・・私はロニーと申します。この度は夫と娘を助けていただき、ありがとうございます」




「これはご丁寧に・・・わしのほうこそ、これほどのもてなしをいただき、有り難うござる」




「ロニー・・・ジュウベエ様がいなければ、私たちは残らず死ぬか、死ぬよりひどい目にあっていただろう・・・」




「おかあさま!じゅうべえさまはすっごくつよかったのよ!」




ナリア嬢が目を輝かせてロニー女史に説明している。


この世界の住人は、子供といえどもたいそう荒事に慣れておるようだのう。


悪人とはいえ、目の前で次々と人が死んだのに平然としておる。




実のところ、本当に人が斬れるかどうか適当な案山子で試したようなものなんじゃが・・・


これほど家族総出で感謝されると、逆に申し訳なくなるのう・・・






「ジュウベエ様、記憶がなくてはさぞお困りでしょう。このアリオ、粉骨砕身の思いで何でも手助けさせていただきます」




「い、いや・・・そこまでしていただくわけには及ばぬよ。自分のことは自分でなんとかするでのう・・・」




「お気になさらず、ここを自分の家と思ってごゆるりとご滞在ください」




いかぬ。


このままではこの家の食客になってしまう!


いかに命の恩人とはいえ、そこまでしてもらってはきまりが悪い。


爺のままなら甘んじて受けたかもしれんが、この若返った年で楽隠居するわけにはいかぬ!




それに何より、わしはこの世界を見て回りたいのじゃ!


まだ見ぬ景色やまだ見ぬ強者を求めて!!




「ううむ、それではアリオ殿・・・1つ頼みがある」




「ええ!ええ!なんでもおっしゃってください!」






「傭兵ギルドへの紹介状・・・ですか?」




しばらく考えて言ったわしの言葉に、目を丸くしたアリオ殿が問い返してくる。




「うむ・・・ハッキリせぬがわしは、どうやら以前もそのような暮らしで生計を立てていたようなのじゃ。」




「確かにあれほどの腕前ならば、そうでしょうな・・・」




「其処元らの好意は大変にありがたいが、それに甘えすぎるわけにはいかぬ。傭兵ならば、わしの故郷を探す情報にも触れやすかろう」






『傭兵ギルド』




街中の御用聞きから魔物の討伐、果ては戦争への派遣までを一手に取り仕切る組織・・・らしい。


連携している友好国どうしなら比較的行き来もしやすく、依頼さえこなしていけばどんどん実入りよくなる・・・らしい


刀を振るしか能のないわしには、これ以上の天職があろうか。




魔物というのもまだ見たことはないが、知識によると千差万別の化け物揃いらしい。


・・・これも楽しみじゃのう。




人以外とも戦ってみたい。


わしの技が通じるかどうか。






「わかりました・・・ここのギルド長は知らぬ仲でもありませんし、その程度のことでしたらお安い御用です」




よかったよかった。


これでなんとか丸く収まったか・・・




「ですが街にも不慣れでしょう。お仕事が軌道に乗るまでは是非とも我が家にご滞在を・・・」




「ぬ!?い、いやしかしそれは・・・」




「私からもお願いいたしますわ。恩人を身一つで放り出したとあっては、わが商会の名折れです」




「じゅうべえさまは、うちがいやなのですか・・・?」




「ぬ、ぬう・・・そ、そんなことは・・・」




「じゃあ、どうして?ねえ、どうしてなのですか?」




「・・・しばらく、ご厄介になり申す」






そうしてあれよあれよという間に、屋敷の一室がわしにあてがわれることに決まってしもうた。


多少の金でも貰って別れるつもりだったんじゃが・・・


アリオ殿はたしかに善人ではあるが、あの有無を言わせぬ押しの強さはやはり一角の商人といったところかのう・・・




その後は夕食もご一緒にすることとなった。


どれもこれも見たことのない食材で、ここが異世界だと改めて認識する。


調味料は前の世界ほど発達しておらんのか、素朴ではあったが。


なんとも心に染みるような温かい美味さだった。


このめぐり会いも、女神様の加護のおかげであろうかの・・・?






夕食後、中庭を使わせてもらって腹ごなしに鍛錬をすることにした。




庭のベンチにはナリア嬢と付き添いのキトゥン嬢の姿がある。


少し離れたところには、馬車の護衛をしておった若者もいる。


3人に是非とも見学したいと懇願されたので、十分に距離を取ることを条件に許した。


アリオ殿とロニー女史も見たそうにしていたが、残した仕事があるとのことだった。




なんとも、出稽古を思い出す状況じゃのう・・・






力を抜いて立ち、踏み込みながら抜刀。


びゅん、という音と共に愛刀が空気を切り裂く。


そのまま半歩踏み込み、上段から両手に持ち替えた刀を振り下ろす。


ひゅお、といい音が鳴る。


一呼吸のち、血振りをして納刀しつつ元の場所に戻る。




だいたいどの流派にも似たようなものがある、最も基本的な居合の技。


基本ゆえに、如実に力量が出る技でもある。




今日の戦いで感じた通り、思うままに体が動く。


60有余年練り上げた技を、全盛期の体で振るうという矛盾めいた現象。


体の芯から喜びが沸いてくるわい!




息を吸い込むと、わしは本格的に型をなぞる作業を開始した。






いかん、夢中になってしもうた。


若返る前と違って、いくらでも動き続けられるので楽しゅうて仕方ない。




「じゅうべえさま、ダンスしているみたい!きれいでした!」




「ふふ、そうかの」




一通りの鍛錬が終わって息をつくと、ナリア嬢が興奮した様子で駆けよってくる。




「異国の剣術・・・よいものを見せていただきました、ジュウベエ様」




キトゥン嬢も猫に似た瞳を輝かせながら褒めてくれた。


こそばゆいのう・・・






「あの、今日は本当にありがとうございました、ジュウベエ様。私は護衛のアゼルと申します・・・名乗るのが遅れて、申し訳ございません」




「気にするでない。もう1人のお嬢ちゃん共々、怪我はないかの?」




「はい、おかげさまで・・・」




護衛の若者が深々と頭を下げてくる。


こうして顔を見てみると、存外に若い。


20そこそこ、といった感じじゃの。




ふと、思いついたので声をかける。




「おぬし、槍が得意なのか?」




「あ、はい・・・得意というほどでもありませんが、魔法が使えないので少しでもリーチのあるものを、と」




「魔法のう・・・あの盗賊の頭目が使っておったものか?」




「あれは『魔法具』と呼ばれる武器を使用した、疑似的な魔法です。私のような一介の護衛にはとても手が出せる代物ではありません・・・」




ほう、それほど使い勝手がいいとも思えなんだが、あれでも貴重なんじゃの。


となると、いわゆる『魔法使い』とやらはさほど数が多くないのやもしれんな。




「なるほどのう・・・よければ少し槍の扱い方を教えてやるが、どうする?」




「よ、よろしいのですか!?」




「礼儀正しい若者には、ついついおせっかいを焼きたくなっての。」




「ありがとうございます!」






「よいか、敵が多数の場合は、突きは牽制に留めよ。相手の体に槍が刺さり、抜けなくなれば他の敵にたやすく回り込まれる」




「はい!」




「槍の長い間合いを活かし、振りと払い、石突での打突を中心に立ち回るのじゃ」




「はい!」




その後、アゼルに槍で一対多数の立ち回りを実践を交えつつ教えることとなった。


素直で中々飲み込みが早い、悪く言えば教え甲斐のない生徒であった。






「目まぐるしい一日であったことよな・・・」




用意された部屋のベッドに横になりながら呟く。


手入れの行き届いた清潔なシーツに、ふわりとした羽毛の布団。


なんとも、至れり尽くせりではないか。




さらに着物一着しか持っておらぬわしに、ゆったりとした寝間着まで貸してくれた。


甘えておっては罰が当たるのう。




明日はさっそく傭兵ギルドに向かい、一刻も早く生計を立てられるようにしなければならんの。


さて、寝るとするか。




月光が差し込む窓際に、何匹かの小人がいるのを見ないようにしてわしは目をつむった。




『おやすみー』『おやすみじゅうべー』『またあしたー』




「・・・はいはい、おやすみ」

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