第52話 十兵衛、怒る。

『あー、そっかぁ・・・これダンジョンだ!』




「だんじょん?」




眼前には、入り口をこちらへ見せた遺跡めいた建造物。


天鼓はそれをしばらく眺め、声を出した。




『迷宮っていう人もいるー。なんかね、ふるーいふるーい昔の遺跡なんだって』




「ほう・・・いつぞや聞いた『古代魔法文明』とやらのものか」




確かに、この苔むした外観からして・・・一昔前の建物とは考えにくい。


なんとまあ、物持ちがよい世界じゃの。




『うん!あのねあのね、こういう遺跡を探検する人を『冒険者』って言うんだよ!友達が言ってた!』




冒険者・・・?


冒険を生業とする者たちのことかのう?


前の世界にも昔は似たようなものがおったらしいが・・・




『依頼をうけてー、魔物を倒したりするの!』




「・・・それは傭兵とどう違うのじゃ?」




『わかんない!』




「左様か」




わしもそこまで気になるわけでもない。




「とにかく入ってみるか・・・と、言いたい所じゃが」




『にゅ?』




わしの前に浮かぶ天鼓が、行かないのかと言うように振り向いた。




「内部は見た所かなり暗い。松明がなければ探索もおちおちできんな」




背嚢は客車に置いたままじゃしのう。


さて、後ろにはどうやら戻れぬし・・・どうしたものか。


闇に慣れるまで、入り口付近で身を潜めるしかないかのう。




『ふっふふふ~』




と、天鼓が満面の笑みでわしを見る。




『にゅにゅにゅにゅにゅ・・・みゅううううん!!』




空中で珍妙な踊りのような・・・見栄のようなものをした天鼓が、突如として電光を身にまとった。


体を中心に、丸い稲光をする発光体のような状態に。




「おお・・・これはまた、なんとも」




外にいるというのに、はっきりと明るさが分かる。


これは中に入ればさぞ役に立つじゃろうの。




『役に立つでしょ!』




「立つ、立つが・・・疲れんのか、それ?」




『あんまりー!お腹がちょっと空くくらい!』




ふむ。


果たしてこのダンジョンとやらがどれほど大きいのかはわからんが・・・しばらくは頼もうかの。




「すまんのう天鼓・・・では、参るか」




『まいろーっ!』




その笑みを一層深くし、天鼓は意気揚々と先に進む。


・・・思い出した、これが俗に言う『ドヤ顔』というやつか。


苦笑しつつ、わしは後に続いて足を踏み出した。








『ぶうぅうううう・・・』




「いやまあ・・・なんというか、元気を出せ天鼓」




『むううううぅううう・・・』




先程のドヤ顔はどこへやら。


天鼓はわしの肩に乗ってまるでリスのように頬を膨らませておる。




『なんだよなんだよう!馬鹿にしてくれちゃってえ!!』




天鼓がここまでふてくされておる理由。


それはダンジョンにあった。




『入り口だけ暗くしちゃってさ!はらたつー!』




そう、暗かったのは初めだけ。


入り口をくぐってからすぐに、通路に明かりが等間隔に配置されておった。




「しかし不思議な明かりじゃのう。電気でもなし、炎でもなし・・・」




青白い明かりを見る。


手をかざしても熱は感じぬ。




通路の高さは2メートル半ほど。


幅は5メートルといった所か。


前世のテレビ番組で見た、ピラミッドの通路を思い出すのう。




『どーせ魔力だよ、どーせ・・・けっ!』




肩にしがみついて着物をがじがじと齧る天鼓を乗せたまま、先へ進む。


さてさて、鬼が出るか蛇が出るか・・・




薄暗い通路を歩く。


わしら以外の気配はない。


石壁に、足音だけが反響する。




「外から見た限りでは、広い空間もありそうじゃったが・・・」




『ダンジョンとかは見た目と中身が違うことも多いよ~・・・この性格のわるういダンジョンなら、なおさらだねっ!』




ほう、なんでもアリじゃなダンジョン。


考えてみれば、リトス様が直々にわしをここへ送るほどの場所じゃ。


何が起きても不思議ではあるまい。




「戦いが始まったら、安全な所まで離れとれよ」




『はーい!しっかり守ってよねじゅーべー!』




「いや、じゃから離れておれと・・・」




話を聞いておるのかおらんのか・・・まあいい。


とにかく前に進むべきじゃな。




前方が明るい。


どうやら広い空間があるようじゃ。






「・・・もう驚かんぞ」




『ねー、ダンジョンってすごいねえ』




わしらは連れ立って目の前の光景に目を奪われた。




「一体全体どういいうからくりなんじゃ・・・天井もないぞ」




通路から抜けた先は、うっそうと茂る森であった。




上を見上げれば、何の冗談か空と太陽もある。


どうやらダンジョンというものは常識が通用せんらしいのう。




「・・・ぬ」




風に乗って嗅ぎ馴れた臭いが届く。




「血の臭いがする・・・天鼓、後ろにおれ」




しかも1つや2つではない。


多くの何かが死んでいる。


この、森の中で。




『あいあいさー!』




周囲にわしら以外の気配はない。


それでも、何が起こるかわからん。


鯉口をいつでも切れるように左手を沿え、森に向かって歩き出した。




しばらく歩き続けておると、『それ』を見つけた。




『じゅ、じゅうべえ・・・』




離れろと言うたのに、天鼓は背中にしがみついておる。


しかしまあ、無理はない。




「・・・殺しも殺したり、じゃな」




木々が切れ、少し広いの空間が見えた。






そこに、重なり合った死体の山がある。






油断なく周囲の気配に気を配りつつ、近付く。




『ひうぅう・・・』




天鼓のしがみ付く力が強くなる。


それを感じながら、死体を検分する。




「なるほど、のう」




ぎしり、と思わず歯を噛み締めた。




「どうやらここいらには・・・随分な外道が、おるらしい」






死体の山は、その全てが女子供であった。






うず高く積まれた死体は、全てがズタズタに切り裂かれておる。


出血の痕から察するに、生きておる間に刻まれたもののようじゃ。


絶望や恐怖が色濃く出た表情も、それを裏付けておる。




「嬲りよったな・・・」




強くもなく、戦士でもない。


ただ、そこにいただけの人間。


殺す理由も、殺される理由もない人間。


それを、ただ殺した。




・・・よおく、わかった。


『これ』を成した輩の性根が。


わしがこの世で一番嫌いな種類の奴じゃろう。




リトス様には返しきれぬ恩があるし、いくらでも手伝おうかと思っておったが・・・


『これ』を成した相手とあれば、たとえ頼まれずとも叩き斬ってやろう。




一切の慈悲無く。


一切の、容赦無く。




死体の山からこぼれ、仰向けに倒れた体を見る。


薬草の詰まった籠を持った、10歳ほどに見える娘の目を閉じさせる。


頬には、涙の痕がくっきりと残っておる。




「苦しかったじゃろうの・・・痛かったじゃろうの・・・」




手で目を閉じさせ、頬を拭う。


とうに命の抜けたその頭を、ゆっくりと撫でた。




「おん かかか びさんまえい そわか」




手を合わせて念仏を唱え、冥福を祈る。


どこかで見ておるかのう、マァチ様よ。


どうか、この者たちを安らかに。




「・・・何の慰めにもならぬじゃろうがの、わしがお主らの仇を討ってやるわい。ゆっくり、眠るといい」




そう呟いた瞬間に、背後に違和感。




「っし!」




柄に右手を添え、振り返る勢いで居合を放つ。


風を裂いて唸る愛刀が、虚空から出現した手首を斬り飛ばす。




「ぬぅう・・・!」




振り抜いた刀を頭上で旋回させ、瞬時に斬り下ろす。




「っしゃあ!!」




手に遅れて虚空から現れた頭を、縦一文字に斬り下げた。


手応え、あり。




「ァアッ・・・」




空気の漏れるような声を出し、そやつは倒れる。


どこにでもあるような皮鎧を着込んだ、傭兵のような男だった。




「・・・血が、出ぬ」




斬り飛ばした手首の断面も、断ち割った顔の傷も。


そのどちらからも出血がない。




『じゅーべー!変!こいつ変!!』




肩口からその死体を覗き込んだ天鼓が言う。




『はじめから入ってなかったもん!魂!動いてる時から死んでる!』




「ほう、俗に言うゾンビというやつか?」




映画などで引っ張りだこの化け物。


人を喰い、そして増える。


こやつがそうなのか・・・?




『違う!ゾンビはもっとドロッドロに腐ってる!・・・こいつは・・・こいつは、なんだろ?』




顔を青ざめさせたまま首をひねる天鼓。




「正体は後で考えればよかろう。出自正体が何であれ・・・斬れば、死ぬ」




それに・・・新手が来るようじゃの。




「天鼓、上空におれ。おって何か起きたら知らせよ」




『はーい!』




眼前の空間に、無数の亀裂。


いつぞやの傀儡を思い出すのう。




ずるりと、空間から何人もの人間が出てきた。


着ているものも、人種も、武器すらバラバラじゃ。


じゃが、共通することは皆戦士の様相だということ。


そして・・・一様に虚ろな目をしていること。




わしを囲うように出現した一団が、手に持った武器を構えた。


まるで、操り人形がそうするように。




「・・・はっ」




一団を見れば、どいつもこいつもそれなりの使い手と推測できる。


使い込まれた鎧。


よく手入れされた武器。


そして、鍛え上げられた体。




「馬鹿にしてくれよる、のう」




じゃが、今のこやつらにそれらは無用の長物。


練り上げた技も、培った技術も。


こうなってしまっては、十全に発揮できぬじゃろう。




「戦士がこれでは、ただの駒じゃ」




浅く、息を吐く。


丹田から巡る魔力の奔流が、体内を旋回しながら右手を伝って愛刀に注込まれていく。




「お主らの『持ち主』は、随分と阿呆らしいのう」




周囲を蒼く染めるほど、激しく刀身から稲光が走る。




「哀れよな・・・なんとも、哀れじゃ」




すぐ近くの男が、手入れの行き届いた長剣を不格好に振り上げる。


その動きは、鍛え上げられた防具と武器に似合わぬほど・・・鈍い。




「カハッ」




その振り下ろしを待つまでもなく、愛刀はその喉を真一文字に切り裂いた。


糸が切れた人形のように、その男は倒れ伏す。




「何があってそうなったかは知らぬが・・・片端から成仏させてやろう」




次は槍を持った戦士が動く。


ラギと同じリザードの戦士に、やはり技の冴えはない。




「っふ」




持ち上がる槍のけら首を上から叩き、反動で胸を突く。


心臓を貫いた瞬間、戦士は崩れ落ちた。


血は付いておらんが、癖として血振り。




「南雲流、田宮十兵衛が相手となろう・・・参れ」




この声が呼び声となったか、周囲の人間が一斉に襲い掛かってきた。






「っし!!」




曲剣の薙ぎ払いを地に沈んで躱しつつ、両足を斬り飛ばす。


そのまま重力に従って落ちてくる胸を、返す刀で貫く。




「おおっ!!」




ぎこちない盾での体当たりに肩を合わせ、後方へ吹き飛ばす。


斜め上に跳ね上げられた盾から覗く、脇を深々と切り裂く。




「ぬう・・・ん!!」




頭上にかざされた斧の持ち手を、大上段に振りかぶって斬り落とす。


持ち手と頭頂部が、易々と切断された。


脳まで斬り込んで止めを刺す。




「・・・つまらぬ」




双刀の連撃とも呼べぬ連撃を縫い、顔面を縦一文字に斬る。




「・・・つまらぬ!」




ゆっくりと詠唱めいたことを始めた魔法使いに飛び込み、体ごと回転してその首を飛ばす。




「つまらぬ、つまらぬ、つまらぬ!!!」




緩慢な動作で振り下ろされる大斧の側面に刀を這わせ、軌道をずらす。


そのまま、鼻から喉までを真っ直ぐ斬り下げた。




「この程度でわしを殺すつもりか!!この程度で、わしをどうにかできるつもりかぁあ!!!!!」




思わず、吠える。


もう、目の前に敵はいない。


先程まで周囲を囲んでおった敵の集団は、全員地面に転がっておる。




「戦士の財産たる技を、経験を活かさずして何が戦士か!!」




つのる苛立ちをそのまま言葉に乗せる。




「これほどの猛者たちを使い潰して、やっておることは女子供を害するだけか!!!」




はらわたが煮えくりかえっておる。




「決めたぞ、わしは、今決めたぞ!!」




わしの内心を現すかのように、愛刀から絶え間なく紫電が飛ぶ。




「人は人、神は神・・・同じ土俵ではないし、必要以上に関わることはよそうと思っておった!思っておったが!!!」




無残に事切れた女子供の死体の前で、天を向いて吐き捨てる。






「―――貴様は、わしの『敵』よ」






戦士を好き勝手に弄び、物言わぬ駒として虐殺に使う。


どうやらここの神様は、それがたまらなく嬉しいと見える。






「かかってこい!!お主が神であろうが仏であろうが・・・わしが叩き斬ってやる!外道ォ!!!!」






わしの叫びは、天に空しく響くだけであった。






―――瞬間、背後に気配。


振り返る勢いを乗せ、びょうと刀で薙ぐ。




「っ!!」




何もない空間で、剣先が縫い留められたように止まった。


これは・・・いつぞやリトス様を斬ろうとした時と、同じ!!




「ふううぅう・・・うう!!ううううあっ!!!!!!!」




制止した愛刀が空間を焦がすように稲妻を纏う。


息吹に魔力を乗せ、さらに、さらに刀身に注ぎ込む。




「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!!!!!」




張り裂けんばかりに気合を込め、全身全霊を愛刀に込める。




ほんの少しだけ、切っ先が動いた。


見えぬ何かに、斬り込むように。




―――斬れる。




予感めいた確信があった。




―――わしは、これを斬れる。




「ぬうう・・・ああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」




視界が酸欠で狭まり、全身の筋肉と骨がギシギシと軋む。


だがそれでも、刃は進む。


蟻の歩みめいてゆっくりとした速度で。




―――斬れる!斬れるぞ!!






『―――ッ!?』






何かが、息を呑むような気配がした。


その時であった。




1寸ほど斬り込んだ所で、抵抗が突如として消滅する。


今までのことが嘘のように、愛刀は何もなくなった空間を涼やかな風鳴りと共に通過した。




「・・・逃したか」




息を整え、呟く。


・・・少なくない魔力が抜けていった感覚がある。


しばらく、休まねばな。




『じゅうべー!』




空中で待機していた天鼓が、わしの肩へ。




「おう。何もなかったか?」




『さっきすっごい怖いのいた!でもじゅうべーが剣を振ったらぴゃって逃げちゃった!』




ほう、アレが見えたのか。




「アレは・・・なんじゃ?」




『わかんない!でも姉様とか兄様に気配が似てた・・・ような~?』




あねさま、のう。


そういえば、幾たびも助けられたが、名前すら知らん。


それどころか姿をハッキリ見たこともない。


いつかはお目にかかりたいものじゃな。




『でもでも絶対仲間じゃない!なんかいやぁな気配!おえってなる~!』




「それはよかったわい。いずれは斬り倒すつもりじゃしのう」




『にゅふーん!やっちゃえやっちゃえ!!』




精霊の許しを得たので、心置きなくやれるわい。




「・・・む」




周囲の気配が、変わった。


何がどうとはうまく言えんが、先程とは明らかに違う。




『おーい!』




周囲の気配を探っておると、空が歪んで精霊が1匹飛んできた。


まるで、何もない所から現れたようじゃ。


色からすると・・・炎の精霊かの。




『やっほやっほ!』『はいれたー!』『おじゃましま~!』




続々と同じ、炎の精霊ばかりが出現してくる。




「なんじゃなんじゃ、山火事でも起こすのか」




『私が呼んだのー!今さっき急に話せるようになったから~』




話せる・・・?


つまり、精霊はそれ同士で通信めいたことでもできるというのか?




『じゅうべーの世界の、アレ!いとでんわ・・・?みたいなものだよ!』




糸はいらんじゃろう。




ふむ、ということは・・・わかりやすく言えば先程までは圏外じゃったということか。


ここに突入した時にくぐった薄い膜のようなもの。


それが、外部との通信を阻害していたと・・・?




「天鼓、この先は無理か」




わしらが入ってきた方向とは逆・・・恐らくこれから行く方向を指差す。




『うん!あっちの方はまだ・・・なんていうか・・・モヤモヤ~ってカンジ!気持ち悪い!わかんない!』




ふむ。


外から見た限りでは、まだまだ先がありそうに感じた。




「どちらにせよ進まねばならぬ・・・か」




『だね!私たちはここからでも帰れるみたいだけど、じゅうべえには出れないみたい!』




空は流石に飛べぬしなあ。


わしとしても、ここで帰るという選択肢はない。


ここの主に、キッチリと落とし前をつけさせるまでは。




「なるほどのう、天鼓は・・・」




『かえんないからね!ずえったいかえんないからねー!!』




着物を噛むな着物を。




「わかったわかった、ではこれからも頼むぞ」




『がってんだー!』




天鼓とじゃれ合っていると、炎の精霊たちの動きに気付いた。


いつの間にかかなりの数になった精霊は、あの死体の山を囲うように円になっている。




『・・・エイヴァンに送ってあげないとね』




悲しそうな眼で、天鼓が呟く。


エイヴァン・・・ああ、前にマァチ様が言っておった極楽浄土のことか。




『でも、じゅうべーが倒した人たちは無理なの、ごめんね。もう魂がないから』




・・・そうか。


あの抜け殻だけの体では成仏も、できんか。


つくづく、癪に障るわい。




天鼓と並んで見ておると、炎の精霊たちが突如として高い高い火柱となった。


死体の山をぐるりと囲んだその火柱は、あまり熱を感じさせない。


冬の日にあたる暖炉のような、優しいぬくもりだけがあった。






『『『いとしきものよ、やすらかにあれ』』』






いつかも聞いたその祝詞めいた精霊の言葉とともに、死体が光り輝く粒子の粒に溶けていく。


それらは火柱に沿うように、偽りの青空に向けてゆっくりと昇っていく。


悲しく、美しい、命のきらめき・・・か。




その輝きの中から一塊が、人の形を薄く形作った。


年端もゆかぬ少女のようなそれが、わしに向かって小さく手を振ったように見えた。




「おう・・・またのう、お嬢ちゃん。今度はうんと幸せになるといい」




胸の詰まりを誤魔化すように、強く、強く手を合わせた。




「おん あみりた てい ぜい から うん」




この世界にはおらぬ阿弥陀如来に、わしはあの子らの安寧を願った。


合わせた手を、天鼓が優しく全身で抱きしめていた。






炎の精霊も、死体の山もすべて消えた。


あとには、物言わぬ戦士の屍と森があるばかりじゃ。




「さて、次に行くか。天鼓よ、嫌な気配とやらの方向はわかるか」




『うん!あっちあっち~!』




いつもの調子に戻った天鼓が、先導するように飛んでいく。


わしは、それを追って歩き出した。




・・・さて、まだまだ先は長いじゃろう。


じゃが、この場所はわしが完膚なきまでに叩き潰す。


あの気配の主も、二度とこの世におれぬように叩き斬ってくれる。


必ずじゃ。


必ず。




『ふわあ!?』




考え事をしながら歩いておると、林の向こうから天鼓の悲鳴が聞こえた。




「どうしたぁ!?」




即座に刀を抜き、走る。




『じゅうべー!こっちこっち!はやくーっ!!』




その声を頼りに、枝葉をかき分け、時には切り倒しながら走る。


ええい、先に行きすぎじゃ!


敵の気配が無いからと油断しておったわい!!




木立の隙間から、森にそぐわぬものが見えた。


まるで虚空に通じるように、石造りの門だけがそびえたっておる。


門の向こうは森ではなく、石造りの通路が見える。


まったく、出鱈目じゃな。




『こっちい!』




天鼓はその門の前で声を張り上げておった。




「ぬ!」




天鼓の背後には、門に寄りかかるように誰かが倒れてた。


その鎧には、見覚えがある。




全身を覆う朱色の装甲は、所々がへこみ、ひび割れておる。


以前見た時は優美に風に舞っていた黒いマントも、引きつれや焦げ跡が散見される。


そして・・・二本角はある兜は、その半分が無残に割れておった。




「・・・屠龍隊、か」




以前ヴィグランデの街で出会った、屠龍隊の・・・女戦士がそこにおった。




駆け寄って確かめれば、まだ息はある。


頭を強く打って、気を失っているだけのようじゃ。


出血はあるが、それほどの深手でもないようじゃの。




「天鼓!すまぬが・・・水の出せる精霊を呼べぬか!?」




『おやすいごよー!みゅみゅみゅみゅ・・・えまーじぇんしー!えまーじぇんしー!!』




天鼓が虚空に向かって呼びかけるのを聞きながら、わしは屠龍隊の・・・たしかセスルを地面に横たえた。

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