第51話 十兵衛、王都行きを途中下車する。
十兵衛、王都行きを途中下車する。
「さあさあ、乗ってくれたまえよ。乗り心地は保証するよぉ」
レイヤがニコニコと笑いながら、わしらに向かって手招きをする。
その後ろには・・・以前見た魔導竜とやらが鎮座しておる。
「ジュ、ジュウベ、オ先ニドウゾ・・・」
わしの背中をラギがぐいぐい押す。
どうも怖いらしい。
・・・親戚みたいなものではないのか?
これは怒られるかもしれんから、聞かん方がいいのう。
あの日『黒糸館』には、結局連泊する羽目になった。
もちろん、翌日の定休日に・・・ミリィと『仲良く』するためじゃ。
あれほどのいい女に懇願されては、到底断れぬからのう。
断るつもりもないのじゃが。
翌日の戦いは、わしの惜敗・・・とでも言えばよいか。
アラクネの、というよりミリィの力を侮っておった。
閨で精魂が尽き果てるというのは、前の世界でもそうそう経験したことがなかったように思う。
ミリィ、恐るべしといった所か。
ちなみに店か出てきたわしを見た天鼓は、
『オ、オドが!ジュウベエのオドが空っぽ!?化け物・・・あのクモさん化け物だー!!!!!』
などと、この世の終わりのような顔をしておった。
その後、飯を食ってある程度回復したところで、
『ば、化け物のおかわりだー!!』
と言っておったが。
毎日楽しそうで羨ましい限りじゃわい。
というわけでアリオ邸に戻るなり、わしはもう泥のように眠った。
そして起きたら・・・もう出発の朝になっておったというわけじゃ。
アリオ殿たちにしばしの別れを告げて見送られ、すぐに出発。
待ち合わせ場所の傭兵ギルド前で待機しておった所、レイヤと魔導竜はほぼ同時にやってきた。
ラギやペトラ、セリンはその後に到着した。
「ふうむ」
ラギを後ろに従え、魔導竜の前に立つ。
やはり飛竜とはだいぶ違うのう。
全身は白い柔らかそうな毛で覆われておる。
顔は・・・竜というより、鳥に近いようにも見えるな。
「キュォ」
魔導竜が、正面に立つわしに目を向ける。
澄み渡る青空のような大きな瞳に、わしと・・・後ろで隠れるラギの姿が写っておる。
その眼光には知性を感じる。
「遠い所まですまんが、よろしゅう頼むの」
わしがそう声をかけると、魔導竜は高く持ち上げていた長い首を折り、顔を近づけてきた。
敵意はなさそうじゃな。
「キュウ」
図体の割に可愛らしい声でそう鳴きつつ、頭が目の前に来る。
「はは、おぬしは美人じゃのう」
『でっかーい!かわいいー!』
天鼓が楽しそうにその顔の周りを飛んでいる。
魔導竜はそれが見えているのか、目線で空を追っている。
メスかどうかはわからんが、睫毛も長いしの。
手を伸ばしても警戒の気配が無かったので、そのまま頭頂部を撫でる。
極上の羽毛布団のような感触じゃ。
この毛で寝具を作れば、さぞ安眠できるじゃろうなあ。
「キュルルルルル・・・」
魔導竜は気持ちよさそうに目を細めた後、長く太い舌でわしの手や顔を舐めてきた。
・・・魚臭い。
こやつの朝食がわかったわい。
「ミュアァ・・・」
ラギは珍妙な声を出しながら、わしの後ろから出てこようとはせんかった。
はは、このままこうしておっては可哀そうじゃ。
とっとと乗り込むか。
魔導竜に手を振り、レイヤの所に向かう。
「魔導竜が初見の人に懐くの初めて見たよぉ。ジュウベエくんにはテイマーの素質があるねえ」
「ほう、もう一度爺になったら牧場でも開こうかの」
くつくつと笑うレイヤ。
「さあどうぞぉ、お客様は後ろの扉を開けてね。前の方は御者兼護衛の席だからさ」
魔導竜の胴体に固定されている客車は、前世の軽ワゴン車程度の大きさじゃ。
前方が御者席ということは・・・少し狭そうじゃの。
例の白銀の騎士たちは前に乗るとして、後ろにはわしらとレイヤの計5人が乗ることになるしの。
いささか窮屈じゃが、なあに2日で王都に着くらしいしの。
それくらいは我慢するか。
「は、早く行けよジュウベエ」
「お先にどうぞ、ですわ」
ペトラも及び腰のようじゃ。
セリンは慣れておる様子から見て、何度か乗ったことがあるんじゃろう。
ラギは無言で背中を押す。
「はいはい、では参ろうか」
『まいろーっ!』
楽しそうな天鼓の声に、客車のドアノブを捻った。
「・・・なんと」
『ふわー!』
ドアを開くと、室内の情景が目に飛び込んできた。
「ミュァ!?ナンデナンデ!?」
後ろのラギも叫んだ。
「広イ!!」
ラギの言う通り、室内は・・・広々としておる。
上等なソファが対面に4つ。
その中央にはテーブルが置かれておる。
壁面には丸いガラス窓が並び、他には物入れや果物を入れた籠、それに酒瓶まで。
調度品の趣味もよい。
・・・前世の高級船室もかくやという有様じゃ。
というか、明らかに見た目の面積と釣り合わん。
外から見た時より2倍以上の広さじゃ。
「ふふーふ、驚いた驚いたぁ」
レイヤの面白そうな声。
「・・・魔法か、これは。以前の酒場と同じような」
「そそそ、ちょっとね。魔法具で空間をこう、ぐいって伸ばしてるのさ」
何でもないように言うが、とんでもないのう。
凄いのう、魔法。
「みんな寛いでね。あ、ええと・・・ペトラちゃんだったかな?」
わしらが客車に乗り込み、セリン以外が驚きを消化した頃。
レイヤがそう声をかけてきた。
ちなみに席じゃが、わしの両隣りにラギとペトラ。
テーブルを挟んでセリン
とレイヤが座っておる。
「お、おう・・・じゃない、はい!」
がちがちと緊張した様子のペトラ。
こういうところは年相応に感じるのう。
「ふふーふ、硬くならなくてもいいよお。そこら辺のお酒、好きに飲んでもいいからね」
「マジかよ!ありがてえ!」
・・・一瞬で緊張が吹き飛んだのう。
「ペトラ、節度を持って飲め。それに・・・地上と違って空の上では悪酔いするぞ」
一応釘を刺しておく。
一度も空の旅を経験したことがないならなおさらじゃ。
電車でも酔いは酷くなるしのう。
「そうなのか?っていうかジュウベエも空なんか飛んだこと・・・ああ、そういうことか」
わしの過去話を思い出したのか、ペトラは納得したようでグラスを持った。
案の定ラッパ飲みするつもりだったようじゃな。
「うわっ!うめえ!こんなの飲んだことねえぞ!」
一口飲むと、まるで少女のようにペトラは顔を輝かせた。
持っているものがジュースなら、年相応なんじゃがな。
「飛ぶ前からもう・・・清掃魔法を使わせないでくださいましね?」
ソファに深く腰掛け、呆れたように言うセリン。
「フカフカ!」『ふかふかーっ!』
ラギも落ち着いたようじゃな。
飛んだらどうなるかはわからんが・・・
「さて、みんな座ったね。それじゃあ・・・飛ぶよぉ」
レイヤがベルのようなものを取り出し、振る。
じゃが音は聞こえない。
これは・・・?
ふわり、と浮遊感。
御者席に今ので伝わったらしい。
何かの魔法具じゃろうか。
窓から見える景色が、グンと上昇していく。
ヴィグランデの街がみるみる小さくなっていくのう。
前世のヘリコプターよりも速いぞ、これは。
「ワワ、ワワワ!」
「うお!?」
両隣りに座っておるラギとペトラが、驚いて同時にわしにしがみついてきた。
おいおい、酒がかかるぞペトラよ。
『にゅわー!?』
そして空中にいた天鼓は重力に従ってか、床に落ちそうになる。
いや、重力ではないか。
魔法で飛んでおるから・・・驚いて飛ぶ力が弱まったということかの?
咄嗟に差し出した手に受け止めた。
『ふー、びっくりした!』
ケラケラと楽しそうに笑いながら、天鼓はそのまま腕を伝ってスルスルと肩へ。
いつもの定位置じゃな。
「何度乗っても大地を離れる感触には慣れませんわね・・・」
セリンは少し顔を青くしておった。
「ジュウベエくん、随分落ち着いているねえ」
「『前』にの。散々経験したからのう」
レイヤの問いかけに答える。
仲間たちにはあらかじめレイヤに素性がバレたことを伝えておったし、問題はない。
別に知られても何も困らんしな。
他府県への出稽古や旅行でよく飛行機を使っておったからな。
電車の方が風情があって好きじゃが、飛ぶのも悪くない。
一番好きなのは船旅じゃが・・・この世界では命懸けよのう。
「ほうほう、それがセリンの言っていた『ヒコーキ』っていうやつかい?興味深いねえ」
「わしに言わせれば、竜に運ばれて飛ぶ方がよほど興味深いがのう」
魔法という力も、竜という存在も。
「お互いに知らないことだらけってわけだぁ。楽しいねぇ、ふふふ」
「おう、楽しい。この世界は素晴らしいのう」
まだ見ぬ土地。
見知らぬ種族。
どこかにおる、わしの知らぬ強者。
それに武術。
そして・・・前世でもとんとお目にかかれなんだ美女の数々。
まったく、リトス様には足を向けて寝れぬなあ。
「ジュウベエくんの『楽しい』と私の『楽しい』は大分違うと思うけどねぇ・・・」
「人間なぞ皆、そのようなもんじゃろうて」
ペトラの飲んでおる酒を、グラスに注ぐ。
くいと呷ると、口内に芳醇な香りがふわりと広がった。
ううむ、うまい。
ええ酒じゃわい。
「美味いのう、ペトラ」
「ああ!これだけで魔導竜に乗った甲斐があるってもんだ!ははは!」
そう言って、ペトラは一息に残りの酒を飲もうとして・・・思い直したように一口含んだ。
わしの言うことを聞いたというより、高級な酒をがぶ飲みするのが勿体ないと感じたようじゃな。
まあ、これも成長かの。
「フワァ・・・」
『ふわぁ・・・』
ラギと天鼓は揃って窓に齧りついておる。
まるで仲の良い姉妹のようじゃ。
随分と大きさは違うがの。
・・・ラギはともかく、天鼓は珍しくもないと思うんじゃが。
「ジュウベエ、丁度いいですから『ヒコーキ』について教えていただけませんこと?」
優雅に杯を傾けつつ、セリンが言う。
ふむ、それも一興か。
「じゃが、わしとて専門職ではないからの。さわりだけでいいなら」
「いいよいいよぉ。魔法が存在しない世界のことなんて、想像もできないんだからさ・・・こっちでも再現できるかもしれないしね」
レイヤも尻馬に乗ってきた。
この師弟はかなりの研究者気質のようじゃな。
「ふうむ・・・それでは。まずはどこから話そうかのう・・・」
とりあえず、飛行機の前身である気球の話から始めるとするか。
わしは、もう一度酒で口を湿らせてから話し始めることにした。
「あたいは『ヒコーキ』より『バイク』ってのの方が気になるなあ。馬より速いとか、乗ってみてえ!便利そうだし!」
「『セキユ』・・・たしか北の獣人国に似たようなモノが湧いていると聞いたことがありますわね。土地を汚す無用の長物と聞いておりましたが、興味がありますわ!」
「だが現状じゃ使用するのにも難儀しそうだねぇ。ジュウベエくんの話では湧いているものをそのまま使うことはできないらしいし」
客車の中は賑やかじゃ。
わしの話が一段落つくと、各々が感想を述べておる。
レイヤが存外に聞き上手なので、飛行機以外の話も随分喋ったのう。
「ジュウベ、『ヒコーキ』・・・操レル?」
キラキラとした目で、わしの着物を引くラギ。
世界は変われど、空へのあこがれは皆強いらしい。
子供なら余計にかの。
「無理じゃ無理じゃ。飛行機の操縦は専門的な学校に通う必要があっての・・・それも狭き門じゃし、そこを卒業してもなれるとは限らん」
「ヘェエ・・・難シイノ?」
「そりゃあ難しい。覚えることが何千何百とある・・・それに、何百人もの乗客の命を預かるなぞわしには荷が重すぎるわい」
「フワァ・・・タイヘン」
せめて、一人乗りなら別じゃがな・・・お、そうじゃ。
「わしの死んだ親父は戦闘機の操縦手だったらしいがの」
「ジュウベノオ父サンガ!?スゴイ!!」
ラギが興奮したように叫んだ。
「へぇ・・・戦闘機っていうのは、さっきの話にあった一人乗りの『ヒコーキ』だよねぇ」
レイヤが興味深そうに呟いた。
「空を飛びながら戦うなんて、まるでドラゴンだなあ・・・あたいにゃとても無理だぜ」
目が回っちまう、とペトラが苦笑する。
「いわばジュウベエのお父様は竜騎士だったのですわね!」
セリンが感心したように言う。
はは、そう聞くと格好がいいのう。
「ジュウベジュウベ!オ父サン、強カッタ?」
「ううむ・・・強い弱いというのは中々難しい言い回しじゃのう・・・わしがほんの子供のころに戦死したらしいからのう」
「・・・ジュウベエが以前おっしゃっていた、大戦のことですわね?」
覚えておったのかセリン。
おいおい、別にそんな悲しそうな顔をせんでもいいじゃろう。
わしにとってはもう遥か昔のことじゃしな。
「おおそうじゃ、ひどいひどい戦でのう。わしの国は敵国に攻め込まれ、ひどい時には毎日空から爆弾・・・まあこっちで言う爆発する魔法じゃな、それが街に降り注いでおった」
その光景は、今でもはっきり覚えておる。
空から降り注ぐ膨大な数の火。
空気の焼ける臭い。
人間の、焼ける臭い。
あれは・・・恐ろしい光景じゃったなあ。
爆撃機には剣も届かんしのう。
「これは後にわかったことじゃがな。親父は街に爆弾を落とす飛行機に・・・自分の飛行機ごと体当たりして死んだらしい」
親類縁者が『英雄だ英雄だ』と喜んでおったなあ。
子供心に不思議に思うたものよ。
この人たちは親父が死んだのに何故こんなにも嬉しそうなのかとな。
もう顔もはっきりと思い出せぬ母親も・・・親類の前では喜んでおった。
夜中に、一人で声を殺して泣いておったが。
「骨も残らぬ死に方よ。親父が残したものは一房の遺髪のみであったわ。それも家ごと焼けてしもうたがのう」
その後で大規模な空襲があり、わしは晴れて天下の孤児となったわけじゃが。
師匠に拾われねば、どこぞで野垂れ死んでおったのかもしれんなあ。
「・・・なんじゃお主ら、みんなして」
気付けば全員がしんとして、わしを痛ましそうに見ておった。
・・・優しい娘らじゃな。
別に同情を買いたくて話したわけではないんじゃがのう。
「気にするな。もうわしにとっては遥か前のことじゃ。あの頃は珍しい話でもなかったわい」
喋りすぎたか、喉が渇いた。
もう一度酒を飲むと、ラギがわしの肩をさすってきた。
「ジュウベ、ジュウベ・・・ウチノ里、イツデモ遊ビニ来タライイ」
『精霊の里にもおいでおいでー!』
天鼓はわしの頭を抱え込むように抱き着いてきおった。
精霊の里・・・何やら温泉施設のような名前じゃな。
「しかし、そんな大戦がどうやって終わったんですの?ジュウベエのお国は滅んだわけではないんですわよね?」
ううむ、そこを説明するのは色々と難しいのう。
一筋縄ではいかん問題じゃからなあ。
長くなりそうであるし、簡単に説明しておくか。
「大きな・・・大きな爆弾が落とされての。それでこれは敵わんと国が降伏したわけじゃ」
ざっくりと乱暴に言っておく。
それほど簡単な話ではなかったのじゃがな。
「大きな爆弾・・・それは、どんなものだったんだい?」
レイヤの目が少し危険に輝いたように見えた。
『万識』の名の通り、なんでも知っておきたいとでもいうのじゃろうか。
さて、どう説明したものか。
「それについては飛行機以上に詳しくないからの、核爆弾というものがあって―――」
『おっと、その先は言うてはならんぞジュウベエ』
部屋の空気が一瞬にして張りつめた。
この感覚、この声。
まさか・・・
『ふふ、こうして直に会うのは久しぶりよな』
いつからそこにおったのか。
リトス様が、わしの向かい・・・セリンの横に座っておる。
「ヒャ」
ラギがわしの腕に抱き着き。
「んご!?」
ペトラが酒を吐き。
「ぴゃ」
セリンは横を見るなりくたりと気絶した。
「これは・・・これ、は。まさか顕現なさるとは・・・お久しぶりで御座います、リトス様」
気絶した弟子と違い、レイヤは真横に出現したリトス様に挨拶をした。
中々の胆力じゃが・・・その顔には冷や汗が一筋流れておる。
飄々としておるように見えるが、内心は大混乱なのじゃろう。
『ぬ・・・おお、誰かと思えばヨンドレイラの末の娘か。久しいの・・・親父は息災か?』
「え、ええ、最近また腹違いの妹が産まれたので、とっくに末の娘ではありませんが」
『はっは、あやつは相変わらずと見える。いくつになっても盛りのついた餓鬼よなあ』
ころころと鈴を鳴らすように笑い、リトス様はどこからか取り出した杯に酒を注ぐ。
美しい喉を鳴らし、優雅に一口飲んだ後・・・わしに流し目を送った。
おお、相も変わらず寿命が縮むほど美しいわい。
『ジュウベエ、お主が今語ろうとした情報はこの世にあってはならぬものじゃ。すまぬが言ってくれるな』
・・・核爆弾が、か?
「ほう・・・しかし、魔法を使えばあれくらいは簡単なのではありませんかな?」
神様直々に止めるほどのものかのう。
『多くは語れぬが、それが問題なのじゃ。アレを魔法で再現することがのう』
・・・そちらか。
『ヨンドレイラの娘よ。そういうわけであるからの、知ることは許さぬ。アレは人の・・・いや、誰の手にも余る禁忌の邪法よ』
「・・・御心のままに」
汗をかきつつ、レイヤは深々と頭を下げた。
「しかし、それを言うためにわざわざここへ来られたのですか?わしとしては、お姿を拝見できて幸せではありますがのう」
まさに眼福じゃ。
逆に寿命が伸びそうじゃわい。
『おお、そうじゃそうじゃ。ヨンドレイラの娘、少しジュウベエを借りていくぞ』
「えっ」
そう言うなり、リトス様はふわりと浮かび・・・
『用事が済んだら返す故、心配するな』
気が付くとわしは、空中に放り出されておった。
目の前には、悠々と空を飛ぶ魔導竜の姿がある。
どうやら、並走する形で浮かんでおるようじゃ。
客車の窓越しに、ラギがこちらを見て何かを叫ぶのが見えた。
・・・!?
さっきまで座っておったはずなのに!?
「キュァ!?キュルルルル!?」
丁度顔の横に浮かぶわしに、魔導竜が目を見開いて驚いた。
無理もない、いきなり人間が飛び出してきた・・・というか出現したんじゃしの。
悪いことをしたのう。
いや、したのはわしではないが。
『行くぞジュウベエ』
どこからか声が聞こえたかと思うと、わしの体は重力に引かれるよりよほど速く落下し始めた。
だが、風の感触も体の重みもない。
『お主向きの頼みごとがあると前に言ったであろう?今それを頼みたい・・・よいか?』
「いいも何も、貴方様の頼みを断るはずもございません」
どうやらリトス様はわしの後方におるようじゃな。
この世界へ連れて来てくださった大恩人じゃ。
断るなど罰が当たるわい。
前にも聞いたが、女子供を害するようなことではないようじゃしの。
『可愛いことを言うやつじゃな。ふふふ・・・ほれ、もうすぐじゃ』
一瞬で雲を抜け、眼下にうっそうとした森林地帯が広がる。
魔導竜は雲より上を飛んでおったのか。
話をしていて気付かなんだのう。
『わかるか?』
目を凝らしてみると、森林地帯の一角がどうにも違和感がある。
まるで薄いビニールか何かで隔離されているような・・・そんな区画があった。
『少しばかり目に余る奴がおっての。我らは直接介入できぬ故、そなたに頼みたい』
ぐんぐんとその違和感のある区画へ近付く。
『我は届けることしかできんが・・・そなたを信じておるぞ』
その声を聞くなり、わしの意識は闇に沈んだ。
なにか、薄皮を通り抜けたような感覚だけを残して。
『起きて―!ねえ起きて―!!』
「む・・・ぬ?」
何やら頬を軽く叩かれ、目を開ける。
覚醒した視界に、こちらを心配そうに見る天鼓の姿があった。
「お主・・・ついてきたのか、どうやって?」
『リトス様がいきなり来たからびっくりして、キモノの中に隠れてたのー!』
「待っておればよかろうに・・・」
『やーだ!ついてく!ついてくー!』
まあ、来てしまったものは仕方あるまい。
全身に付いた葉っぱを払い落とし、周囲を確認する。
「のう天鼓、上空から見た時に・・・こんな場所じゃったかのう?」
『んーん!これは、えっと・・・アレだ!位相転換なんとかかんとか・・・ええっとお・・・』
肩に座りうんうん唸る天鼓。
「位相・・・なるほどのう」
周囲に生き物の気配はない。
すぐさま、愛刀の状態を確認した。
うむ、柄糸にも金具にもゆるみはない。
「ここは『あの森ではない』ということか・・・」
わしの眼前には、敷石で舗装された・・・古びた大きい遺跡のような建物があった。
大きさは・・・わからん、いくつもの体育館が重なり合ったような奇妙な形だということくらいしか見えぬ。
後ろを振り返ると、濃い霧のようなもので何も見えん。
どうにも通れそうな雰囲気ではないし、前に進むしかあるまいな。
『変な気配するー!なんかね、リトス様みたいな~違うような~?』
・・・ということは、この場所は他の神様が関わっておるということか。
しかも、リトス様に敵対的な。
「『わし向きの仕事』、のう。ふふ・・・面白い」
『ジューベーがいるなら安心!行こう行こうー!』
かわいらしく腕を突き出す天鼓を見ながら、わしは足を踏み出した。
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