第33話 十兵衛、別口の女神と知り合う。

ゆっくりと雲が流れてゆく。


たまに、鳥の背中に乗っておったり漂っておる精霊も見える。




『じゅうべー、だいじょぶ?』




中にはわざわざこちらまで飛んで来て、心配そうに顔を覗き込む精霊までおる。


軽く手を振って笑いかけると、精霊は嬉しそうに何かを置いて去って行った。




ごとごとと背中に伝わる振動を感じながら、わしは大あくびをした。




「おるか、ラギ」




「ウン!」




声を出すと、傍らから声。


そそくさと走り寄ってくる気配。




「ジュウベ、ドシタ?」




ひょっこりと視界に入るラギの顔。




「せめて座りたいんじゃが・・・」




「メッ!!!」




そのままスッと引っ込んでしもうた。




・・・ううむ、随分と厳重なことじゃのう・・・




「歩かなくてもいいのですから、有難く寝ていらして?」




今度はセリンが顔を出す。




「・・・これでは鈍るのう、体には何の問題もないのじゃが」




「駄目ですのよ、安静にしなくては」




「いいから寝とけ寝とけ!」




遠くからペトラの声もする。


これは、とても起こしてもらえんのう・・・




わしは現在、アリオ殿の馬車の荷台に寝そべっておる。


時刻は・・・昼前といったところかの。






吸血鬼との戦いから一夜明け、わしらはラヒ村を早朝に出発した。


村人たちは、総出で見送ってくれた。


村はこれからが大変じゃろうが、そこはアリオ殿が何か支援でもするのじゃろう。


出がけに、そんなことをトログと話しておった。




ちなみに、新しい村長はトログと決まったようじゃ。


・・・まあ、昨日の様子を見るに大丈夫であろうが。




といったわけで出発はしたが、何故かわしは荷台で運ばれることとなった。


左腕の刺し傷、胸の火傷、それに痛めた肋骨。


これくらいなら歩くのに支障はないが、セリンに言わせると頭の方が心配とのこと。




吸血鬼がわしに幻影を見せた技・・・あれはいわば脳に直接魔力を流し込んで行う魔法だそうじゃ。


通常は解呪魔法や魔法具で解くものを、わしは力技で無理やり解いた。


それが、脳に何らかのダメージを与えた恐れがある・・・らしい。


よってデュルケンで医者に見せるまで、できるだけ安静にしておれということらしい。


加えて昨日は魔力を消費しすぎているので、それも合わせて休養せよとのお達しじゃ。


昨日の戦いで感じた虚脱感はそれであったのか。


魔法とはわけがわからんもんじゃのう。


大まかに残量でもわからんものか。




わしとしては歩きたいが、ラギの涙には勝てなんだ。


どうにも最近、あやつは幼くなってきているような気がする。


・・・いや、年相応の娘に戻ったということか?


まったく、随分と懐かれたもんじゃわい。




「ジュウベエ様、お加減はいかがですかな?」




荷台に面した窓が開き、アリオ殿が顔をのぞかせる。




「問題はありませぬよ・・・それにしてもかたじけない、荷台を使わせていただいて」




「滅相もありません、ごゆっくり静養なさってください。横に積んである毛布も自由に使っていただいて結構ですよ」




恐縮しつつ謝ると、なんとも懐の深い答えが返ってきた。




「エルダーを相手にされたのです、お気になさらず」




「ふむ?」




「おや、ご存じない・・・ああ、そうでしたね。エルダーというのは、吸血鬼でも特に年を経た強力な個体のことですよ」




「ほう、よくおわかりになりますなあ」




雇い主相手に寝たまま話すのは心苦しいが、起きるとラギにドヤされるしのう・・・




「詠唱せずに魔法を使った、とおっしゃいましたでしょう?どの種族でも、そんな芸当ができるのはごく一握りですから。それでは、よくお休みになってくださいね」




そう言うと、アリオ殿は窓を閉めた。


長話になるとわしの体に障ると思ったのかのう。


気にせんでもいいんじゃがな。




・・・それにしても、なるほどのう。


魔法には詳しくないが、頭の中の百科事典(仮)にも魔法の詠唱は必須と記されておった。


それを省けるんじゃから、かなりの強者ということか。




「ふうむ、ではセリンもかなりの使い手ということじゃなあ」




「違いますわよ」




こぼすと、またもひょっこり顔を出すセリン。




「わたくしのは『事前詠唱』ですの。『無詠唱』とは違いますわ」




ああ、そうじゃったな。


そんなに違うものなんじゃろうか。




「事前詠唱も・・・自分で言うのは何ですけど高度な技術ですわ。それでも、無詠唱には遠く及びませんの」




「長生きしておるのに、まだ無理か」




「そうですわね・・・才能にも左右されますけれど、わたくしたちハイ=エルフでもできるものはさほど多くありませんの」




「ふうむ、それほどの使い手とも思えなんだが・・・」




魔法は凄かったが、剣技の方はそれほどでもなかったしのう・・・


今までの敵に比べれば、文句なしに最上であったが。


ただ、技というよりあれは身体能力にものを言わせた力任せじゃったしのう。




「それはジュウベエがおかしいからですわ!」




酷いことを言われた。




「大体、エルダー種の幻術を力技で解く時点でおかしいんですのよ?わたくしたちは余波だけでしばらく麻痺していたというのに・・・」




「あー!それで思い出した!」




今度はペトラがセリンの顔の上から覗き込んできた。




「おいジュウベエ!エルダーの首飛ばした技、アレ!アレなんだよ!」




やけに興奮した様子じゃな。




「あたいぜんっぜん見えなかったぜ!雷みてえに速かった!気が付いたら首が飛んでたんだもんよ!」




やはり戦士か。


知らぬ技が気になると見えるのう。




「ふむ、『紫電』のことか?あれは単純な技じゃよ」




「へえ!なあなあ、どうやるんだ!?」




「理想はのう、稲妻より速く剣を振ればいい・・・わしのはまだまだじゃなあ、1割の速度も出ておらん」




「・・・へえ~」




「修行の成果か、以前よりまともに放てたがのう・・・アレで各所の筋肉が断裂と肉離れを起こしておる。続けざまに放てるようにならねばのう」




「・・・大丈夫なんかよ、それ」




「なあに、しばらくすれば右腕も治るわい」




「・・・なんなんですの、ジュウベエのお国の剣士は皆化け物ですの・・・?」




「ジュウベ!スゴイ!!・・・デモ休ンデ!!休メ!!!」




ラギがお怒りじゃなあ。


これでは何もできぬし、しばらく寝るとするかの・・・




ごろりと顔を横に向けると、先程まではなかったものに気付く。


なんじゃこれは、木の実や花びら・・・それに綺麗な石ころ。


ははあ、精霊どもが置いていったのはこれか。


さしずめ、見舞い品といった所じゃな。


ふふ、意外と可愛い奴らよ。




「また、砂糖水でもこさえてやるかのう・・・」




視界の隅にちらちらする精霊を見つつ、わしは目を閉じた。








『あらぁ、奇遇ですね十兵衛くん!』




・・・誰じゃこの大美人は。


いや、どこかで・・・


ああ、昨日リトス様と言い争っておった・・・確か、マァチ様じゃったか。




『まあ、本当は私が呼んだんですけれど!ふふふ!』




褐色の肌に映える銀色の髪。


ニコニコと細められた優しそうな目。


全身を薄緑色の布で包んだ、とんでもない美女じゃ。


・・・何がとは言わぬが、リトス様よりでかいのう・・・全体的に。




『まぁ!恥ずかしいわ!でももっと見てもいいのよ?若いんですものね!もぉっと見てもいいのよ!!』




煽情的に身をくねらせて言うマァチ様。


随分とまあ、積極的な・・・


マァチ・・・確か、豊穣と死後の安寧を司る女神だったはずじゃ。


ペトラの信仰しておる地母神の・・・姉妹神だったかのう?


頭の中の知識様々じゃな、うむ。


知識によれば。この世界には女神が多いようじゃ。


さぞ眼福であろうなあ。




『十兵衛くんはお盛んなのねえ!いいことだわ!』




なにやら嬉しそうなマァチ様じゃ。


豊穣神・・・産めよ増やせよはここでも変わらぬのか?


・・・それにしても、何故わしをここに・・・?




『わたしね!十兵衛くんって苦手だったの!』




・・・なんとまあ、直球じゃなあ。




『だってだって、戦士じゃない?強いし、何でもできるし・・・メィラの管轄だしねえそういう人は!』




メィラ・・・おそらく地母神じゃな。


しかし、それならなんでわざわざ・・・




『サグちゃんによくしてくれたわね、上から見ていたわ!』




ああ、なるほど。




『うふ、十兵衛くんって面白いわねぇ!それで少し興味が湧いたの!』




ふむ、何が琴線に触れたかわからんなあ。


それにしてもサグは極楽に行けたのかのう。


いや、行けたじゃろうなあ。




『ごくらく?ああ、十兵衛くんの世界では死後はそうなのね!こっちでは『久遠宮エィヴァン』って言うのよ!』




ほほう。




『サグちゃんはねえ、もう輪廻に入るくらいかしら?もっとゆっくりしてもいいんだけどねえ・・・それこそ100年でも1000年でも』




こちらにも生まれ変わりはあるらしいのう。


そうか、サグはもうおらんか・・・




『「ジュウベエさんに弟子入りするんだ!早くしなきゃ!」って言ってたわあ・・・いい子ねえ!本当にいい子ねえ!』




・・・馬鹿者が。


もう少しくらい、休んでおればいいものを。


あれほどの思いをしたのに、また戻って来ると言うのか。


まったく、馬鹿者が・・・




『んふ、んふふ!』




嬉しそうにマァチ様がわしの頬に手をかける。




『十兵衛くんも、やっぱりいい子ねえ!いい子、いい子!』




やめてくださいませぬか、幼子にするように頬を撫でるのは・・・




『私から見れば、みぃんな赤ん坊とおんなじよぉ!』




・・・言われてみれば確かにそうか。


女神からすれば、わしなぞ若造に過ぎぬなあ。




『そんないい子の十兵衛くんには、わたし贔屓しちゃいまぁす!』




・・・なに。


や、やめてくだされ加護なぞはもう十分に・・・


それに、わしのような行いをするものなぞ世界中にそれこそ掃いて捨てる程・・・




『女神は気まぐれですからねぇ!』




い、いやわしは現状で十分満足して・・・




『・・・と、思いましたけどねぇ、十兵衛くんの意思を尊重して、傷を治すだけにしておいてあげましょう!』




・・・それは、ありがたいが。


そんな簡単に・・・




『これくらいなら無作為に頻繁にやってますからねえ、私!』




・・・信者が多そうじゃなあ、この女神様は。




『無理に加護をあげて嫌われるのも嫌ですもん!・・・それに、もう時間切れみたいだし』




頬を膨らませた不満そうな表情で、マァチ様が呟いたその時。


遠くから雷鳴のような音が聞こえてきた。






『マァアアアアアアアアアアアチイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!』






『あらやだ、もう来ちゃった・・・それじゃ十兵衛くん、またねぇ!』




視界が白く溶けてゆく。


薄れゆく意識の中、体中に紫電を纏ったリトス様が一瞬見えた気がした。








目を開けると、視界一杯に目を見開いたセリンの顔があった。


・・・中々の迫力じゃな。




「こ、こここ、今度は、なんですの」




「おい、迫るならもっと色気のある顔をせぬか」




わしの軽口にも全く反応せず、セリンはいきなり着物の前を開いた。




「おいおい、やめぬか馬鹿者」




「・・・ませんわぁ」




まるで口付けでもするかのようにわしの胸に顔を埋めたセリンが、恐る恐るといった様子で呟く。




「傷がありませんわあああああああああああ!!!闇の魔力も綺麗さっぱり浄化されてますわあああああああああああああああ!!!!!」




そのまま天を仰ぐように絶叫し、くたりと倒れ込んできた。


どうやら気を失ったようじゃな。




ふむ、確かに傷もなければ筋肉や肋骨の痛みもない。


全身を包んでいた倦怠感も虚脱感もない。


・・・マァチ様のお陰じゃな。




「・・・これは、そんな色気のある状況ではないですぞ」




まじまじとわしを窓から見るアリオ殿にそう言う。


そもそも、雇い主の馬車の荷台でおっ始める馬鹿もおるまいよ。




「いえいえ、先程急にジュウベエ様の体が光ったので皆さん心配していたのですよ」




・・・なんと。




「セリン様がおっしゃるにはかなり高次の存在による干渉だとか。・・・その様子を見るに、真実でしょうねぇ」




「ははは、どうやらお優しい方がおったようで・・・」




わしに寄りかかるセリンをどかし、毛布を掛けてやる。


・・・化粧で誤魔化しておるようじゃが、目の下にクマがある。


こやつにも、心配をかけたのう。




「ジュ、ジュウベ・・・元気、ナッタ?」




恐る恐るといった感じで、ラギが声をかけてきた。




「おう、元通りじゃ。看病ありがとうの、ラギ」




手を伸ばして頭を撫でる。


ラギは仮面の穴から涙を流して、わしの手を愛おしそうに触った。




「ヨ、ヨカッタ・・・ヨカッタ・・・」




「よぉ、元気になってよかったなあ!」




ペトラも嬉しそうに微笑んでおる。




まったく、いい奴らじゃ。


わしの周りにおるのはのう。


有難くって泣けてくるわい。




『ぜんかいー!』『めでてえ!!』『わーい!』




わちゃわちゃと虚空からまとわりついてくる精霊どもにたかられながら、声をあげて笑った。






「むにゃむにゃむ・・・まぁだ食べられますわぁ・・・もももむ」




不可思議な寝言を言うセリンを横目に歩く。


わしが全快したと思ったら今度はセリンか。


まあ、疲れておる様子だったので寝かせておいてやろう。


・・・起きたら確実に質問攻めにされるであろうなあ・・・


寝て忘れるタイプとも思えんし、のう。




「なあなあ、一体誰に治してもらったんだよジュウベエ」




「気ニナル!」




・・・まあ、こやつらには言ってもいいかの。


馬車までは聞こえんじゃろう。




「マァチ様と名乗っておったのう・・・豊穣神であろうか?」




「おー!マァチ様かあ!」




ペトラがなんというか、普通に反応してきおった。


ラギは目をぱちくりしておるな。




「あたいのひい爺さんが戦場で死にかけた時に助けてもらったらしいな!」




ほう、意外と身近な存在なんじゃな。


ご本人も無作為に結構治しているとは言っておったが・・・


世間は狭いのう。




「でも珍しいなあ、マァチ様が戦士の怪我を治すなんてよ」




「ぬ?ひい爺さんは戦士ではなかったのか?」




「戦士の加護と救済はメィラ様の担当だからな。ひい爺さんは木こりだったらしいぜ?」




・・・何故木こりが戦場に?




「その頃は夫婦じゃなかったらしいけど、ひい婆さんが戦士でよ。幼馴染だったひい爺さんも兵站係で一緒に行ってたらしいんだ」




オーガは女戦士も多いんじゃなあ。


しかしまあ、幼馴染について戦場まで・・・


惚れた弱みというやつかの。




「よく知らねえけど、ひい婆さんを庇って死にかけたらしいんだよ。もう駄目ってくらいの怪我したんだけど、気が付いたら全快してたらしいぜ!」




ふむ・・・そういうことか。


1回しかあっておらぬが、あの方はそういうのが好きそうじゃな。


夫婦になって増えてもらわねば困る・・・といった所か。




「ジュウベ、スゴイ!女神様ノ加護、2ツ目!!」




わしの肩に手を置き、ぴょんぴょんと跳ねる。




「ああいや、加護は断った。治療だけじゃよ」




「・・・ナンデ!?」




仮面越しでもわかるほど目を丸くして、ラギが詰め寄ってくる。




「なんでも言われてものう・・・特に困っておらんし、あの方の加護はもっとこう・・・死にかけの病人などに必要じゃろう?そっちに回してくれる方がありがたいんじゃよ」




「フゥン・・・ジュウベ、欲ナイ」




ラギはそう言うがのう・・・


わしは、できるだけ自分の力以外のものに重きを置きたくはない。


リトス様からいただいた服、それに不可思議に進化した愛刀。


極めつけには翻訳の加護まで。


・・・これ以上を望めば、罰が当たりそうじゃ。


もっとも、望むつもりもないがのう。




「ふふ、そう言うラギは何か欲しい加護でもあるのか?」




「射手神、ヨルゥル様ノ加護!」




なんともまあ、舌を噛みそうな名前じゃな。


弓使いだけあって、望む加護もそれか。




「あたいはやっぱりメィラ様かなあ。加護で強くなりてえってわけじゃないんだけどよ、あの方の加護をもらえるくらいの戦士になりてえ」




なるほどのう、そういう考え方もあるのか。


精霊どもは、欲がないほど加護がもらえると言っておったが・・・あれはリトス様のことじゃしな。


マァチ様もなかなか個性的な性格のようじゃし、神々によって違いはあるじゃのう。


・・・それにしても、この世界は神との距離が近いわい。




「こうなると、そのうち現実の世界でも会えそうな気がするのう」




「神様、結構降臨シテルヨ?」




「ああ、メィラ様なんかたまに変装して闘技大会なんかに出てるらしいしな」




「・・・なんと」




訂正する。


距離が近すぎじゃ、この世界。




「ジュウベエもつええしな、そのうちメィラ様とか武神オッダロン様とかに会えるかもしれねえぞ?」




武神とな。


それは・・・なんとも楽しみじゃのう。




「はは、そりゃあ胸が躍るの」




「そういう反応するジュウベエなら、きっと会えるさ・・・そん時はあたいも一緒に会いてえなあ」




「我モ!我モ!」




ふざけるように背後からラギが抱き着いてくる。


ぬお、鎧のせいか結構重いのう。




「ジュウベ、スゴイ!ジュウベトイルト、毎日楽シイ!!」




「ま、退屈はしねえわなぁ」




ふふ、わしの方こそ楽しくてしょうがないわい。


さあて、次はどんな敵に出会えるのかのう・・・




「ジュウベエ様!前方にゴブリンの群れが!!」




そんな時、馬車からアゼルの声が聞こえる。




「応!まかせよ!!」




ゴブリンか・・・まあよかろう。


体の調子を確かめるとしようか!




「・・・ゴブリンに同情するぜ、あたい」




なにやら言うペトラの声を背中で聞きつつ、前方の岩場から現れたゴブリン目掛けて走り出した。


傷一つない愛刀を引き抜き、肩に担ぐ。




「さあ!さあさあゴブリンどもォ!!かかって来い!!」








「ふむ、まあこんなもんかのう」




ゴブリンの血に塗れた刀身を振り、納刀。


目前にはしめて15体のゴブリンが死体となっておる。


体はすっかり本調子じゃ。


以前にもまして体が軽い気さえしたのう。


サグや村人たちのことで、一丁前にわしも気を張っておったらしいわい。




「こんなもんかじゃねえよ・・・あたいにもちょっとは回せよなあ・・・ぜぇんぶやっちまいやがって」




「我、仕事ナイ・・・」




2人がわしを睨む。




「はっは、すまんのう。ついつい嬉しくなってしもうて・・・」




「まあ、いいけどよ・・・お、ジュウベエ!アレ見ろよ!」




ペトラが指差す方を見ると、遠くに街のような影が見えた。


遠くてよくわからんが、村という雰囲気ではないな。


ヴィグランデよりは小さいが、立派なものじゃ。




「アレがデュルケンだぜ!だいぶ早目に着いたなあ!」




ほう、あれがそうか。




「ジュウベエ様たちのお陰です!・・・アリオ様、デュルケンが見えましたよ!」




御者台のアゼルが呼びかけると、窓からアリオ殿が顔を出す。




「いやあ、いろいろありましたがこんなに安全に着くのは私も初めてですよ!」




ラヒ村の件は残念じゃが、護衛としてはおそらく及第点じゃな。


アリオ殿に危険は及んでおらんし。




「早く一杯やりてえなあ!」




「オ腹、空イタ!」




「最高の宿に案内しますからね、期待していてください」




「ひゃっほおおおおう!!」




天に向かって拳を突き上げるペトラ。


ラギもウキウキしておる。




「お主ら、最後まで気を抜く出ない・・・ぞ?」




注意していると、なにやら周囲に違和感がある。


これは・・・以前にも感じたのう。




『こわい!』『じゅ、じゅーべー!』『なんかいる!!』




精霊どもがわしの後ろに隠れる。


・・・これは、やはり。




「ペトラ!ラギ!構えい!・・・アゼル!離れろ!!」




柄に手をかけ、周囲に叫ぶ。


一斉に戦闘態勢に入るラギたちを横目に入れつつ、身構える。




前方・・・ではない。


後方でも、横でもない。


しかし、何かが・・・来る!




この振動・・・


下か!!




「地中から来よるぞォ!!」




わしが叫ぶと同時に、前方の地面にヒビが入る。




これは・・・また地竜か!?




ヒビが大きくなり、割れた大地から黒光りする角めいたものが勢いよく突き出された。


これは、地竜ではない!




角はその状態で地面を隆起させながらこちらに迫る。


速い・・・!




「っしゃあ!!」




角に向かって、隆起を躱しながら空中で抜き打ちを放つ。




「なにっ!?」




両断するつもりで放った刃は、表面を浅く斬りながら滑る。


・・・むう、なんじゃコレは!?




「ケラト・センティピードか!!」




それを見たペトラが叫ぶ。


それと同時に、隆起は止まり何かが地表に現れ始める。




「ジュウベ、マタ来ル!!」




「応!」




ラギの叫び声が響く。




「KSAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」




なにやら機械的な咆哮を上げ、長いものがずるりと地上へ出現する。


全身から土塊を落としながら、わしの方へ体を向ける異形。




「ほうほう・・・こやつは・・・!」




それは、全長が5メートルほどの百足であった。


頭頂部には先程の黒光りする角。


キチキチと多数の足を蠢かせながら、弓なりの姿勢じゃ。




「ジュウベ!ソイツ毒アル!」




後方に跳んで弓を構えたラギが叫んだ。




「ジュウベエ!こいつらは群れで動く!まだ来るぜぇ!!」




ペトラの声を聞き、百足の後方を確認するとなるほど地面から突き出た角が・・・4本。


団体さんの到着じゃな。


アリオ殿の馬車には近付けるわけにはいかんのう。




威嚇するように強大な顎を打ち鳴らす百足。


それに対するように、大きく上段に構える。




「KYGYIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!」




顎を開きながら、凄まじい速度でわしに迫る百足。


ありがたいのう、そちらから来てくれるとは!!




息を吸い、丹田に力を込める。


迫る百足の頭部で、斬るべき場所を見定める。




まだじゃ・・・まだ。


・・・ここぉ!!




「しいいいいあっ!!!!」




大地を踏み割る勢いで跳び、刀を振り下ろす。




「GYAG・・!?!?」




吸い込まれるように、百足の顔面に入った刃が火花を散らしながら斬り抜ける。


躱すと、突進の勢いをそのままに百足は大地に倒れ込んだ。


夥しい足が細かく痙攣しておるが、もはや立ち上がれまい。




よし、斬れる。


こやつは斬れるぞ。


わしの、腕前だけで。


ははは、ええのう。


たまらんわい。




「GYAAAAAAA!!!」「GURRURRRRRRRR!!!!」「AGAGAAAAAAAA!!!!」




同胞の死を悟ったか、後続が次々と地面から出てくる。




「っしゃあ!!来やがれ!!!」




いつものように赤光を纏ったペトラが吠える。




「さあて・・・俵藤太と洒落こむか!!」




わしは、湧き上がる喜びを抱えながら再び刀を担いだ。

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