第34話 十兵衛、港町に到着する。

「かち上げるぜェ!!ラギィ!!」




「ウム!!」




赤光を引き、ペトラが一直線に疾走する。


オリンピックにでも出れば、金メダルでオセロができそうなほどの速度で。




「GYSYA!!!!!!!!!!!!!」




接近するペトラに、百足が飛び掛かってゆく。


開かれる顎の、その奥から紫色の飛沫が飛び出した。


ほう、アレが毒か。


いかにも体に悪そうじゃの。




「うらあぁ!!!」




ペトラは片手に持つ戦斧を大地に叩きつけ、前方に弾く。


大量の土砂が毒と衝突し、散る。




「AGAAGGG!!!!!!!!!!!」




「うるっせんだよォ!!!!」




そのまま距離が詰まる。




「るうう・・・オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




重々しい衝突音と共に、交差した戦斧と百足の顎が激突。


ペトラの艶めかしい背中に、縄目のような筋肉が浮き出る。




「だっしゃあああああああああああああああああ!!!!」




怒号と共に、百足はその上体を宙に跳ね上げられた。


おお、相変わらず凄まじい膂力じゃ。


浮き出た文様のお陰か、はたまたオーガの力ゆえか。




「撃ツ!!」




それと同時に、空気を切り裂いて矢が飛翔。


杭を打ち込むように、百足の柔らかな腹に次々と矢が突き刺さってゆく。




「GRGRGRGR!?!?!?!?」




真っ青な毒々しい体液をまき散らし、百足は地に沈んだ。




・・・どうやら、あちらは2人に任せておけばよさそうじゃな。


ラギの矢が切れねば問題はあるまい。




わしは馬車を守りつつ、好きにさせてもらおうかの。


新たに地面から出てくる百足目掛け、大地を蹴る。




先程の初撃は、刃筋が立っておらなんだ。


予想より滑らかかつ、予想よりはるかに強靭な外皮だったからじゃ。


ペトラたちの様子を見るに、わしがよく知っておる小さな百足のように腹の部分や関節は柔らかいのじゃろう。


定石としては関節か腹、それかさっきのように顔面を斬るのがええんじゃろう。




だが、それでは面白くない。


何より、外皮も絶対に斬れぬものではない。


切迫しておらん現状において、楽な道を選ぶのはいささか気が引ける。


いや、そうではないな・・・




アレを斬らねば、恰好が悪い。




うむ、これがしっくりくるのう。


我ながら子供じみた考えじゃが、これがわしよ。


田宮十兵衛よ。


斬れるものを斬らずして、何がおもしろい。




「付き合ってもらうぞ、百足ェ!」




「GYASSSSHHH!!!!!!!!!!!!!」




わしの声に呼応するように突っ込んでくる百足を軽く躱し、そのまますれ違う。




轟音を上げながら、尻の触角がしなりつつ眼前に迫る。


前の世界ではこちらに毒はなかったが、こちらではどうか。


表面にびっしりと返しのついた棘が見える。


毒はなくとも、アレを喰らえば抜くのは容易ではあるまい。




片手に持つ愛刀に力を込める。




「しぃっ!!!」




触角の正面と衝突した刃が、存外に軽い感触を伝えてくる。


先程のしなり具合から察するに、普段は鞭のように使うのじゃろう。


いつぞやの襲撃者の鞭めいた剣よろしく、張った状態で固定せねば斬りにくい。


斬りにくい・・・が!!




「あああっ!!!」




当たったと同時に瞬時に刃を引く。


衝撃を逃されるより前に・・・斬る!!




パイプ程の直径の触角は、青色の体液を噴出させて輪切りになった。


うむ、斬れる・・・斬れるぞ!!




「GAAAAGAAAAAAAAAAAAA!!!!!」




触角を切り裂かれたことで怒ったのか、百足がわしに向き直りながら放水のように毒を吐く。


退けば毒液の餌食になろう。


ペトラのようにはできぬので、故にわしは前に跳ぶ。




頭上を刺激臭の漂う毒液が通過していく。




百足はわしに斬られまいとしたのか、その場でぐるりと背中を向ける。


自らの外皮硬度に自信を持っているのであろう。


まるで、『斬ってみろ』とでも言うように。




・・・上等ォ!!


そちらから差し出してもらえるとは、ありがたいのう!




百足の体を蹴りつけ、高く跳ぶ。


空中にて両手で愛刀を大上段に構え、狙う場所を見定める。


・・・狙うは、一番硬そうな頭部から胴体にかけて!!


わしは、一直線に愛刀を振り下ろした。




外皮と接触した刃から火花が散る。


喰らいついた!滑ることなく!!




「しぃっ・・・ああぁっ!!!」




魔法の力を使わぬように心がけながら、両手に力を込める。


これは、わしのみの力で斬らねばならぬ!


もっと強くなるために。


もっと高みへ登るために!!




「GAAAAAAAAAAAAAAA!?!?!?!?!?!?」




普段とは違い、自らが最も頼みとする外皮に刃が食い込む感触に驚いたのだろう。


百足が悲鳴のような声を上げる。




「お・・・オオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」




手首、腕、肩、上半身。


視界が霞むほどの力を、愛刀に集中する。




ぞぶり、と手ごたえがあった。


外皮の内の、柔らかな肉の感触。




切れ込みを入れた竹のように、愛刀は一気に百足の胴体を縦に切り裂いた。


重力に従い、そのまま百足の背中へ着地すると。


出来の悪い開きのように、百足の上半分が左右に分かれた。






南雲流剣術、奥伝ノ五『鋼断』


・・・成れり!!






半分に分かれてなお、その生命力を誇示するかのようにうぞうぞ蠢く百足に見切りをつける。


あれではもう何もできんじゃろうて。


さあて、次は・・・む。




ペトラとラギは協力して百足を相手取り、危なげなく処理している。


わしのようにわざわざ外皮を斬りでもせねば、楽な相手といえるからのう。


まあそれはいい。




問題は後方、馬車よりなお後ろ。


伏兵を示すように、そこの地面は盛り上がっている。




いかん!


アゼルはこちらを見て警戒しておる。


後ろまでは気が回っておらん!


普段ならば馬車の上で警戒するラギも、ああして前におる!


急がねば!




「アゼェル!!後ろに百足じゃ!前に逃げよォ!!」




血振りもせずに走る。




アゼルが慌てて馬に鞭を入れたのが悪かったのか。


それともわしの大声が悪かったのか。


百足は勢いよく地中から飛び出し、空中で馬車に狙いを定める。




手裏剣も脇差も間に合うかどうかわからん!


だが牽制になれば・・・!!






「・・・逆巻く氷輪、我が意に沿いて敵を撃て」






走りながら脇差を抜きかけたわしの耳に、唄うような詠唱が聞こえた。






「『古河破槍ガイナ・ガイア』!!!」






馬車の荷台から、まるでドリルのような氷柱が出現。


3メートルほどのそれは、瞬時に空中の百足に射出された。




氷柱は甲高い音を一瞬響かせ、百足の体を容易く貫いた。


胴体に大穴を開け、百足は空中で絶命する。




「わたくしをお忘れではなくって?ジュウベうきゃあああああああああああああああああああああああああ!?!?」




馬車の荷台からすっくと杖を持ち立ち上がったセリンは、全身に青い体液をそれはもう盛大に浴びた。


・・・すぐに立つからじゃ、締まらんハイ=エルフ様じゃのう。






「ううう・・・臭いが取れませんわぁ・・・あうう・・・」




「ダイジョブ、気ノセイ、臭クナイ」




肩を落とすセリンを、矢を回収しながらラギが慰めている。




百足の群れを片付け一息ついた。


あとは眼前に見える港町デュルケンに行くだけなのじゃが・・・


ご覧の有様である。




全身に百足の体液を浴びたセリンの着替えやらなんやらで、予想以上に長引いてしもうた。


まあのう、そこはおなごじゃからな。


身だしなみには気を遣うんじゃろうて。




「縦だ!縦に斬ってやがる!!ひゃあ~!」




・・・大股を開いてしゃがみ込み、わしの殺した百足をしげしげと眺めるペトラ。


お主は少し気を遣わぬか。


足を閉じろ足を。


丸見えじゃ。




「これよく斬れたなジュウベエ!あたいは砕くので精一杯だったのにゅん!?」




「ほれほれ、顔くらい拭かぬかペトラ」




べったりと顔を青く染めたペトラを、濡らした手拭いで拭いてやる。




「まったくもう・・・別嬪さんが台無しじゃぞ」




「にゃあ!じぶ、自分でできるってぇ!!」




恥ずかしそうに顔を赤くして、ジタバタするペトラに苦笑い。


さすがに体まで拭くわけにいかんので、そのまま手拭いを渡す。


あれほど強いのに、こういう所は年相応じゃな。




「ジュウベ!ジュウベ!助ケテ!抜ケナイ!」




思ったより深く刺さりすぎていたのか、なかなか抜けない矢に四苦八苦しているラギが叫ぶ。


・・・矢羽ギリギリまで埋まっておるのう。


強弓じゃなあ。




「おう、任しておけぃ。・・・セリンよ、流石魔法使いじゃなあ、助かったぞ」




ラギの方へ向かいながらセリンに声をかける。




「っ!・・・ほほほ、当然ですわぁ!」




しきりに体の匂いを気にしておったセリンが、打って変わって上機嫌になる。


・・・ううむ、長く生きとるはずじゃが心配になるほどの乗せられ上手じゃ。


悪い男に騙されねばいいが・・・




「アゼル!角と外皮の回収を最優先です!毒腺は無視しなさい!」




「はい!アリオ様!!」




解体用のナイフを持ち、忙しく走り回るアゼルと的確に指示するアリオ殿。


なるほど、あの百足は高く売れるのじゃな。


あれほどの強度であれば、いい材料になるのじゃろう。




「あー、そうじゃセリン・・・わしを助けてくれたのはマァチ様じゃったわ」




思い出したのでついでに言っておこう。


言わねば後で付きまとわれしょうじゃ。




「なるほどマァチ様ですか・・・豊穣神の?」




「おう、なんとも美しい方であった」




「なるほどですわぁ~お休みなさいませ~」




一瞬動きを止めたセリンは、するすると荷台へ登って毛布を頭から被り横になった。


・・・考えることを放棄しおったな。




まあ、わからんでもない。


女神と知り合いというだけでもアレじゃというのに、その上別口の女神に傷を癒してもらった。


わしも自分のことでなければ、何の冗談かと思うことじゃろう。




我ながらよくわからん立場であるなあ・・・


無理やり矢を引っこ抜きながら、わしは嘆息した。








百足由来の部位を回収し、歩くことしばし。


目の前に立派な城門が見える。


デュルケンを囲う、高い城壁への出入り口じゃ。




この街は西側が海に面しており、そこに港がある。


それ以外をぐるりと城壁が囲んでおるというわけじゃ。


規模はかなり大きく、わしの感覚では大きい町が丸ごと壁の中に入っているようなものじゃ。


わしらがおるのは南側で、反対の北側にも同じくらいの大きさのものがあるのだという。




港町がこれほど城壁が高いのは・・・魔物や外敵に対するものじゃろう。


わしの世界においても港は重要な拠点、攻めるとすれば真っ先に狙われる。


魔物は・・・海には強力な魔物がおると聞くし、それ対策じゃろうな。


城壁に並ぶ馬鹿でかい弓・・・バリスタじゃったか?


あんなものが必要になる相手が、ここにもおるらしい。


・・・楽しみじゃのう。




時刻は昼すぎとあって、城門に並ぶ列は多かった。


これは待つことになるぞ・・・と思っておったが、なんと人々が並ぶ列の横を通っていいらしい。


貴族、それに商人と護衛の傭兵は並ばず入場できるとのこと。


もっとも、商人であれば誰でもフリーパスというわけではないようじゃが。




「アリオ商会は、この国でもかなり名を知られていますわ。王都にも支店を出しておりますし」




ふて寝から復活したセリンが言う。


あのまま寝ながら街に入るのは、エルフの矜持が許さんらしい。




『ジュウベエについてのあれやこれやは、はなから規格外だと思うことにしますわ・・・考えても仕方がありませんもの、こちらの心が持ちませんことよ』




と言われた。




『でもそちらの世界についてはいくらでも聞きますわよ?覚悟してらして?』




・・・とも言われたが。


参ったのう、話すことはやぶさかではないが・・・


学者でもなんでもないからのう、わし。


上手く説明できるかどうか・・・セリンの聞き方に期待するとしようか。




そうこうしているうちに入場の許可が出た。


さすがはアリオ殿、ほぼ顔パスじゃな。


信頼されておることよ。


わしも、その品位を下げぬように気を付けねばな。






城門を抜けると、そこはヴィグランデと同じように多種多様な民族でごった返しておった。


ごった返しておった・・・が。




「なんじゃここは・・・なんと、なんと素晴らしい!」




「・・・ジュウベ、スケベ」




背後のラギが何か言っているが、耳に入らん。




何が素晴らしいかといえば、それはヴィグランデでは全く見かけなかった種族。


下半身を足先まであるパレオのようなもので隠した、青肌の美しい女性たちじゃ。


皆一様に青緑色の美しい髪を生やし、耳が長い。


手には水掻きのようなものが見える。


それに・・・なんと上半身は胸の先端を貝殻で隠したのみ!


よく見ればパレオの生地も驚くほど薄く、その下がちらりと見え隠れしておる・・・!!


しなやかかつ豊満な体を惜しげもなく周囲へ晒している。




ううむ・・・やはり異世界は、素晴らしい!!!




「ああ、あれは海の民・・・『セイレーン』ですわ。人族風に言えば『人魚』ですわね」




「なんと、人魚とな!?しかし・・・下半身が魚ではないようじゃが?」




「ジュウベエのせか・・・お国ではそうなのですね?・・・彼女たちは陸上で活動する時には魔法で足を変化させますの、海の中ではその通り魚のような下半身ですのよ?」




なんとなんと・・・人魚姫はこちらの世界におれば幸せになれたじゃろうな。


便利なもんじゃなあ、魔法。




ううむ、それにしても美しい・・・お?




目が合った若いセイレーンが、わしに手を振ってくれた。


こちらも降り返すと、なんとも蠱惑的な笑みを返ってくる。


おう・・・昼間っから・・・妖艶なことよ。




「こぉら、あまり不躾に見るものではなくてよ?彼女たちは勇猛な戦士でもありますから、機嫌を損ねると襲い掛かってきますわ?」




ほう・・・それは・・・いい!




「あっ!もっと駄目な目をしてますの!!ラギ!ジュウベエにアミガサを!!」




「ウム!」




うおっ!?


馬鹿者、前後が逆じゃラギ!何も見えん!!


何やら嬉しそうじゃなお前!




「おっとと・・・気ぃつけろよジュウベエ、セイレーンは強い男が大好きだからなぁ・・・海の底まで連れて行かれちまうぞ」




ペトラの艶めかしい背中にぶつかってしまった。


ふむ、セイレーンは海に住んでおるのか。




「ほう、アマゾネスのようじゃな・・・攫った男に種をもらう種族じゃ」




「へー、そっちにもアマゾネスいるんだな。こっちじゃそれ以外にもそんなのがまだ何種類もいるからな、気を付けろよ」




大分殺伐としておるのお、この世界。


強いおなごは嫌いではない、いやむしろ大好きじゃが・・・この年で大家族の長になる気はない。


精々気を付けるとしようか。








この街の傭兵ギルドで往路の護衛依頼の清算をすませ、宿へ行く。


さすが、大商人の定宿にふさわしい豪華な宿じゃ。


働いておる店員も、細やかな気遣いが行き届いておるわい。




「娘・・・ミルドの船が到着するのは明後日の予定ですので、皆様はこの街でごゆるりとなさってください」




そう言い残すと、アリオ殿はアゼルを伴って出かけていった。


なんでも、この街の商業ギルドで商談があるのだと言う。


先程の百足のこともあるし、一度で多くの商談をこなす・・・こういう所が大成する秘訣なのやもしれんな。




「セリン、調査はどうする?」




「さっきのケラト・センティピードや往路での魔物について、報告のために少しわたくしなりにまとめる必要がありますわ。今日明日は休みとしましょう」




ということなので、この街を見物でもしようか。




「あたいは疲れたから晩飯まで寝る~」




「右ニ同ジ~」




ペトラとラギは、用意された部屋に早々と退散していった。


あやつらも今回は大変じゃったからのう。




「ふむ、ではわしは出かけるぞ。晩飯は・・・どこかで食ってくるゆえ、心配いらぬ」




「迷子にならないでくださいましよ?」




「まるで幼子のように言う・・・」




「年齢的に言えば、わたくしにとっては幼子ですわよ?」




ふむ、そう言われればそうか。


・・・随分と綺麗な婆様じゃなあ。




「そんな目でわたくしを見ないでくださいまし!!」




何かが逆鱗に触れたのか、きいきいわめき出したセリンから逃げる。


さて、何をするか・・・




とりあえずは魚が食いたいのう。


市場にでも行ってみるか。


食い物屋もありそうじゃし。






ヴィグランデとはまた趣が異なる街を歩く。


所変われば、住んでいる種族も変わるものよな。


セイレーンもそうじゃが、それ以外にも見たことがない者たちが大勢おる。




・・・あの二足歩行する魚はなんじゃ・・・?


体つきは雄のようじゃが・・・


まさか、セイレーンの男版かの?


見た目はともかく、体つきは筋肉質で中々強そうじゃのう。


どいつもこいつも三つ又の槍を持っておるが、あれは種族で決まっておるのか・・・?




道行く人族に声をかけ、市場の場所を聞く。


『傭兵さん、随分と古風な喋り方だねえ・・・死んだひい爺さんを思い出すよ』などと言われてしもうた。


翻訳の加護がどのように働いておるのかは知らんが、まあ爺じゃしの。






「ほう」




教えられた道を行くと、市場に着いた。


昼過ぎということもあってさほど混雑はしておらんが、それでも賑わっておる。


魚は・・・おお、あの区画で売られておるのか。


早速行ってみよう。




・・・ううむ。


来てみたはいいものの、どの魚がうまいのか皆目見当がつかぬ。


わしの知っている魚とは、見た目が余りにも違い過ぎる。


なんじゃこれは・・・半分が魚でもう半分がタコ・・・か?


足はひいふう・・・25本もある。


その上色が・・・その、ずいぶんと色彩豊かじゃな。


これは、地元の人間に聞くのが一番じゃのう。




「そこの綺麗なお嬢さん、少し聞きたいことがあるんじゃが・・・」




適当な店での前に立ち、店番をしている娘に声をかける。


猫っぽいビーストじゃな。


キトゥンとは違い、大分猫に寄っておるのう・・・




「ニャニャ!?あたしですかニャ?」




くりくりした目をぱちくりさせ、娘がわしを見る。


キトゥンよりも訛りが強いというのかのう、これは。




「そうよ、わしはこの街に来たことがなくてのう・・・おススメの魚を教えてくれぬか?ついでに、買った物を持ち込める飯屋なんぞも」




「お任せくださいニャ旦那!」




褒められて嬉しいのか、娘は喜んで教えてくれた。


尻尾がクネクネ動いておる。


・・・ダイドラを思い出すのう。




「ニャんといっても今はコレ!『テンタクラー』にゃ!!」




・・・よりによってそれか。


わしがさっき見て驚いた半魚タコではないか。


いや、どちらかと言えば半タコ魚・・・か?




「今が旬ニャ!見てくれは悪いけど新鮮で脂も乗ってて煮ても焼いても美味いニャ!!」




「ほう、それは・・・生で食っても美味いのか?」




刺身で食えるのならそれに越したことはない。




「生ニャ!?・・・ああ~、旦那東国の人ですかニャ?」




東国とな?


どうやら、生で魚を食う国があるらしい。


変人扱いされるかと思うたが、それほどでもないようじゃな。




「おう、まあそんなものじゃ」




「ニャるほど・・・あっそれならコレもご一緒にどうニャ?」




娘は物入から焼き物の小瓶を取り出し、わしに差し出す。


この匂いは・・・まさか!?




「東国の方はこれに目がニャいからニャア~、あたしらは焼くときにかけるんですけどニャ!」




受け取って封を開け、匂いをかぐ。


ああ、懐かしい・・・


だが少し違う、これは・・・




「魚醤じゃな、これも買おう」




大豆由来ではなく、魚由来のもの。


若干癖はあるが、贅沢は言っておられまいよ。




「まいどありニャ!」




にこにこした娘から魚と魚醤を買う。


なにやら植物の皮で、丁寧に包んでくれた。


うむ、良い店じゃ。




「ここを真っ直ぐ行くと、『潮騒の女神』って店があるニャ!そこなら持ち込みで料理してもらえるニャ!」




「すまんのう、娘さんや。助かったわい」




「いいのニャ!旦那の喋り方聞いてると、去年死んだひいひい爺様を思い出すニャ!」




・・・ここでも爺様、か。


待てよひいひい爺様が去年死んだじゃと!?


ビーストもまた、随分長生きなんじゃのう・・・




「まった来ってニャ~!」




ブンブンと手を振る娘に頭を下げ、歩き出す。


・・・いい娘であったな。


気立てのいい、よき嫁になるであろう。


この街におるときは、あそこから魚を買うとするか。






魚を抱え、教えられた店に向かって歩く。


楽しみじゃわい。


久しぶりに醤油で刺身が食えるのう。


山葵はないが、まあ贅沢を言っても仕方あるまい。




「・・・それで?わしに何か用かな?」




そう言うと、背後から驚くような気配。


市場に入ってからずっとついてきておったからのう。


あれほど熱烈な視線を浴びれば、すぐにわかるわい。




「・・・勘がいいのね、傭兵さん」




振り向くと、そこにおったのはセイレーンであった。


・・・ここに来た時に、わしに手を振ってくれたおなごじゃな。




「美人の視線は逃さぬからのう・・・さっきぶりじゃな、娘さん」




「あらお上手、でも嬉しいわ・・・覚えててくれたのね?」




くすりと笑い、あの時と同じ蠱惑的な笑みを浮かべる女。


いくつか知らんが、成熟した色気を感じるのう。




「すまんがこれから食事でな、用があるならその後にでも・・・おお、よければ一緒にどうじゃ?」




「あら、奢ってくれるの?」




「誘った女に金を払わせるほど馬鹿ではないよ、わしは」




そう言うと、少し驚いたように女は笑う。




「じゃあ、私の店に来ない?」




ほう、こやつは店主か。


若く見えるが・・・




「コイツを生で食わせてくれるなら、行こうかの」




「ふふ、私もその方が好きなの」




おう、これは都合がいいわい。




「・・・十兵衛じゃ、よろしくのう」




「アマラよ、ジュウベエさん」




わしは、アマラの後に続いて歩き出した。






「あわわわわ・・・!あの旦那、アマラに捕まったニャ!!・・・搾り取られるニャ~!」

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