第6話 十兵衛、お礼参りを蹴散らして報告する。

「うむ、うまい!これはアゼルが作ったのか?」




「いえ、キトゥンさんが持たせてくれました。彼女の料理は絶品ですよ」




「ほう、そうか。気立てもよく器量よし、おまけに炊事洗濯もできるとなれば嫁入り先には困らぬのう!」




依頼を受けた村から街までのほぼ中間地点。


わしらは綺麗な小川の近くに腰を下ろし、弁当を食っていた。


硬いパンに挟まれた肉と野菜だけの簡単なサンドイッチじゃが、新鮮な野菜と塩漬け肉がちょうどいい加減でうまい。


先程ちょっとした運動をしたので、余計に飯がうまいわい!




「・・・ジュウベエ様は随分と女性がお好きですねえ」




「なんじゃ、おぬし男が好きなのか?・・・まあ、人様の生き方にとやかく言うつもりはないが・・・」




尻を浮かせて少し距離を取る。




「ち、違いますよ!ただ、初対面の女性でもすぐに褒めたり綺麗だと言ったり・・・そういうの、私はなかなか難しくて・・・」




「ふむ、まあおぬしは若いし照れもあろうな」




「失礼ですが、ジュウベエ様もお若い年齢では・・・?」




ぬ、いかんいかん。


見かけが30そこそこに若返ったのをよく忘れてしまう。




「・・・これでもそこそこ人生経験は豊富らしいのでな」




水筒の水を一口飲んで続ける。




「よいかアゼル、この世の人間は全て女の腹から生まれてくる・・・わかるな?」




「一部の種族は卵から産まれますが・・・」




「その卵も女が生むもんじゃろ、話の腰を折るでないわ」




「す、すみません・・・」




「わしら男なんぞ精々種を撒くだけよ。その点女はすごいぞ、自分の体で赤子を育て、乳で大きくする。男にはできぬことよ・・・ゆえにわしは女が好きじゃ」




「・・・最後、急に話が飛びませんでしたか?」




「そうかの?まあおぬしもおなご遊びの1つや2つしておけ。そういう店も街にはあるんじゃろう?」




「そ、そりゃあ、ありますけど・・・」




アゼルは顔を赤くしてもじもじしている。


はあ~ん、なるほどのう・・・




「さてはおぬし・・・『まだ』じゃな?」




「っ!?」




「ははは、な~にを恥ずかしがることがあろう!みんな初めは童貞じゃあ!」




アゼルの肩を叩きながら言う。




「よし!わしの仕事が軌道に乗ったら、おぬしを筆下ろしさせてやろう!遠慮せんでも金は出してやるぞ!!」




「い、いえ私は・・・」




「なんじゃ?心に決めたおなごでもおるかの?」




「そ、そういうわけでは・・・」




「ならよいではないか、よいではないか!明日死ぬかもしれん世の中ゆえ、精々悔いは少ない方がよいしのう!!」




ひとしきり騒いだ後、少し休憩することにした。


一気に依頼が片付いたので時間はまだまだあるしのう。


ここらは開けており、危険な魔物もおらんらしいので丁度いい。




マジックバッグからゴザのようなものを出してもらい、河原に敷いて寝転がる。


便利じゃのう魔法小物入れ。




いい天気じゃのう。


上空には見たこともない鳥が飛んでおる。


たまに小人どもも、こちらに手を振りながら飛んでいくのが見える。


アゼルがおるからこちらに来れぬようだ。


『あねさま』とやらが釘を刺してくれたおかげかの。




「アゼルよ、そういえば傭兵には等級がないが、難度の高い依頼を受ける目安のようなものはあるのか?」




気になっていたので寝転がりながら聞く。




「そうですね・・・基本的に自己責任ですが、ギルドの威信をかけた依頼・・・例えば王族からの依頼や希少な魔物の討伐などは『二つ名』の有無で決まります」




「二つ名・・・?『独眼竜』やら『剣聖』のようなもんかの?」




「そのお二方は存じ上げませんが、そのようなものです」




「早い話が強ければいいというわけじゃな?」




「極論としてはそうですが・・・普通は人格やギルドへの貢献度も加味されるようですよ」




ふうむ、なるほどのう。




「もっと細かい取り決めや、昇格の試験なんかがあると思っておったわい」




「ああ・・・魔法ギルドとか鍛冶ギルドなどはそうですが・・・傭兵ギルドは『来るもの拒まず去る者死人』ですから・・・」




ある程度生き残っておるだけでそれなりの強者扱いされるのか。


普通の人間なら二の足を踏むじゃろうが、孤立無援のわしにはちょうどええわい。




戦って金がもらえるとは・・・天職じゃ。




あ、この世界の金についてまだ聞いておらんかったな。


ついでに聞いておこうかの。




「おー、そうじゃアゼル、聞きたいことが・・・」




起き上がってアゼルの方に向いたところ、視界の隅に何か光るものが写った。




草原の切れ目になにか・・・






「アゼル!体を低くしてそこの岩の影に飛べぃ!矢が来るぞ!!」




「え?・・・は、はいっ!」




言うなり立ち上がると、わしに向かって草原から矢が飛来する。


アゼルの方には飛ばぬな。




「・・・どうやら、わしの客のようじゃ」




脇差を抜き、体に当たりそうなものを斬って捨てる。


幾度か射かけられるが、同じ方向からなので容易く斬れる。


・・・射手は一人か。




「ハ!そのようなお粗末な腕では死んでやれぬなぁ!出てこい腰抜けども!!!」




草原に向かって叫ぶと、ゆっくりと5人の人影が出てきた。


煽りに弱い奴らじゃのう・・・こりゃやりやすいわい。




全員ビーストじゃな・・・盗賊かの?


いや、なるほど・・・






「おう熊っころ、仲間連れで意趣返しか?」






そこにおったのは、以前ギルドで叩きのめした熊男であった。


たしか・・・グレッグとかいったかのう。




「なめやがってよ・・・人族ごときが・・・!テメエのせいでギルドは除名、街からは追放だ・・・ここでテメエをぶち殺さねえと、気が済まねえ!!」




なんともわかりやすい殺害予告じゃのう。




「なるほどのう・・・お仲間も同じ気持ちかの?」




4人のビーストを見回して問いかける。


どいつもこいつも、獣の成分が濃すぎるもんで表情が読みにくいわい。




「どうしようかなあ・・・アンタがいくらか払えば、勘弁してやってもいいよ」




洋犬のような顔のビーストがにやけながらそう言うと、他の3人もにやけ面をしよる。


ふん、そんな気は毛頭ないくせによくほざきよる。




周囲の状況をそれとなく見て、戦術を練る。


距離は10メートル程、


・・・問題はなさそうじゃな。




「悪いが、かかってくるなら容赦はせぬぞ」




「この数相手に勝てる気かよ・・・おめでてえなあ、テメエ!」




グレッグが吠え、4人もそれぞれの武器を手に取ろうとする。




遅いわ、間抜け。


殺す気なら武器は初めから用意しとかんか。






「かは・・・?」






グレッグが、腹に突き刺さった脇差を呆けたように見ている。






南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕』




何のことはない、脇差を蹴飛ばすだけの技じゃが、こういう場面で役に立つ。






・・・そういえば、弟子の1人にこういう小手先の技が得意なボウズがおったなあ。




「えっ?」「なっ?」「おい・・・?」




自分がやられたわけでもないのに、揃って呆けている阿呆どもの1人に小柄を投げ飛ばすと同時に走り込む。




「ギャッ!?」




狸らしきビーストの目に小柄が刺さるのを横目で見つつ、槍を背負った虎のビーストの間合いに踏み込む。


乱戦においては間合いの長い奴から潰すに限る。




慌てて背中から槍を引き抜こうとする、その上げた右脇に抜き打ち。




「はぁっ!!」




「ぎゅっ!?」




続けて上段から、頭を唐竹割りに斬る。


これで、五体満足な奴は犬だけじゃな。




「こっ、この野郎ォ!!!!」




腰から二刀の短剣を引き抜いた犬が、雄たけびを上げながら走り出す。


ほう、なかなか速いのう。


じゃが、さっきの黒コボルトに比べればまだまだじゃ。




足元を蹴り、前傾で走ってくる犬の両眼に砂をしこたま御馳走してやる。




「がぁっ!?くっそぉごっ!?!?」




そのまま顎先を蹴り上げ、のけぞった首を一閃。


首の半分くらいを斬ってやったから楽に死ねるじゃろうの。




「ひっ・・・!ヒイッ!?」




腹に気を取られておったが、やっと周囲の惨状を理解したのか、グレッグがわしを見て悲鳴を上げながら後ずさる。




「おうい、わしの脇差を持っていくでない。返せ」




右目に小柄が突き刺さったまま絶命している狸を乗り越え、歩いて近付く。




「お、おおおオレが悪かった、悪かったあ!も、もうアンタには関わらねえ!」




「2日ほど遅いのう・・・どの道その傷は助からぬ・・・ああいや、魔法であればなんとかなるのかのう?」




目の前に立つと、グレッグは涙を流しながら命乞いをしてきよった。




「た、頼む、頼むぅ・・・!」






「一度仕掛けた殺し合いなら、殺される覚悟もしておけ。馬鹿者が」






あまりに聞くに堪えんので、その場で横に1回転した遠心力を乗せ、首を刎ねる。


グレッグは、驚愕の表情を浮かべたまま死んだ。






「もう出てきてもええぞ、アゼル」




「・・・なんとも、凄まじい戦いでしたね・・・」




「何がじゃ、このような雑魚ども物の数にも入らん。・・・弱いものイジメをしているようで気分が悪いわい。」




岩影から出てきて顔を青くしているアゼルに言い放つ。




「彼我の力量差も考えず、慢心した結果がこれよ。数のみで戦に勝てるなら、この世に武術なぞ必要ないわ。」




全く、斬りたくもない奴らを斬る羽目になってしもうた。


じゃが、ここで殺しておかねば後々面倒なことになりそうじゃったしのう。


こういう手合いは決して反省しない。


何度許してもこちらが隙を見せれば、すぐに前のことも忘れて絡んでくるに違いない。




前の世界ではその度にぶちのめしておったが、面倒じゃしの。




「ちなみに、わしが捕まるようなことになるのかのう?」




「憲兵や衛兵の管轄は街の中に限りますし、この場合は数の差もあるので何の問題もないでしょう。基本的に傭兵同士のいさかいは、ギルドの利益が絡まなければ不可侵が基本ですから。」




「それはよかった、この程度のことで牢屋入りは御免じゃしのう」




アゼルは手慣れた様子で敷物や食器を片付けておる。


荒事がよく起こる世界ゆえ、このくらいのことには動じんなあ。




「さあ、街に帰りましょう。血の臭いで魔物が寄ってくる前に」




「おう、帰ろう」




魔物に死体の掃除も済ませてもらうとするか。


脇差と小柄を回収し、歩き出す。




「おうそうじゃ、商会が贔屓にしとる鍛冶屋はおるかの?」




「ええ、いくつかありますが・・・武器の調達ですか?」




「いくつか欲しいものがあっての、今度紹介してくれ」






街の門がおぼろげに見えてくると、アゼルがマジックバッグから背中のリュックにいくつかの荷物とコボルトの討伐部位を移し替える。




「こうしておけば怪しまれませんからね」




確かに便利じゃが、余計な面倒ごとを招きそうじゃな・・・


ゆくゆくは普通の背嚢を調達しておこう。


そのためにも稼がねばならんの。






何ということもなく門を抜け、ギルドまで帰ってきた。


中途半端な時間だからか、同業者は少ない。


・・・酒場には飲んだくれが何人もおるがな。




受注した赤毛の受付嬢を探すが、姿が見えない。


たしか、完了報告も同じ相手にせねばならんというルールがあったはずじゃ。




「アゼルよ、こういう場合はどうすれば・・・」




「ジュウベー!こっち、こっちよ!!ほらぁ!!」




見れば、カウンターからライネ嬢がこちらへぶんぶんと腕を振っている。


・・・周りの、特にビーストの男どもの視線が痛い。


昨日はもっとこう、妖艶な感じじゃったが今日はなんというか・・・ずいぶんと気安いのう。




「・・・行った方がいいですよ、ジュウベエ様。受けた相手がいなければ、別の担当に報告しても問題ありませんから。」




背嚢をこちらに渡しながら、アゼルが苦笑いする。


ふむ、混んでもおらぬし行くとするか。




「随分と元気じゃな、ライネ嬢」




「何で朝は私の所に並んでくれなかったのよ!私が見てたの、わかってたでしょう?」




ぷくりと頬を膨らませながら抗議してくるライネ嬢。




「すまんのう、朝からその美貌は目に毒ゆえ」




「あら、も~う!うまいんだから・・・じゃあ今回は許してあげる!」




今回だけなのか・・・


毎回あの列に並びたくないんじゃが・・・




「さあて、これをここに出せばいいのかの?」




背嚢をカウンターに乗せる。




「え~と、ジュウベーの依頼は・・・あった!これね、コボルト討伐。ゲインさぁん!」




ライネ嬢が後ろへ声をかけると、鉢巻きを締めたサイがのそりと出てきた。


こやつも強そうじゃな・・・まるで大きな岩の塊のようじゃ。




「はいよ、討伐部位かね?こちらで査定するからちょいと待ってな」




ゲイン殿はひょいと背嚢を担ぐと、そのまま奥へ引っ込む。


なるほど、査定はああやって行われるのか。




「そういうことなら、朝は許してあげるけど完了報告は私にしてよね?」




ライネ嬢は頬杖を付いてこちらを見上げてくる。




「ふうむ、美人に気に入られてうれしい限りじゃのう。しかしまた何故じゃ?」




「あなた、声も顔も全然違うけど・・・大好きだったお爺ちゃんに似てるのよね」




なんともかわいらしい理由であったな。


まあ、実年齢はそれぐらいじゃが・・・




「子供の時にまだ460歳で死んじゃったのよね・・・」




とても届かなかった。


話しぶりを見るに、それでも若いということなんじゃろう。


恐ろしや狐。




いや待てよ、ではライネ嬢はわしよりも大分年上かの・・・?


やめておこう、おなごの年齢は考えぬ方がよい。




「わしにはこんな綺麗な孫はおらんのじゃがのう・・・」




「ふうん、奥さんや子供は?」




「いたこともないのう」




そんな風に話していると、先ほどのゲイン殿が帰ってきた。




「査定が終わったよ・・・コボルトが10匹と、ディナ・コボルトが1匹。・・・あんたやるねえ!見たところ無傷じゃないか!」




「なかなか面白い相手であったよ」




「ウッソ!ディナがいたの!?あんな『浅い』ところに!?」




「一応、ギルド長には俺から報告しとくぜ」




浅い?


どういうことじゃ。




「ジュウベエ様、私たちが出会ったところを覚えていますか?」




アゼルが後ろから耳打ちしてくる。


あの草原じゃな?




「あそこから更に反対へ進んでいくと、どんどん人の領域から外れていきます。そういう、魔物の領域に近付くことを『深くなる』というのです」




なるほど・・・つまり魔物まみれの場所にいるはずのやつが、人の領域にかなり踏み込んでいたからこの騒ぎなんじゃろう。


繁殖したか、何かもっと強い魔物に追い出されたか・・・




「おっと、すまねえな。こいつが今回の報酬になるぜ」




ゲイン殿がカウンターに布袋に包まれた何かを置く。


じゃらりと聞こえた金属音。


中身は金か。


・・・結構な量があるように見えるが、いかんせん相場がわからぬ。


後でアゼルかアリオ殿に聞くとしよう。




「うむ、ありがとうよ。それでは失礼する」




「あっ!ジュウベー!今度は朝から私の所に来なさいよね!」




「前向きに善処するわい」






ライネ嬢の声を背中に聞きながら、ギルドを後にした。

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