第7話 十兵衛、鍛冶屋に行く。
「むう・・・ここらあたりかのう?」
初依頼を達成した翌日。
わしは地図を片手に街を歩いていた。
昨日の依頼で晴れて金が手に入ったので、買い物というわけじゃ。
地図を書いてくれたアゼルは仕事があるらしく、付いてこれなかった。
残念そうにしながら、いくつかの注意事項と共に送り出してくれた。
この街は大通りが十字に作られており、複雑な形はしていない。
わしのお目当ては北の区画じゃから、そこを目指す。
「おお・・・ここか」
しばらく歩くと、煙突からもうもうと煙が出ている家が多い区画へとやってきた。
そう、今日の目的地は『鍛冶屋』である。
ここの区画の中で、アリオ商会と付き合いのある店へ行く。
紹介状も、アリオ殿が二つ返事で書いてくれた。
ありがたいが、悪いのう。
区画の中ごろに、その店はあった。
『鍛冶屋グリュン』・・・ここじゃのう。
熱気が前の通りまで漂ってくる。
「たのもう!主人はおるか!?」
雑多な武器防具が立ち並ぶ店内を眺めながら声をかける。
返事はない。
奥からは金床を叩く音が聞こえる。
あれで聞こえんのじゃな。
さて、どうしたもんかのう。
音が止むまで少し待つか。
『たのまれ~』
・・・呼んでいないのが来たのう。
全身が薄い赤色の小人が、ふよふよと店の奥から飛んできた。
『あ、じゅうべ~』
「なんじゃ、いつもの風の精霊か」
『ぶっぶ~、ほのおで~す』
ほう・・・言われてみれば確かに赤いし炎っぽい感じもするのう。
「待て、何故炎の精霊がわしを知っておる?」
『かぜのこたちにきいた~』
・・・精霊同士で付き合いがあるのか?
深く考えると頭痛がしそうなので考えんことにする。
「ここの主人はおるかの?」
『もうすぐくる~』
そうなのか、あんなにカンカンやっていて声が聞こえるとは耳がいいのう。
「何だってんだ畜生・・・いきなり炉の調子が悪くなりやがった、薪の質か?・・・お、客かい。」
しばらくすると奥からぶつくさ文句を言いながら、上半身裸の筋骨隆々なドワーフがやってきた。
ドワーフの男はみんなこれくらいの筋肉なのかのう?
だとすれば羨ましい限りじゃ。
「忙しいところすまんのう店主よ、わしは十兵衛、アリオ殿の紹介でここへ来た。・・・これが紹介状じゃ」
「はいよ・・・おう、確かに。アリオさんの紹介なら間違いねえな。俺はグリュンだ」
椅子に腰かけ、紹介状に目を落としつつタオルで乱暴に汗をぬぐいながらグリュン殿が言う。
「よく褒めてある、アンタなかなかの腕らしいな。それで?注文は何だ?」
「ああ、これを作ってほしいんじゃが・・・」
懐から紙を取り出して渡す。
昨日書いた大まかな図面だ。
「どれどれ・・・投げナイフか。随分変わった形をしてやがる」
ほう、見ただけで投げるものだとわかったのか。
「これが『十字手裏剣』、これが『棒手裏剣』、最後のこれが『八方手裏剣』じゃ。それぞれ10枚ずつは欲しい」
「・・・大きさと薄さは?」
「大きさはわしの掌と同じくらい。薄さは・・・ふむ、そこに置いてあるナイフと同じくらいでいい」
「刃はこの図面の通りに作りゃいいのか?」
「うむ、それでよい」
グリュン殿はしばらく腕を組んで考えた後、値段を言った。
手持ちで十分払える金額だったので、二つ返事で了承した。
「・・・値切らねえんだな」
「自分の命を預ける武器を値切るものかよ。アリオ殿の顔にも泥を塗ることになるしのう」
「・・・気に入った、2日で仕上げてやる」
にやりと笑うグリュン殿と握手。
商談成立じゃな。
「そうだ、腰の珍しい剣の砥ぎもやってやろうか?」
「いや、結構じゃ。これはわしが手入れする」
女神の守護付きじゃからの。
手入れは不要じゃが騒ぎのもとになりそうなのでそう言っておく。
「随分と変わった様式の剣だな・・・見たことがねえ」
「わしの家に代々伝わるものじゃ。この国のものではないゆえ、そうであろうな」
そう言うと、グリュン殿の目がギラリと光った。
好奇心に満ちた目じゃな。
何となくこの後の言葉も予想できる。
「なあ、よければその・・・」
刀を見せてほしいと言うつもりなんじゃろう。
ドワーフはとにかく鍛冶関係に対して好奇心旺盛、というのはわしの知識にもアゼルからの助言にもあった。
まあ別にそれくらいお安いご用じゃ・・・
「剣を振っているところ、見せてくれねえか?」
・・・ぬ?
「剣を見せろ、ではないんじゃな?」
「俺は珍しい武器を持った客が来ると、その武器がどういう使われ方をするのかって気になるんだよ!」
「ふむ、まあよいが・・・」
「そうか!じゃあ早速こっちへ来い!今すぐ行こう!!」
グリュン殿はそう言うやいなや、簡単な上着を羽織って手招きをしながら店の奥へ消える。
せっかちじゃのう・・・追いかけるとするか。
「なんじゃこれは・・・。」
鍛冶場を通り抜け、そこからまだ奥へ行くと店から出てしまった。
首をかしげながら進むと、開けた場所に出る。
そこはなにやら円形の競技場のような場所で、周囲に多くのドワーフがひしめいておった。
小規模な古代ローマのコロシアムといった感じじゃな。
まだ昼前じゃというのに、ドワーフたちは手にはおそらく酒の入ったジョッキを持って騒いでいる。
・・・ん?
なんじゃと!?童女まで酒を飲んどる・・・ああ、たしかドワーフの女はみんなそのような外見なんじゃったか。
頭では知識でわかっておっても、こうして目の当たりにすると驚くのう・・・
「おお、来たな!さあさあ、こっちだぜ!!」
グリュン殿はわしを見つけると大きく手を振る。
「ここはいったい・・・?」
「おう、ここは俺たちが作った武器や防具の試しをする場所だ!」
「ではなぜ皆あのように酒を・・・?」
「他人の成果を見て、意見を交わしつつ肴にするのが俺たちの流儀だ!」
・・・人生楽しそうじゃのう。
しかし、試しといってもどのように・・・?
「ほらほら、円の中心に立ってくれ!」
「わ、わしは一体何と戦わされるんじゃ?相手は殺しても問題ないのか?」
「ず、随分物騒なことを言いやがる・・・そういや、アンタこの国の人間じゃなかったな。」
グリュン殿はそう言うと、競技場の周りにいるドワーフに叫ぶ。
「おおーい、一足先に出してくれや!」
「オウ!」
何かリモコンのようなものを持っているドワーフが何か操作すると、競技場の中央が光る。
思わず目を細めると、一瞬後に人影が現れる。
それは、2メートル程のつるりとした銀色の人形であった。
「魔力で練ったゴーレムだ!アレを使って武器の試しをする。」
ゴーレム・・・無機物に魔力を込めた人形、らしい。
ほう、アレがそうか。
「アイツは魔術師が戦闘に使う奴と違って、純粋に魔力のみで作ったゴーレムだから切っても突いても武器は痛まねえんだ」
「なるほどのう」
「じゃあ張り切ってやってくんな!」
どん、と背中を押され競技場へ向かう。
「さあみんな!こいつは俺んとこの客で名前はジュウベエ!!異国の剣士だ!!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」」」
なんちゅう盛り上がりじゃ。
まだ昼前じゃぞ?
まあええわい。
斬っても痛まぬというなら思う存分やれるわ。
「好きにやってもいいんじゃな?」
「おう!好きなだけ斬ってくんな!!」
編み笠をグリュン殿に預け、のっぺりゴーレムの前に立つ。
さて、どうしてやろうか。
とりあえず居合を入れてみるかの。
「シィッ!!」
ゆっくりと抜刀の姿勢に入り、踏み込みながら抜き放つ。
一太刀目で首を刎ね、上段からの二太刀目でヘソのあたりまで斬り下げる。
血振りをしてから納刀。
ゴーレムの体は・・・なんというかかなり固い豆腐のような感触じゃった。
人間よりは柔らかいのう。
見る見るゴーレムが修復され、元の姿に戻る。
・・・いいのうこれは。
巻き藁のように準備や掃除がいらぬ、便利じゃ。
さて、次はどうしようかの。
変形の居合にするか。
居合の構えから、抜刀しながら手の内で鞘を半回転させ、斬り上げる。
右腕を根元から斬り飛ばし、切り返して首を裂く。
うむ、調子が良いな。
楽しいぞこれは!
その後も嬉々として様々な方法で斬っていると、急にゴーレムの姿が消えた。
どうしたことかと振り返ると、リモコンを持っていたドワーフがへたり込んでいる。
「す、すまねえ兄さん・・・魔力切れだ」
あのドワーフの魔力でゴーレムを作っていたのか。
ふむ、ではこのくらいにしておこうかの。
「おう、楽しかったぞ」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」」」
な、なんじゃい騒々しい。
鼓膜が破れるわい。
「おいおいおいジュウベエ!!なんだその剣!!なんだその技は!!!」
グリュン殿が駆け寄ってくる。
「両方今まで見たことも聞いたこともねえ!!お前どっから来やがった!?」
返答に困る質問じゃな・・・
わしと同郷のものは、少なくともこの大陸にはおらんらしい。
「斬った時に魔力の発露がねえってことは、切れ味を底上げさせる類の術式は使われてねえはずなのに・・・!」
「もっとよく見せてくれ!」「アタイにも!!」「いいもん見せてもらったぜ!」「呑め呑め!!」
他のドワーフもワラワラ群がってきよる。
「ええい待たんか!落ち着け!!酒臭いわい!!」
ドワーフたちにもみくちゃにされていると、急に目の前が真っ赤になった。
『こら~!』『ジュウベ~こまってる!』『おちつけだいちのこらよ!』
さっきの赤い小人がわしの周りに集まってきいきい喚いておる。
助けてくれたのか?しかしエルフにしか見えぬ精霊が叫んでも・・・
「「「おっおっお許しくださあああああああああああああああああああああああああい!!!!!」」」
・・・なんじゃと?
こやつら見えておるのか?
一斉に土下座のような体勢で地に伏せたぞ。
「お、おうい・・・グリュン殿・・・?一体何が起こっておる・・・?」
すっとぼけながら尋ねる。
「お、おま、お前!見えねえのか!?お前の周りを炎の精霊が取り巻いてお怒りになっていらっしゃるんだぞ!!!!」
「なんと、そうなのか・・・気配は感じるが姿までは見えぬのう。何と言っておるんじゃ?」
「そんなもんいけすかねえハイ=エルフにしかわかんねえけど!お怒りなことは俺たちにもわかるんだよ!!気配で!!!」
こやつらドワーフも精霊が見えるんじゃな。
精霊と完全に意思疎通できるハイ=エルフには、この先もなるべく近寄らん方がいいようじゃな・・・
「おいあんちゃん・・・アンタ『愛し子』なんだろ!?なんでもいい、何とか言って精霊様を静めてくれ・・・!」
「許してくれえ・・・精霊様にそっぽ向かれちゃ、明日から仕事になりゃしねえ・・・!」
「後生だよあんちゃん・・・!!」
伏した他のドワーフたちからも泣きが入る。
確かに、鍛冶職が炎に嫌われてはシャレにならんよのう・・・
「あー・・・わしは別に怒っておらぬ、むしろ楽しかった。精霊たちよ、ドワーフは気のいい奴らじゃ。」
『ほんと~?』『こまってない~?』『たのしい?』
「大いに楽しいぞ!」
『『『ならば、ゆるす!!』』』
そう言うと小人どもは大きな火柱となって弾け、消えていった。
「ジュウベエよお・・・お前、愛し子ならそう言ってくれよ・・・寿命が80年は縮んだぜ・・・」
ドワーフもずいぶん長生きするんじゃな。
「愛し子、というのは・・・?」
「ああ!?・・・そうかお前さん外人だったな・・・簡単に言うと、やたらめったら精霊に好かれる人間のことだ」
「前にもエルフにそう言われたのう・・・わしにはとんと見当がつかぬが・・・」
まさか言葉が通じると言うわけにもいかんし。
「まあ、いいか・・・これからはそう念頭に置いて付き合えば済む話だしよ・・・」
ため息をつくと、グリュン殿は上着のポケットから何かを取り出して思い切り握り込んだ後、何故か握手をしながら渡してくる。
なんじゃ?将棋の駒のような形じゃが・・・
「そいつは俺たちドワーフの間で、炎の精霊の愛し子に贈る割符みてえなもんだ」
「ふむ、随分と簡単な形じゃの。」
「俺の氏族の、門外不出の製法で作られた合金だ。偽造も複製も絶対にできねえ」
それはまた貴重な・・・
「いいか、どこの土地へ行ってもドワーフに会ったら必ずそいつを見せろ。絶対に悪いようにはされねえからよ」
「これを奪われたら?」
「今握った時に、こいつには俺とお前の魔力が込められた。お前が持ってなきゃただの合金に過ぎない」
「わしが持っていていいのか?」
ずいとグリュン殿が寄ってくる。
「これは、俺たちドワーフが精霊の怒りを買わないための処置だ。むしろ持っていてもらわなきゃ困る」
なるほどのう・・・
たしかに、精霊に嫌われぬためなら必死じゃろうな。
ありがたく頂いておこう。
だがこれだけは言っておかねばな。
「わかったが、金はきちんと払うぞ。他の客と同じ扱いでよいからのう」
「・・・いいのか?」
「さっき言ったじゃろ、武器に糸目は付けぬ。無給の仕事は必ずどこかで破綻を産むものよ」
きっちり仕事さえしてくれれば、わしとしては何も言うことはない。
・・・ここらで一つ芝居でも打っておくかのう。
「さあて、精霊様に仲良くなったと思ってもらわねばのう。ドワーフ諸君!わしにも酒をくれ!!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」」」
その後はもう飲めや歌えの大宴会。
あまりの騒ぎに衛兵が駆けつけてきたが、片っ端からドワーフに酒を流し込まれておったわ。
宴は夜を越え、あくる日の朝にやっと終わった。
・・・らしい。
わしは夜になったあたりで逃げだしたのでわからぬ。
なにしろドワーフの娘・・・か熟女かわからぬが、そ奴らがしなだれかかってくるので貞操の危機じゃった。
・・・若いころなら据え膳はありがたく頂いたもんじゃが、いくら若返ってもさすがに小学生にしか見えぬ女たちは無理じゃ。
出来上がるのは2日後と言っておったので、そのあたりにまた訪ねるとしよう。
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