第8話 十兵衛、でかいゴブリンと戦う。

「む・・・これにするかのう」




時刻はだいたい昼頃・・・のはずじゃ。


この世界には時計がないから詳しくわからん。


まあとりあえず、わしはギルドに来ていた。




どうも最近店の方が何かと忙しいようで、字引兼案内役兼弟子のアゼルは不在。


店の手伝いなぞわしにできるはずもないので、近場の依頼を引き受けて暇をつぶそうと思ってのことじゃ。




・・・屋敷におると、皆が皆世話を焼いてくれるのでいたたまれぬということもあるがの。




「いい日和じゃの、ライネ嬢。これを頼む」




「はぁい、こんにちはジュウベー。・・・聞いたわよ、ドワーフたちと酒盛りしたんですって?」




「よく知っておるの、その耳はただ妖艶なわけではないようじゃな」




「ふふふ、今日もお上手ね!この依頼ね・・・はい、これで良し」




「おう、行ってくるわ」




「気を付けるのよ~」




手を振るライネ嬢に別れを告げ、ギルドから出る。


さあて、仕事に励むとするか。






「・・・それで、大の男が雁首揃えて一体何用じゃ?」




門を抜けてしばらく歩いてから振り返ると、そこには3人の虎ビーストがおった。


ギルドからコソコソとついてきおったからのう。


・・・この前の熊コロの知り合いかなにかか?




「わしは依頼に早く行きたいんじゃが・・・勝負ならいつでも受けるぞ?」




左手で鯉口を切りながら聞くと、先頭の虎ビーストが慌てて手を振る。




「ま、ままま待ってくれ!アンタと事を構える気はない!」




「ふむ、では何用じゃ」




鯉口は切ったまま問いかける。




「いや、実はよ・・・」




そいつらが口々に言うことを総合するとこうじゃ。


「どうやったらライネ嬢とそんなに仲良くなれるのか教えてほしい」




・・・大の男がなんとも情けない。


じゃがまあ、頼み方はしっかりしておるし許してやろう。






「へ?・・・アンタが死んだ爺ちゃんに似てる?」




「らしいのう。どうじゃ、これで満足か?」




「あ、ああ・・・そうなのか・・・」




思っていた答えと違うのか、奴らは気落ちしているように見える。


はた迷惑な話じゃのう。


おお、そうじゃそうじゃ。




「ところでわしにも一つ、教えてくれんか」




「ん?一体なんだ?」




「おなごと遊べる店はどこにある?」




「・・・へ?」






「いかんいかん、すっかり話し込んでしもうた」




やつらはわしの質問を気に入ったらしく、多種多様な店を詳しく教えてくれた。


初めは人族ばかりの店を紹介してくれていたが、わしが種族問わず女は皆好きじゃと言うと喜んでおった。


この街に来てから色々な種族を目にするが、どの種族の女たちもそれぞれ違いがあって美しい。


・・・ドワーフだけは無理じゃが。




すっかり3人と意気投合し、今度一緒に依頼を受ける約束をしてから別れた。


この前の熊コロと違って、なかなか話せるいい奴らよ。


助平な男に悪い奴はおらんとはよく言ったものじゃ。


・・・いや、結構おるな悪い奴。




『おんなずきー』『じゅーべーはおんなずきー』『あねさまにいおういおう』




「やかましいわい」




周囲に人がいなくなった途端に絡んでくる精霊共をいなしつつ、先を急ぐ。






足早に道を行くと、ようやく依頼にあった村が見えてきた。


コボルト討伐の村とはまた違う村だ。




「討伐の依頼を受けてきた傭兵じゃが・・・」




「おお、待ってたよ傭兵さん。ささ、入ってくれ」




門番に声をかけ、身分証を見せるて村に入る。


この世界は魔物がよく村を襲うそうなので、どんな村でも外壁があって門番がおる。


普通の人間には中々生き辛い世の中じゃなあ。






「今回の討伐対象は『ゴブリン』じゃったな?」




「ええ、その通りです」




案内された村長の家で、依頼の最終確認を行う。


村長は60代といったところか。


前のわしより若いが、この世界の人族ではこれでも長寿なのかもしれん。




「少し前、狩人が村の近くでゴブリンの痕跡を見つけましてな・・・。この村には若い娘も多いので、心配で・・・」




「そいつはそうじゃのう。どれくらいおるかはわかるか?」




「発見した狩人を呼んできましょう」






『ゴブリン』


身長120㎝ほどの人型の魔物で、群れで動く。


その知能は高く、狡賢い。


個々の戦闘力は大したことはないが、罠や集団戦法を駆使する。


また、繁殖力も旺盛。


そして最も危険視されている習性が、『雌ならばどの種族の腹を使ってもゴブリンが産まれる』こと。






「足跡は少なくとも8匹分はあったよ。すくなくとも1匹はかなりデカいみたいだ」




「多いのう・・・この近くにそんな大勢が隠れる場所はあるか?」




「村から山に向かう途中にちょっとした廃村がある。そこ以外だと思い当たる所はないね」




今のわしと同年代に見える狩人が言う。


廃村か・・・確かに隠れるのにはもってこいじゃな。




「そこまでの簡単な地図でも書いてくれんか」




「案内しなくてもいいのかい?」




「構わぬよ。それともおぬしは腕っぷしに自信があるのか?」




「い、いや俺はからっきしだ」




「では、戦いは戦士に任せておけ」




茶を馳走になってから村長宅を辞した。






村を出て、遠くに見える山の方に向かって歩く。


背嚢から何かの皮でできた水袋を取り出し、飲む。


前回の稼ぎで買ったもので、ちょっとしたものなら入れておける。


ちなみに普通の背嚢である。


さっきまでは精霊共が腰かけておったが、今はどこかへ飛んで行っていない。


マジックバッグは中々市場に出回らぬらしいし、何より馬車と同じくらいの値段がするからのう。


もっと稼がねばな。






ちょっとした森を抜けると、開けた土地が前方に見える。


足元には朽ちかけた轍。


この先が廃村じゃな。




周囲に気を配りながら進んでいると、前方に朽ちた門と穴だらけの壁が見えてきた。


風向きを確認し、風下にある草むら伝いに近付く。




門の脇に、影が二つ。


腰蓑を付けて粗末な槍と簡単な弓を持った緑色の肌の小人。


あれがゴブリンじゃな。


あやつらは門番のつもりか。




壁の穴から廃村の内部を見る。


見える範囲にはゴブリンが4匹。


武器は曲がった剣やボロボロの斧、ナイフなど。


装備としては大したことはないが、油断はできぬ。


こやつらは連携を取るらしいしのう。




風下の草むらを移動しつつ偵察。


ふむ、確認できたのは7匹か。


最低8匹と狩人が言っておったから、あと1匹は必ずおるハズじゃ。




草むらを移動して門前に近付く。


よし、始めるかの。






懐から十字手裏剣を出す。


グリュン殿はいい仕事をするのう。


どれも計ったように同じ大きさ、同じ重さじゃ。




息を吸い、狙いを定める。


引き絞った右腕から一投。


間髪入れずに左腕からも一投。




若干の時間差をつけつつ、2匹の頭に深々と突き刺さる手裏剣。


うめき声をあげる暇もなく2匹は倒れた。




死亡を確認し、近付く。


中に気付かれた様子はない。


弓は面倒なのでここで処理させてもらった。




さあて、これからは大暴れじゃ。






門を抜け、廃村に入る。


廃屋の外壁から村の中心にある広場を見ると、車座になったゴブリンが5匹。


何やら楽しそうにぎゃあぎゃあ騒いでおる。




・・・?


車座の中央に何かが・・・?




アレは人間じゃな。


ここからではよく見えぬが、おそらく女じゃろう。




猿轡をはめられて縛られておる。


見たところまだ『繁殖』に使われた様子はないな。


村では攫われたおなごはおらぬと聞くし、どこか別の場所から連れてこられたということかのう。


何にせよ、間に合ってよかった。






廃屋の影から飛び出し、両手に握った手裏剣を投げる。


2匹を処理しつつ、刀を抜きながら走る。




「オオオオオオオォ!!!!」




わしの叫び声に振り向いたゴブリンの首を刎ね、隣のゴブリンの膝を踏み折りつつ脇差を腹に刺して捻って抜く。




「ギャ!?」「ギギギ!!」




そのままの勢いで、残る1匹に迫る。




「ギュルウ!!」




突き入れられた槍を半身で躱しつつ踏み込み、首を薙ぐ。


蹴り倒して首を突き刺す。




息を吐き、周囲を見る。


息があるものはいない。


ふむ、これで7匹じゃな。


あと1匹はどこじゃ。




とりあえず、縛られている女を助けに行く。


縄をほどいて自由にしておかねば、人質にされても困るしの。






縛られておったのはやはり女じゃった。


こちらを見て目を見開いている。


人族ではないな、尖った耳でエルフとわかる。




「大変だったのうお嬢ちゃん、わしは傭兵じゃ。今ほどいてやるからのう」




「むーっ!むむーっ!!」




しゃがみこんで縄をほどこうとすると、急にエルフが騒ぎ出した。




『じゅーべー、うしろー!』




精霊の声。




そんなに騒がんでもわかっとるわい。


『釣れる』まで待っておったのよ。




しゃがんだまま右に倒れ込むように体をひねり、振り返りながら握った手裏剣を気配の方へ投げる。


背後の何者かに突き刺さるが、そやつは身じろぎもせん。




「ほう・・・面白い」




そこにおったのはデカいゴブリンじゃった。


180㎝ほどじゃから、通常のゴブリンとは明らかに体格が違う


分厚い筋肉の鎧で覆われており、一見するとゴブリンには見えぬな。


背中には長大な剣を背負っている。




以前の黒コボルトのような『長』という奴か。






立ち上がって向かい合う。


ヤツが背中の剣を引き抜く。


わしも刀を抜き、正眼に構える。




「南雲流、田宮十兵衛・・・参る!」




「ゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




答えるように吠えるゴブリンに向かって踏み込む。


長剣が唸りを上げて振り下ろされる。


力任せの一撃じゃが、その力が並外れておる。


以前の盗賊の頭目より上かの。




さらに踏み込み、間合いの内側へ。


ヤツの後ろへ抜けながら、がら空きの胴を斬りつける。




硬い!




軽い合わせでは、皮膚は斬れたが肉は斬れぬ。


刺突なら抜けるだろうが、手裏剣が胴に刺さったまま抜こうともしないのを見ると、ただ突いただけではこやつは止まらんだろう。


不用意に仕掛けて、あの膂力に捕まったらどれほどの攻撃を受けるかわからんしの。




ヤツが振り返りながら強引に横薙ぎに振ってくる。




「しゃあっ!!!」




「ギッ・・・ゴオアアアアア!!!!!」






唸りを上げる一撃を地に這うように躱しながら、ヤツの右足首を撫でるように斬る。


そのままヤツの膝を蹴りつけ、反動で後ろへ跳ぶ。




開いた距離を埋めるように、ヤツは再び剣を振り下ろしの体勢へ。


膂力は凄まじいが、いかんせん技がない。


やりやすいのう。


こういう手合いは関節を攻めるのがよさそうじゃな。




下段の構えで一気に踏み込む。


両腕を振り上げたため、がら空きになったヤツの右脇を斬る。




「ギャアウ!?」




通った!


やはり関節は柔らかいのう!!




そのまま後ろへ抜け、体勢を崩したヤツの膝裏を斬る。


支えを失い片膝をつく、もう片方の膝も同じように斬る。




たまらず両膝をつくゴブリン。


丁度いいところに首が降りてきたわい!




「おおっ!!」




十分に捻った体から、横薙ぎの一撃を延髄へ叩き込む。




「ガッ・・・!?アアアア!!!」




「ぬうっ!?」




ヤツは左腕で無理やり背後に剣をぶん回してきよった!


骨が見える程斬り込んだのにまだ動くか!




咄嗟に剣の腹を蹴りつけて跳ぶ。




「グウウウ・・・」




全身から血を滴らせながら、ゴブリンは立ち上がってこちらを睨む。


なんとも頑丈な奴じゃなあ。


ここはひとつアレをやるか。




刀を左手で持ち、脇差を右手で抜く。


そのまま両手を交差し、体の左右から後ろへ刃を逃がすように構える。




「さあ来い、死に損ない」




「グウウウウアアアアア!!!」




ヤツはこちらへ身を乗り出しながら、力任せに剣を振る体勢。




「シィッ!!!」




体を左にひねりながら勢いをつけ、右手から脇差を投げる。


そのまま自由になった右手で刀を握り、今度は反動で右に体をひねる。


投げた脇差がヤツの喉を貫くのが見える。




「ゴ!?」




踏み込みながら、渾身の力を乗せてヤツの首筋を斬り下げる。


今度は斬れた!


ぱくりと開いた首の傷からおびただしい量の血を吹き出しつつ、ヤツはずしりと地に沈んだ。






南雲流剣術、奥伝ノ一『飛燕・重かさね』




うまく決まってよかったわい。






ヤツはしっかり死んだので、縛られているエルフの所まで戻る。


今度は周囲に気配はない。


するすると縄をほどき、猿轡を外してやる。




「ずいぶん待たせたのう、お嬢ちゃん」




「ぷはっ、あ、ありがとうございますわ、傭兵さん」




緑色の衣装に身を包んだ、たいそう美しいエルフじゃった。


スレンダー・・・というやつかの。


乳も尻も薄い。


長い金髪がキラキラと輝いておる。


その間から見える耳はかなり長い。




エルフは服の汚れをパンパンと払って立ち上がった。


見たところ、まだ何もされておらんようじゃ。




「わたくしはセリン。『七つ谷』のセリンと申しますわ」




傭兵の二つ名・・・ではないな。


それほど腕が立つならこのように捕まってはおらんだろう。


氏族か、住んでいる土地の名前じゃろうな。




「わしは十兵衛、ただの十兵衛じゃ。無事でよかったのう」




「ジュウベエ様ですか、変わったお名前ですわね」




「よく言われるわい」






セリン嬢を待たせながら武器と討伐部位の回収をする。


普通のゴブリンは左耳だったはずじゃ。




「のうセリン嬢、このでかいゴブリンの討伐部位はどこかわかるかのう?わしは今日初めて見たからわからんのじゃ」




「胸の中央の宝玉ですわ。ディナ種はどこもそこにありますの」




ほう、この前の黒コボルトと同じじゃな。




「助かったわい。随分詳しいが、ご同業かな?」




「いえ、わたくしは魔法ギルドにおりますの。研究素材のことは熟知しておりますわ」




「なるほどのう、おぬしは研究者か」




「ええ、仲間と魔物の生態調査をしておりましたら急にゴブリンの群れに襲われてしまって・・・護衛の方々とはぐれたのが悪かったですわ」




「ふむ、魔法は使えぬのか?」




「5匹ばかり倒しましたが、そのディア種に後ろから殴られて気を失ってしまい・・・」




奇襲をうけても、その華奢な体で5匹倒したか。


魔法使いというのはやはりすごいのう。




「そうか、それは災難じゃったなお嬢ちゃん。わしはこれからヴィグランデに帰るが、おぬしはどうする?」




「ヴィグランデ!丁度いいですわ!仲間とはぐれたらそこで落ち合う予定になっておりましたの!」




「それは重畳、一緒に来るかの?」




目を輝かせて喜ぶセリン嬢に問いかける。




「もちろん、お願いしますわ!・・・あ、でも路銀を落としてしまって・・・」




「よいよい、別嬪さんとご同道できるだけでも釣りが来るわい」




「あら、お上手ですこと!・・・それでは、お言葉に甘えますわ!」




そうと決まれば善は急げ。


血の臭いで他の魔物が寄ってくる前にここを離れるとしよう。




「ジュウベエ様、お待ちになって!見たところこのディナの大剣は貴重ですの、持ち帰れば高く売れますわ!」




詳しいものがおると助かるのう。


確かに作りはしっかりしておるし、なにやら宝石のようなものが埋め込まれている。


少し重いが持って帰るとするか。


金はあるに越したことはない。




「先に村に寄って完了の報告をせねばならん。ついでに少し休憩してから街へ帰るとするかのう」




「はい!」






『おてがらー!』『じゅーべーよくやった!』『あねさまも、よろこぶー』




何やら先程から風の精霊共が騒がしい。


エルフを助けたからかのう?


まあ、今はセリン嬢がおるから聞けんが。




と、急に服の袖をがしりと掴まれる。


振り返るとセリン嬢が目を爛々と輝かせながらわしの顔を凝視している。


なんじゃ、年頃の娘がはしたない。


呑んでもおらぬのに。




「いきなりどうし・・・」




「やはり・・・ジュウベエ様っ!!あなた、あなた加護を受けておりますね!!それもかなり強い加護を!!」




・・・なんじゃと?何故分かった!?




いや待て、セリン嬢の耳は以前見たデミ・エルフよりかなり長い。


たしかアゼルが前に何か言っていたような・・・






『ハイ=エルフの特徴ですか?そうですね、耳がデミ・エルフやエルフよりかなり長いです、2倍ほどですかね』






こやつ、まさかハイ=エルフか!?

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