第一章 辺境都市ヴィグランデ編

第1話 十兵衛、転移する。

「・・・むぅ」




・・・どれくらい眠っておったのかの。


久方ぶりにぐっすりと寝たような気がする。


それにしても、妙な夢を見たもんじゃ。


女神とはのう。




しかし夢とはいえ、あのような別嬪さんを拝めたのじゃからまあよいが。




今日の予定はないし、もう少し眠るか。


息を吸い込むと、草原の青々とした匂いがなんともすがすがしいものよ。


耳に聞こえるのは小川のせせらぎか。






・・・草原?・・・小川?






つむっていた目を開け、慌てて起き上がる。


わしの眼前には、広い草原と美しい小川があった。




「・・・夢では、なかったか」




とすると、ここは昨日の女神が言うておった『違う世界』とやらか。




わしが、わしのまま。




思う通りに力と技を振るえる世界か。




「は、はは・・・」




思わず口元が緩む。




「ははははははははははははは!!!!はーっはははははははははは!!!!!!」




天を仰ぎ、両腕を突き上げて歓喜の声を響かせた。








「なるほど、これが『便宜』のう・・・」




小川のほとりにあった手ごろな岩に腰を下ろし、川面を見つめる。


こちらを見返すわしは、以前のわしではなかった。


いや、正確に言えばわしなのだが。






どう見ても、30そこそこの時の顔だの。


最も力強く、焦がれる程強さを求めていた頃のわしじゃ。


・・・こんなに目つきが悪かったかのう?




先ほど笑った時に、喉から出る声がいやに力強く、若い声であったこと。


突き上げた腕が、昨日とは比べ物にならんほど筋骨隆々であったことに疑問を持ち、川面まで来てみたらこの通りよ。




「神様っちゅうもんは、粋な事をなさるのう」




変わったのはそこだけではない。




今わしが着ているのは、上下黒の着物。


たっつけ袴の足には脚絆が巻かれ、上等な草鞋を履いている。


おまけに、羽織は黒の革羽織ときたもんじゃ。


ご丁寧に、わしが寝ておった横には編み笠まで添えられておった。




これは・・・片目が塞がっておれば、完全に柳生のあの剣豪ではないか。


わしが『十兵衛』じゃから、女神様が用意してくれたということかのう・・・


女神も時代劇、見るんじゃろうか。




「疋田景兼の方が好きなんじゃが、文句なぞいったらバチがあたるのう・・・」




目を腰に移す。


そこにはわしの愛用の刀と脇差が差してある。


こいつらも連れてきてくれるとは、まっこと女神様様よ。




体の確認を終えたころ、不意に立ち眩みが起こり地面に手をついてしまう。


興奮してはしゃぎ過ぎたか・・・!?!?




頭が割れるように痛む。


たまらず地面に倒れ、頭を抱えて震える。




直後、すさまじい勢いで、見聞きしたことのない情景や学んだことのない知識が頭に流れ込んでくる。


あまりの情報量の多さに、わしは気を失った。






『よう、十兵衛。昨日の老いた姿もよかったが、そちらの雄々しき姿もよきものよのう』




『すまんが、今は忙しくてのう。ゆっくり説明しとる暇がないんじゃ』




『じゃから、この世界についての知識をある程度お前の頭に流し込んでおく』




『あくまでもとっかかり程度のものじゃ、詳しく見聞きしたければお前自身で動くがよい』




『それとのう、我からの贈り物は気に入ってもらえたか?』




『欲のない男よのう、与えられる力はどれもいらぬと魂が叫んでおったわい』




『便利に使えそうなものだけ、置いておく。気に入らねば捨ておくがよいぞ』




『どうせお前以外が持てば生きてはおれぬ。・・・申し訳ないが、加護は1つ付けておいたがな』




『おっと、もう時間か。それでは、またいずれのう』






目を覚ますと、わしはうつぶせに倒れておった。


なんとも・・・頭がクラクラする。


1年分の知識を1秒で詰め込まれたようなもんじゃ。




そのおかげか、ここがどこなのか、近くにどんな町があるかまで、まるで自分の記憶のように『思い出す』ことができた。


何から何まで、ありがたいことよの。


さて、それでは行くとするか。


服から草を払い、立ち上がって編み笠をかぶり、歩き出す。






この世界の名は『ペルフェクトゥス』という・・・らしい。


5つの大陸と、こまごまとした島国で構成されておる・・・らしい。


前の世界の人種とは根本から違う、姿形が異なる様々な種族がおる・・・らしい。


そして現在わしがおるのは5つの大陸のうちの一つ、『クリーガー大陸』の大体真ん中あたり・・・らしい。




・・・自分の知らんことを知っとるというのは、なんとも変な心持がするの。




頭の中に浮かぶ地図を参考にすると、このまま北に向かって歩けばなかなか大きい街があるそうな。


女神がわしにくれた『加護』とやらは、翻訳機能のようなものらしい。


これしかないと申し訳なさそうにしておったが、これだけで十分に過ぎるわ。


刀まで持ってきてくれたしの。




この世界で何をするか、ゆっくり考えながら生きていくとしよう。


なにせ30年以上若返ったのだから、時間はまだまだある。


湧き上がる期待を踏みしめるように、上を向いて歩き出した。




顔を撫でる風のなんと心地いいことか。


この世界にはなんと『魔法』が目に見える形で存在するという。


前の世界において、そうした『気』は内面においてのみ働くものじゃったが・・・




見れば、草原を渡る風の中にほとんど透明な、背中に羽の生えた小さな小人のようなものが見え隠れする。


頭の中にある知識によれば、あれは精霊の一種だとか。


聞くだけなら世迷言と斬り捨てたが、こうして目に見えるのだから受け入れるしかあるまいの。




目を細めて見つめていると、なんとその小人が3人・・・匹?こちらへ飛んできた。


編み笠越しに、わしを不思議そうにのぞき込んでおる。






『ひとのこー。でもちょっとちがうー』『たましい、おもしろーい』『こわーいけど、あったかーい。』




「ほう、わしはどう違う?」




声をかけると、驚いたように一斉に飛び下がっていく小人。




『みえてるー!』『はなしてるー!』『なんでー!』




「なんでと言われてものう・・・いや待て、翻訳の加護とは・・・まさか」




逃げた3匹がまた寄ってきて、胸のあたりに顔を押し付けた。




『かごー!』『リトスさまの、かごー!』『すっごーい!めずらしーい!』




3匹はきゃっきゃと笑いながらわしにまとわりつく。


そうか、あの女神様の名はリトスと言うのか。




「リトス様にもろうた加護は、精霊にも通じるのか・・・なんとも、凄まじいの」




『だいじょぶー?』『じゅみょうとかー、ないぞうとかー、めだまとかー』『とられてなーい?』




「いや、むしろ若返らせてもろうたんじゃが・・・」




『すごくめずらしー!』『だいのおきにいりだー!』『ぎょうこう!ぎょうこう!』




なんとも、気に入られたもんじゃの。


一体わしのなにがそんなによかったのか。




『いいにんげん、みーつけた!』『おしえてあげよ!みんなにも!』『おしえてあげよー!』




代わる代わるわしの頬に顔をこすりつけ、3匹は空高く昇っていく。




『ひとのこ!』『おしえて!』『なまえー!』




「十兵衛。田宮十兵衛じゃ。またの、小人ども」




『じゅーべー!』『またね、じゅーべー!』『まったねー!』




小人たちはある程度まで上昇すると、パッと空に溶けるように消えた。


風の精霊じゃろうか、聞きそびれたわい。


なんとも・・・退屈せぬ世界じゃな。








街があるだろう方角に向かって歩いていくことしばし、風に乗って生臭い臭いがした。


道場稽古ではよく馴染みの臭い。


・・・血の臭いか。


とりあえず、足を速めてみる。




しばらく歩いていくと、街道のような場所に出た。


視線の先には傾き、車輪の壊れた馬車が見える。


馬車を背中で守るように、西洋風の鎧を身に着けた男女が。


そしてそれを取り囲むように、なんともわかりやすい汚れた風体の男どもが8人。




西洋鎧は槍と両刃の剣。


囲む側は棍棒やら槍やら偃月刀、でかい両刃の斧で武装している。




「おとなしく武器を捨てなァ!!命だけは助けてやるからよォ!!!」




「べっぴんはよおおおく可愛がってやるし、男の方も好きな奴はいるしなァ!!」




「おらおら早くしなァ!俺は死体でも構わねんだよォ!」




取り囲んだ側からは下種な笑い声。


馬車の前、特に若い娘の方は顔を青ざめさせて剣先をカタカタと震わせている。




ふうむ、味方する方は決まったの。


早速、斬り捨てても心が痛まぬ連中が湧いて出るとは幸先が良い。


ここらで肩慣らしといくかの。




「おうい!!そこの唐変木ども!!!」




大声を出してスタスタと近付く。


男たちはわしの格好が珍しいのか、一瞬虚をつかれたようだ。




「なんだテメエ、妙な格好しやがって!何の用だ!」




集団の中でも特に若く、血気盛んに見える若造がわしに槍の穂先を突きつける。




「いやなに、そこの馬車の方々に助太刀しようかと思うての。」




「はあ?何ほざいてんだ?あいつらの仲間か!?」




「いんにゃ、縁もゆかりもないの」




「じゃあなんだってんだよ!?」




左手で愛刀の鯉口を切る。




「『殊更卒爾、粗野、鬼畜の者。また無辜の民に享楽の刃を振るいし者、生きて帰すべからず』・・・そういうことよ」




我が流派の数少ない教え。


さしずめ、こやつらは数え役満じゃの。




「あ・・・?なに?なんだって?」




「おぬしらのような外道は生かしておかぬ、ということよ。阿呆共が」




そう言うと、槍の男は顔を赤くしてわし目掛けて突いてくる。


遅い、遅い。


格下としか戦ってこなかった卑怯者の技じゃ。




一足で間合いの内側に飛び込みつつ、抜き打ちで首を狩る。


若造は一瞬で血をまき散らして死んだ。




相変わらず、よく切れるのう・・・わしの刀は。




「テ、テメエ!?」




残った男たちの半数が、こちらに得物を向けてくる。


ようやくその気になったか、遅いの。




「さて・・・それでは」




大上段に構え、息を吐く。






「南雲流・・・田宮十兵衛、参る!!」






裂帛の気合と共に、男どもに飛び込んだ。

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