第37話 十兵衛、緊急依頼を受ける。

「で、これからどうする・・・セリンよ」




宿の朝食を食べつつ、向かいの席に座ったセリンに聞く。




イカ焼き騒動の翌日、わしらは食堂で飯を食っていた。


アリオ殿は、朝からアゼルを伴って商業ギルドとやらに出かけていった。


なにやら商談の打ち合わせらしい。




「どう・・・とは、これからの予定ですわね?」




「ああ、そうじゃ。帰りもアリオ殿の護衛をしながら帰るんじゃろう?往復の護衛を引き受けたと聞いたぞ」




スープに浸さずとも食べられる、柔らかいパンを齧る。


ううむ、さすがはアリオ殿の定宿・・・場末の食堂とはものが違うわい。


若返ったので食えんことはないが、やはりパンは柔らかい方がいい。




「ええ、そうですわ。これからは・・・まずは今日アリオさんの娘であるミルドさんが到着なさいます、予定通りなら、ですが」




「ふむ、そうじゃな」




ラギは硬い野菜を噛むのに夢中で、こちらの話には入ってこない。


ペトラも・・・朝っぱらから肉の塊をモリモリ食っておる。


2人とも胃袋が強いのう。




「船旅の疲れを癒すために、ミルドさんはここに2、3日は滞在するそうですわ。その間に周辺の魔物を調べようかと思っておりますの」




「む、それくらいの期間でいいんかの?」




思っておったより短いのう。


もそっと腰を据えてかかるもんじゃとばかり・・・




「・・・いい機会だから伝えておきますわ」




かたり、とスプーンを置いてセリンが言う。




「このところの魔物の分布情報・・・やはり、いくらなんでも異常すぎますの」




ふむ、そういえば前にもそんなことを言っておったな。


なんでもここ200年はない事じゃと・・・




「それで・・・王都にいるわたくしの師匠に手紙を送ることにしたんですの。ここで書いて送ってしまいますから、ヴィグランデで返事を待ちますわ」




ふむふむ、なるほど。


そういうことであったか。




「お師匠に手紙を出して、その後はどうするんじゃ?」




「返事次第ですわね、ひょっとしたら王都に行くことになるかもしれませんわよ?」




おお、王都か。


確かにこの目で見ておきたいものじゃ。




「王都!ハジメテ!」




話を聞いていたのか、ラギが目を輝かせる。




「王都かあ・・・」




反対に、ペトラの表情は曇った。




「ぬ、どうした?何か嫌な思い出でもあるのか?」




「嫌っていうか・・・王都の中ではマントをずっと羽織ってろって言われたんだよなあ・・・面倒臭ぇ。いいじゃねえか別に」




「まあのう・・・その恰好ではちと刺激が強すぎるのう」




さもありなん、じゃな。


王都ともなれば、風紀は厳しかろう。


それでなくともペトラの格好は刺激的じゃしな。


よからぬ者がホイホイと寄ってきそうではある。




「あーあ、ここのセイレーンが羨ましいぜ・・・まあ、王都には美味い食い物も酒もあるけどなあ」




「はっは、色気より食い気じゃな」




「美味シイモノ、食ベタイ!」




おっと、こちらもそうであった。


なんともかわいいもんじゃな。




「・・・そういえば、王都にはどれくらいの時間で行けるんじゃ?」




「そうですわね・・・ヴィグランデは南の端ですから、建国道に沿って北上して・・・」




ひいふう、と指折り数えるセリン。




「何事もなければ、大体2週間ですわね」




ほう、意外と早いもんじゃな。




「『飛竜籠』を使えばもっと早いですけれど、さすがにそこまでは・・・ああ、『飛竜籠』というのは調教した飛竜を使った輸送便ですわ」




なんとまあ・・・さすが異世界じゃ。


魔法もあるし、もとの世界より便利なこともあるもんじゃのう。


驚きの連続じゃな。




「まあ、『飛竜籠』を使うにしろ中間地点まで行かないと『空港』もありませんから・・・半分は歩きですわね」




空港・・・翻訳の都合じゃろうか。


ふうむ、面白い。




「その顔・・・ジュウベエの世界にも空港はありますのね?でも魔物はいないんじゃありませんこと?」




周囲に人影も気配もない。


客はわしらだけじゃから、聞いてきたんじゃろう。




「いや、わしの世界では飛行機・・・まああれじゃ、鉄の塊に100人も200人も乗せて空を飛ぶ乗り物があってのう」




「鉄ゥ?それに大人数だなあ・・・そんなデカいもんがどうやって飛ぶんだよ?」




「ホエェ・・・スゴイ!」




ううむ、口ではなかなかに説明し辛いのう。


どうしたものかのう。




「・・・な、ななななんですのそれは、どういう仕組みなんですの!?」




ああいかん、探究心に火を点けてしもうた。


声はさすがに落としているが、目が爛々と光っておる。




「まあ待て、一口で説明するのはさすがに難しい。今度腰を落ち着けてゆっくり・・・」




なんとかセリンを宥めようとしていたその時であった。






狂ったように打ち鳴らされる鐘の音が、街中に響き渡った。






「・・・なんじゃなんじゃ、津波でも来るのか?」




定期的なリズムで鳴っておるな。


これは・・・何かの警報か?




「1つ・・・3つ・・・で、5つか。仕方ねえなあ、行くぜみんな」




ペトラが肉を飲み込んでやおら立ち上がる。


その目は先ほどまでと違い、まさしく戦士のそれであった。


わしも刀を差して立つ。




「ああそうか・・・あのなジュウベエ、この鐘の打ち方ってのは、街中の傭兵に対して『ギルドに来い』って言ってるんだ」




「傭兵に・・・?ふむ、緊急事態と言うわけじゃな」




「まあ緊急事態でしてよ。わたくしたち魔法ギルドの構成員にも集合は義務付けられていますので、すぐに向かいましょう」




「弓矢、持ッテクル!!」




ラギは自室に向け猛然と走って行った。


ふむふむ、皆よく知っておるのう・・・わしは知らなんだぞ。




「傭兵ギルドの新人研修で・・・ああ、ジュウベエはすぐに専属になりましたものね。普通は半年ほど生き残っている新人に改めて研修を行うらしいですわよ?」




・・・なんともまあ、あけすけじゃなあ。


半年で死ぬ傭兵も多そうじゃ。


そこを潜り抜けねば使えぬ傭兵、とでも思われとるんじゃろうか。




「魔法ギルドは違うのか?」




「大違いでしてよ、所属と同時にみっちり叩き込まれますわ。魔法使いはそこそこ貴重ですもの」




まあ、そうじゃろうな。




以前頭の中の知識で調べた所、魔法使いになれるのはだいたい50人に1人とわかった。


さらに高等な魔法を扱える魔法使いとなると、さらに数は減る。


最上級の魔法を使いこなせるものは『詠み手』の称号をもって呼ばれ、1つの国に1人か2人いるくらい・・らしいの。


さらに種族でも内情は多少変動するらしい。


セリンに聞いた所、エルフ・・・中でもハイ=エルフはほぼ100%魔法使いになれるらしいがの。


たまーに変わり者が別の職業を選ぶらしい。


わしら人族は平凡で、ビーストやリザードの魔法使いとなると絶滅危惧種レベルで少ないらしい。




「オ待タセ!!」




弓を担いだラギが戻って来る。


これで揃ったの、出発するとしようか。








「よく集まってくれた!知っているとは思うが、これから諸君に緊急依頼を出す!!」




わしらに向け、魔法で増幅された声が響く。




傭兵ギルドの前に、わしらは集合しておる。


周囲には多種多様な種族の傭兵や魔法使いがひしめいておるな。


お、あそこにはダイドラが見える。


・・・毛皮のせいでわかりにくいが・・・目の下にクマがあるように見えるが、大丈夫じゃろうか。


店の手伝いでこき使われておるのやもしれん。




「現在この街には・・・魔物の大群が迫っている!!」




傭兵ギルドの前にある壇上にいる男が声を張り上げると、ざわめきが周囲に広がる。




あれは、ここのギルド長じゃろうか。


あの体つきは、元傭兵かのう。




年のころは50そこそこといったところか。


全身に少なくない傷跡が走り、その右目は眼帯によって塞がれている。


今でも十分第一線で通用しそうな体じゃが、左腕が根元からない。


あれで引退したんじゃろうか。




「ここのギルド長は『剛腕』ディッセルってんだ」




ペトラがそう教えてくれた。


やはり二つ名持ちか・・・




「道理で、強そうなわけじゃ」




「おう、現役のころはそりゃもうすごかったらしいぜ?『巨人王』ってバカでかい魔物を拳一つで倒しちまったんだからな」




ほう。


ほうほう。


そいつはまた気になる話じゃのう。


気になるが・・・ここは話に集中しておいた方がよさそうじゃな。




「先遣の飛竜隊からの偵察によると、普段は遠洋にいるような海洋種が大挙しているとのことだ!・・・そしてここからが問題なんだが・・・」




ギルド長は顔をしかめ、叫ぶ。




「アネモス号がそいつらに追われたまま、この港に逃げ込もうとしている・・・いや、もうすでに取りつかれつつある!!」




ざわめきは一層大きくなり、傭兵たちは思い思いに言葉を交わしている。


アネモス号・・・恐らく船の名前じゃろうか。




「なんてこと・・・」




わしの隣で、セリンが青ざめる。




「どうした?アネモス号というのは有名な船なのか?」




「ええ、国内きっての魔導高速船ですわ、それが追いつかれるなんて・・・しかも沿岸部に外洋の魔物が出没するとは」




魔導高速船・・・よくは知らんが、魔力で動くエンジンでも積んでおるのじゃろうか。


そう考えた時、続くセリンの言葉にわしは冷や汗をかいた。






「それになにより、その船にはミルドさんが・・・アリオさんの娘さんが乗ってらっしゃいますわ」






なんと・・・


とんでもない悪運じゃな。


無事でおればいいが・・・






それからもギルド長による説明は続いた。




それらをざっと整理すると次のようになる。


・アネモス号は、ここデュルケンまで半日ほどの距離までたどり着いている。


・魔導機関とやらを全力で稼働させられればもっと早く着くが、魔物の猛攻により防衛で手いっぱいの状況。


・このままだと街までたどり着けるかどうかわからない。




こいつは、中々にひどい状況じゃの。


こちらから船を出して助けに行こうにも、やはり強力な魔物が点在しており生半可な船ではかえって危険を招く・・・らしい。


ならば頑丈な船を・・・となるが、間が悪いことにここからかなり離れた場所で定期整備をしておりすぐには来られない。


むむむ、八方手詰まりじゃのう。




わしとしてもアリオ殿の娘御は助けてやりたいが、空も飛べぬしまさか泳いでいくわけにもいかん。




ギルド長の話では、現在飛竜で偵察隊とギルド直属の最精鋭を送り込んで時間を稼いでおるそうじゃが・・・それでも魔物の数が多すぎるらしい。


ギルドの使用する速度に優れる飛竜は、積載能力が低い。


飛竜籠に使う積載量に優れるものを呼び寄せようとしているが、この世界では電話などないし時間はかかるじゃろう。


・・・いや?通信用の魔法もあるかもしれぬな。


だが、それでもすぐというわけにもいくまい。






「つまり、俺達の出番ってことだな?」






ざわめく広場に、よく通る声が響く。


つい先日よく聞いた声じゃ。




「おお!行ってくれるか『蒼の団』よ!!」




ギルド長の歓喜の声と共に振り向くと、やはりそこには見慣れた顔。




「海でケツまくるわけには、いかねえからなあ」




昨日『仲良く』したウルリカを筆頭に、ずらりとセイレーンの戦士たちが並んでおる。




下半身はいつも通りのパレオめいた状態じゃが、上半身はまるで違う。


何やら貝の外殻のようなものを用いて作られた重厚な鎧が、上半身のほとんどを覆い隠しておる。


顔が分かったのは、皆一様に兜を脱いで小脇に抱えておるからじゃ。


獲物は、背中に垂直にマウントされた・・・槍、いやあれは薙刀・・・か?


わしが知っておるのものとは刃の幅も長さも段違いじゃ。


軽く振るだけでも、並みの人間なら疲労困憊してしまうじゃろう。


その他には丸楯が共通しておるな。


弓を持つものの他に、杖を持つものもおる。


何とも強そうな一団じゃなあ。


娼館とイメージが結びつかんわい。




しかし、なぜ下半身を隠さん?


あれでは下段の防御が・・・


おう、なるほど。


下半身は魚になるから、防御は不要か。


下手に固めればかえって動きが鈍るだろうしの。




「ジュウベエ様!」




考え込んでおると、アゼルが走り寄ってくる。


そういえばこやつも傭兵ギルド所属じゃったな。




「ミルド様の船が・・・!」




「おう、わしも今聞いたわい・・・難儀なことじゃな」




肩で息をするアゼルの後ろから、青い顔をしたアリオ殿が歩いてくる。


いつもの柔和な笑顔はなりを潜め、そこには娘を心配する一人の父親がおった。




「・・・アリオ殿、心中お察しする」




「え、沿岸部を行く航路は・・・これまで一度もこのようなことはなかったのですが・・・で、ですがギルドの先遣隊も向かったことですし・・・」




自分に言い聞かせるようにぶつぶつと呟くアリオ殿。


そうでも言わねば叫び出しそうなんじゃろう。


わしにはおらんが、子供を心配する気持ちは世界で変わるとも思えん。




「そうですわ、アリオさん。デュルケンのギルドには海難に強い傭兵や魔法使いが多いですから・・・ご安心なさいませ」




「元気、出ス!」




セリンとラギの励ましもどこか上滑りをしているのは、街全体に漂う危機感のせいじゃろう。


この浮わつき方・・・恐らく今まで一度もこんなことはなかったに違いない。




「どっちにしろ、あたいらはここで待つしかねえ・・・先遣隊やセイレーンに期待するしか・・・」




「なんじゃ、あれは」




ペトラの言葉を聞いていると、海側から何かが飛んでくる・・・


すわ魔物かと身構える。




「・・・飛竜、ですわね。翼に青い布が結ばれていますので、アレは傭兵ギルド所属のものですわ」




その影が段々と大きくなってくると、全容が見えてくる。


馬の二回りほどの大きさのそれは確かに、細長い青布を両翼の先端に結んでおる。


龍・・・というより恐竜じゃな、あれは。


その背には鞍が置かれ、誰かが跨っているのが見える。




「飛竜が降りるぞォ!空間を確保しろォ!!!」




誰かの声に、傭兵たちはギルド長の前方に広い空間を作った。


そこへ、上空からホバリングしながら飛竜が降りてくる。




ずしりと地響きを感じさせながら着地した飛竜の背には、軽装の女が跨っていた。


偵察要員はこやつか。


武器は背中にマウントされた弓しかない。




「ウェリカ!戦況は・・・」




「く、クラーケン、クラーケンですギルド長!!!」




ギルド長の誰何を待たず、偵察の女が声を張り上げる。


即見ると軽鎧のそこかしこに赤い染みが見える。


あれは・・・返り血か。


クラーケンの名を聞いて、周囲の傭兵たちの顔が強張る。




「げ、現在アネモス号は魔物との戦闘を続けながら逃走中!ですがクラーケンの襲来により、6つある魔導機関のうち3つを損傷!!」




「よりによってクラーケンか・・・アネモス号本体はどうだ!?」




「先遣隊並びにアネモス号の護衛魔法隊が合同で牽制を続けており、クラーケンにはまだ取りつかれていません!!ですが、『眷属』の群れが取りつきつつあります!近接要員が全く足りません!!」




「ぬうう・・・!!」




ギルド長の顔に焦りが浮かぶ。


『眷属』・・・?




「のうセリンよ、クラーケンというのはどでかいイカの化け物じゃろう?じゃが眷属とは・・・?」




傍らのセリンに小声で聞く。




「ええ、クラーケンはそれで間違いありませんわ。眷属というのは、海の雑多な魔物のことですわ。クラーケンは『王』種の魔物・・・周囲の有象無象を従える習性がありますの」




なるほど、そういうことか。


てっきりイカの大群か何かじゃと思っておったわい。


しかしそれは厄介じゃな。


魔導機関・・・まあエンジンのようなものじゃろう。


それが半分やられたということは、そのまま速度が半分になったということじゃ。


到着がさらに遅れるのう・・・




「ああ・・・ああ!何ということだ・・・天照の女神よ!どうかお助けを・・・!!」




「アリオ様!お気を確かに!!」




それを聞くやいなや、アリオ殿は膝を折って地面に蹲ってしまう。


アゼルがすぐさま支えるが、その体には全く力が入っておらん。


さて、どうしたものか。




「『蒼の団』はすぐさま救援に向かってほしい!・・・その他の傭兵や魔法使いは港湾部に集結!魔物の襲来に備える!!」




ギルド長の大声に、傭兵たちが応と答える。




「ううむ・・・さてのう、どうするか。まさか海を泳いでいくわけにもいかんし・・・」




丘の上での戦いならまだしも、水中となるとさすがに分が悪い。


かといってこのまま待機しておっても船が沈んでは元も子もない・・・




「セリン、なんというかこう・・・空でも飛べる魔法はないのか?」




「あるにはありますが、飛べても精々10分少々ですわ。行く途中で海の藻屑になりますわよ」




ううむ、そううまくはいかんか。


あ、そうじゃ精霊どもに・・・




「(・・・精霊様たちに頼るのは最後の手段ですわ、こんな衆人環視の中力を使ったら・・・後々面倒ですわよ)」




わしの表情から察したのか、セリンに釘を刺される。


ぬう、アリオ殿には世話になっておるし、別にそれくらいのことは・・・






「ようジュウベエさん、お困りかい?」






悶々としていると、横から声をかけられた。




「ああそうじゃ、困っておるよ・・・ウルリカ」




そこには一際豪奢な鎧を纏ったウルリカの姿があった。


後ろの一団には、よく見れば娼館で見た顔もチラホラある。


今軽く手を振ったのはアマラじゃな。




「世話になった方の娘さんが船に乗っておってのう・・・なんとか助けに行きたいんじゃが・・・おお、そうじゃお主ら済まぬが板切れか何かを引いてくれぬか?わしがそれにつかまって行けば・・・」




前世のジェットスキーのようなものじゃ。


これならいけるんではないだろうか。




「いくらジュウベエさんでもそいつは駄目だね。俺たちは荷馬車じゃねえんだ」




にべもなく断られた。


考えてみればそうじゃろうな・・・




「だけどよ、さっきギルド長が言ってたろ?近接要員が足りねえんだよ・・・ジュウベエさん、あんたは大得意だろう?」




「閨の次に得意じゃな。・・・お主もよく知っておろう?」




「ばっ・・・!?こ、こんなとこで何言うんだよ!!・・・ともかく」




わしの軽口に顔を真っ赤にしたウルリカが、続けて言う。




「・・・お、俺に、乗ってくかい?」




「・・・ぬ?」








「っしゃあ!!!」




翻った剣先が、海中から躍り出たワニのような魔物の首を撥ねる。


鮮血をほとばしらせ、空中で絶命したそやつはあっという間に視界から消える。




水飛沫が弾丸のように体へ降り注ぎ、服を濡らす。


が、それも吹き付ける風によって瞬く間に乾いていく。




「はっはは!やっぱり・・・やるじゃないかジュウベエ!!」




わしの下から、ウルリカの興奮した声が聞こえる。


器用に喋るもんじゃなあ。




「ふふ、お主の『乗り心地』も中々のもんじゃよ」




「ばぁか・・・知ってる癖にィ!」




そう言うや否や、ウルリカはさらに加速。


ぐん、と体に重圧がかかる。




これは・・・中々具合がいいわい!


並走する精霊どもがわしに手を振る様子を横目で確認しつつ、次なる敵を警戒する。




わしは、さながら騎手のようにウルリカの背中に跨って大海原を疾走している。


わしらを先頭に、後方からセイレーンたちが続いている。


それぞれが手に持った武器を縦横無尽に振り回し、当たるを幸いと魔物を蹴散らしながら進んでおる。


海中に隠れた下半身が、冗談のような水飛沫を上げているのがよく見える。


目指すは、アネモス号!






あの後、港まで急行したわしは下半身を魚・・・というか鯱やイルカのような姿に変えたウルリカに跨って出発した。


魔法なのか何なのか、海に入った瞬間に足が消えておったな。




ペトラやラギもついて来ようとしたが、『女を乗せる趣味はない』とにべもなく断られていた。


というわけであ奴らは留守番じゃ。


港に襲来する魔物に備えてもらうとする。


セリンなどはこの速度での戦闘に耐えられんじゃろうしな。




他の傭兵で腕に自信のありそうな者も、周囲のセイレーンに頼んでおったが『好みじゃないから嫌だ』と取り付く島もないようじゃった。


背中に乗せるというのは、セイレーンたちにとってかなり大切なことらしかった。


・・・どうやらわしは、ウルリカのお眼鏡にかなったようじゃな。




ギルド長も、セイレーンに認められた傭兵なら問題ないと太鼓判を押してくれた。


セイレーンは随分と信頼されておるらしい。




仲間たちに見送られる時、先程までへたり込んでいたアリオ殿がやってきた。


彼は涙を目に浮かべ、くれぐれも娘を頼むと再三に渡って懇願してきた。


わしはそれに力強く頷き、出発した。


もう死んでおれば何もできんが、生きておれば必ず助けねばならぬ。


アリオ殿とその家族には、かなり世話になっておるしのう。




「あと、どのくらいじゃ!?」




「そうだねえ!もうそろそろ見えてくる頃だよ!!」




速度によって生じる暴風の中、お互いに声を張り上げて会話する。


しかし速いのう、セイレーン。


まるで競艇の選手にでもなったような気分じゃ。


もっとも、操縦はできん船じゃが。




ぬ、また魔物が水中から・・・




刀を振るおうとした瞬間、凶悪なトビウオのような魔物の顔面を矢が貫く。


振り返ると、弓を器用に構えたアマラがこちらにウインクした。


ほう・・・あれは短弓か。


泳ぎながら器用なもんじゃ。




わしらを先頭に三角形の形で進軍しつつ、魔物を蹂躙して進んでいると、




「・・・見えたァ!!」




そうウルリカが叫んだ。




『てきかんみゆ!』『てんきめいろうなれどー』『なみはなはだし!』




・・・それは違うのではないか?


騒ぐ精霊どもの声を聞きつつ、前方を見る。


・・・水平線に、何やら黒い影がある。


かなり大きな船じゃなあ。


ウルリカの速度によって、その影はぐんぐんと近付いてくる。




「うし!まだ取りつかれてねえ!」




・・・わしが大きい船影じゃと思ったのは、船を追う異形であった。


一目見れば巨大なイカのように見える。


だが姿が明らかになるにつれ、違和感もまた大きくなる。




全長は10メートルを優に超えている。


頭部の両端には、長い翼のような器官がある。


10本どころではない量の触手があり、しかもその先端にはまるで竜のような頭が付いている。


・・・なるほど、これがこの世界のクラーケンか。




時折、船の方から光弾や炎、雷めいた閃光が飛び、クラーケンの体表で爆発している。


が、全くこたえておらぬようじゃ。


焦げたり燃えたりしているが、それだけじゃのう。




「あっ畜生!『眷属』には取りつかれてるな!!」




ウルリカの声に船を見る。




マストがないということ以外は、前世の帆船とそう変わらぬ姿をしたアネモス号。


その甲板に、なにやらわちゃわちゃした影が見える。


多種多様な姿の魔物どもが、傭兵や兵士と思しき連中と斬り合っておる。


・・・船の人間は魔法使いを庇いながら戦っておるようで、じりじりと魔物の数に圧倒されつつあるようじゃ。


ぬ、今また護衛が1人やられた。


魔法使いがやられれば、クラーケンに取りつかれるやもしれんな。


効いてこそいないようじゃが、魔法のお陰で牽制にはなっておるからのう。




「・・・ウルリカ!わしを甲板に飛ばせェ!!」




「・・・よしきた!!俺たちが行くまで死ぬんじゃねえぞ!!」




打てば響くとはこのことか。


瞬時にわしの考えを察したウルリカが、グンと速度を上げる。


見る見るうちに船の外壁が迫る。




「着地は・・・まかせたぜぇ!!!」




まるでイルカのように、ウルリカが海上に飛び出す。




「おう!お主も死ぬなよ!!」




跳躍の頂点で、世話になった背中を足場にして跳ぶ。


甲板に群がる魔物の中心目掛け。




「ぬうううあっ!!!」




今まさに組み敷いた人間の頭に食らいつこうとしていた魔物。


その首を落下の衝撃を乗せた斬撃で落とし、甲板に着地。


首を失ったその体を、魔物集団の方へ蹴り飛ばす。




「立て!寝ておると死ぬぞ!!」




「うぇ?は、・・・はひゃあ!!」




組み敷かれて涙を流していたエルフの魔法使い。


その体を抱き上げ、後方へ投げ飛ばす。




「ひゃあああ!?」




よし、護衛と合流できたようじゃな。


肩に太刀を担ぎ、甲板を見る。




「DRUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!!!」「GYASSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSSS!!!」「HUIOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」




おるわおるわ、ええのう。


わしを見て口々に吠える異形の魔物ども。


多脚のマグロやら、4つ首のウツボやら、おお・・・あれはカブトエビかの?バスくらいあるが。


やつらは乱入してきたわしを認識し、敵意を向けてくる。


愛刀を軽く振って血振りし、ゆるく下段に構える。




「さあて、南雲流・・・十兵衛、推して参る」




魔法使いを殺させるわけにはいかん。


わしや護衛の近接要員に引きつけねばな。




「来いやああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」




そう叫ぶと、魔物どもが一斉に殺到する。


さてさて・・・楽しくなってきたのう!!

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