第4話 十兵衛、ギルドに登録する。
『いわだー!』『かたーい!』『でかーい!』
「こらこら、やめんか小人ども。濡れても知らぬぞ」
この世界に来てから一夜が明けた。
わしは屋敷の裏側にある井戸の前にいる。
ついでに小人も3匹。
だいぶ早く目覚めてしまったので、家人を起こさぬように外に出て軽く体を動かした。
昨日のうちに井戸は好きに使っていいと許可をもらっておったので、部屋に置いてあった手拭いを濡らして顔を拭く。
火照った顔に井戸水の冷たさが心地いいのう。
わしの着物はどうやら、汚れを一定の周期で綺麗にしてくれる機能がついておるらしい。
刀や脇差と同じく、便利なものよ。
じゃが中の体は普通に汗をかくので、こうして拭いてやる必要がある。
どうやらこの屋敷・・・というかこの国に湯につかる習慣はあまりないらしく、濡らした布で体を拭くか、公共の蒸し風呂に行くのが普通であるらしい。
上下水道が整備された前の世界は、恵まれておったということじゃな。
じゃが逆に、体を清潔に保つ魔法なぞは前の世界にはなかったしの。
これも頭の中の知識が教えてくれた。
傭兵や狩人などは、そういう魔法が込められた道具をよく使うらしいの。
早く金を稼がねばならんのう。
いつまでもこの家におんぶに抱っこというわけにはいかん。
上半身の着物を脱ぎ、体を布で拭っていると、小人どもがわちゃわちゃとまとわりついてきた。
肩に乗ったり、首や腹に抱き着いたり大忙しじゃ。
「まったく・・・おう、そうであった。小人どもよ、周りに人がおるときは・・・」
『ちかづかないー』『はなしかけないー』『がまんするー』
「お、おう・・・わかっておるならよいがの。ずいぶんと聞き訳が良いなおぬしら」
『おこられたー』『あねさまにー』『めいわくだめってー』
どうやらこの小人どもには、上位の者がおるらしい。
話の分かる上司がおって助かったのう。
「あらジュウベエ様、お早いお目覚めですニャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?!?!?」
炊事の為だろうか、桶を担いだキトゥン嬢が屋敷の影から歩いてきて、わしを見て猫のような悲鳴を上げた。
たかだか男の上半身だというのにずいぶん初々しい反応じゃな、顔のせいかいまいち年齢がわからんが思ったより若いのかもしれぬ。
「キトゥン!どうしたの!?いったいなにが・・・きゃあああああああああああああああ!!!」
死体は見慣れておるくせに、こういう所は年相応じゃのうナリア嬢。
さあて、どうしたものかのう。
収拾がつかぬ。
「と、取り乱してしまい申し訳ありません」
「もうしわけありません・・・」
「なんのなんの、こちらこそ若い娘さんがおるのに配慮が足りんかったの。見苦しいものを見せてしもうたわい」
「い、いいえ・・・大変結構なものを・・・」
「わたしもついおおごえをだしてしまいました・・・」
しばらくすると、やっと2人は落ち着いた。
小人どもはいつの間にか姿を消して・・・いや、屋根に座っておるな・・・気に入られたものじゃ。
気を取り直して上着を羽織る。
・・・悲鳴を上げた割には、2人ともチラチラとよく見てくるのう・・・
「そういえば、昨日の戦いでお召し物も汚れたのではないですか?よければお洗濯を・・・」
「ああ、それなんじゃが・・・」
着物の汚れが自動で落ちる仕様だということを伝え、実際に目の前で水をかけてそれが蒸発するように消えていくところを見せる。
「ふわぁ・・・すごいです!」
「これは・・・詳しいことはわかりませんが、この着物には『清浄』か『浄化』の魔法が組み込まれているようですね」
「それは魔法具、というやつかの?魔結晶とやらを使った」
「おそらくそうでしょう・・・貴族様が戦場に着ていかれる特別な鎧などに使用されていると聞いたことがありますが・・・」
貴族の鎧・・・ということは、かなり珍しい代物じゃということになるの。
これも面倒ごとの種、じゃな。
内緒にしておく方がよかろうの。
「服に魔結晶を使うなんて・・・ジュウベエ様はもしや・・・」
「キトゥン嬢、わしはただの十兵衛じゃよ。記憶もないし、今はそんなことに興味もないわい」
いきなり面倒なことになりそうだったので釘を刺しておく。
・・・こういうことになりそうじゃから、やはり隠しておくのが吉じゃな。
2人にこの服のことはアリオ殿やロニー女史にだけ伝えて、後は黙っておくように頼んでおいた。
武器のことは聞かれなかったので話さないことにしておくかの。
偽装用に、適当な布でも調達しておくことにしよう。
固い黒パンのようなものとスープで簡単な朝食を食った後、傭兵ギルドに行くことにした。
案内はアゼルがしてくれることとなった。
初めは馬車で送られそうになったので、そういう悪目立ちはよくないと断った結果じゃ。
「ジュウベエ様、こちらが傭兵ギルドです」
「なんとも朝から活気があるのう」
「基本的に1日中開いていますが、依頼の募集は朝に更新されるんです」
アリオの店から歩くこと10分少々、わしは傭兵ギルドの前に立っていた。
質実剛健を絵に描いたようないかつい面構えじゃの。
『傭兵ギルド・ヴィグランデ支部』と書かれた看板には、剣と斧が交差した紋章が添えてある。
大きく開け放たれた入り口をくぐると、中はかなり広い。
酒場のようなものも併設されておるようで、まだ朝も早いというのに赤い顔をした連中がくだを巻いている。
「まずは登録ですね、こちらです」
アゼルの先導に従って、銀行や役所の受付窓口のような場所に歩いていく。
そこには、人種も様々な美女が並んで座っている。
・・・やはり受付に綺麗どころを置くのは、この世界でも一緒なのじゃな。
「こんにちは、ライネさん」
「あらアゼルさん、こんにちは。昨日は大変だったみたいね・・・討伐賞金の受け取りかしら?あれはまだ申請中よ。」
アゼルが話しかけたのは、キトゥン嬢と同じビーストの受付嬢じゃった。
こちらは狐のような長い耳がピンと立っておる。
キトゥン嬢と違い、だいぶ人より狐の要素が濃いのう。
個人差があるのかもしれぬな。
じゃが妖艶な色気がある。
「ああ、いえ。そうではなく、今日はこちらの方の登録に・・・」
「あら、そうなの。・・・見慣れない格好ね、外国の方?」
ちらりとわしに流し目を送ってくるライネ嬢。
うーむ、美しい。
これはさぞ人気じゃろうのう。
編み笠を脱ぎ、話しかける。
「こんにちは、綺麗なお嬢さん。わしは十兵衛じゃ、よろしゅうにの」
「あら、あなたも素敵よ。流暢だけど、ずいぶんと古風な喋り方をするのね・・・」
「ライネさん、昨日の盗賊を倒して我々を救ってくれたのがこちらのジュウベエ様です」
「まあ!そうだったの?・・・あなたが嘘をつくとも思えないし、すごい新人が来てくれたものだわ」
ライネ嬢は手で口元を隠しながら上品に笑った。
うーむ・・・所作に凄まじい色気を感じる・・・体につられて心も若返ったのかのう?
・・・背後に立派な尻尾が九本見え隠れしているのを見て正気に戻る。
なるほど、九尾が妖艶なのはこちらでも変わらぬのか。
まあこちらは実物じゃが。
「こちらが、アリオ様からギルド長への紹介状です」
「商会長自らの紹介状・・・それほどの腕前、それほどの信頼ということね。ちょっと待ってて、ギルド長を呼んでくるから」
ライネ嬢は『離席中』の札を立てかけると、その見事な九尾を振りながら階段を上って2階に消えていく。
「このままここで待てばよいのか?」
「ええ、そうですね」
手持ち無沙汰なので、周りを見渡してみるとするか。
ふうむ、どいつもこいつも強そうであるなあ。
あれは・・・でかい手甲か!どう戦うのか気になるのう。
「おい・・・」
・・・あのように長大な剣を振り回せるのか、凄まじい筋肉じゃな。
「おいてめえ」
おお!方天画戟かアレは!多種多様な武器があることよのう・・・
「オイ!!無視してんじゃねえよ!!」
不意に胸倉に毛むくじゃらの手が向かってきたので、手首を左手で掴み、肘を右手で押し上げて関節を極める。
「があああああああ!!!があああああああああああ!?!?!?」
「うーるさいのう、なんじゃいおぬしは?」
熊に似ているビーストの男が、わしに関節を極められながら悶絶している。
ふむ、見かけはともかく関節の構造は人間と変わりないようじゃな。
「があああ!?はなっ!離せぇ!!!!」
「『離せ』?」
「はなっ離してくれよおおおお!!!」
「ふん、まあええわい」
手を放してやると、熊男は床に尻もちをついてこちらを睨みつけてくる。
何じゃその目は?
「てっ・・・テメエ・・・!!」
「なんじゃい、いきなり人様の胸倉を掴もうとする阿呆への対処としては適当であろうが?」
腕を押さえながら熊男は立ち上がり、上から見下ろしてくる。
でかいのう、2メートル半はあるんじゃなかろうか。
「妙な技使いやがってこの野郎・・・!」
「で、何の用じゃ?おぬしとは初対面であったように思うがの。絡まれる覚えもないんじゃが・・・」
「ジュウベエ様、こいつは・・・」
後ろからアゼルが耳打ちしてきた。
・・・ほうほうなるほど。
この熊男、先ほどのライネ嬢に惚れておるらしい。
仕事の報告はきまって彼女にし、仕事終わりには毎回食事や飲みに誘っているらしい。
それだけならまだかわいいものだが、彼女が対応した傭兵に絡むことが多いらしい。
特に、わしのような新参者は狙われやすいらしい。
「はあ、なんじゃ馬鹿馬鹿しい。でかいのは図体ばかりで、性根は随分とみみっちいやつじゃのう・・・」
「なんだとこの野郎!!」
「・・・おなご1人もろくに口説けぬような腰抜けが、一丁前に偉ぶるでないわ!邪魔だ、去ね若造!!」
いい加減面倒くさくなったので、熊男を一喝した。
「おいおいグレッグ!随分な言われようじゃねえか!」「脈がないんだからいい加減諦めろよ!」「ライネちゃんが嫌がってんのわかんねえのかよ!」
酒場の方からヤジが飛ぶ。
いい肴にされておるようじゃな。
毛皮のせいでわからんが、グレッグとやらは顔を真っ赤にしておるようじゃ。
「おいアゼルよ・・・ギルド内部での私闘は禁止されておるのか?」
後ろのアゼルにこっそり聞く。
「あ、いえ・・・ただ、ギルド職員を傷つけた場合は衛兵に引き渡されます。備品の破損はたしか、弁償で対応だったかと」
「相手を殺してしもうたら・・・?」
「いきなり斬りかかったりすれば別ですが、基本的に自己責任で処理されるかと。・・・まさか、ジュウベエ様」
「そこまではいかぬが、この熊っころは言って止まる相手ではなかろうよ」
その時。
ヤジられ、細かく震えていたグレッグの動きが止まり、腰の両刃の長剣へ手が伸びる。
「おい熊っころ、そいつを抜いたらおぬしを斬るぞ。それでもいいなら、抜け」
「おいやめとけグレッグ!」「抜いたらシャレになんねえぞ!」「やりすぎだって!やめろ!!」
先程までの軽口と違い、声に殺意を乗せるように言ってやる。
周囲の野次馬共もさすがに空気が変わったのに気付いたのか、口々にグレッグを止めようとする。
まあ別に、抜いてもわしは困らぬが。
「うるせえ・・・うるせえうるせえうるせええええええ!!」
叫びながらグレッグは長剣を一息で引き抜き、こちらに振り下ろそうと大きく振りかぶる。
遅いわ、全身が強張りすぎとる。
それに呼応するように抜き打ちを放つ。
やつの剣を握る手首をかすめるように斬り、円を描くように下方向へ切り返して右足首も斬る。
南雲流、『打枝』
手足の末端の神経を斬り、相手を無力化する技じゃ。
ビーストの回復力がどの程度は知らぬが、さすがにすぐに立てる程浅い傷ではない。
もっともこの世界には『魔法』があるので、どうなるかはわからぬがの。
駄目押しも兼ねて、足の支えを失って倒れ込もうとするグレッグに踏み込み、股間に膝を入れる。
この感触・・・急所の場所も人間と変わらぬな。
やつは悲鳴も上げずに仰向けに倒れ、白目を剥いて失神した。
よし、うまくいったの。
「あの新入り、えげつねえ・・・」「どこかで傭兵やってたんじゃねえか?」「的確に急所を突いたな・・・おもしれえ」
野次馬の評判も上々のようだ。
「おーおー、派手にやらかすじゃねえか!新入り!!」
カウンターの奥から、1人の男が出てくる。
その後ろにはライネ嬢も見える。
「絡んできたゆえの。殺してはおらんぞ?」
その男は随分と低い身長じゃ。
150センチほどであろうか。
なるほど・・・これがドワーフか。
低い身長に似合わず、露出した腕や胸板は鋼のような筋肉に覆われてはち切れんばかりじゃ。
胸のあたりまで伸びた髭によって幾分か隠されてはおるが、体中に歴戦を示す多数の傷が刻まれている。
見ただけでわかる。
こやつは、強い。
「貴殿がギルド長か」
「おうよ、バッフってんだ」
「わしは十兵衛。傭兵になりにきた」
「知ってるよ、お前さん・・・アリオに随分気に入られたみたいじゃねえか。あんな褒めちぎった紹介状久しぶりに見たぜ」
からからと笑いながら、バッフ殿は床で伸びているグレッグの首根っこを掴むと、軽々と持ち上げた。
・・・身長差がありすぎて首が絞まっておる・・・
「おうい!誰かこのアホを医院まで運んでくれや!駄賃はこいつの財布からギルド経由で払うからよ!」
野次馬の中から4人ばかり出てきて、あっという間にグレッグは運び出されていった。
「・・・だいぶ前から見ておったな?バッフ殿」
「アンタの力量も見ておきたかったし、あのアホにはほとほとうんざりしてたからな。アリオ商会肝いりの新人に斬りかかって返り討ち・・・今までの罰則と合わせて、これで晴れてアイツを除名にできるってなもんだ」
「バッフ殿がやればよかったのではないか?」
「ガハハ!思ってもねえこと言うんじゃねえよ・・・アンタ、戦うことが好きで好きでたまらねえって顔してたぜ。邪魔はできねえなあ」
あと俺手加減とかできねえからあいつ挽肉になっちまうし、などとこぼすバッフ殿。
ドワーフは豪快なものが多いと知識で知っていたが、これほどとはな・・・
ところで、わしの登録は問題ないそうだ。
身元のハッキリしている紹介人もいるし、戦闘能力も申し分ないとギルド長直々にお墨付きをいただいた。
本来は登録費用がかかるが、アリオ商会経由で支払われるらしい。
うーむ、何から何まで世話になりっぱなしじゃのう・・・
仕事があるからとギルド長が2階に戻っていった後、ライネ嬢に細かい説明を受けることとなった。
「じゃあジュウベエさん、こちらに指を乗せてくれる?」
ライネ嬢に言われるままなにやら黒いプレートのようなものに指を乗せると、小さな針が指先を刺す。
その後、そのプレートの横にある機械のようなものから、クレジットカードくらいの金属板が出てくる。
ライネ嬢はそれをこちらに渡してくる。
表面には何かよくわからん幾何学模様が走っており、文字などは書かれていない。
「はい、これでジュウベエさんの固有魔力振動数が記録されたわ。これは身分証明書だからなくさないようにしてね。再発行は代金をいただくわよ。」
「わしに・・・魔力があるのか?」
「当たり前でしょ・・・ああ、あなた記憶がないんですってね。・・・魔法が使える使えないにかかわらず、この世界に生きているモノには必ず魔力が宿っているのよ」
「なるほど・・・」
アリオ殿からの手紙に書いてあったのかのう。
話が早くて助かる。
「とりあえずこんなものね。罰則事項やなんかは壁際にある張り紙で確認しておいて・・・そしてこれが新人に渡すハンドブックよ、必ず目を通しておいて」
「かたじけない」
手のひらサイズの手帳のようなものじゃ。
紙質から考えて、この世界の製紙技術はまだ発展途上のようじゃな。
今日は色々あって疲れたのう。
1回出直すとするか。
「ああそうそう、ジュウベエさん。あの熊をやっつけてくれてありがと」
「なんのなんの、ゴミ掃除は得意ゆえな」
「ほんと、しつこくて大嫌いだったのよアイツ。・・・お礼に、お食事でもいかが?」
カウンターに頬杖をつき、目を妖艶に輝かせながら見上げてくる。
わしがあと30年若かったらコロリとまいってしまいそうじゃな。
・・・一応体だけは若いことを思い出したわ。
「遠慮しておく。嬢ちゃんのファンに刺されそうじゃしの」
「あら、つれないのね」
「朧げな記憶じゃが、ご先祖様が狐につままれたこともあるらしくてのう」
「へえ、あなたの故郷にも同族がいたのねえ。それで、そのご先祖様はどうなったの?」
アゼルを伴って、入り口に向けて歩きながら返す。
「その狐と夫婦になって、末永く幸せに暮らしたそうな」
「なぁんだ、いい話じゃない」
「じゃから、おぬしと末永く幸せになりそうで怖いのよ」
振り返るときょとんとした顔をしとる。
ふむ、そうしておると少女のようじゃな。
「色々とありがとうの。今日はこれで」
「あ・・・え、ええ。」
軽く手を振って入り口をくぐり、帰路に就いた。
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