第15話 十兵衛、専属傭兵と知り合う。
「ささ、どんどんお食べになってくださいまし!」
魔法ギルドのほど近く。
わしらはそこにある定食屋のような場所に来ていた。
先ほどの馬鹿エルフをのしたお礼に、セリンが奢ってくれるという。
目の前には何かよくわからん肉、何かよくわからん野菜のサラダ、具沢山のスープがある。
・・・つくづく、よくわからんものばかりじゃな。
じゃが、漂ってくる匂いはうまそうじゃ。
「・・・この肉は何じゃ?」
「首狩りウサギのもも肉ですわ!」
・・・ウサギじゃと?
七面鳥のもも肉よりも、もう一回りでかいんじゃが・・・
ええい、ままよ!
一思いにかぶりつく。
・・・美味い。
前の世界で食ったウサギよりも何倍も美味いではないか!!
なんじゃこれは。
いくらでも食えそうじゃ!
「気に入っていただけたようでうれしいですわ!」
黙々と食べ始めたわしを見て、セリンは満足そうに微笑んだ。
「まったく、50年も生きていないくせに、わたくしを口説こうなんてちゃんちゃらおかしいですわ!!」
首狩りウサギとやらの肉を豪快に口で引き千切りながら、セリンが毒づく。
・・・ずいぶんとあの若エルフが嫌いなんじゃろうの。
しかし50年で若造扱いとは・・・
前のわしでも青年くらいかのう?
となるとセリンは・・・いや、やめておこう。
「まあ?いくら年を取っていてもあんなのは御免ですけど!!」
ずずうと音を立ててスープを啜り、吐き捨てるように呟いた。
「エルフは美男美女ばかりと聞いておったが・・・あの男を見ると、中身は人族とあまり変わらんようじゃの」
「ハッ!人族よりもひどいですわ!若い頃から選民思想に凝り固まった頭のかったいおバカさんばっかりですの!!」
ほう、エルフも色々大変なようじゃ。
「せっかく自由気ままに暮らしているのに、何年かに一度はああいうアホ同族が湧くんですの!!」
「ふふ、憧れのおねえさん・・・というやつかの?」
「いい迷惑ですわぁ!わたくし、子供には興味ありませんのっ!!」
見た目が子供っぽいから若造が寄ってくるのかもしれんのう。
顔は確かに美人じゃが、やはり乳と尻が足りんのう・・・
「なんですのジュウベエ!そのかわいそうなものを見る目はぁ!?」
「いや・・・怒るとかわいい顔が台無しじゃと思うてのう・・・おなごは笑顔が一番じゃぞ?」
「っ!・・・ジュウベエ、ほんとに人族ですわよね?エルフが化けてるとかではなくて?」
「なんじゃ、そんなに爺に見えるか?」
まあ、実際爺じゃしのう。
「なーんか、違和感があるんですの。見かけと中身がズレているような・・・体と魂の波長が合っているような合っていないような・・・」
・・・やはりハイ=エルフ。
存外に鋭いのう。
「大方、記憶の件かエーテル渦の件じゃろうて」
適当にお茶を濁しておく。
「・・・ジュウベエ、あなた記憶がないのに随分と自然体ですわねえ」
「ふん、記憶があろうと無かろうと、わしはわしじゃ。どこまで行ってもただの十兵衛じゃよ」
「達観していますわねえ、やはりおじい様のようですわ」
そりゃあ、爺じゃもの。
「おう、そういえばもう一人の専属傭兵というのは・・・?」
食事が終わり、紅茶の亜種のようなものを飲んでいるときにふと思い出した。
「ああ、そうですわね・・・そろそろ時間ですわ、移動しましょうか」
セリンが腕に巻き付けた何かを見ながら言う。
時計のようなもんじゃろうか?
小さい砂時計のようなもんじゃが・・・
「これは『時砂』というものですわ、一日を測れるんですの」
ほう、それは便利じゃな。
どこかで見かけたら買うとするかの。
あまり時間に縛られたくはないが、大まかな時間くらいは知っておきたい。
「あら、わたくしの専属傭兵になるんですもの・・・はい、予備を進呈いたしますわ」
買える店を聞くと、まさかの答えが返ってきた。
太っ腹じゃのうエルフ。
もらえるものはありがたくもらっておこうかのう。
ふむ、腕時計でいう文字盤の場所に小さな砂時計がある。
しかもドーナツ型の。
砂時計に沿って線と文字が書かれている。
どういうからくりかしらんが、この砂と線の位置で大まかな時間を知るらしい。
こいつは便利なものをもらったもんじゃ。
「その分しっかり働いてもらいますわ~!」
・・・合点承知じゃ。
「とっくに約束の時間のはずなんですけど・・・」
待ち合わせ場所だという広場に来た。
・・・闘技場みたいな形をしておるなあ、ここ。
ベンチに座ってしばし待つ。
「おーい!セリーン!!」
おっと、どうやら来たようじゃな。
向こうの方から手を振る人影が近づいてくる。
「来ましたわ、あれがもう一人の専属傭兵・・・ペトラですわ!」
・・・随分と大きいのう。
名前からしておなごかと思っておったが、男かの?
いや、あれは・・・
「やー、すまないねえ!寝坊しちまった!!」
2メートル近い長身。
筋肉がよくついた褐色の肌。
燃えるような長い髪。
その髪からのぞく一対の角。
急所のみを覆う鎧に、肩から下げた毛皮のマント。
交差した状態で後ろ腰に差した戦斧。
戦乙女の彫刻のような美人がそこにおった。
「まったく・・・その時間にだらしがないところ、いい加減直してくださいまし!」
「はっはっは!すまないねえ」
・・・しかし、口を開くとだいぶ印象が変わるのう。
「で、そっちの強そうなあんちゃんがこれからの仕事仲間かい?」
水を向けられたので、立ち上がって言う。
わしよりでかいおなごを見るのは初めてじゃのう・・・
うむ、何がとは言わんが眼福じゃわい。
「十兵衛じゃ、よろしくのう・・・お主も強そうじゃの。ペトラ嬢・・・といったか?」
握手の習慣があるかはわからんので、軽く頭を下げておく。
「そうそう!だけど呼び捨てていいよ!!しかし古風な喋り方だねえ・・・ここらの人間じゃないね」
「おう、まあいろいろあっての・・・今はこの街で傭兵をしとる」
「そうかいそうかい・・・まあ、強い仲間は歓迎だよ!」
わしの肩をぽんと叩くペトラ。
・・・かなり鍛えておるのう。
人間とは筋肉の質が違う。
頭の角といい、別種族のようじゃな。
やはりこの世界は面白いのう。
「わしも、仲間が美人ぞろいでうれしい限りじゃわい」
「前から思ってましたけどジュウベエって、結構な女好きなんですのね?」
「なんじゃ、男好きに見えたか?」
「違いますわよっ!」
ふとペトラを見ると、何故か戦斧を地面に置いている。
毛皮のマントもじゃ。
おお、そうするとより肉体美が強調されるのう・・・
「えっ!?ちょちょちょ、ペトラ、まさかここでやりますの!?」
「いいじゃん、別にどこでも・・・早い方がいいだろ?」
なにやらセリンが慌てておるのう。
・・・わしにはなんとなく想像がつくがの。
「さあジュウベエ!かかってきなぁ!」
やはりか。
ペトラが腕を軽く回し、こちらを手招く。
「あのねペトラ、ジュウベエの力量はわたくしがしっかり確認して・・・」
「あたいが確認しなきゃ意味がねえ!」
「こぉの脳筋!!」
腕試しか。
なるほど。
仲間になるにはまずこれに合格せねばならぬ、というわけじゃな。
「ふむ、よかろう」
編み笠と刀、それに上着を脱いでベンチに置く。
軽く肩を回し、ペトラの前へ。
「へえ・・・話が分かるじゃないか、いい男だね」
「お主も・・・いい女じゃよ」
足を肩幅に開き、腕をだらりと下げる。
目は半眼に開き、視線を悟らせぬように。
「南雲流、十兵衛・・・参る」
「おおっ!!」
はじかれたようにペトラが突っ込んでくる。
速い!
あの体でなんという踏み切りじゃ!
まるで猛獣のようなしなやかさ!
「はあっ!!!」
「ッシ!!」
突進の勢いを乗せた右拳。
そこへカウンターとして右肘を叩き込む。
「ぬおっ!?」
たまげた!
わしのほうが下がるとは!!
なんという馬鹿力じゃ!!
体勢を崩すわしに、さらに蹴りが飛んでくる。
まともに食らえば吹き飛ばされるのう、これ。
「ぐっ!?」
瞬時に距離を詰め、威力が発揮できぬ間合いへ入る。
肘と膝で蹴りを勢いよく挟み込み、止める。
この間合いでも吹き飛ばされそうじゃがな。
が、ここまで入ればわしの間合いじゃ!
挟んでいた足を離すと同時に、さらに踏み込んでペトラの半歩後ろへ。
右腕を首の後ろへ添えながら、足で軸足を払う。
テコの原理で体重をかけ、前方向へ引き倒す。
「うあっ!?」
この攻撃は予想しておらなんだか、正面から倒れこむペトラ。
が、両腕で地面を突いた反動でわしにまた蹴りを放ってくる。
そのままバネを使って立ち上がりよった。
バランス感覚も勘もいい。
良い戦士じゃ。
お互いに距離をとって仕切り直し。
「へへへ・・・やるね、ジュウベエ」
「・・・おぬしものう」
なんとも楽しい!
やはりこの世界はいい!いいぞ!!
思う存分に力を試せる・・・素晴らしい!!
「やばいですわ・・・2人とも脳筋ですわ・・・」
セリンが何か言っておるが、気にしている暇はない。
ペトラは並外れて頑丈なようじゃのう。
これならわしも存分に技が使えるわい。
腰を下げる。
両手を開き、半身になって左腕を前に伸ばす。
右手は腰まで下げ、拳を握る。
南雲流、徒手の型・・・『巌いわお』
攻防一体、防御主体の型じゃ。
わしが構えたことで何かを感じたのか、ペトラの表情も変わる。
体勢を低く、とびかかる猛獣のような姿勢へ。
「オオオオオオォ!!」
まるで獣のような咆哮を上げ、一直線に突っ込んでくる。
先ほどよりまだ速いか!面白い!!
わしを防御ごと叩き潰すように、勢いと捻りを乗せた凄まじい前蹴り。
これは、まともに受ければ大怪我じゃの。
まともに、受ければじゃがな。
待つ。
蹴りが向かってくる。
待つ。
左手スレスレに蹴り足が迫る。
動く!
踏み込みながら蹴りに左腕を添える。
ここじゃ!
足から腰に伝えた捻りの力を一気に解放。
力を反らしつつ体を開く。
蹴りを反らされたことで空いた鳩尾。
反らした力、腰の速度。
それらを余すことなく右半身に乗せる。
「ッハァ!!」
全ての力を乗せた右拳が、ペトラの鳩尾に突き刺さった。
「っが!?!?」
まるでタイヤを殴ったような感触じゃ!
跳ね返った衝撃が肩まで伝わってくる。
が、さらにもう一段。
一瞬で体を前に進ませながら、拳を突き入れる。
どご、というような音が響き、ペトラの体が1メートルほど後方へ吹き飛ぶ。
ほう、なんという体じゃ。
ここまで綺麗に入れば、普通は3、4メートルは飛んで倒れるのにのう・・・
「ぐうううう・・・!」
ざりざりと地面を足で踏み、ペトラが片膝をついた。
やるのう、ええ根性じゃ。
「す、すごい・・・すごいよジュウベエ!あたいを吹き飛ばす男なんて、オヤジ以来だ!」
よろよろと立ち上がりながらペトラが言う。
「でもまだ・・・まだあたいはやれる・・・あ、あれ?」
が、もう一度膝を落としてしまう。
そりゃあのう、あれだけの一撃を鳩尾の一点にぶち込んだんじゃ。
胃の中身をぶちまけてのたうち回るのが普通じゃぞ。
普通に立って喋れるだけでも大したもんじゃ。
ペトラの力は脅威じゃが、その力ゆえにカウンターがさらに高威力になってしまう。
「は・・・はは!はははははははは!!」
けたたましくペトラが笑い出した。
おいおい大丈夫かのう。
「おいペトラよ。わしは、合格かのう?」
「合格も合格!大合格さ!!これからよろしげぱぁ!!!!!」
あーあー・・・急に勢いよく喋るからこれじゃ・・・
「セリン・・・清浄の魔法は・・・」
「魔法具がありますわ・・・」
ああ、そいつはよかった・・・
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