第14話 十兵衛、魔法使いを斬り倒す。

「違う!ここで払え!突くのは悪手じゃ!」




「はっ・・・はい!」




手首の動きだけでアゼルの木槍をはじく。


よほど力を込めていたのだろう。


勢いよく振り上がった槍に体を持っていかれ、アゼルは体勢を崩して地面に転がる。


ふむ、初めの頃に比べれば上達したがまだまだじゃな。


盗賊の2、3人を相手にできればいいくらいじゃろうか。




「・・・身をもって学ばねばならぬな。もう一度同じように突いてこい」




息を整えたアゼルが立ち上がるのを待って言う。




「はいっ!・・・ハァッ!!」




多少は鋭いが、素直過ぎる。


呼吸を合わせ、槍の側面に木刀を添えたまま下方に抑え込みながら踏み込む。


こうなっては槍はどうしようもない。


引くも突くも手遅れとなる。


そのまま首筋を軽く木刀で叩く。




「・・・!?」




「のう?・・・この間合いで突きは死に体となる。振れ、細かく振って相手を近付けるな・・・とにかく、槍の間合いを覚えることじゃ」




「はいっ!ありがとうございます!!」




うむ、素直な若者はええのう。


覚えも早いし、途中で死ななければそれなりの使い手になるやもしれん。


この世界は物騒じゃしな・・・






「ジュウベエ様、タオルをどうぞ」




「おお、すまんなあ」




恒例の朝稽古が終わったので休んでいると、キトゥン嬢がタオルを手渡してくる。


ふう、一息ついたわい。




「お食事はすぐになさいますか?」




「そうじゃのう、頼む」




「はい!では食堂にいらしてください」




軽く頭を下げ、キトゥン嬢はしずしずと去っていく。


できた女中振りじゃのう。


・・・それにしても、以前の気まずさは消えたようでなによりじゃ。


これからも女遊びをするときは気を付けねばならんのう。






いや、それにしてもいつまでもここに世話になるわけにはいかんのう・・・


傭兵の仕事にも慣れてきたことじゃし、そろそろ宿を借りるなりなんなりせねばな・・・


朝食のパンとサラダを食べながら、わしは考えるともなく考えていた。




「じゅうべえさま、どうかされましたか?」




「む、いやなに、パンが美味いと思ってのう」




「よかった!これ、キトゥンがやいたんですよ!」




「ほう・・・」




ナリア嬢が訝し気に問いかけてきたので咄嗟に嘘をつく。


・・・このことはまた今度考えるとするか。




ここにおるのはナリア嬢とキトゥン嬢、それにわしじゃ。


アリオ夫妻とアゼルはもう仕事にかかっておる。


勤勉なことよな。




「炊事洗濯料理もでき、さらに美人となれば・・・これはどこへ嫁に行っても困らぬのう」




「じゅ、ジュウベエ様!」




給仕をしておったキトゥン嬢が慌てて声を上げる。


毛皮越しでも顔が赤いのがわかるわい。


初心よのう。




「じゅうべえさまは、どうなのですか?」




「ぬ?」




「ごけっこんは、かんがえたことがありますか?」




「ぬう・・・」




「・・・私も、そこは大いに気になるところです!」




いかん、藪を突いたら蛇が出よった。


おなごがこういう話を好きなのは、世界が変わっても同じじゃな・・・




「むむむ・・・」




「じゅうべえさま、こまってます!」




「そ、そんなに考え込むことでしょうか・・・?」




『けっこんー!』『めおとー!』『つがいー!』




・・・おいそこ、いつの間に。


この2人は精霊に気付かぬようじゃからいいが・・・


さてと、どう誤魔化すとしようかのう・・・








「ジュウベー!こっちこっち、こっちよー!」




適当にお茶を濁して逃げ、たどり着いたギルド。


何かいい依頼は無いじゃろうかと依頼表の群れを見つつ考えていると、カウンターからライネ嬢がこちらに手を振る。


なんじゃ?まだ依頼は選んでおらぬが・・・?




「指名依頼が入ったわよー!」




・・・おお、セリン嬢のアレか。


すっかり忘れておった。






「おうおう、すまんのう」




「朝から年寄り臭いわよぉ、ジュウベー」




これは素なんじゃが・・・




「じゃがな、わしが急に若者言葉で喋り出したら気持ち悪いじゃろう」




「う、それはそうかも・・・はい、これ」




ライネ嬢が差し出した依頼表を見る。


・・・ふむ、とりあえず魔法ギルドに行けばいいようじゃな。


詳しい話はそちらで、ということじゃの。




「いつもの依頼と違って完了報告は依頼主がやるから、終わってもここに帰ってくる必要はないわ」




「ほう、そうなのか」




「・・・私の顔が見たいって言うなら、帰ってきてもいいけどぉ?」




悪戯っぽくこちらを下から覗き込んでくるライネ嬢。


・・・おお、胸元から乳房が零れ落ちそうじゃ。


こいつは朝からいいものを見たわい。




「あっ・・・!もう、朝から助平なんだからぁ!ちょっとぉ!なんで拝んでるのよぉ!!」




「・・・さて、それでは行ってくるわい」




「こらーっ!」




男どもの羨ましそうな視線を感じながら、わしはギルドを後にした。






魔法ギルドは傭兵ギルドからほど近い場所にあった。




「同じギルドとはいえ、だいぶ違うのう・・・」




白色で統一された外観からは、高貴な雰囲気が伝わってくる。


出入りしているギルドの者も、なんというか上品な印象じゃな。


たしか魔法ギルドは入るために試験があるんじゃったな。


来るもの拒まずの傭兵ギルドと違うのは当たり前かの。




ふむ、こうしておっても始まらぬし入るとするか。




「ここは魔法ギルドだ、何用かね」




おお、門番までおるぞ。


胴体はローブ、手足と頭は金属の鎧。


手に持つのは・・・たしかハルバードとかいう武器じゃな。


なかなか強そうじゃ。




「わしは傭兵ギルドの十兵衛じゃ。指名依頼を受けたゆえ、まかりこした次第」




そう言いながら、懐から取り出した依頼表を見せる。




「拝見する・・・確認した。入って突き当りの受付で同じように見せるといい」




「ご丁寧にすまんのう」




予想に反して紳士的な門番じゃった。




魔法ギルドに足を踏み入れると、傭兵ギルドとの違いがまた如実に表れた。


当たり前じゃが、酒場がない。


それになんというか、せわしなさもない。


多様な人種がおるのは同じじゃが、表面上はゆったり過ごしておるように見える。




さて、受付は・・・あそこじゃな。


受付嬢まで高貴な感じがするのう。


こういうのもええが、肩がこりそうじゃわい。




「すまぬ、指名依頼を受けてきたのじゃが・・・」




「拝見いたします・・・傭兵ギルドのジュウベエ様ですね。こちらにギルドカードを」




「うむ」




応じてカードを渡す。




受付嬢は揃いの制服に身を包んだ美女揃い。


わしが話しかけたのは、青い髪の受付嬢じゃ。


人族かと思ったが、額にもう一つ目がある。




・・・軽口を叩けるような雰囲気ではないのう。




「相違ありません。それでは、そちらのソファーに腰掛けてお待ちください」




「すまんのう」




返却されたカードを懐にしまいつつ、指定されたソファーに行く。


根が庶民ゆえ、どうもこういう雰囲気は苦手じゃな。


柔らかく体を包み込む高級そうなソファーに身を預け、ため息を一つ。


とにかく、セリン嬢が来るまでは我慢じゃな。




傭兵が珍しいのか、それともわしの装束が珍しいのか。


・・・おそらく両方じゃろうが、どうにも周囲から視線を感じる。


編み笠を被ってきて正解じゃったな。






「ジュウベエ様ーっ!お待たせしましたわ!!」




しばらく待っておると、ギルドの奥の方から手を振りながらセリン嬢が歩いてくる。


この雰囲気をぶち壊す勢いじゃな。




「おう、しばらくぶりじゃのうセリン嬢」




「ご無沙汰ですわ!それと、わたくしのことはセリンで結構ですわ」




「・・・わしより年上を呼び捨てにするわけにはいかんじゃろう・・・?」




「せっ!精神年齢ですわっ!心はいつでも20代でしてよっ!」




両手をぶんぶんと振り回しながら必死で抗議してくる。


・・・確かにこのザマを見れば、若い娘じゃのう。




「ぬ、そうであればこれからはセリンと呼ぼう・・・そうじゃセリン、わしにも様はいらぬぞ」




「わかりましたわ、ジュウベエ!」




にこにこと嬉しそうなことじゃな。


ハイ=エルフとはこのように表情が豊か・・・ではなかろうな。


セリンが特殊なだけじゃろう。


・・・さっきよりより一層注目されておるのう。




「そうでしたわ!ジュウベエ、早速移動しましょう!」




「せわしないのう」




「とりあえず、面倒くさくなる前にここから逃げたいんですの!説明は後ですわ!」




何やらやむにやまれぬ事情があるらしい。


面倒事はわしもごめんじゃ、とっとと移送するとしようか。




「セリン様!待ってください、まだ話は終わっていません!!」




立ち上がり、セリンを伴って入り口へと歩き始めると後ろから声を掛けられた。


男の声じゃの。




「(うぐぅ、早いですわ・・・ジュウベエ、無視して行きますわよ!)」




よほど後ろの誰かが嫌らしいのう。


わしとしては依頼主の意向に従うだけじゃ。


そのまま無視して行くとする・・・




殺気!




「ひゃんっ!?」




セリンを抱え込み、横へ跳ぶ。


高級そうな床に突き立つ・・・半透明の矢?




「あっ・・・あれは!?ロウギュス!!あなた正気ですの!?ギルド内でなんてことを・・・!」




わしに抱えられたセリンが目を白黒しておる。


見ていると、その半透明の矢は空気に掻き消えるように溶けた。




「非殺傷魔法の使用は禁止されていませんので・・・お前!セリン様から手を放せ!!」




銀髪の美丈夫がわしを睨みつけて叫ぶ。


ゆったりとした衣装を来た優男じゃ。


武器は短い杖と・・・ナイフか。


魔法使いじゃな。




「なんじゃ、お主は・・・いきなりおなごに魔法を放つとは、失礼にもほどがあるわい」




セリンを背後にかばいつつ、ロウギュスとやらに向き直る。




「セリン・・・何じゃこいつは」




「・・・同郷の知り合いですわ。断ったのに、護衛に雇え雇えしつっこいんですの!」




ふーむ、なんとも面倒臭いことじゃのう。




「お生憎ですわロウギュス!わたくしの護衛はペトラとこのジュウベエで十分ですことよ!!」




ペトラ・・・というのは前に言っておったもう一人の専属傭兵か。




「そんな・・・何故です!何故私を・・・!!」




わなわなと震えながら呟くロウギュス。


・・・嫌じゃと言われたのじゃから、諦めればいいじゃろうに。


引き際を知らぬものは情けないのう・・・




「うざったいし!気持ち悪いし!人の話を聞かないからですわ!あなたと同郷というだけで吐きそうですわ!!」




容赦のない罵詈雑言が飛ぶ。


ここまで言わせるとはよほど嫌なんじゃろう、こやつ。




「そんな魔法も使えぬ人族ごときが私より優れているとおっしゃるのですかっ!!」






「違ぁう!!違いますわ!!わたくし、あなたのことが純粋にだいっきらいですのおおおおお!!!」






周囲の人間が、ロウギュスにかわいそうなモノを見る視線を送っておる。


おうおう、言いよるわ。


ここまで言われても縋り付くなら立派なストーカーよなあ。




「・・・お」




さて、どうする?




「お前っ!そこの人族!!わたっ私と勝負しろォ!!!!!!!!」




「よかろう、受けて立つわい」




・・・どいつもこいつも沸点が低くて困るわい。


まあ、挑まれたからには戦わねばのう。






ギルドの奥には中庭があり、そこはちょっとした闘技場のようになっておった。


・・・この世界には闘技場がよくあるものなのか?


どうやら、通常は魔法の訓練や試験に使用されておるようじゃ。




「申し訳ありません、ジュウベエ・・・やはりわたくしが出向くべきでしたわ・・・」




わしの後ろでしょんぼりとセリンが言う。




「よいよい、ああいう手合いは一度ぶちのめして死の直前まで追い込まねば懲りぬ」




軽く言って装備を確かめる。




「のう、どこまでやっていいんじゃ、ここでは?」




「どこまで、ですの?」




「うむ、殺してもいいのか?」




「・・・わたくしとしてはそうして欲しいですが、即死以外でお願いしますわ」




優秀な医療魔法使いが控えておるので、即死せねばなんとかなるらしい。


つくづくでたらめな世界じゃ。




「いくらアレがアレとはいえ、傭兵ギルドの構成員が魔法ギルドの構成員を殺すと後々面倒ですの」




面倒か。


それは御免じゃ。




「さあ!私はいつでもいいぞ!!」




苛ついたようにがなり立てるロウギュス。


気が短いのう。




「この勝負、禁じ手はあるか!?」




一応尋ねておく。


後でギャンギャン言われると面倒じゃからな。




「・・・ない!貴様のつたない手管なぞ、わが術で消し飛ばしてくれるわ!!」




言質を取ったぞ。


これでいかようにもできるわい。






「では・・・南雲流、十兵衛・・・参る!!」




居合の構えのまま走る。


奴が杖を振り上げ、わしに狙いを定める。




「逆巻き、跳べ!『風刃ドリ・アネモス』!!」




ほう、詠唱が速い。


杖の先端から、半透明の矢じりのようなものが複数飛び出す。


なかなか速いが、銃弾ほどではない。




横っ飛びに躱しつつ、十字手裏剣を二枚掴んで投げる。


そのまま手裏剣を追うようにまた走る。




「なにっ!?かわしたdギャッ!!」




ロウギュスの肩口と腹に手裏剣がめり込み、悲鳴を上げる。




「おおおっ!!」




抜刀する・・・と見せかけ、小柄を放つ。




「ぐっあ!?」




奴が咄嗟に突き出した掌を半分ほど貫いた。


馬鹿め、目線を自ら塞ぐとは!!




「っひ!あ・・・赤金の刃よっ」




ここまで肉薄して、詠唱なぞ間に合うものかよ!!




「ぬんっ!!」




地を這うように踏み込み、突進の勢いを乗せて抜き打ち。




「ぎいいああ!?!?」




唸りをあげる刀身が、奴の左足首を切断する。


そのまま瞬時に逆方向に踏み込み、地面から伸びあがるように斬り上げる。




「ああ!?ああああああああっ!?」




杖を握った右手を、肘の下あたりで斬り飛ばした。






南雲流剣術、『地走り』






鎧らしい鎧も着込んでおらぬから、楽に刃が通るわい。


対角線の部位を失っては、痛みとバランス感覚の欠如で立つこともできぬじゃろう。


ぐらりと後ろ向きに倒れ込むロウギュス。




「しゃあっ!!」




駄目押しに、小柄が刺さったままの左手首を切断。


ロウギュスは、あちこちから鮮血をほとばしらせながら大地に沈んだ。


悲鳴すらも上げておらん。


気絶したか。




・・・これくらいでええかの。


詠唱の速さには驚いたが、肉薄されても馬鹿の一つ覚えとは・・・


つまらん奴じゃのう。




「さてセリンよ、これでどうじゃ」




振り返ると、セリンが満面の笑みでガッツポーズをしておる。


・・・よほどこやつが嫌いなようじゃな。




「さいっこうですわぁジュウベエ!あいつのあの顔・・・向こう100年は笑えますわっ!」




喜んでもらえたようで何よりじゃわい。




倒れたロウギュスに医療魔法使いがわらわらと駆け寄り、杖をかざしておる。




「ほう・・・あやつ、人気があるのう」




「違いますわ、切断の治療費は高いんですの。・・・ガッポリ毟られるでしょう・・・いい気味ですわぁ!」




ほほほ、と高笑いするセリン。


なんとも、魔法使いも現金なことじゃ。


上品に見えても、根底はさほど傭兵と変わらぬかも知れぬのう。




「では・・・もう行ってもいいんかの?」




「はい!いいものを見たので昼餉を奢らせてもらいますわ!ジュウベエ!」




「それはいい、ありがたく頂戴しよう」




喧噪の中、ウキウキと弾むような足取りで歩き出したセリンを追う。




『やっぱ、あのエルフこわい』




いつの間にか肩に乗っておった精霊が小刻みに震えておった。






運動したら腹が減った。


さあて、何を食おうかのう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る