第13話 十兵衛、貴族を知る。

目の前にやって来た鎧の一団。


バケツのような兜と重厚な鎧のせいで人種も性別も定かではない。


しかし、その立ち振る舞いからかなりの練度だろうことは容易に想像できた。




「・・・傭兵か」




一団の中から声が上がった。


錆びを含んだような重厚な男の声じゃ。


進み出たその鎧を見ると、随所に勇壮な鳥をあしらった紋章が刻まれておる。


他の者の鎧には、そのようなものはない。


・・・こやつがこの一団の大将じゃな。




「はっ!・・・御意にございます。某は十兵衛と申します」




刀を逆手に持って背中に隠し、片膝を立てて跪く。


・・・国軍のお偉いさんはほぼ貴族と聞いておる。


面倒事はなるべく避けたい、やり過ごすが吉じゃ。


後ろの3人も空気を読んで黙っておるようじゃの。




「ほう・・・傭兵にしてはいささか礼儀を知っておるようだな」




少し驚いたように言うと、その男は兜を脱ぐ。


すぐさま後方の1人が駆け寄り、その兜を受け取った。




「我が名はアイゼン。アイゼン・ノルトハウゼンである」




「ははっ!ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます」




年のころは40そこそこというあたりか。


顔に縦横に刻まれた傷跡が、歴戦の勇士であることを物語っておる、


その立ち姿には、少しの隙も見当たらぬ。


・・・こやつ、強いのう。


それに苗字持ち・・・やはり貴族か。




「・・・この盗賊共は、そなたらが?」




「はっ!御意にございます」




決して目線は合わせず、視線は足元。


なにも必要以上にへりくだっておるわけではない。




いつでも足を刈り取れるようにしておるだけのことよ。






この世界に来て、知識や周囲の人々から聞いて得た情報。


その中には貴族に関するものも多くある。




曰く、大した理由もないのに理不尽な要求をされた。


曰く、少し機嫌を損ねただけで無礼打ちにされた。


曰く、年貢を不当に吊り上げ、意見を言うと村ごと焼き討ちにされた。


曰く、曰く、曰く・・・




とまあ、散々なものじゃった。


まさか全てが事実とも思わんが、こうしてまことしやかに囁かれている以上、やはり何かはあるのだろう。


ゆえに、こうして礼を尽くしておる。


何が逆鱗に触れるかわからんしのう。




貴族と傭兵ギルドは持ちつ持たれつ、という話も聞いているが・・・


用心するに越したことはないじゃろう。






「・・・立ってよい」




「はっ!」




立ち上がり、対面する。


まだ刀は納めず、後ろ手に持ったまま。




「たった4人で、よくもここまでやったものだ。そなたら、手練れだな」




「ありがたきお言葉にござる・・・某の仲間はいずれも、万夫不当の強者にて」




「そのようだ」




ふむ、存外に褒めてくるのう。


今のところわしらに悪感情は持っておらぬようじゃし。


このまま行ってくれるとありがたい。




「ノルトハウゼン様!・・・これを!」




部下の1人が、わしが切り倒した鞭の男の前で叫ぶ。




「間違いありません、『黒影』です!」




「・・・確かか」




「この獲物に隠形の魔法具、手配書と一致します!」




あやつ、賞金首か何かであったか。


さほど腕が立つようにも見えなんだがのう・・・




「ふむ・・・ジュウベエ、と言ったな。これはそなたが?」




「はっ!」




ノルトハウゼン殿は死体の前にしゃがみ込み、切り口を検分している。




「恐ろしく鋭い切り口だ・・・鞭を相手に、真っ向から切り伏せたか・・・」




なにやらブツブツとつぶやいておる。


・・・面倒じゃから、早く行ってくれぬかのう。




「こやつは我々の囲いから逃れてな、難儀しておった」




ノルトハウゼン殿がこちらに向き直り、言う。


なるほど、国軍はその男を追ってここまで来たのか。


なかなかの重要人物だったようじゃな。




「そなたのような傭兵がおるとは聞いておらなんだ、本拠地はヴィグランデか?それともケファレか?」




「はっ!ヴィグランデにございます」




ノルトハウゼン殿が、軽く手を上げる。




「助かったぞ、ジュウベエ」




「ははぁっ!ありがたきお言葉!」




お褒めの言葉までいただいてしもうたわい。


たかが傭兵風情に、御大層なことよ。




「・・・おい!傭兵!・・・あまり図に乗るなよ!」




おっと、先ほど兜を受け取った兵士が罵ってきよった。


この声は・・・女か。




「そもそも、我らがここまで追い込み、弱らせたから、貴様らが討てたのだということを忘れるな!」




・・・盗賊共、元気いっぱいじゃったと思うがのう。


まあよい、上官が傭兵を褒めるのが気に喰わぬのじゃろう。


こんな手合いに一々怒っておったら身が持たぬわい。




・・・ラギの方から何やら不穏な気配を感じるのう・・・


わしをけなされて怒っておるのか、若いのう。




「はっ!御意にございm」




「やめよラシュッド。・・・こやつは強い、お主よりもな」




「な・・・なぁっ!?」




「悔しければ鍛えよ。力の伴わぬ言葉になぞ意味はない」




・・・その助け船はいらんのじゃがな。


こういう手合いは大体そう諫められると・・・




「お言葉ですが、わ。私がそこの傭兵に劣っているとは思えませぬ!!」




・・・こうくるわなあ。


さあて、面倒なことになりそうじゃ。


逃げられるかのう。




「恐れながら、我らはこれにて失礼つかまつります」




再度頭を下げ、告げる。




「うむ、ギルドにはこちらから礼を伝えておく。すまぬな」




「もったいなきお言葉!しからb」




「待て!!!!」




無理じゃった。


・・・おいおい、落ち着けラギよ。


こちらまで一層怒気が伝わってきよるぞ。


懐かれたもんじゃのう。




「私と勝負しろっ!!!」




ラシュッドとやらがこちらに指を突き刺しながら吠える。




「・・・それが、お望みとあらば」




わしは、刀をやっと鞘に納めた。






我が南雲流絶対の取り決め。




『他流試合においては、その一切断るべからず』




挑まれれば受けて立つ。


逃げはない。


勝つか負けるかは問題ではない。


逃げてはならぬのだ。






「言ったな!さあ構えろ!!」




ラシュッドは兜を傍らの兵士に預け、きらびやかな長剣を抜き放った。




その時、ノルトハウゼン殿が進み出てわしの肩に手を置き、小声で言う。




「・・・すまぬが、殺すな。それ以外は魔法で何とでもなる」




「・・・御意」




まっこと、便利な世界じゃ。






周囲を国軍と仲間たちに円形に囲まれ、女と向かい合う。




「ラスタイン流剣術、ラーラ・ラシュッド!」




剣を天に掲げ、ラシュッドが高らかに名乗る。


・・・なんとも、舌を噛みそうな名前じゃのう。




「南雲流、十兵衛」




名乗り返すと、ラシュッドが盾を前面に押し出す。


ふむ、防御主体の構えか。




「抜け!私を馬鹿にしているのか!!」




苛立ったように言ってくる。




「心配ご無用、これが我が流派の構えにござる。存分にまいられい」




「・・・っ!!うおおおお!!!」




言い返すと、雄たけびを上げながら突っ込んでくる。


防御を捨てたか。


やりやすいのう。


激昂しやすい性質と見た。


・・・こういう手合いは楽でいいわい。




わしもまた、同じように走りだす。


やつは盾で打撃を加え、体勢を崩すつもりじゃろうな。




付き合ってやるわい!




間合いに踏み込み、盾の前へ。


わしを打とうとする一瞬前に、右肩から盾に体を預ける。




「ぬんっ!!!」




斜め上方向へ体ごと突き上げ、反対に相手の体勢を崩す。


がら空きじゃぞ、もらったわ!




「しゃあっ!!」




「あぎっ!?」




瞬間、半歩引きながら抜刀。


跳ねあがった盾の隙間を縫うように斬り上げられた斬撃が、剣を持った籠手の内側へ。


籠手についている厚手の革ごと、右手首を半ばまで切断した。


剣が手から零れ落ち、地面に突き刺さる。


血管と腱を斬った。


あれでは剣は握れまいよ。




「ぐううう・・・!!あああああ!!!」




ぼたぼたと血を流しつつ、また盾で殴りかかってくる。


・・・根性だけはあるようじゃな。


じゃが、それだけではどうにもならぬ。




右半身方向へ思い切り踏み込みながら躱す。


そのまま後方へ抜けつつ、右手で脇差を抜く。




抜いた脇差を逆手に持ち、振り向きながら膝裏を薙いだ。


いかに鎧といえど、関節まで固めるわけにはいくまい。




「ぎっ!?・・・っああぁ!?」




利き足がやられれば、立ってはおれぬ。


ラシュッドはそのまま体重と鎧の重さを支えきれず、地面にどちゃりと仰向けに倒れた。




「そこまで!・・・医療兵、来い」




ノルトハウゼン殿が手を上げると、輪の中からから杖を持った鎧が駆けてくる。




「ぐううあ・・・お、おのれ・・・っひ!?」




ラシュッドが左手で体を起こし、こちらを見て小さく悲鳴を上げる。




わしは、まだ残心の姿勢のまま。


こやつがまだ向かってくれば、その瞬間に兜の隙間から串刺しにするつもりじゃ。


・・・が、この狼狽ぶりを見ればもはやその気はないじゃろう。




医療兵とやらが杖を光らせ、治療を始めたのを見て納刀する。


みるみる傷が塞がっていくのう。


まっこと魔法とは面白いものじゃ。






「・・・よい腕だ、あのような流派は初めて見たぞ」




「はっ!もったいなきお言葉にござる!」




再び跪き、頭を下げる。




「それでは、我らはこれで失礼させていただきとう存じます」




「うむ、大儀であった」




「ははっ!」




やれやれ、やっと帰れるわい。


慣れぬ敬語なぞ使ったから肩がこるわ。


さて、さっさと帰るとするか。


国軍が来た道へ戻るのを見届けて、わしも踵を返した。




「待て」




振り返ると、兵士が立っておる。


・・・今度は何じゃ。




「これは、そなたの戦いへのノルトハウゼン様からの褒美である」




そう言うと、わしに革袋を握らせてくる。


・・・中々の重みじゃな。


貰えるものは貰っておこうかの。




「はっ!ありがたき幸せ!」




頭を下げると、今度こそ国軍は森の中へ消えていった。








「いやあ、なんとも疲れたわい」




「・・・」「・・・」「・・・」




「ぬ、どうしたお主ら」




3人の元へ戻ると、一様にわしを凝視しておる。




「あ、兄貴・・・ひょっとしてお貴族様でいらっしゃったんで?」




恐る恐るといった感じでダイドラが尋ねてくる。


・・・は?




「・・・何故そうなる?」




「いやだって・・・貴族と普通に話してましたし」




「馬鹿者、こんな貴族がおるものかよ。・・・ああいう手合いの相手に慣れておるだけじゃ」




「堂々としてるからよ、びっくりしちまったぜ」




「ジュウベ、凄イ!」




ゴド、お主もか・・・


ラギは尻尾を地面にビタビタぶつけて喜んでおる。


おお、そうじゃ。




「ラギ、お主怒っておったろう。・・・気持ちは嬉しいが、あの程度なんとでもなるぞ」




「グルル!!アイツ、弱イ癖ニ偉ソウ!我ノ部族ニ居タラ追放!!」




「おうおう、落ち着け落ち着け」




肩を叩いてなだめる。


随分と興奮しておるな。


リザードはああいう手合いは苦手なようじゃ。


・・・わしも苦手じゃが。




「しかし兄貴・・・たしかあの貴族、ノルトハウゼンって言ったっすよね?」




「うむ、そうであったな。・・・有名なのか?」




「詳しくは知らないっすけど・・・貴族の中じゃマシな方っすね。かなりの豪傑らしいっす」




さもありなん。


あの雰囲気ならそうじゃろうな。


・・・戦ってみたいが、立場もあるゆえ中々難しいじゃろうの。


残念じゃなあ。




「(戦いたいって顔してるっすね・・・)」




「(信じられねえ、とんだ戦闘狂だぜコイツ・・・)」




ダイドラとゴドが小声で話しておる。


おい、聞こえとるぞ。




「さて、とっとと取るもの取って帰るぞ。褒美ももらったし、ギルドの酒場で乾杯といこう」




「えっ・・・でもそれ兄貴が貰ったもんじゃ・・・」




「こんなあぶく銭はパーッと使うに限るわい。いいじゃろう?おぬしらも」




「タダ酒ならなんでもいいぜ!」




「行ク!!」




「俺っちも行くっす!!」




とまあ、そういうことになった。








それからの帰りは順調そのもので、盗賊の残党にも魔物にも出会うことはなかった。


思っていたよりも早く街に帰ることができたのう。


今日は色々あって疲れたわい。


こういう時は、騒いで飲んで寝るに限る。








「ゴホン!・・・それでは依頼の大成功を祝して・・・乾杯っす!!!」




「「「乾杯!!!」」」




ダイドラの号令に続き、唱和する。


ゴツン、と木のジョッキが打ち合わされる。


勢いよく喉を伝っていく温いビールのようなもの。


正直あまりうまいものでもないが、この場の雰囲気で美味く感じるのう。




「ぷはーっ!!グリフォンの毛皮もいい値で売れたし、言うことねえな!!」




「盗賊の賞金もでかいし!おまけに貴族様からボーナスまでっす!兄貴のおかげっすよ!!」




実入りがよかったのがよほど嬉しいのか、ダイドラとゴドは肩を組んでゲラゲラ笑っておる。


ちなみにグリフォンの皮だが、傭兵ギルド経由で魔法ギルドに買い取ってもらえた。


わしとラギが倒した方は特に傷が少なかったので、2割ほど値が上がった。


これは、討伐部位以外でも高く売れる魔物を調べておかねばのう。




依頼人も早い到着にたいそう喜んでくれ、成功報酬も弾んでくれた。


こんなことはなかなかないじゃろうが、いい臨時収入になったものじゃ。




「ジュウベ、コレ美味イ。食エ」




「おうおう、すまんのう」




当のラギはさほど金には興味を持っておらなんだが、美味いものをたらふく食えるのは嬉しいらしい。


わしに勧めてくる肉の塊が、瞬く間に仮面の下へ消えていく。


山と積まれた肉や野菜をもりもりとむさぼっておる。


うむうむ、若者は健啖が一番よ。


酒はあまり好かぬようじゃが。




「親父、酒飲ミスギテ母様ニ怒ラレテル。酒、多ク飲ムノ、良クナイ」




ふふ、どこの世界も同じようなものじゃな。




わしは酒は好きじゃが多くは飲まぬ。


強い酒をちびちび飲むのが好きじゃのう。






「あ~ら、ジュウベー。楽しそうねえ、私も混~ぜて!」




仕事が終わったのか、普段着のような格好のライネ嬢が後ろからしなだれかかってきた。


背中に柔らかい感触・・・うむ、良いものを持っておるのう。


・・・どうやら機嫌は直ったらしいの。




「ら、らららライネちゃ・・・さん!どうぞどうぞ!!」




「美人はいつでも大歓迎だぞぉ!!」




「あらぁ、ありがとう♪」




毛皮越しにもわかるほど赤くなったダイドラが、一瞬で椅子をもう一つ持ってきた。


ゴドもジョッキを振り回しながら上機嫌じゃ。






「ジュウベ、ジュウベ、食エ」




「ジュウベー!呑むのよ!呑みなさぁい!!」




ラギよ・・・勧めたいのはわかるが顔に押し付けるのはやめてくれぬか・・・?


ライネ嬢も瓶を押し付けんでもらえるかのう・・・あと、酔うのが早くないか?




それからもがやがやと楽しい宴会は続き、恐らく深夜近くになって解散した。


ライネの住居はラギの宿と近いらしく、送っていくとのことじゃった。


どうやら2人は前からの友人らしい。




「マタ、依頼、一緒ニ受ケタイ」




「おう、いつでもこい」




そう言うと、ラギは酔いつぶれたライネ嬢を背中におぶって帰っていく。


手を振ると、尻尾をぶんぶんと振り返してきた。




「兄貴ぃ~、お疲れっした!!また一緒にやりましょうや!!」




「俺ともまた組んでくれよ~!」




べろべろになったダイドラとゴドは、肩を組みながら歓楽街の方向へ消えていった。


これから一勝負というわけか、若いのう。




即席メンバーとはいえ、いい仲間たちじゃったのう。


たまには組むのも悪くはないな。






ふむ・・・黒糸館に行ってもいいが、今日はやめておこうか。


店は逃げぬしのう。


今日はゆっくり歩いて帰りたい。




元の世界の月とは違う真っ青な満月を見ながら、わしはほろ酔い気分で歩き出した。






『十兵衛様、お疲れさまでした。それではまた、近いうちに・・・』






・・・素性を聞くのを完全に忘れておったわ。


頭上の月に重なるように、小人どもを引き連れた女の影が見えたような気がした。


・・・まったく、退屈せぬ世界じゃわい。

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