第27話 十兵衛、魔物を蹴散らし海へ向かう

「ッギ!?」




胴体から離れたゴブリンの首が宙を舞う。




噴水のように鮮血をほとばしらせながら、遅れて胴体が倒れた。




「これで、仕舞じゃな」




血振りをし、納刀する。




「ジュウベ、オ疲レ」




「おう」




後ろからラギが声をかけてくる。


振り返ると、別のゴブリンの胴体からデカい矢を引き抜いているようじゃ。




「こんな所でゴブリンに出くわすなんて・・・先が思いやられますわ」




その後ろでセリンがぼやく。




「あーっ!またジュウベエに数で負けちまった!」




「この程度の雑魚で数も何もなかろう」




血塗れの斧を振って悔しがるペトラに声をかける。


わしらの周囲は、息絶えたゴブリンの血で染まっている。




「おうい!片付いたぞアゼル!」




大声を出して後方の馬車に伝えると、アゼルが手綱を振るうのが見えた。


ゆっくりと、馬車が動き出す。




ここは山中の小道。


わしらは、アリオ殿の護衛をしつつ港町『デュルケン』へと向かっている。


ヴィグランデを出発してから、今日で3日になる。


あと3日・・・いや4日ほど歩けば到着するだろうとのこと。


車も電車もない世界は不便じゃが、これはこれで楽しいわい。








今日に至るまで、暗殺者に襲われた日以外は何事もなく過ぎた。




あの後しこたま飲んで酔いつぶれたセリンを宿まで送り、次の日に早速冒険者ギルドで正式にアリオ殿の護衛依頼を受けた。




その時にそれとなく情報を収集したが、なんとわしを襲った連中の死体は誰も見ておらぬようじゃった。


それどころか血痕すらも一晩で跡形もなく消えていたようじゃ。


・・・なんとも不思議なことよ。




セリン経由で魔法ギルドにも探りを入れてもらったが、そこでも結果は同じ。


ただ、何人かの高名な魔法使いの連中は、隠蔽魔法の発現と消失については認識しておったようじゃ。


どうやらあ奴らは、わしの見た夢というわけでもないらしい。




下手な考え休むに似たり、とも言う。


考えても仕方がないので、考えぬことにした。


あ奴らが何であれ、わしに用があるならいずれまた来るじゃろう。




あの蛇腹剣の若造・・・中々の腕であったな。


よもやあれが最高の使い手というわけでもあるまい。


ふふ、楽しみじゃのう。




・・・本当に、楽しみじゃ。








「森の中でゴブリンのランド種が出るとは・・・これは本格的に生息域が狂っていますわ、これ程となると一度王都のお師匠に報告を・・・」




セリンは休憩中じゃというのに帳面片手に何やら思案顔じゃ。


休めるときに休んでおかねば身が持たぬぞ。




「いやあ、ジュウベエ様たちのお陰で順調な道行ですな。いっそ復路もお願いしましょうかな」




馬車から下りて背中を伸ばしなが、ホクホクした顔でアリオ殿が言う。


娘をわざわざ迎えに行くとは随分と子煩悩なことじゃ、と思うておったが。


それにかこつけて、港町の漁業ギルドと何やら会合があるらしい。


抜け目がないのう。




「ふむ、まあそれは夜にでもセリンと話してくれ。わしはそこら辺りはよくわからぬ」




梨味のキュウリめいた果物を齧りつつ返す。




「一応国軍のお陰で盗賊がいねえってのもデカいな、あいつら大体弱い癖して頭だけは回るからよ」




「うむ、強くもないものに付きまとわれても困るしのう」




「いやあの、強いものに付きまとわれると私は困りますが・・・」




つまらなそうな様子のペトラが斧を磨いている。




「まあのう、今回は護衛じゃからこの方がいいじゃろう」




「仕事、大切。イイコト」




南瓜の化け物のような果物をバキバキと噛み砕きながら、ラギが頷いた。


歯が丈夫じゃのう、相変わらず。




「そうだな、もう少しで森も抜けるし気分も変わるか」




磨き終えた斧を腰に吊るし、首を回すペトラ。


この森を抜ければ、後は起伏の少ない草原の道が海まで続くそうな。




『うーみー』『しおかぜー』『たまにはよしー』




いつもの精霊・・・かどうかはわからぬが、とにかく風の精霊がわしの周りを嬉しそうに旋回しておる。


もう少し離れてくれぬかのう。


羽虫めいて気が散るのじゃが・・・




「精霊ノ気配、スル!来テルカ?」




「おう、塩水をごくごく飲みたいそうじゃ」




「・・・セ、精霊、スゴイ」




『りゅーげんひごー!』『デマをとばすなー!』『へんこーほーどー!』




わかった、わかったから編み笠の上で暴れるでない。




「精霊様の気配がしますわぁ!!!!」




『ぎゃあ!』『ぴえ!』『おたすけ!!』




「消えましたわ!!なんでですの!!!」




・・・賑やかなことじゃ、うむ。








休憩を経てまた歩き続けた。


道中2度ほどゴブリンの群れに襲われたが、難なく処理。


あやつらは頭目を潰せばすぐに逃げるゆえ、簡単なことじゃったわい。




そして夕方に近付くころ、ようやく森を抜けた。


うむ、開けた視界が心地いい。


それに、こう開けていれば奇襲もされにくかろうよ。




「この先に、隊商が野営を行う場所があります。今日はそこで泊まりましょう」




馬車の窓から、アリオ殿が言う。


キャンプ場のようなものじゃろうか。


流石に歩き続けて気疲れしてきた。


よいタイミングじゃな。




「早目に着いたら獣でも狩ろうぜ、ラギ」




「ウム」




楽しそうに話している2人を横目に見ていたその瞬間のこと。




鼻腔に異臭を感じる。


これは・・・




「全員、用心せい・・・血の匂いがする」




わしの呼びかけに皆が一斉に動く。




ラギは一息で馬車の屋根に飛び乗り、長大な弓に矢をつがえる。


セリンは杖に向かって何事かを呟く。


ペトラは瞬時に戦斧を両手に持った。




ふふ、阿吽の呼吸じゃな。




わしとペトラは馬車の前方。


セリンは馬車の横に布陣する。




歩くうちに血の匂いは濃くなる。


どうやら、目的地に着くまでももうひと悶着ありそうじゃわい。




「アゼルよ、お主はアリオ殿と馬車を守ることだけを考えよ」




「はい!」




よい返事じゃ。






前方に黒い影が見えてきた。


中々に大きい。


草原の真ん中に鎮座しておる。


その周囲には、馬車の残骸らしきものが散らばっておるな。




「ほう、これは大物じゃ」




「あれは・・・まさかこんな場所で・・・!」




セリンが驚いた様子でこぼす。


それが聞こえたわけでもあるまいが、影が身を起こす。




大きい。


7,8メートルはあろうかという巨人じゃ。


片手には雑な造りの大きい棍棒を持ち、もう片手には・・・馬の残骸を持っておる。


防具は腰に巻いたぼろ布以外身に着けておらん。




こちらに振り向いた顔には、中心に大きな目玉が1つ。


口元は血の色でどす黒く染まっておる。




「へえ、キュクロプスかよ、久しぶりに見たぜ」




ペトラが戦斧を構えた。




「撃ツ!!」




馬車の上からラギが矢を放った。




鋭い風切り音を伴った矢が、巨人の胴に向けて飛ぶ。




「1番、発射!!」




妙な掛け声とともに、セリンの杖の先端から青白い炎が弾丸となってそれを追う。




あれは前もって杖に魔法を閉じ込めているらしい。


そうしておけばいつでも臨機応変に魔法を放てるというわけじゃな。


ペトラ曰く、『事前詠唱』と呼ばれるそれはかなりの高度な技術らしい。


セリンの力量のほどがよくわかるというものじゃ。




「オオオオオオオン!!!」




巨人が雄たけびと同時に棍棒を振り、矢を払う。


ほう、中々機敏じゃなあ。


が、その後に続く炎が胸に着弾。


大きな爆発音とともに、ぐらりと巨人の体が揺れる。




「『地母神よ、我に力を』!!」




ペトラの周囲に出現した赤い光が、その体に纏わりつく。


さあて、わしも行くとするか。




「南雲流・・・十兵衛、参る!」




「るうううううううおおおおおおおおおっ!!!!!!」




赤光の残像を引いて疾走するペトラの後ろに付き、鯉口を斬りながら走る。




「左足をやれい!」




「よっしゃあああああああああああああ!!!」




ペトラに声をかけつつ、わしは右足の方向へ。




「ゴオオオガアアアア!?」




接近するわしらに気を取られた巨人の腹に、ラギの放った矢が鈍い音を立ててめり込む。


しかし、矢じりの半分ほどしか食い込んでおらんな。


固そうな肉じゃわい。




「ぬうううううううあああああああああっ!!!!!」




ペトラの振り上げた2本の戦斧が、続け様に振るわれる。


横からまるで竜巻のように放たれた二撃が、巨人の脛を削ぐ。


ペトラはその勢いのまま血煙の中を駆け抜け、巨人の後方へ。




「っし!!」




わしも巨人の右足に抜き打ちを叩きつける。




・・・硬い!


まるでタイヤでも斬り付けたような感触じゃ。




「ぬううあっ!!」




鍔元から剣先までを使い、体を回しながら引き斬る。




「ゴオオオ!?」




膝下を深々と斬られた巨人が悲鳴を上げる。


が、浅い。


一太刀では腱まで届かんか!




駆け抜け、振り返ると巨人はペトラの方へ狙いを定めたようじゃ。


ぬ、何故じゃ。


付けた傷はわしの方が深かったはずじゃが・・・




・・・ああ、なるほど。


奴の腰布の下を見ればようわかった。


こんな時でも『それ』を考えられるとは、なかなか大した巨人じゃの。


だが、それをさせるわけにはいかぬよ。


何よりサイズが違い過ぎるしのう。




「2番、発射!」




つまらぬことを考えていると、セリンの放った魔法がまたも巨人の胸に着弾。


今度は大きい氷の礫じゃ。


いかにも痛そうな形状をしておるわい。




「ギッガ!?」




さらに炸裂したその上からラギの矢が突き刺さる。


今度はかなり深く刺さったのう。


特別な矢なのじゃろうか。




たまらずよろめく巨人。




好機!




「ぬうっああ!!」




大地を蹴り、跳ぶ。


さて、このような高さで使うのは初めてじゃが・・・


いけるじゃろう!!




跳び上がった状態から前方宙返りの体勢に移行。




回転の勢いと体重を乗せた斬撃が、巨人の膝裏を薙ぐ。






南雲流、『拝地・転』






この感触・・・


よし、腱は斬れた。




巨人はぐらりと後方に倒れ込みかけ、無事な方の足で踏ん張る。




「今じゃ、ペトラ!」




着地しながらペトラに叫ぶ。




「るうううあああああっ!!!」




疾駆するペトラが、巨人の足を踏み台にして跳び上がる。


空中で瞬いた赤光が、回転の勢いで円状に広がった。




「きったねえモン・・・」




そのまま旋毛風のように回転した勢いごと、戦斧が唸りを上げる。




「おっ勃ててんじゃあ・・・」




空気すら焦げ付かせるようなニ連の斬撃が、巨人の下腹部に吸い込まれた。




「ねええええええええええっ!!!!!」




「ギャガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?」






おう・・・これは・・・


同じ雄としていささか同情するのう・・・






根元から斬り飛ばされた巨人の『アレ』が、どちゃりと地面に落下した。




「ギュバアアアアア・・・アアアア!!!」




股間を押さえ、泡を吹きながら巨人が仰向けに倒れる。


おう、ここまで地響きが届きよるわい。




もうあれは死に体じゃの。




細かく痙攣する巨人に近寄り、その太い首を横一文字に切り裂く。




「ガ・・・オ・・・ア・・・」




とてつもない量の鮮血を吹き出した後、しばらくもがいてから巨人は死んだ。


ううむ、成仏せいよ。


軽く手を合わせる。






「ジュウベエ様、ご無事で!」




近付いてきた馬車からアリオ殿が声をかけてくる。




「おう、ペトラのお陰で軽いもんじゃ」




「へっへー、あたいも捨てたもんじゃないだろ?」




「ああ、お主はまっこと強い。これは婿探しに苦労するわけじゃわい」




「へっへへ~・・・だろぉ?」




なにやら照れておる。


全身に返り血を浴びてクネクネされると物凄い迫力じゃな。




「いやあ、これは見事なキュクロプスですな・・・おお!雄ではありませんか!!」




馬車の窓から見下ろしていたアリオ殿がにわかに色めく。




「アゼル!!2番の保管庫を!!急ぎなさいっ!!」




「はいっ!!」




馬車から飛び降りたアゼルが、なにやら後方の荷台から箱と布を持って走ってくる。


なんじゃろうかと見ていると、なんと巨人の『アレ』を布でくるみおった。


そのまま箱に手をかざしたアゼルが何事か唱えると、布はしゅるりと箱に飲み込まれた。




アレは・・・マジッグバッグか。


明らかに大きいものが吸い込まれたぞ。




「巨人種の・・・その・・・い、いちもつ、は、強力な精力剤になり、なりますのよ?」




照れるならわざわざ説明するでない、セリンよ。




「見かけはアレだけどよ、高く売れるんだわ、アレ。巨人種の部位じゃあ目玉より高価なシロモンだぜ」




「いやあ~、ペトラ様!ありがとうございます!綺麗に切り取っていただきまして!!もちろん皆さんの依頼料に上乗せさせていただきますよ!!!」




ほくほく顔のアリオ殿である。


・・・まあ、金がもらえるのじゃから文句は言わぬが。




「アリオ殿、こいつはそんなに・・・その、効くのじゃろうか?」




「ふふふ、ご高齢の王侯貴族の方々がそれはもう欲していらっしゃいます。・・・なんでも100近い老人でも10代の頃に戻れるとか」




なんと。


まさに夢の薬ではないか。


高いわけじゃな。




「まあ、戻るのは精力だけなので、稀に突然死される方もいらっしゃいますが・・・それでも欲しいという方が大勢いらっしゃいます」




「ふうむ・・・男の夢、じゃな」




いくつになっても男は助平なものよ。




「ジュウベ、イルノカ?アレ?」




くいくいとわしの服を引っ張るラギ。




「ううむ、いらぬなあ。これ以上ともなれば相手が死んでしまうのう」




この前の一戦を思い出すわい。


少なくとも向こう40年はいらぬなあ。




「しょ!しょしょしょしょんなに、ですの!?」




「ケダモノ!ジュウベ!ケダモノ!!」




やかましいわい。


別にええじゃろ、体は若いんじゃから。




「つええやつは子供も多いからなあ・・・そっちでもつええのか、ジュウベエ」




なにやら感心したようにペトラが言う。


うーむ、ラギの教育に悪いからこの話は切り上げるとするか。


なんせまだ15じゃからな。




「・・・で、巨人は後はどこが高く売れるのじゃ」




「ジュウベエ様!『目玉』と『睾丸』をお願いします!!」




・・・聞くのではなかったのう。


許せ、脇差よ。


後でしっかり洗ってやるからのう。








「臨時収入で酒がうめえ!うめえ!!」




とうに出来上がったペトラが、焚火の前で浴びるように酒を飲んでおる。


なんじゃあの出鱈目な飲み方は。


リ・オーガとやらは肝臓が4つも5つもあるのかのう。




「飲み過ぎでしてよ、明日もあるのですからそろそろやめておきなさいな」




セリンがあきれ顔でたしなめている。






巨人を討伐した場所から歩くこと1時間ほど。


隊商の野営地に到着したわしらは、食事の準備をして休んでいる。


こうして焚火で炙る肉も乙なものじゃな。




道中で狩っておいたやたら牙の長い猪の肉を塊で焼き、表面をナイフでこそいで食う。


ううむ、野性味があってうまいわい。




「ジュウベ、焼ケタ?焼ケタ?」




仮面越しの目を輝かせながら、ラギが皿を持っている。




「ほれ、あーん」




こそいだ肉を串に刺し、ラギの方へ冗談交じりに近付ける。




「アム!」




何のためらいもなく食いおったぞこやつ。


仮面から覗いた口元は、鋭い牙と鱗こそあれ人族とそれほど違いは無いようじゃな。




「ムムム・・・ウマイ!イツモヨリ!!」




「そりゃよかったわい」




「アーン!アーン!!」




おいおいにじり寄るな。


わしが食われそうじゃ。




「しかたのない娘じゃのう・・・」




「ウマ!ウマーイ!!」




「あたいも~!あたいも~!!」




「酒臭い娘じゃのう・・・ほれほれ」




「むぐぐ・・・硬ぇな」




「それはわしの指じゃ馬鹿者」




いつの間にか寄って来たペトラの口にも放り込む。


指を噛むな指を。




「わ、わたくしも後学のため・・・」




「でかい娘じゃのう・・・」




「娘だなんてそんな・・・若いだなんてそんな・・・」




言っておらぬわい。




「仲がよろしいですなあ、皆さん」




そんなわしらを、アリオ殿が微笑ましく見つめている。


アゼルもそんな顔じゃ。




「まったく、妻もおらんのに娘ができたようなもんじゃわい」




実質的には孫かのう。


セリンは・・・ご先祖様じゃな、うむ。




『あーん!』『ああーん!』『あむーっ!!』




「お主らもか」




デカい口を開ける精霊どもに、肉を一切れずつ放り込む。




『ぞんざい!』『さべつ!』『でもうまい!!』




「精霊様ですわむぐぐぐぐぐぐー!!!」




ついでに突如興奮したセリンの口も肉で塞ぐ。




「ジュウベ!ジュウベモ!!アーン!!」




「でかいでかい、わしはワニか何かか」




きゃいきゃい騒がしい仲間たちを見ながら、苦笑いをする。




まったく・・・明日も楽しくなりそうじゃわい。

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