第18話 十兵衛、地竜を倒す。

「るううううああああああああっ!!!」




全身に浮かぶ燐光を残像とし、ペトラが一足先に地竜へ走る。


常識外の加速じゃ。




「ゴアアアアアアアアァアアアアァア!!!!!」




凄まじい咆哮と共に振り下ろされた腕に、ペトラが両手の戦斧を交差するように叩きつけた。


金属と金属がぶつかり合う反響音。


大地に足をめり込ませ、ペトラと地竜が動きを止める。




なんという膂力じゃ、驚いたのう。




「でかしたペトラ!!」




その脇を潜り抜け、伸びきった地竜の腕の下へ。




「ぬんっ!!」




加速の勢いを横方向へ転換するように、体ごと旋回しながら地竜の丸太のような腕の関節を斬りつける。


硬い・・・!、が!いける!!


刀身の半ばから先端までを余すことなく使い、引き斬る。




「おおおおあっ!!!」




通った!!


視界の隅で関節から噴出する紅い体液を確認しながら、そのまま走り抜ける。




「ギュウウウウルルウルルルルル!!!!」




地竜が身を捩る。


痛みからではない、これは・・・


また尻尾か!




各所に鋭い槍のような棘を生やした岩石の塊のような尻尾が、わしに猛然と突っ込んでくる。


同じ手は・・・食わぬ!!




「ぃいやぁっ!!!」




地面に身を屈めて構え、頭上を通過する尻尾をやり過ごしながら刀を合わせる。


ぎゃりぎゃりという感触の後、何本かの棘を根元から斬った。


あれほどの速度じゃ、合わせればわしの力は必要ない。


刃筋を立ててブレさせねば、刀が折れることもない!




「ジュウベ、ペトラ!少シ、釘付ケ、頼ム!!」




「応っ!!」




「任せときなぁっ!!」




ラギの声。


何をする気か知らんが、任せておけ。




若干距離を取り、地竜の顔に向けて棒手裏剣を放つ。


甲高い金属音と共に弾かれるが、当てさえすればよい。


しかし、なるほど土の集合体のような様相じゃな。


『地』竜と呼ばれるのもよくわかるわい。




尻尾や手足を使った攻撃を避けながら、地竜の全身を観察する。


全身が光沢のある、岩のような金属のようなもので覆われておる。


頭部に生えた一本の長大な角は、さながら一角獣のように捩じりながら伸びておるの。


関節や目、口以外はかなり硬そうじゃ。




ふむ、槍でもあれば別じゃが今の状態ではちくちく関節を攻めるしかなさそうじゃな。


突けば表皮も貫通できようが、抜けずに死太刀となればそのまま叩き潰されるのう。




「おおおおおうりゃあああああ!!!」




わしと丁度反対側におるペトラは斧であたりかまわずにぶん殴っておる。


岩のような表皮が零れ落ちているが、まだ致命傷には程遠い。


しかしまあ、随分と連撃が続くのう。


あの文様のおかげじゃろうか。




思い出したように横薙ぎで放たれる腕をいなし、肘関節を斬る。


当たれば大怪我じゃが、そんな直情的な攻めでは当たってやれぬのう。


さて、このまましのぎ続けるか。




「ジュウベ!ペトラ!逃ゲロ」




ラギが叫ぶ。


整ったか。




後方に跳び下がると同時に、地竜の足元に突如として不可思議な文様を持つ円がいくつも浮かび上がった。


魔法・・・ということはセリンか。






「・・・かくて応報の焔は敵を貫く、『空転・閃光華(リ・アークセイガ)』!!!」






微かに聞こえるセリンの詠唱と同時に、円からは青白い火柱が凄まじい勢いで噴出する。


地竜の手足を焼きながら天へ昇る5つの火柱が、空中で反転して再び地竜に着弾。


各所の装甲を赤熱させ、溶かして周囲に飛び散らせる。


・・・なんという熱波じゃ、凄い魔法じゃのう。




それを追いかけるように、ほぼ間を置かずにラギの矢が降ってくる。


魔法によって赤熱し、脆くなった地竜の表皮をいくつもの矢が貫く。


いい狙いじゃ、やるのう。




「ゴルゥアアアア!?」




さすがに地竜もこれにはたまらぬようで、地響きを立てて倒れた。


頭の位置が下がった!


好機!!




脇差を抜く。


目の前の前足を踏み台に、一足で頭部へ跳ぶ。


下からわしを見上げる大きな眼球へ向け、一直線に脇差を投擲した。




「ぬううあっ!!」




狙い通り左目に刺さった脇差の柄頭を、跳躍の勢いを乗せてそのまま足で真っ直ぐ蹴り込む。




「ギイイイイイイイイイイグウウウウウウウウ!!?!??!?」




よし、鍔元までぐっさりと刺さりよったわ!


そのまま頭部へ着地し、蜻蛉を切って地面へ。


仰け反った首の下に滑り込み、力を溜める。




「おおおっ・・・りぃぃやあっ!!!」




頭上の喉を、伸びあがりながら渾身の力で半円状に斬りつけた。


柔らかな喉元の皮に刀身が食い込み、噴出する体液を体中に浴びる。


ぬう、なんちゅう血生臭さじゃ!!




怯んでおる隙に、間合いの外へ走り抜ける。


戦斧を構えたペトラの姿が見える。


全身から血を滴らせているが、元気そうではあるな。


あの文様の効果は防御にも表れるらしいの。


あれだけの猛攻で、薄皮しか切れておらぬ。


便利なもんじゃのう、わしも使えぬかな?




「すっげえ!すっげえなジュウベエ!!」




「なんのなんの、魔法のおかげじゃよ。お主も見事じゃ」




顔を赤くして興奮するペトラに返す。


反転して地竜を見つめ、構えを取る。


あれではまだ殺し切れておらん、そんな手ごたえじゃった。


脇差の方も、あの角度では脳まで届いておるまい。




「ォググググググ・・・!!」




やはりのう、あの図体じゃ・・・しぶといわい。


さて、どうするか・・・


もう一度首を攻めるか、それともしつこく斬り付けて失血死を狙うか・・・


片目を潰した分は有利に出られるのう。


どうしてくれようか・・・




『十兵衛様、お逃げを!魔力の収束が!広域用の魔法反応です!!』




声と同時に、地竜の角の先端から大きく空間が歪む。


魔法・・・か!!




「逃げよペトラ!!」




が、早い!


歪みから何かが具現化されつつある。


間に合わん!




視線から見ても狙いはわしじゃな。


迷うことなく、前へ跳び出る。


広域用なら後ろへ逃げても助からぬし、ペトラを巻き込んでしまう。




「ジュウベエ!」




『十兵衛様!!』




間合いを詰めれば勝機はある。






遥か古より、一足一刀の間合いでの殺し合いで練り上げられた我が流派。


十全に使いこなせれば、何の恐れがあろうか。


鍛えた技と、わしの体があれば何の憂いがあろうか。






「来ぉいっ!!」




「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!」






稲妻めいた閃光が走り、魔法が顕現する。


見るからに鋭そうな大量の岩石が、一斉に大量に放たれる。


円錐状・・・いやどちらかというとドリルじゃな。


当たれば人間の体なぞいとも簡単に貫通するじゃろう。




地を這うように走りながら被弾面積を減らし、直撃しそうなもののみを優先して逸らす。


何本かが手足をかすめ、何本かが急所以外を軽く抉りながら抜けていく。


細かく小さいものは無視した。


目に当たらねばどうという事はない。


問題ない。


即死以外はかすり傷よ!




魔法の範囲から抜けた!




「グウウウウルウウウウウウウウウ!!!!!!!!!!!」




地竜がその角をわしに向かって突き立ててくる。


最後のあがきか!




「おおおおおおおおっ!!!」




角の側面に峰を添え、火花を散らしながら一直線に頭部まで駆ける。




「ぬうう・・・おおおっ!!!」




渾身の力と体捌きで角を下方向に反らす。


わしに向かう速度はそのまま、頭部が狙える高さに落ちてくる。


そこにある1つ残った無事な方の眼球めがけ、大地を踏み割る勢いで加速させた突きを入れる。




「はぁあっ!!!!!!」






南雲流、奥伝の二『瞬またたき』




相手の速度と自身の速度を用いて、最速の突きを入れる技。






「ゴオオッ!ガアッ!アッ・・・!?」




わしの踏み込みと、地竜自身の体重と速度。


それらを利用した一撃は、鍔元まで地竜の眼球にめり込む。


角度も問題ない。


愛刀は2尺8寸・・・脳まで届いたであろう。




「ぐうっ!?」




止まらぬ地竜の勢いに手首がもげそうじゃ!


人間相手ならともかく、こいつはちと重すぎるわい!




両足で飛び上がって頭部を蹴り、ずるりと血塗れの愛刀を引き抜く。


もちろん、引き抜く時には刀を横に捻り傷をさらに大きくする。




そのまま勢いに逆らわず後方に半ば飛ばされ、背中から地面に落ちる勢いを使って何度か後転。


勢いを殺しつつ、背中のバネを使って宙返り。


着地した後、正眼に構え直す。




「ゴ・・・ガ・・・・」




よろりと天を仰いだ地竜が、両目と口元から鮮血を噴射しつつ地響きを立てて倒れ込む。


残心はまだ崩さない。




『十兵衛様、もう死にました』




溢れ出た鮮血が大地を染め、口元からはだらりと舌が垂れている。


弛緩した手足は投げ出され、奴の死を如実に表している。






しばらく後に血振りをして納刀し、溜めていた息を吐く。




「よい・・・戦いであった」




わしの技が竜にも通じた・・・これほど嬉しいことはない。






「ジュウベエーッ!!」




ペトラが駆け寄ってくる。


後ろからはラギの姿も見える。


セリンは・・・へたり込んでおるな、あの大規模な魔法のせいか。




「おう、まっことよい戦いであったわ」




「ばっバッカ野郎!!お前それ、えらいことになってんぞ!体!!」




「ぬ?」




「ジュウベ!ジュウベ!!動クナ!!治療、治療スル!!」




『はりねずみー』『とげとげー』『だいじょぶ?』




確かに先ほどの魔法を全身に食らったが、すべて急所は外れておる。


突き刺さっておるものも、鋭いばかりで小さなものだけじゃ。


・・・しかし、この世界にも針鼠がおるのか。




「なんじゃ、このくらい」




頬に突き刺さっていた棘をぶちぶちと引き抜く。


ぬ、存外に痛いのう。


・・・ほほう、釣り針のように『返し』が付いておるのか。


なるほどのう。




「アアアッダメ!ジュウベ!メッ!!」




「あああやめろってもう!とりあえず座れ、な?」




『いけません!お座りになってください十兵衛様!!!』




・・・心配性じゃのう皆。






「一旦街まで戻りますわ」




あれよあれよという間に上半身を丸裸にされ、ラギとペトラによって布でグルグル巻きにされたわしにセリンが言う。


若干体調が悪そうじゃ、まだ顔が青い。


立とうとするとラギが威嚇してくるので、わしは地面に胡坐をかいている。




「ぬ、これは大した傷ではないから気にせんでも・・・」




「グルウウウウウゥゥ!!!」




ラギがまた威嚇しよる。


肩まで掴みおって、意地でも動かさぬ気じゃの・・・


わかったわかった・・・




「いえ、地竜まで出現したとあっては正式に報告する必要がありますの。それも一刻も早く」




ふむ。


たしかに中々の難敵ではあったが・・・




「あのよジュウベエ、『竜』種が出たら国に報告する義務があんだよ」




記憶がねえって大変だなあ、などと言いつつペトラが教えてくれた。


ふむ、なるほどのう。


そんな決まりごとがあるのか。




「竜種ってのは強い上に群れで動くからなあ・・・一介の傭兵じゃ無理だぜ」




「なに!?まだ近くに竜がおるのか!?」




「なんでちょっと嬉しそうなんだよお前!?」




苦笑いしながらセリンが話しかけてくる。




「群れとは言っても1体1体の縄張りは広いので、すぐに遭遇というわけにはいきませんわ」




なんじゃ、つまらんのう。




「だいたいよぉ、もう1体出てきたらどうすんだよジュウベエ・・・お前が強いのはよぉくわかったけどさあ」




「ははは、両目も無事じゃし致命傷もない・・・同じ相手ならなんとでもなるわい。お主らもおるしのう」




「ダメ!ダメ!!」




ラギがことのほか興奮しておる。


そんなにひどい傷かのう・・・?






「とーにーかーく、戻りますわ!これは決定事項!依頼主の命令ですことよ!」




むう、そう言われては仕方がないのう・・・


まあ・・・中々に満足できたことじゃし、良しとするかの。






「ジュウベ、ジュウベ、大丈夫カ!?」




「大丈夫じゃよ」




徒歩で来たので徒歩で帰るしかないのじゃが、ラギが心配そうに後ろから声をかけてくる。


むしろこの巻かれた布のせいで歩きにくいのじゃが・・・さすがにそれは言えんのう。


腕や足に地竜が放った棘が無数に突き立ち、血のにじむ包帯が風に揺れておる。


・・・見た目だけは重傷患者じゃがのう。




「オンブ、スルカ?」




やめてくれい。


前の世界も入れれば孫のような年齢の娘に、そんなことをさせられぬわ。




「いやいや、無理だろラギ。おぶったらジュウベエに棘が食い込むぜ?」




「わし、これ抜きたいんじゃが・・・」




「ダメ!街マデ行ク!」




これじゃ。


いや・・・これ全部急所外れておるし、毒も無いようじゃし・・・


むしろこの状態が恥ずかしいんじゃよ・・・




「面目ありませんわ・・・私が医療魔法を使えれば・・・」




「よいよい、おぬしは攻撃魔法だけでよいぞ」




流れ弾で落ち込むセリンをなだめながら歩く。




「ジュウベ、剣、持トウカ?」




「よいよい、気にするでないラギよ」




面倒見の良いおなごじゃのう、ラギは。


いい嫁さんになれそうじゃわい。




『よっほ!』『ばらんすー』『うまいうまい』




左肩に突き刺さった棘の上で器用にバランスをとる精霊。


こやつらは気にしなさすぎじゃな・・・




『 あ な た た ち !』




『ぴゃ!』『あねさま!』『ごめんなしあ!』




と思っておったら、何かに摘まみ上げられたように上空へ弾き飛ばされおった。




「(前から聞こうと思っておったが・・・お主はなんぞ?)」




『私は、この子たちの姉のようなものです』




ふむ、精霊の上位種か・・・




「(しかし、お主は何故わしに・・・)」




『ああっ!今回はこれで失礼致します!』




・・・また聞けなんだ。


せわしない事よのう・・・




特に知りたいわけでもないが、せめて名前くらいは教えてほしいもんじゃ。






「ジュウベ、ジュウベ、水飲ムカ?」




「・・・お主は良い娘じゃのう、ラギ」




「・・・照レル!」




とにかく、早く街まで帰りたいのう・・・

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