第17話 十兵衛、地竜と出くわす

「おおおっ!!」




「ギグ!?」




相手の攻撃を躱しつつ、真一文字に刀を振るう。


胴体と別れたゴブリンの頭が、ごとりと大地に落ちた。




「ふう、これで仕舞かの」




血振りをし、納刀。


あたりを見回せば、そこかしこにゴブリンの死体がある。


剣で裂かれたもの、斧で叩き潰されたもの、矢で貫かれたもの、そして・・・




「ほほほほ!薄汚いゴブリンは灰ですわ!灰燼と化しますわぁ!!」




とてつもない高温で焙られて灰になったもの。






ここは、荒野に入って1時間ほど歩いたあたり。


初めは魔物の影も形もなかったが、ここへ来て急にゴブリンの集団に襲われた。


まあ、数は多少多いがゴブリンである。


長もおらなんだし。


わしらの敵ではない。




「セリンよ、やはりこのゴブリンたちも・・・?」




「ええ、ここらに元々いない種類の魔物ですわ」




ふむ、やはり分布がおかしくなっておるのか・・・




「どうやら巣も近くにねえな、こりゃあ縄張りから追われてきやがったな・・・」




半ば以上ひしゃげたゴブリンの頭から、斧を引き抜きながらペトラが言う。




「・・・ミンナ痩セテル、タブン、ソウ」




矢を回収しつつ、ラギも同じようなことを言う。




「とりあえず、今日のところはゴブリンの足跡を遡ってみるとしましょう・・・追われた原因がいるかもしれませんわ」




ということは、そいつはゴブリンより強いという事か。


それなら大歓迎じゃわい。




『じゅうべー、こわい』『かおこわい』『こわっ』




「精霊様のお声が聞こえましたわぁ!!!!!」




『こわえるふ!!!』『もっとこわい!!』




一斉にわしの懐に飛び込む精霊ども。


こそばいからやめぬか。




「ははは!ジュウベエはほんと、精霊に好かれてんだな!」




「我、ハッキリ見エナイ・・・羨マシイ」






わしが精霊にやたら好かれる・・・ということは、先ほどまでの移動中に2人にも話しておいた。


若干(実はほとんどじゃが)言葉が通じるということも。


ペトラの口が堅いことはセリンが太鼓判を押してくれたし、ラギもおいそれと秘密を話すような性格ではなさそうじゃったしのう。


これから6日は行動する仲間なんじゃ、隠し事は極力しないでおきたい。




わしの身の上についても、エーテル渦に巻き込まれて記憶喪失になった・・・というところまでは話してある。


ラギがやたらと心配してくれたのう。


優しいおと・・・おなごなんじゃな。






その後も2度ほど小規模なゴブリンの群れと遭遇し、撃退した。


討伐報酬が楽しみじゃわい。




一息ついたので、適当な岩の影で昼食にすることにした。


ここいらは大岩がごろごろしておって日陰には困らぬのう。




「十中八九、この先に何か強い魔物がいますわね・・・初日から大当たりですわ!」




柔らかいパンを嚙み千切りながらセリンが言う。


うまい、以前の保存食とは全く違うのう。


マジックバッグは内部で時間が止まってるらしいから、こういう食事ができるのはありがたい。


いつかわしも手に入れたいものじゃ。




「ワクワクしてきやがったなあ・・・」




「心が躍るわい・・・」




「2人トモ、勇壮・・・尊敬!」




「真似しては早死にしますわよ、ラギ」




人を死にたがりみたいに言わんでくれるかのう・・・


わしはあくまで強いものと戦いたいだけであって・・・ぬ?




岩の影からウサギが顔を出しておる。


こんな荒野にウサギがおるとは・・・なかなか可愛いらしいのう。




「・・・っ!?ジュウベ!!」




「ぬおう!?」




何かの気配に合わせ、咄嗟に脇差を抜いて合わせる。


なんじゃこれは・・・!?


鎌の刃か?


どこから飛んできた!?近くにはウサギしか・・・


・・・あのウサギ、なにかこう・・・大きくないか?


まさか・・・




「首狩りウサギですわぁ!?」




その声に誘われたか、陰からやたらデカいウサギが何体か飛び出してきた。




なんじゃと!?


頭の大きさはウサギじゃが、首から下は人間大のウサギじゃ!気持ちが悪い!!




「キュウ!」




ウサギが一声鳴くと、周囲の空間が歪む。


・・・先ほど放ってきたのはこれか!?


横っ飛びに避けると、先ほどまでいたところにガスガスと刃が突き立つ。


魔物も魔法を使うのか!?




「ぬうっ!」




低い姿勢で跳びつつ、脇差を正面へ投げる。




「キャ!?」




正面のウサギの首に脇差が刺さった。


そのまま刀を抜き、横の1体に斬りつける。




「はぁっ!」




するりと肉に刃が入り、首を斬り飛ばす。


こやつら、肉は固くないらしいのう!いける!




「キュウウウウア!!!」




わしに殺到する刃を弾く。


籠手に触れただけで裂けた!?


・・・なるほど、『首狩り』と言われるだけあって切れ味は抜群なようじゃな!




「『地母神よ!我に力を!!』」




どん、という轟音とともに、ペトラが凄まじい速度でウサギの群れに突っ込む。


明滅する光が刺青のようにその体を覆っている。


・・・魔法か!?




「るううおおおおおおおおおおおおおああぁッ!」




両手の戦斧が赤い閃光を虚空に描き、衝撃波とともにバラバラになったウサギの破片をあたりにばらまく。


なにか、力の底上げのような魔法じゃな。


凄まじい威力じゃ。




「ジュウベ、遠クハ任セロ!!」




速射される矢が、1体また1体とウサギに突き刺さっていく。




『光弾よ!(ス・フェイラ)』




セリンが杖を振ると、その軌道から揺らぎが生まれ、拳大の光弾がウサギに殺到する。




後方は大丈夫じゃな、わしも行くぞ!!




「あああああああっ!!」




低い姿勢で走り出す。


被弾しそうな刃だけを弾き、ペトラのものとは別の群れに肉薄する。


転びそうなほどの角度。


前方に体が倒れこむ力を推進力にして、さらに前へ、前へ。




集団の中に飛び込む。


こうまで近づけば、魔法は使えまい!




「ぬうっ!!」




左右に見えるウサギの足。


それらをひたすらに斬りつける。




「ギ!?」「ガ!?」「ギュ!?」




斬り、次へ。


止まらぬように前へ。




南雲流歩法、『転ころび』




地面すれすれは狙いにくかろうよ!




集団を抜ける・・・と見せかけて右に跳ぶ。


着地の瞬間に体重移動、また集団へ。


無事な奴らをもう一度狩る。


足を殺せば、後は消化試合じゃ。






「せっ・・・あぁっ!!」




最後の一匹の首を撥ねる。


こちらはここで仕舞か。


他は・・・




「ウウウウウウウウウウウウウウウウアアアアアアアアアア!!!!!!」




ペトラの方はもう終わるのう。


なんとも、挽肉の様相じゃな、あちらは。


凄まじいものよ。


助けは必要ないか。




セリンたちは・・・




「ほほほ!ほーっほっほっほ!!鎧袖一触ですわぁ!」




「セリン!後ロ!!」




いかん!セリンが完全に我を忘れておる!


なんじゃあの状態は!?




『まりょくよい!』『ふらふらー!』『やばえるふ!!』




魔力酔い・・・?


よくわからんが、通常の状態ではないようじゃな!




「ラギ!道を開けよ!!」




ウサギの喉から抜いた脇差を放り投げ、空中で蹴り飛ばす。




「はぁっ!!」




飛べ、『飛燕』!!


陽光を反射しながら一直線に飛んだ脇差が、セリン後方のウサギの脳天を貫いた。




そのまま走り、セリンの後方へ。




「ジュウベ!」




「後ろは任せろ!」




脇差が突き立ち、ぐらりと後方へ倒れこむウサギを足掛かりにする。


そのまま腹を蹴飛ばし、跳躍する。




「おおおおおああああああっ!!!!」




そのまま飛び降りながら、最後に残った一匹をそのまま唐竹割に断ち切った。








「め・・・面目ありませんわ・・・」




敷物の上に横たわったセリンが力なく呟く。


魔力酔いとは、一気に魔法を使い過ぎたときに起こる二日酔いのような現象らしい。




「ちょ、調子に乗りすぎましたわ・・・こんな、若いエルフみたいなこと・・・」




「よいよい、お主は護衛対象じゃ。気にせんでもいい・・・休め休め」




「我、悔シイ・・・」




ラギまで落ち込んでおるわい。




「お主も気にするなラギ、誰も死んでおらんのじゃ」




わしより若干高い位置にある頭を撫でる。




「ム・・・!我、子供、違ウ!」




「はっはっは!そう言ううちはまだ子供よ」




足元では尻尾がビタビタ暴れておる。


これは嬉しいのか・・・恥ずかしいのか?




「おーい!手伝ってくれよォジュウベエ!!」




ウサギのもも肉を掲げながらペトラが声をかけてくる。




「こいつは美味いし高く売れるんだぜーっ!」




む、確かに美味かったのう。


マジックバッグがあればいくらでも保存できるし、手伝うとするか。


ついでにここで食事の続きも済ませてしまおうかのう。






脇差を使って切り分けた肉をせっせと運び、適当なところへ積み上げた。


セリンが本調子になったらバッグに収納してもらおう。




火を熾し、木の枝に突き刺したもも肉を焙っていく。


味付けは塩と香辛料のみ。


まあ、香辛料があるだけましじゃろう。




「ジュウベエは料理もできるんだな!」




「スゴイ!」




「おぬしら・・・これを料理と呼んだら世界中の料理人に殺されるぞ・・・」




調子が戻ってきたセリンを加え、車座になって肉を貪る。


うむ、新鮮じゃからうまいのう!




「いっくらでも食えるぜ!こういう敵ならまた来てくれねえかな!」




「美味イ!美味イ!」




「店のものより新鮮ですから止まりませんわぁ!」




・・・これは、果たして売りに回す分が残るかの・・・?






結局、ほとんど残らなかった。


皆よく食うわい・・・




食事が終わり、わしらはまた歩き出した。


夕方近くまで歩いて、そこで野営の陣を張るらしい。




「首狩りウサギがあれほど大量に・・・これはいよいよきな臭くなってきましたわ」




「荒野にはいねえ魔物だからなあ・・・」




「ふむ、元々の住処はどこなのじゃ?」




「ココカラ北、『アヴェノ樹林』ダ。カナリ遠イ、歩イテ3日」




・・・そんなに距離が離れておるのか。


よほどの『怖い』敵が出てきたのか。




「ウサギはあの樹林でも下から数えた方がいいくらいの強さだからなあ・・・まだまだ上の魔物が荒野まで出張って来てるだろうよ」




なんと、あれで弱い方とな。


・・・それは楽しみじゃ。


とても、楽しみじゃ。




「(ジュウベ、カッコイイ顔。爺様ソックリ)」




「(どちらかと言うと凄まじい顔ですわぁ・・・)」




歩きながら、刀身の歪みを確かめる。


脇差も同じように。


さすがはリトス様のご加護、なんともないわい。


それどころか、以前よりも輝きが凄みを帯びているように感じる。




「前から思ってたけどよ、ジュウベエの剣って綺麗だよなあ・・・なあなあ、よく見せてくれよ」




横から覗き込んできたペトラが目をキラキラさせて言う。




「鍛錬方法がここらの国のものと違うんですのね・・・?それに何か神聖な気配もしますわ・・・」




「綺麗。怖イクライ綺麗・・・」






『十兵衛様!前方です!!来ます!!!』






いつぞやの女の声。




「散らばれ!前から何か来よるぞぉ!!」




刀を抜き、編み笠を脱ぎ捨てる。




わしの声に呼応し、それぞれが前衛後衛に散る。


判断が早いのう、やりやすいわ。




しかし言ったはいいが・・・前には荒野があるばかりじゃ。


どこからくる・・・?




足元に微かな振動。


ぬ、前方の地面が何か・・・?




『十兵衛様、下・・・』




「下から来るぞ!用心せいっ!!」




一瞬空間に何かの揺らぎ。


それと同時に、わしの前方の地面に一斉にヒビが入った。




何か尖ったものが、凄まじい勢いで地面を割る。


あれは・・・角か!!




刀を抜いたまま飛び下がり、構える。




見る見るうちに大地は割れ、巨大な影が土埃をまき散らしながら地面に出てくる。


・・・大きい!5メートルはあるぞ!






「グリュオオオオオオオオオオオオオオン!!!」






もうもうと立ち込める土煙の中に、逆光の形で姿が映る。


こいつは・・・デカい蜥蜴か!?




「なっ・・・なんっ・・・なんですのっ!?」




「おいおいおい、ありゃあ・・・!!『地母神の加護を』・・・!」




ペトラがわしの横で戦斧を勢いよく抜きながら、先程のように何事かを唱える。


すぐに全身に光る文様が浮き出る。






「ジュウベ、コイツ、地竜!!!」






ラギの声が聞こえると同時に、土煙の中から長くて黒いものがしなりながら飛び出してくる。




「ぬうあっ!!」




斬撃を合わせる。




「ぐっ・・!?」




分厚い金属に斬りつけたような甲高い音が響き、刀が弾かれる。


堅い!が、少しは斬り込んだぞ!!


咄嗟に迫る何かを蹴りつけ、その勢いで後ろへ飛ぶ。




着地し、構え直す。


・・・さっきのはどうやら尻尾のようじゃ。




「おうおう・・・元気じゃのう」




「グルウウウウウウウウ・・・・」




煙から全身を現したそいつ・・・たしか『地竜』といったか。


全身が岩で覆われた、巨大な蜥蜴のようじゃ。


四つ足で大地を踏みしめ、わしの方を睨んでおる。


・・・尻尾を少し欠けさせられたのが気に入らんのかの?




「南雲流・・・十兵衛、参る!!」




「ゴオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」




わしは、大地を蹴って走り出した。

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