第22話 十兵衛、手打ちにする。
「う、うわああああああっ!!」
まだ若い私兵が、剣を振り上げて走ってくる。
こやつ、まともに命を取り合ったことがないな。
「ぎゃっ!?」
するりと近付き、胴を払う。
私兵は地面にはらわたをばら撒いて死んだ。
ふん、つまらぬ。
現在、わしとバッフ殿は横並びになっておる。
前方に私兵の集団がおるが、あちらの腰の方が引けておるのう。
周囲に散らばった人体の破片や死体が原因じゃろうな。
初めは20人以上おった私兵も、今は14人ほどに数を減らしておる。
ろくに連携もせず1人ずつ突っ込んでくるからじゃ。
阿呆かこ奴ら。
「何をしておる!かかれ!かかれぇっ!!」
私兵の最後尾から、ラーラの声が聞こえる。
情けない・・・おとなしく震えておる方が可愛げがあるわい。
自分にできぬことを他人にやらせるな。
「俺にも回してもらうぜ、ジュウベエよ」
ずい、とバッフ殿が進み出る。
「書類仕事ばっかりで、体が鈍っててなあ・・・立場上おめえの後見人だし、それなりの働きはしねえとよ」
こやつ、それにかこつけて暴れる気じゃな。
まあ、よいわ。
二つ名持ちの戦いぶり、しかと見せてもらおうかの。
「そらそら、早く来なよ。てめえら私兵は戦うのが仕事だろ?ご主人様の命令が出てるぞ?」
煽りながらその長大な戦斧を、刃先が見えぬほどの速度でぶん回しながら近付いていく。
まるで小さな台風じゃな。
「おのれえっ!馬鹿にしおって下郎めが!」
「くたばれえ!!」
槍を持った2人の私兵が、息を合わせて同時に突きかかる。
ふむ、まあ最低限の連携はできておるのう。
その瞬間。
ぼ、という音がしたかと思うと、槍の中ほどまでが消滅する。
・・・なんと、速い振りじゃ。
「えっ」「あっ」
消えた槍を見たその間抜けな声が、私兵どもの最期であった。
「フンッ!!!」
戦斧が再び消えた。
ばちゅん、という何とも言えぬ音。
私兵2人が細かい肉片のみを残し、血煙となって消えた。
「ひ、ひあああああ!?」「わああああああ!?」「ああああっああああああ!!!」
その破片や血しぶきを、もろに浴びる形になった後ろの私兵がわめく。
もはや戦意は無いに等しい。
・・・かろうじて視線で追えたが、三・・・いや四回振ったな、あの戦斧を。
恐るべき速度と精度じゃ。
あれをまともに喰らえば、人間なぞ骨すら残らんじゃろうて。
以前戦った地竜も、あれなら一撃で腕くらい飛ばせるじゃろう。
二つ名持ち・・・なるほど、大した化け物よ。
・・・ぞくぞくするわい。
「うわあああ!死ね!死ねえええ!!」
バッフ殿よりわしの方がまだ勝ち目があると思ったのか、私兵の何人かがこちらへ。
ほう・・・そちらから来てくれるとは、ありがたい。
手間が省けるのう。
「がぼ!?」
まず、先頭の私兵の突きをいなして喉を掠めるように突く。
鮮血をほとばしらせるそいつに蹴りを入れ、後ろに倒すと同時に斜め前に跳ぶ。
「わっわああ!?」
死にかけの仲間にのしかかられ、慌てるそいつに向け小柄を投げる。
小柄が正確に右目を貫き、仰け反りながら倒れる。
「っしぃ!!」
別の私兵の手首を下段から斬りつけ、剣を浮かせる。
「ひいあっあああああ!?」
零れ落ちる剣を刀で引っ掛け、空中で半回転させ柄を蹴り飛ばしてそのまま腹を貫く。
手応えがないのう・・・まったく。
「このおっ!」
槍を大きく振り上げる私兵の懐に飛び込み、脇構えのまま柄頭を鳩尾に突き入れる。
この距離で振り上げてどうする、馬鹿者が。
「ごは!?」
跳び下がりながら刃を斬り上げ、下から喉を斬る。
笛のような音を喉から出し始める私兵をそのままに、最後に残った私兵に向かう。
「おのれっ・・・!おのれええええ!!」
ほう、こやつは多少腕に覚えがあるようじゃ。
突くのではなく、槍を細かく振って間合いを維持しようと立ち回る。
・・・が、まあ、アゼル以下じゃな。
足を踏み外したようにわざとたたらを踏むと、これ幸いと突きを入れてきた。
体をずらしつつ、通過した槍を右手で抱え込む。
「ぬあっ!?放せ、はなぜっ!?」
左手に持った刀を振り、喉を真一文字に切り裂いた。
ごぽごぽと血を漏らしながら、私兵は前のめりに倒れた。
さて、残りはどうなっておるかの。
「どうしたあ!?もう終わりかよ、オイ!!」
返り血に塗れたバッフ殿が戦斧を勢いよく回す。
斧に付着したあれやこれやが、円状にびしゃりと地面に模様を作った。
・・・駄目じゃな、あちら側の私兵は完全に戦意を失っておる。
残りの私兵は6人、もう勝負は見えたのう。
「何を、何をしておるか!行け!行かぬかっ!!」
きいきいと声を張り上げるラーラのみが元気じゃのう。
「おうい!腰抜けの小娘え!!」
声をかけながら十字手裏剣を放つ。
「なんだと貴様あああああ!?いいいいいいいい!?」
わしに文句を言おうとこちらを向いたラーラの肩口に、手裏剣がざくりと突き立つ。
あそこなら死にはせんじゃろう、貴族ならば治療もすぐに受けられるじゃろうし。
肩を押さえながら痛い痛いとわめくラーラに、私兵がおろおろと声をかけている。
なんじゃ、前に戦った時にはもう少し根性があるかと思っておったが・・・
あの時は仲間が周囲におって気が大きくなっていたのかもしれんな。
それとも鎧に何か魔法でもかかっておったのか。
「あーあ、興覚めだぜ。てんで手応えがねえや」
バッフ殿が戦斧を虚空へ収納し、つまらなそうにこちらへ帰ってきた。
「主戦級の私兵じゃねえや、あいつら。見習いか、あの妹が顔だけで選んだヘッポコだろうぜ」
「ほう、そうなのか?」
「いくらなんでも弱すぎる、これじゃあっという間に戦に負けちまうだろうが」
ふむ、言われてみればその通りじゃな。
連携もまるで取れておらんかったしのう。
「さーて、俺の予想じゃそろそろ動きがありそうなもんだが・・・」
そう言うバッフ殿に目をやっていると、不意に別方向からの殺気に気付く。
振り向くと、ロアールが剣を支えに立ち上がりかけていた。
ほう、もう気が付いたかあやつ。
ぬ?何やら違和感が・・・
剣に身を預けながらこちらを睨みつけるロアール。
・・・口の傷が治っておる!
魔法か魔法具か知らぬが、あれではまた呪文を唱えられてしまうのう。
それを見るや否や、わしは猛然と走り出す。
もう少し強めに殴っておけばよかったわい!
殺さぬ手加減というのも、難しいものじゃのう!
魔法がある分、前の世界よりも厄介じゃ!
「薄汚い・・・傭兵、風情が・・・調子に・・・乗るなァ!!!」
血走った眼をこちらへ向け、剣がゆっくりと輝き始めるのが見える。
まだ間合いは遠い・・・仕方あるまい、被弾覚悟で奴の腕を斬り落とすとするか!
「『舞え、焔』ァアァアアアアアア!!!」
先程までとは違い、帯ではなく竜巻が一筋、ごうごうと音を立てて剣から伸びてくる。
ほう、これは・・・なかなか手こずりそうじゃ。
どう近付くかの。
あんなもの、炎さえなければただの長い刀身なのじゃが・・・
『きれるよ』『きれる』『できるよ』
ふと、耳元で精霊どもの声が聞こえた。
こやつら、いつの間に。
『やっちゃえ』『ずばっと!』『あのけん、きらーい!』
唸りを上げる炎が、わしに向けて振り下ろされる。
ええい、ままよ!どうせ被弾覚悟じゃ!!
精霊ども、間違っておったら後で文句の一つでも言わせてもらうぞ!!
「ぬうううあっ!!!」
目の前の火柱へ向け、下段から愛刀を叩きつけた。
「なっ・・・なに、なにいいいいいい!?」
ロアールが驚愕の叫び声を上げた。
ほう、なんとも不思議な感覚じゃな。
刀は伸びる炎と、紫電を散らしながら斬り結んでいる。
まるで、普通に受け太刀をした時のようじゃ。
炎の熱は感じるが、これはいったい・・・どうしたことじゃ?
『いそいでー』『まりょく、つかうから』『じかん、ないー』
精霊どもの声に我に返る。
・・・確かに、言われてみれば不思議な疲れがある。
まるで何かが、少しずつ体を通して剣先から抜けていくような感覚。
これが魔力かのう?
「ぬんっ!!!」
そのまま刀を跳ね上げ、さらに走る。
「馬鹿な、馬鹿な!『散れ、焔』ァ!!!!」
竜巻は空中で消え失せ、今度は散弾の炎が迫る。
「っし!!」
わしに直撃する軌道を描く塊を、走りながら横一文字に斬る。
炎に切れ目が走り、一瞬の後に空間に溶けるように消えた。
また少しの疲れ。
どうやら、魔法を斬るたびに魔力を消費するらしいのう。
『いけー!』『けん、こわして!』『かわいそうだから、こわして!!』
精霊どもの懇願を聞きながら、再び間合いに入る。
「お、おのれええええええ!!!」
「いいいやあぁっ!!!!!」
ロアールの振り下ろしを迎え撃つように、走り込んだ勢いのまま、裂帛の気合を込めて下段から斬撃を放つ。
きぃん、と金属音。
ロアールの剣は、根本から折れた。
「あ、ああ・・・嘘だ、嘘だぁ・・・」
絶望に満ちた声を出すロアールの目の前で、折れた刀身に空中でヒビが入る。
そのまま、内側からはじけるように剣は細かい金属片となって空中に散る。
一瞬遅れて、目がくらむような赤い閃光。
『ぷっはー!』
赤い小人・・・炎の精霊がそこにおった。
あの剣には、精霊を封じ込めておったのか・・・
『よかったねー』『ねー!』『わーい!』
風と炎の精霊がわちゃわちゃとじゃれ合っておる。
こやつら、それで壊せ壊せと言っておったのか。
『ありがとぉ、くるしかったあ、またねー』
炎の精霊が、わしの頬に顔をこすりつけて空気に溶けるように消えていく。
ふむ、知らぬ間に人・・・いや精霊助けをしたようじゃのう。
「剣が・・・剣が・・・」
先程までとは別人のようにしょぼくれたロアールが、地面にぺたりと座り込んでいる。
なんじゃ、剣が駄目なら拳で来ぬか。
情けない男よ。
「おい、勝負はわしの勝ちでいいか、小僧」
声をかけるとよろよろとこちらを向くロアール。
「・・・き、貴様の剣を、寄越せ」
「・・・なんじゃと?」
いきなり何をほざくんじゃ、こいつは。
やおら立ち上がったロアールが、わしに向けて怒鳴る。
「焔鶯剣を砕くその魔法剣、貴様の・・・貴様のような平民が持っていてよいものではない!!寄越せっ!!それで、この度のことは不問にしてやる!!!」
・・・なんという、阿呆か。
魔法剣?この刀が?
馬鹿な。
正真正銘、これはわが愛刀。
世界を越えて共に来た、数少ない我が相棒よ。
貴様のような小僧に渡せるものか。
・・・先程の現象は、さすがに不可思議じゃが。
「戯けが。断る、寝言は寝て言え」
「はなから貴様に断る権利なごぼおおおおおおおおお!?」
さらに言いつのろうとしたロアールが、『く』の字に折れ曲がって後ろへ吹き飛ぶ。
いつの間にかわしの横に来ておったバッフ殿が、蹴りをぶち込んだようじゃ。
その証拠に、ロアールの鎧にはくっきりと足形がめり込んでついておる。
「てめえ!!!この野郎!!!!!」
どすどすと足音を響かせ、ロアールの前まで歩いたバッフ殿がその首元を掴んで軽々と持ち上げる。
・・・何じゃろう、かなり怒っておるようじゃ。
先程までの様子とは違うのう。
「どこだ!!どこで手に入れた!?『
言うなり、上空へ放り投げたロアールが落下するのに合わせ、またも蹴りをぶち込む。
反吐をまき散らしながら、ロアールが地面をゴロゴロと転がる。
今度は下腹部じゃ。
・・・痛いぞ、あれは。
そういえば精霊機、とか言うておったな。
久しぶりに脳内の知識に頼るとするか。
・精霊機
生きた精霊を禁術を用いて器物に封じたもの。
無制限に魔法を行使できるが、存在自体が禁忌の呪物。
・・・ふむ、これかのう。
知識でまで念を押されるような代物じゃ。
ご禁制の品物じゃろうな。
「わかってんのかてめえ!?重大な協定違反だぞ!!死にたくなけりゃ、とっとと吐け!!!」
「あうう・・・しら、知らぬ・・・」
「知らねえで済んだら精霊王はいらねえんだよ馬鹿野郎!!吐け!!吐きやがれ!!!」
もはや半死半生のロアールを、がくがくと揺さぶりながら叫ぶバッフ殿。
協定が何なのかは知らぬが、冗談で済ませれるようなものではないのじゃろう。
最低限の敬語すら忘れるほどに。
先程の戦斧を出しておらぬだけ、まだ良心的じゃな。
「のう、そろそろよいのではありませぬか?」
「お気づきでございましたか・・・」
「くく、一部だけ綺麗に気配が消えておれば、かえって不自然でござるよ」
後ろへ声をかけると、グスタフが庭木の影から姿を見せる。
その後方からは、先程の私兵どもとは比べ物にならぬほど連携の取れた一団が。
庭師の格好をしておるが・・・あんな庭師がおるかよ。
「おうおう、良い手練れじゃのう・・・今度はあちらが相手、ですかな」
「お戯れを・・・あなたが相手なら、むざむざ数を見せたりしませぬよ」
ふふ、振られてしもうたわ。
「おうい!バッフ殿!ここらで手打ちじゃと!!」
ぼろ雑巾のようになったロアールを締め上げていたバッフ殿が、こちらを振り向く。
その場にどちゃりとそれを放り出し、ぶつくさ言いながらこちらへ歩いて来た。
「けっ!時間切れかよ・・・グスタフ殿、それでは精霊機の件は・・・」
「・・・当方で必ず処理いたします。精霊教への報告も、必ず」
「頼みますよ、街ごと潰されかねませんからね」
ふむ、精霊機と言うものはとんでもない禁忌らしいの。
精霊教、というのも気になるが、ここで口を出す方が藪蛇になりそうじゃ。
ざっと確認したが、脳内の知識にそれらしいものは・・・あったな。
後で暇になったら確認しておこうか。
庭師の格好をした者共が、死体を黙々と片付けていく。
それが終わったころ、屋敷の方から3人の人影が歩いて来た。
1人は、以前見た貴族・・・国軍の一隊を率いておったノルトハウゼン卿。
ほう、来ておったのか。
2人目は、それと同年代の貴族。
・・・見た目からして現当主じゃろう。
目鼻立ちがロアールによく似ておるわ。
そして3人目は・・・かなりの年寄じゃな。
80かそれくらいに見える。
杖を持っているが、その歩みは矍鑠としており、よどみはない。
・・・先代当主、かの。
3人はわしらの前まで真っ直ぐ歩いてくる。
倒れているロアールと、私兵に手当されて震えておるラーラを一瞥もせずに。
わしは片膝を立てて跪き、大刀を鞘ごと腰から抜いて体の右側に置いた。
左に置いて、害意ありとみなされても面倒くさいしの。
以前のように視線は相手の足元に固定し、言葉をかけられるまで待つ。
「確か、ジュウベエと言ったな」
声がかかる。
ノルトハウゼン卿の、錆を含んだ重い声じゃ。
「はっ!その節はお世話になり申した」
「ふむ・・・立て、帯刀も許す。・・・よろしいかなお二方」
「御意に御座います」
「ご随意に」
どうやら、ノルトハウゼン卿はここの当主たちよりも格上らしいの。
まあ、国軍の将と臣下の関係ゆえ、そうじゃとは思うておったが。
大刀を腰に差し、立ち上がる。
ふむ、ノルトハウゼン卿はもとより、先代も現当主も武人の風格がある。
そこに転がっておるのとは格が違うのう。
これでは廃嫡もやむなしといったところか。
「此度は苦労をかけたな、ジュウベエ」
「そのようなお言葉、身に余りまする」
「・・・ジュウベエ殿」
先代がわしの方を向く。
眼光は鋭く、気迫に満ちておる。
若い頃はさぞ剛の者であったろうな。
「此度は、わが愚孫の不始末。そなたには大層骨折りであったことであろう」
「いいえ、ラシュッド様。某の方こそ、お孫様に手傷を負わせたばかりか剣まで損なわせてしまい・・・」
「よい。グスタフの助命、聞き入れてくれて感謝しておる。・・・申し訳ないが、初めから見物させてもらっておった」
ふむ、さもありなんじゃな。
これほどの騒動に気付かぬはずもない。
「そなたの腕なら万一のこともないかと、終わるまでのう。・・・お国は、いずこか」
「はっ!エーテル渦により、某にもわかりかねます、申し訳ござりませぬ!」
まさか異世界出身とも言えぬしのう。
これでごまかす他、あるまい。
「左様か・・・さぞ難儀であろうな。・・・わしが丁度そなたと同じ年頃の時じゃ、異国の傭兵で同じような技を使う者を見たことがあったゆえに、懐かしゅうてな」
「なんと・・・それは、ひょっとしたら某と同郷の者かもしれませぬな」
・・・なんじゃと?
わしと同じようにこの世界に来たものがおるのか?
それとも、この世界に同じような技を使う者がおるのか・・・
「『ムミョウ流』という流派を名乗っておった。まことに強い男であったよ」
ムミョウ・・・無明、もしくは無名じゃろうか。
聞きなれぬ流派じゃな・・・
しかし、良いことを聞いた。
同郷とかはどうでもよいが・・・強者の情報は多いに越したことはない。
「父上・・・」
「ぬ、済まぬ。年寄りになると話が長くなってのう・・・」
現当主が諫めるように先代に声をかけた。
「ジュウベエ殿、名乗りが遅れたのう。わしはオーガン・ラシュッド・・・ここの先代じゃ」
「ご尊名を拝し、恐悦至極に存じます」
「うむ、此度の一件。お怒りとは思うがこの爺に免じて、胸に収めてくれぬか?」
ふむ、ここで手打ちということか。
わしとしても異存はない。
こちらも未熟とはいえ私兵を散々に殺したしのう。
「・・・某は初めから果し合いに参っただけのことでござる。それ以外に何も思う所は御座いませぬ」
「それよ・・・初めに愚孫から聞いた時、何故断らなんだ?こうなることは予想できたであろうに」
眼光が鋭くなった。
ふふ、背筋が総毛立ちよるわ。
大した爺じゃのう。
偽りは許さぬ、ということじゃな。
「・・・我が流派に絶対の約定あり、初代曰く『こと他流試合においては、その一切断るべからず』・・・と」
わしも正面からオーガン殿を見据え、言う。
「敗死は恥にあらず、戦わぬことが恥なのです。それゆえのことでござる」
「・・・ふ、ふはは、はははははははははははは!!!!」
一瞬の静寂の後、オーガン殿が火を噴き出すように笑う。
現当主が後ろで目を丸くしておる、よほど珍しいことらしい。
「吹くのう、若造。年甲斐もなく、若き日を思い出したわ!」
・・・これが素か。
猛々しいことよ。
そりゃあ、わしもあんたとほぼ同年代じゃしのう中身は。
「それでは、此度のことはここで終わり。・・・それでよいか?」
「御意に御座います」
にやりと笑みをこぼしながら、オーガン殿はわしの肩に手を置く。
「ふふふ、私兵に入れ・・・と言いたいところではあるが、お主は毛頭そんな気は無かろう」
「そればかりは、ご勘弁を」
「ははははは!!!長生きはするもんじゃわい・・・ドライス、後はお前に任せる、が、ロアールはいかぬ。・・・この意味、わかっておろうな?」
オーガン殿は屋敷に体を向けながら、傍らの現当主・・・ドライス殿に告げる。
わしに向けた目とはまた違う、凍るような目じゃ。
どうやら、廃嫡は本決まりのようじゃな。
今回の件以外にも色々とあったのじゃろうな・・・
「御意にございます、父上」
ドライス殿は、顔に冷や汗を浮かべつつ頭を下げた。
「うむ・・・ノルトハウゼン卿、此度は身内の不始末でご迷惑をおかけいたしました。このオーガン、責めはいかようにも・・・」
「・・・これは、ただの果し合いであった。それで、よいかと」
ノルトハウゼン卿に頭を下げた後、オーガン殿は連れ立って屋敷に戻っていく。
「ジュウベエ!また話がしたいものよな、今度は酒でも吞みながらのう!!」
わしに、そう声をかけながら。
・・・なんとも、豪快な爺じゃ。
あれは今でもそこそこ戦えるぞ。
「ジュウベエ殿、バッフ殿、此度は愚息の不始末で迷惑をかけた・・・すまぬ」
頭は下げぬが、その言葉からは謝意が伝わってくる。
こんな衆人環視の中、貴族・・・それも当主が平民に頭を下げるわけにもいかぬじゃろうしのう。
体面やらなにやら・・・貴族も大変じゃな、うむ。
「・・・某は果し合いに参っただけでござる、のうバッフ殿」
「おう、そして私はただの立会人ですよ、ラシュッド様」
「うむ、そう言ってもらえると・・・助かる。この沙汰の礼は改めて後日、ギルドで必ず」
そういうわけで手打ちとなった。
今は見るからにごたついておるしのう。
今日の所はこれで終わりじゃな。
というか、早く帰りたいわい。
わしらに目礼した後、ドライス殿はロアールのもとへ歩き出した。
「ち、父上・・・これは・・・」
「呆れた無能よ・・・誰か!この愚か者を牢へ!!」
それだけを言い捨てると、次は私兵に囲まれたラーラのもとへ。
「お、お父様、これは・・・これは違うのです!」
「・・・部屋にいろ。決して外に出るな、馬鹿娘が!!」
言い捨て、屋敷の方へ歩いていく。
息子と娘、どちらの顔も見ることはなかった。
「グスタフッ!!お2人をギルドまで丁重に送り届けよ!!」
「御意」
おっと、帰りまで世話をしてくれるのか。
「ありゃあ、廃嫡だなあ」
「そうであろうなあ」
行きよりも豪華な馬車に乗り、ギルドへ帰ることになった。
グスタフ殿が御者をしていることからも、あちらの本気が伺えるのう。
その車内で揺られつつ、バッフ殿と話している。
「妹の方はどうなるんじゃろうか」
「むーん、貴族の身分でやらかした娘ってのは、大体が辺境貴族の妾か修道院送りってとこだな」
「ほう、あの見てくれならば妾に欲しがる連中も多かろうの・・・わしは御免じゃが」
まあ、本人にとって良いかはわからぬが。
わしの知ったことではない。
「へえ、女好きのジュウベエもアレは無理か」
「当たり前じゃ、女は愛嬌、男は度胸よ」
「なんだそりゃ・・・まあ、そうだろうなあ。貴族の性格が悪い娘なんざ、頼まれても御免だね」
がはは!と笑いながら、バッフ殿は懐のマジッグバッグから小さな酒瓶を2本取り出す。
ぬう、やはり便利じゃのうマジッグバッグ。
そのうち、セリンに頼んで買えるように便宜を図ってもらおうか。
「ほれ、祝杯といこうや」
1本をこちらに差し出してくる。
「おう、有難く」
瓶をぶつけ、乾杯した後に栓を抜いて煽る。
「ふむ、蒸留酒かと思うたが酒精が薄いの。じゃが中々に美味い」
酒精と香りの弱いウイスキーのようじゃ。
樽に詰めておいたのかの?
「なんだそりゃ、国の酒か?」
「なんじゃ、この国にはないのか?酒を煮詰めて作る、強い酒のことよ。木の樽なんかに入れておくと香りが移って美味いぞ」
「酒を・・・煮詰める?おい、それ詳しく聞かせろ」
ずい、とバッフ殿が詰め寄ってくる。
ドワーフの酒に対する興味は強いのか、その後ギルドに着くまで知っている限りの蒸留酒についての知識を吐き出す羽目になったわ。
口は災いの元、じゃのう。
「あぁっ!ジュウベエ様!ご無事で何よりです!!」
「はっは、言ったじゃろう、お主のおかげで百人力よ」
「そ、そんな・・・」
「おい、だからウチの受付嬢を口説くんじゃねえって」
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