第25話 十兵衛、屠龍隊と出会う。

あっさり終わった作戦会議の後。


わしらはアリオ殿に誘われるまま、夕食をいただくことになった。




「ささ、すぐに料理が来ますので座ってお待ちください」




「うむ、すまんのう」




食堂に入り、促されて席に座る。


それを見て、仲間たちもわしの横に座っていく。


アリオ殿はテーブルを挟んで反対側に座った。




・・・ラギよ、もう手を放してもいいのではないじゃろうか。


セリンは落ち着いている様子じゃが、ペトラはそわそわと落ち着きがない。


まあ、ラギも含めて馴れておらんのじゃろうの。






しばらく待っておると、ナリア嬢にロニー女史もやってきた。




「あらあら、主人が無茶を言ったんでしょう・・・皆様、おくつろぎくださいね、私はロニーと申します」




「ジュウベエさまのおなかまですか?ナリアです、よろしくおねがいします!」




「あら、かわいらしいお嬢様ですこと。『七つ谷』のセリンでしてよ、よろしくお願いしますわ、ナリア様、奥様」




「ペトラだ・・・です、よ、よろしく」




「・・・ラギ」




固くなっておるのう、ラギ。


まるで銅像じゃ。




「みなさん、つよそうです!かっこいい!!」




間近で見る女性の傭兵に、ナリア嬢は目を輝かせている。




それを聞いて、ラギの尻尾がゆらゆらぺしぺし動いた。


・・・照れておるの、こやつ。




「皆様、我々は平民どうしです。堅苦しい態度は無用ですわ」




「そ、そうかい?いやあ・・・あたいはどうもこういうの、慣れてなくて・・・」




いくらなんでも一瞬で砕けすぎじゃぞ、ペトラ。


まあ、こういう切り替えの早さがいい所でもあるがのう。






料理が来るまでの間に、幾分か皆の緊張も和らいだようじゃ。


アリオ殿夫婦が話上手なこともあるが、ナリア嬢の天真爛漫さに救われたな。




「そうすると、去年変異種の天蓋牛を倒したのはお二人なのですか」




「ええ、魔法が効きにくくて少し手こずりましたわ」




「うまい具合に脳天に斧がぶち当たったんで、楽に仕留められたぜ」




アリオ殿の質問に、セリンとペトラが答える。


仕事の話となると生き生きしておるのう、ペトラ。




「うわあ、きれいなしっぽです!」




「リザードの皆様は、ことのほか尻尾を大切にしているのよ、ナリア」




「テ、照レル・・・!尻尾、手入レ、大事」




ふう、どうやらラギも少し打ち解けてきたようじゃわい。


これで食事に集中できそうじゃ。






何の肉かわからんが、脂がのっていて美味いステーキを食いながら酒を飲む。


ナイフとフォークは元の世界とそう変わらんので、無事に使えておる。




ううむ、肉の味は変わらぬが野菜は違うのう。


見た目がキャベツのようなのに、味は・・・ピーマンじゃな。


こっちは人参に見えるが味はジャガイモじゃ。


美味いが、違和感がぬぐえぬのう。




「じゅうべえさま、おくにではどんなものをたべていたんですか?」




「ぬ?」




口の中の肉を飲み込む。




「・・・そうじゃのう、おそらく白い穀物を炊いたものが主食じゃった。『コメ』といってのう、麦の仲間じゃな」




言ってから気付いたが、麦で通じるのか?




「箸という二本の短い棒を使って食うんじゃ。懐かしいのう」




ついこの前来たばかりなのに、無性に米が恋しい。


こちらにもないものか。




「棒でえ?そんなもん、どうやって使うんだよジュウベエ」




ペトラがしなだれかかってくる。


右腕に幸せな感触。


・・・まったく、飲み過ぎじゃぞ・・・もっと飲め!




ふうむ・・・そういえばいずれ使おうと思って作っておったのを思い出した。


後ろに置いた背嚢から、いささか不格好な箸を取り出す。


それを手拭いで軽く拭い、手に持った。




「こうして・・・こうじゃよ」




肉の一切れをひょいと摘まみ、口へ運ぶ。


うむ、やはりこの方が美味い気がするの。


今度からこれで食うかのう。




「はえぇ~、ジュウベエ器用だなあ・・・」




「じょうずです!はじめてみました!」




ナリア嬢が感心したように見つめてくる。


ま、珍しいんじゃろうて。




「ふうむ・・・穀物、箸・・・聞いたことがありませんなあ。今度王都へ行ったときに聞いてみましょう」




アリオ殿が思案顔じゃ。




「はは、気の向いた時で構わんよ。別段困ってもおらぬゆえ」




実際はこの世界のどこにもない国じゃし。


魔物のせいで船が発達しておらんので、外国はほぼ未知の領域じゃからな。


わしとしてもこの方が都合がいい。




「ジュウベエ、他にも覚えていることはありませんの?家族・・・父母や奥様のこととか」




「ジュウベ、嫁、イタ!?マサカ!?」




何故驚くラギよ。


わしに嫁がいたらおかしいのか。


・・・まあ、おらぬが。




さて、どうしたものか。


聞くところによれば本当にエーテル渦に巻き込まれ、生還したものは時間経過で記憶が戻ることがあるらしい。


・・・わしもそれにならうとするかの。




「ふむ・・・親父もお袋もとうに死んでおる、嫁も子供もおらんな」




「ご親戚の方は?いましたの?」




「・・・ひどい戦乱があってなあ、わし以外全滅じゃよ」




これは本当のことじゃ。


わしが子供の時に、大空襲で一族郎党は滅んだ。


その後は親父の親友に引き取られ、何不自由なく育てられた。




それが、南雲流の先代じゃった。


親父とは剣術仲間であったらしい。


優しい人であったな、懐かしいのう。


もっとも、こと剣術においては鬼のように厳しかったが。




『十兵衛、強くて優しい・・・男ってのはそれだけで十分だ』




ふふ、久方ぶりに思い出したのう、師匠の言葉を。


さて、少しは近付けたかのう、わしは。


なあに、せっかく若返ったんじゃ。


ぼちぼちやっていくかのう。






「・・・」「・・・」「・・・」




ぬ?なんじゃこの空気は。


一様に静まり返っておる。




「ごめんなさいジュウベエ・・・辛いことをお聞きしましたわ」




「ジュウベ、ジュウベ、ウチノ里、イツデモ来テイイ」




セリンは頭を下げ、ラギは肩に手を置いてくる。




「ジュウベエさま・・・」




ナリア嬢に至っては涙目じゃ。




「ああもう、やめよやめよ辛気臭い・・・10や20の若造でもあるまいし。お前も気にするなセリン」




わしにとっては半世紀以上も前のこと。


今更悲しいもないわい。




「そうだよなあ!今が楽しけりゃいいよなあ!!」




ぐい、と肩を組んでくるペトラ。


こやつなりの元気づけじゃろうか、ふふ。




「おう、そうじゃそうじゃ。この世界は素晴らしい!毎日楽しくて仕方がないわい!」




わしもペトラの肩に手を回し、酒を飲む。


過去のことなぞ、考えるのももったいない。


それでいいんじゃ。






「なんと、次の目的地はデュルケンですか!」




辛気臭さも消え、再び歓談している。


話が次の仕事に及んだのでセリンが説明したところ、アリオ殿が目を丸くした。


ちなみにデュルケンとは、逗留予定の港町じゃ。




「日時は決まっておられるのですか?」




「いいえ、特には。まあ、遅くとも一週間後には出発する・・・くらいの計画ですわ」




「それはよかった!」




ぱん、と膝を打つアリオ殿。


何かあるのかのう?




「これは相談なのですが・・・往路の護衛を頼んでもよろしいですかな?」




「ふむ、アリオ殿も何か用事があるのか?」




「ええ、実は次女が里帰りをしてくるのです。それも、丁度デュルケンに船で!」




「ちいねえさまです!」




ほう、確か学校に通っているという話じゃったな。




「船で帰るのか・・・危なくないのかのう?」




「沿岸沿いを通るルートは安全なのですよ。陸が見えぬほどの外海は危険ですがね」




とんでもない化け物がおりそうじゃな。


空にデカい竜が飛んでおるんじゃ、海にも竜がいてもおかしくはない。




「そちらさえよければ、是非お願いしたいですな。ギルドにも正式に依頼として登録しますので」




「ふむ・・・まあどうせ傭兵は雇わねばならんしのう。どうするセリン?」




「行く先は同じですわ、アリオさんがよろしければこちらとしても断る理由はありませんわね」




「おお!ありがたい!では1週間後に出発としたいのですが・・・よろしいですか?」




「ええ、問題ありませんわ」




とんとん拍子に話が進むのう。


よかったよかった。


アリオ殿には世話になっているからのう。


護衛くらいはしっかりせねばな。




「いや~めでてえなあ!ジュウベエ!!」




さらに体を密着させてくるペトラ。


むむむ、嬉しいがここにはナリア嬢もおる。


教育に悪い事甚だしいわい。




「ええい、いくらなんでも飲み過ぎじゃぞペトラ。嫁入り前の娘がはしたない」




「ペトラ!ダメ!コボレル!見エチャウ!」




「にゃんだよ~いいだろ減るもんじゃないしよぉ~こんなもん邪魔なだけだって面倒くせぇ~」




「・・・持たざる者の気持ちも考えてくださいましぃ!」




「むも!?」




セリンは収納からおもむろにローブを取り出し、ぼふりとペトラにぶつけた。


・・・いろいろ薄いからのう、セリンは。


というかエルフという種族がそのような感じなのかもしれぬ。


街でも豊満なエルフにはついぞお目にかかったことがないわい。


・・・強く生きよ、セリン。




「ジュウベエ!なんですのその目は!やめてくださいましそんな哀れみの目でわたくしを見るのは!!」




ここがアリオ殿の家と忘れておるのか、セリンが涙目で叫ぶ。




「はっはっは、ジュウベエ様のお仲間は皆仲が良くていいですなあ」




「うむ、自慢の仲間じゃよ。我ながらいい仲間に恵まれたもんじゃわい、ふはは」




セリンを無視しつつ、アリオ殿と笑いあった。








「もういいってジュウベエ~ちゃんと歩けるってばぁ~」




「そう言ってドブに頭から突っ込んだのは誰じゃい。セリンの魔法具がなければえらいことじゃったぞ」




背負っているペトラがジタバタ動く。


ええい、じっとせぬか。




アリオ邸での夕食の後。


わしは仲間たちと連れ立って街を歩いておる。




初めは見送りだけで済まそうかと思うておったが、ペトラの足取りがあまりにアレなのでな。


見事にドブに落ちたので、こうして背負って傭兵ギルドまで送ることにした。


・・・帰りに黒糸館にでも寄るかの、金はあることじゃし。




「仕事以外では本当にお酒にだらしないんですから、ペトラったら」




「酒、飲ミ過ギ、メッ!」




「うにゅうぅ~」




ぐうの音も出ないペトラであった。


なお、今のペトラはローブにすっぽりくるまれておるので全く感触が嬉しくない。


まあのう、これなしでは後ろから色々丸見えになるしのう。




「本当にギルドまででいいのか、セリン」




「ええ、ギルドの裏に女性用の宿屋がありますの。ペトラもラギも、今はそこに住んでいますわ」




ほう、そんな場所があるのか。


見に行って見たいが・・・いや、やめておこう。




「そりゃあ便利じゃ。このまま転がしておくと変な男にちょっかい出されんともかぎらんしの」




「以前にもそんなことがありましたわ・・・でも不思議とそういう時にはちゃんと動けて、相手をボッコボコにしてましたわね。・・・今はジュウベエに甘えているのではなくて?」




「にゃんだとお!?ちっ、ちがわい!ちがうったらちがうからにゃあ!」




「こらこら暴れるな馬鹿者。ラギ、後ろから抑えてくれ」




「ウン」




腰を痛めたらどうする。


剣術でも閨でも腰は重要じゃからな、うむ。




きゃいきゃい五月蠅いペトラに手を焼きつつ、ゆっくりと歩く。


ラギが押してくれるので楽じゃわい。






通行人に怪訝な表情で見られることしばし。


わしらは傭兵ギルドに到着した。




「やれやれ、ようやく着いたか・・・」




「あうう・・・すっかり酔いが醒めちまったぜ」




「これに懲りたら、そろそろ飲み過ぎは控えた方がよろしくてよ、ペトラ」




「酒、ダラシナイ、良クナイ」




ギルド前のベンチに座り込んだペトラに、2人の容赦ない駄目出しが突き刺さる。


ま、自業自得じゃの。




「さあて、わしはここで帰るぞ。お主らもゆっくり休め」




そう言って、3人に背中を向けた。


・・・時間もあるし、やはり黒糸館に行くとするか。


今日こそはミリィと一戦所望したいものじゃ。




「まっすぐ帰るんですのよ、ジュウベエ」




「寄リ道、シナイ」




おう、勘が鋭いのう2人とも。


背中を睨まれている気がする。




「・・・ではの」




「あっ!絶対まっすぐ帰りませんわこの人!!」




「ジュウベ、夜更カシ、メッ!」




やかましいわい。


わしゃ子供か。




そのまま有耶無耶にして歩き出そうとすると、なにやら大所帯がギルドから出てきた。


10人以上はおるな。




邪魔になっても悪いので、セリンたちの方へ寄る。






揃いの朱色の鎧兜を着た一団が、隊列を崩さずに歩いている。


風にたなびくの黒いマントの表には、交差する槍に貫かれた龍の文様。






「おいセリン、あやつらはもしや・・・」




「ええ、屠龍隊ですわ」




ほう、やはりそうか。


・・・ふむ、この前戦ったラシュッド家のへっぽこ私兵共とは天と地の差じゃな。


歩くだけでも、練度の高さがわかるわい。




む、先頭の3人、兜の作りが違うの。




角が1本生えておる、その後ろに2本と3本が続いておるな。


残りの者はつるりとした兜じゃ。


・・・あ奴らが話に聞いた幹部かの。




全員口元どころか目元も見えん。


重厚な鎧で体系すらわからぬ。




・・・男か女かすらわからんの。




「・・・」




すると、歩き去ろうとしていた屠龍隊の1人・・・2本角がわしを見る。


・・・なんじゃ?




2本角は歩みを止め、わしの方に向く。


後ろの者はそのまま前を向いたまま、ぴたりと足を止めた。




隊列から離れた2本角は、がしゃがしゃと音を立てながらこちらへ歩いてくる。


随分と重そうな鎧じゃな。




そやつはわしの間合いより少し遠い所で止まる。


・・・ほう、一目で刀の間合いを見抜いたか。




が、ちいと甘い。


そこはもうわしの間合いよ。




「お前が、ジュウベエか?」




兜の内側から声が漏れる。


・・・こやつ、女か。


兜の隙間から、紅い目がこちらを射貫くように見つめてくる。




「いかにもそうじゃが・・・お主はどこのどなたさんかの?」




瞬間。


後ろに控えた一団からわしに殺気。


何人かは顔を向けてくる。


なんじゃい、随分と嫌われたもんじゃの。




「名を尋ねただけでこれとは・・・なんじゃお主ら、文句でもあるのか」




にぃ、とそいつらに歯を剥き出して笑う。


不躾に殺気をぶつけてきおって、誰も彼もが萎縮するとは思うなよ。




やるというなら・・・相手になるぞ。


いつでも抜けるように、左手をさりげなく懐から出す。




「やめろ」




2本角が片手を水平に上げると、一斉に雲散霧消する殺気。


・・・しっかり躾けられておる。


まるで犬じゃ。




「・・・失礼した。私は屠龍隊副長、『稲妻』のセスル・・・少し、話を聞きたい」




セスルと名乗った女はわしに軽く頭を下げ、言った。


二つ名持ちか。




聞いていた話と違うのう。


下はともかく、上はまともなようじゃな。




「ふむ、よかろう。・・・地竜のことじゃな?」




「ああ、そうだ。ギルドで聞けばお前がほぼ1人で倒したそうだな」




「はは、後ろの仲間が手助けしてくれたおかげじゃ。わし1人ならもっと手こずっていたであろうよ」




ペトラの牽制に、セリンとラギの援護。


あれがなければもう少し生傷が増えておったはずじゃ。




「・・・それでも4人でよくやる。それでは、差し支えなければどのようにトドメを刺したか聞きたい」




「突進に合わせて目に突きを入れ、そのまま脳を破壊した」




別に隠すことでもないから教えてやる。


知った所でおいそれと真似ができぬじゃろうし。


まあ、できるならしてみるがよかろうて。




「・・・なるほど、それは盲点だった。それなら地竜もほぼ即死するな」




兜から見える目が少し弧を描く。


笑うと色気があるな、その目元。




「個人的に興味があったのだ。時間を割いてくれてすまない、ありがとう」




「なんのなんの、美人の頼みは断れぬ」




・・・おい、また殺気が飛んできたぞ。


これくらいの軽口も許されぬのか、愛されておるのう。




「・・・やめろ。不快だ」




セスルが声をかけると、またすぐに殺気は消えた。


今度は幾分か怒っておったな。


・・・逆恨みされねばよいが。




「その剣技、いつか間近で見たいものだ。・・・失礼する」




「おう、機会があればいつでも」




そう言うと、マントを翻してセスルは一団へ戻っていく。


セスルが合流すると、屠龍隊は先ほどと同じように無言で歩き出した。






「・・・あれが噂の屠龍隊の副長かあ」




屠龍隊が消えると、酔いが醒めたらしいペトラが言う。




「有名なのか?」




「ま、二つ名持ちだしな。隊長と副長、それに兵士長・・・だっけか?とにかく兜に角が生えてるやつらはみんなそうさ。隊員にももう1人いるって話だけど」




「さっきの副長が唯一の女性でしてよ。傭兵の女性で二つ名持ちは珍しいですわ・・・魔法使いならもう少し多いですが」




ほうほう、上は中々強そうじゃな。


平の隊員にまで二つ名持ちがおるのか・・・




「ま、行先は別だしそうそう会うこともねえだろうよ。あいつら竜相手だとホントにめんどくせえから関わり合いたくねえ」




獲物に執着するつもりはないが・・・それでも横槍を入れられるのはわしも御免じゃの。


さて、よくわからん連中も行ったし、わしも行くとするか。




3人に手を振り、わしは夜の街へ消えた。








「あら、今日も早いのねぇ」




「お主に会うのが待ちきれなくての」




「ふふ、お上手ねぇジュウベエさん」




3人と別れ、わしはまっすぐ黒糸館へ向かった。


店に入るとすぐ、ミリィが出迎えてくれた。




「今日はリーノもラクロもお休みよ、どうするぅ?」




「む、それは残念じゃな」




ラクロはともかくリーノには会いたかった。


この前やりすぎた詫びもしたかったしのう。




「とりあえず、少し飲みたい。相手をしてくれるか?」




「・・・前に約束してたしねぇ。いいわよぉ、空いた所に座っててぇ」




店の奥へ消えていくミリィを見送り、適当な席を探す。


ふむ、そこそこ混んでおるのう。


できれば周りに誰もいない席がいいのじゃが・・・




「兄貴!ジュウベの兄貴じゃないッスか!」




聞き覚えのある声じゃの。




「こっちっす!こっちこっち!!」




奥の方から嬉しそうに毛むくじゃらの手が振られる。


相変わらず賑やかな男じゃな。


行くとするか。






「ダイドラ、久しぶりじゃな」




「お久しぶりッス!聞きましたよ兄貴、地竜を1人でやっちまったんですってね!すげえや!!」




傍らに同じような虎柄のビーストを座らせたダイドラが、嬉しそうに話す。


・・・ほう、この娘が相方と言うわけじゃな。




「おいおい、早速尾ひれがついておるの・・・仲間と4人でやったんじゃ、わしだけではない」




対面に座りながらこぼす。




「4人!?それでも大したもんでさあ!普通は10人くらいで囲うもんっすよ?」




「らしいのう。まあ、無事に倒せてよかったわい」




「ダイちゃんのお友達、強いのねえ」




「そうだよ!兄貴はすげえんだ!」




嬉しそうに女の肩を抱くダイドラ。


きゃん、と言いながらも女の方もまんざらではなさそうじゃ。




「ふふ、見せつけてくれるのう」




「・・・兄貴は確かに強いしいい男っすけど、ラドンナちゃんに手出しちゃダメっすよ」




軽くわしを警戒するダイドラ。


まるで猫のようじゃな。




「ははは、弟分の女に手を出すほど飢えてはおらぬよ。それにほれ、その娘はお主にぞっこんではないか・・・わしなぞとてもとても」




「えええ~?そう見えるッス~~?困っちゃうなあ~~オイラ~~えへへ~~」




「ダイちゃん顔真っ赤~か~わいい」




人のものになど興味はない。


が、この店の性質上それはいいのか?


・・・まあ、この店は女の方が客を選べるからそれも成立するのか。




「あらぁ、ジュウベエさん、ダイちゃんとお知り合いだったのねぇ」




またもや音もなくミリィがやってきた。


手に持つ盆には、酒とつまみが見える。




「え?ママが?」




「み、みみみミリィ姐さん!?あ、兄貴の相手ってまさか・・・」




2人だけでなく、周囲の女もザワついておる。


そんなに珍しいのか。




「相手というか、酒の相手じゃな。無理を言って頼んだのよ」




「そ、そうっスか・・・」




ミリィがわしの横に器用に腰かけると、対面の2人が恐縮したように縮こまる。




「なぁにぃ?私がお相手じゃ、ご不満?」




悪戯っぽく笑いながら、ミリィが盃を渡してくる。




「まさかまさか、身に余る光栄じゃよ」




青色の酒を注がれながら返す。


・・・まるでインクじゃな、この酒。


味の想像もできん。




意を決して口を付ける。


・・・ふむ、悪くない。


果実酒かの・・・?


しかし、毒々しい色の果実もあったもんじゃ。




「お口に合ったかしらぁ?」




「うむ、初めて飲んだが美味いものじゃな」




「ふふ、よかったわぁ」




お返しに注ぐと、ミリィも美味そうに口を付けた。


微かに上気した頬が得も言われぬ色気を醸し出してる。


いい女じゃなあ。






「ね~え、ダイちゃん・・・いい?」




「お、おう!兄貴・・・俺っちはこれで、へへ!」




「健闘を祈るぞ」




ダイドラはラドンナと連れ立って2階へ歩き出した。


見かけは堂々としているつもりなのじゃろうが、うねうね動く尻尾を見れば動転具合がようわかるわい。


若いのう・・・わしにもあんな時代があったもんじゃなあ。




「あらぁ、こんないい女が隣にいるのに考え事?」




「おお、すまんの。少し、故郷のことを思い出しておった」




「・・・それと、女の人でしょぉ?」




きゅっ、と胸元を抓るミリィ。




「はは、わかってしもうたか?」




「・・・恋人ぉ?」




「さて、それはしばらくご無沙汰じゃなあ」




恋人・・・恋人のう。


学生の時分じゃから、ざっと60年は前のことよな。


・・・何もかも、記憶の彼方よ。


こうして酒の肴に思い出せるようになるまで、長くかかったのう。




「あなた、異国から来たんでしょう?・・・もし会えるなら、家族に会いたい?」




ぽつりとミリィが漏らす。


ふむ、こやつも何か家族に思う所があるらしい。


この手の仕事をする女には色々あるんじゃろう。


ましてやミリィは女だてらにここの店主。


苦労しておるんじゃろうなあ。




「・・・まあのう、会いたいは会いたいが・・・あいにく死なねば会えぬな」




両親にも、師匠にも。




そして・・・笑顔がよく似合っていたあやつにも。




・・・ぬ、胸が痛む。


どうやら情緒まで一緒に若返ったようじゃの?


久しぶりの気持ちじゃな。




「・・・ごめんなさい、辛いこと、聞いたわねぇ」




つ、とわしの頬にミリィが手をやる。




「あなたって不思議・・・人族なのに、時々100年も生きてるみたいに見えるの」




惜しい。


20年ばかし足りぬな。




「なあに、お主の不思議さに比べればわしなぞ足元にも及ばぬわ」




「あらぁ?わたしぃ?」




お返しとばかりにミリィの頬に手を置く。




「あっ・・・」




「眼が多い種族は今まで見たことがなかったが・・・美しいものじゃな」




天井の照明がミリィの目に反射して、それぞれがキラキラと輝いておる。


女神にも勝るとも劣らぬ、宝石のようじゃ。




どのように見えておるんじゃろう。


全くこの世界は不思議なものじゃのう。




「・・・お、おさわりは厳禁なんだからぁ」




「おや、お主も触ってきたであろう」




「いいのよぉ、ここは私の店なんだから」




「はは、それもそうか」




「ふふ、そうよぉ」




お互いに顔を見合わせ、笑う。


ここは本当にいい店じゃな。






それからしばらく、当たり障りのない世間話をした。


ミリィは聞き上手じゃのう。




空の酒瓶を片付けに戻っていたミリィが帰ってきて、わしの横に座る。




「(ジュウベエさん、あの、あなたが嫌いってことじゃないんだけど・・・)」




不意に耳元で囁き声が聞こえる。


これは・・・ミリィか?




ミリィに目をやると、申し訳なさそうに微笑んでいる。


・・・魔法か、これは。




「(ちょっと今日は・・・都合が悪いの、ごめんなさいねぇ?)」




おやおや、振られてしもうたのう。




「さーて、いささか飲み過ぎた。今日の所はここらでおいとましようかのう」




そう言って立ち上がる。


都合が悪いなら仕方がない。




「・・・また来てね、ジュウベエさん」




「呼び捨てでよいぞ。来るともさ」




「・・・ジュウベエ、これ・・・」




スッと胸元に手が入る。


ほう、速い。


ミリィも何か武術をたしなむのかのう。




「(後で、誰もいないところで見てねぇ)」




器用に額の目でウインクしながら、ミリィが笑った。


・・・これは、また来ねばならんな。








勘定を済ませ、店を出る。


火照った頬に夜風が心地よい。




ふふ、さすがは娼館の女主人。


1度飲んだ相手と寝るほど安くはないか。




さて、先程懐に何か入れておったな。


周囲に人の気配はない。


見てみるか。




懐から布でくるまれた包みを取り出す。


ふむ・・・手触りは極上の絹のようじゃな。


中に入っているのは・・・手紙と、鍵?


広げて見ると、流麗な字体で何か書いてある。






『お店が休みの時に、またお酒に付き合って。この鍵で裏口が開くわ』






加えて、店の定休日が記してある。


・・・わし、気に入られたもんじゃのう。


だが、挑まれれば逃げるわけにはいかん。




行くのは・・・港への依頼が終わった後じゃの。


何も急ぐ必要もあるまい。


お互い付き合い始めの学生というわけでもない。






先の予定に胸を膨らませつつ、家路につく。






「無粋な・・・せっかくのいい気分が台無しじゃ。それで隠れているつもりか?酔っ払いにも気づかれるぞ」






そう暗がりへ声をかけると、わしを囲うように4人の人影が闇から出てくる。


全身を黒のローブで隠しており、体つきもわからぬ。




武器は全員、湾曲した片手剣。


刀身にてらりとした紫の液体が塗られている。




おそらく・・・毒じゃな。




問答無用でわしを殺すつもりらしい。




「一応聞くが、人違いではないか?わしはしがない傭兵じゃが・・・」




それに対する答えは、一斉に構えをとることじゃった。


ふうむ、心当たりがまるでない。




先程の屠龍隊絡みかと一瞬思ったが、どうも違うようじゃ。


あの時見たあやつらとは練度が違う。


屠龍隊の面々も中々強そうではあったが、こやつらは気配からして暗殺のプロじゃ。


強さの種類が違う。




「お主らが誰かも、何が目的かもわしには興味がない」




言いつつ、自然に鯉口を切る。




「じゃが・・・せっかくのいい気分を台無しにしてくれた落とし前はつけてもらうぞ」




半歩踏み出しながら、見せつけるように抜刀。




「死にたければ・・・かかってこい」




4人の空気が変わる。




重心が前傾に。




濃密な殺気が空間に満ちる。






「南雲流、十兵衛・・・参る」






一斉に、4人がわしに飛び掛かってきた。

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