第11話 十兵衛、グリフォンと戦う。

「いや~、ジュウベの兄貴がついてくれれば百人力ですよ!」




「油断すると足元を掬われるぞ、ダイドラ」




うねうねと上機嫌にうねる尻尾を横目で見ながら、わしはそう釘を刺した。


目の前には、街道を行く馬車が見える。




ここはヴィグランデの街と、今回の目的地である『ケファレ』の街との中間地点。


現在わしは護衛の依頼を受け、ここにおる。








事の起こりは朝に遡る。


昨夜は良い女たちと良い酒を呑んだので、目覚めは爽やかであった。




早朝に起きたわしは軽く体を拭こうと井戸に向かった。


その途中でキトゥン嬢と会い、挨拶をした。


いつもなら朗らかに返してくれるであろう彼女は、何故か顔を真っ赤にしてどこかへ行ってしまった。


・・・そういえば、ビーストは嗅覚がかなり鋭いらしい。


だいぶ酒臭かったのであろうな、悪いことをした。




また夜の街に繰り出すためには稼がなくてはならぬ。


例によってアゼルは忙しくしていたので、わしだけでギルドへ向かうことにした。


勿論体はしっかり拭いた上でじゃ。




早朝のギルドは中々賑わっておった。


壁の依頼表を眺めつつ、何か面白そうなものはないか探す。


セリン嬢からの連絡はまだない。


まあ、昨日の今日じゃからのう。






「ふうむ、中々どうしていいものがないのう・・・」




「あ、アンタ・・・!」




声を掛けられたので振り向くと、そこには虎顔のビーストがおった。


どこかで見たような・・・




「俺っちですよ!昨日ホラ、店を教えた!」




「おお、そうじゃったのう。・・・そういえば名乗っておらなんだな、わしは十兵衛じゃ」




「俺っちはダイドラってんです!ジュウベの兄貴!!」




・・・こんなデカい弟を持った気はないがのう。


若いのかこやつ、見た目ではわからんのう。


こやつは昨日の3人組の1人じゃな。




「ダイドラ、昨日の店はよかったぞ。ええ店を教えてくれたのう」




「へへ・・・そいつはよかったです!・・・で、誰と・・・?」




「いや、昨日は呑んだだけじゃ。たしかリーノとかいう娘じゃった。女主人のミリィ嬢も美しかったのう」




「み、ミリィ姐さんが初日に名前を・・・!?おみそれいたしましたぁ!」




なにやら1人で盛り上がっておるな。


おお、そうじゃ。




「昨日、いつか一緒に依頼を受けようと話しておったのう。何かいいものはないか、ダイドラ」




「いいんですかい!?丁度今これを受けようかと・・・」




差し出された手に乗っていた依頼表を見る。






『馬車の護衛』




・ケファレの街まで往復で護衛してほしい。




・依頼料の半分はケファレで、もう半分は帰ってきた時に払う。




・道中の食料は依頼人持ち。




・道中、魔物や盗賊に襲われた時の討伐費用は依頼終了後にギルドで追加支給。






「ケファレならすぐ隣ですし、2日で往復できまさあ!俺っちは何回もやってますよ!」




ほう、そうなのか。


・・・ふむ、中々報酬も良い。


なにより討伐報酬が別途という所も気に入った。




「わしも、1口乗らせてもらってええかの?」




「定員は4人だし、いけますぜ!こっちからお願いしたいくらいでさあ!」




嬉しそうな様子のダイドラとカウンターまで行く。


勿論、ライネ嬢の所じゃ。


・・・途中からじっと見られておったしの。




「はぁい、おはようジュウベー・・・あら、ダイドラじゃない。一緒に依頼を受けるの?」




並ぶことしばし、やっと順番が回ってきた。




「護衛依頼は初めてじゃからな、慣れておる道連れがいた方がよいしの」




「お、おはようライネちゃ・・・さん!そそそそういうわけだから、よろしく!」




動揺しすぎじゃろ、ダイドラ。


でかい図体の癖に、まるで中学生じゃな。




「はぁい、わかったわ。少し待って・・・あら?」




不意にライネ嬢がカウンターから身を乗り出し、わしの胸元をスンスンと嗅ぐ。


なんじゃいきなり・・・はしたないぞ。




「・・・じゅ、ジュウベーの、スケベ!はい!手続き完了!行ってらっしゃい!!気を付けてね!!!」




半眼でこちらを睨むなり、そう言い放たれた。




「一体全体なにが・・・」




「い、行きましょう兄貴・・・」




ダイドラに背中を押されつつ、ギルドから出た。


・・・なんなんじゃ?






「さっき気付いたんすけど・・・兄貴、ちょっと臭いますぜ」




ギルドから依頼者の店に行く途中、ダイドラがそう言う。




「なんじゃと?酒が残っておるのか・・・?しっかり体は拭いたのだが・・・」




「いやあの・・・そうじゃなくて、女の・・・なんていうかビーストの女の匂いが・・・」




・・・なに?


ダイドラが小声で続ける。




「俺たちビーストにしかわからないとは思うんすけど・・・ライネちゃんはたぶんそれで・・・」




昨日のリーノ嬢かっ!?


・・・待てよ、ビーストならわかると言ったな・・・!?




まさか、今朝のキトゥン嬢の態度も・・・!?




「・・・なんとも、困ったもんじゃな。今度からは水浴びでもして帰らねばなあ・・・」




「へへへ、でもこれだけ強く匂いが残るなんて・・・兄貴!やりますねえ!!」




「・・・ヤッておらぬわい」




・・・とにかく、依頼者のもとへ向かうとしよう。


こうしておっても始まらぬわい。






店に向かう途中でアリオ商会の顔見知りを見つけたので、今日は依頼で帰らぬことを言付けておく。


心配させるのも悪いしのう。




依頼者の店に着いた。


アリオ殿の店より小さいが、中々大きくて立派な店じゃな。


どうやらわしら2人が最後だったようで、既に2人の傭兵が待機しておった。




1人は軽装の革防具を身に着けた人族の男で、1人は仮面と金属鎧をつけたデカい人型の蜥蜴・・・たしか『リザード』という種族じゃな。




「お!あんたこの前ギルドで暴れてた奴だな!俺はゴド、よろしくな!」




「強イモノ、心強イ!我、ラギ」




どうやら、以前の熊コロとの小競り合いを見られておったらしい。


野次馬が大勢おったしのう。




ふむ、ゴドの得物は長剣と盾。


ラギの得物は・・・なんという大きさの弓じゃ、矢もちょっとした剣ほどある。




立ち振る舞いを見るに、2人とも熟練の傭兵のようじゃ。




ゴドはわし・・・若返ったわしと同じくらいの年頃じゃな。


ラギは・・・鱗で覆われておってわからん!


顔は仮面に隠れてわからんのう、髪はあるようじゃが・・・


まあいい、力量に年齢は関係ないわい。




しばらく後に、今回護衛することになる馬車と御者、それに店員がやって来た。


細かい取り決めを確認し、さっそく出発することとなった。




城門を出て街道を進む。


とりあえずの陣形は、わしとダイドラが馬車の後列、ゴドとラギが前列ということになった。




行程はこのまま街道沿いに進み、大きな森に入る。


森を抜ければすぐにケファレの街に着くそうな。


だが、この森が曲者で魔物やら盗賊やらがそこそこ出るらしい。


ならば森を迂回すればよさそうなものだが、そちらはそちらで荒野が広がっており、やはり魔物や盗賊が多いとか。


よって、距離が近い森ルートの方が比較的安全らしいの。




今回の依頼は団体行動なので、精霊どもは近くには・・・おるな、馬車の屋根に何匹かおる。


まったく、気ままというか暇な奴らじゃ。




「森にはどんな魔物が出るんじゃ?」




「そうっすねえ・・・ゴブリンとか、コボルトとかそこらへんすかね。たまぁにデカい虫とか獣も出ますけど・・・」




「なんじゃ、そんなもんか。つまらんのう」




「兄貴って随分血気盛んなんすねえ・・・」




珍しいものを見るようにダイドラが視線を向けてくる。


まあ、護衛なんじゃから安全にこしたことはないかもしれんのう。






道なりに歩くと、前方に森が見えてきた。


街道は森の手前で二手に分かれておる。


真っ直ぐ行けば森。左へ行けば荒野というわけじゃな。




「かなり大掛かりな街道じゃのう・・・森の中まで石畳があるとは」




「あー、兄貴はここら辺の人間じゃないんすね。この街道は『建国道』つって、昔の王様が作ったもんなんすよ」




「王?この国の王が作ったのか?」




「あ、違うっす。この大陸を初めて統一した王様のことっすよ」




なんと。


わしの借り物の知識では、このクリーガー大陸は前の世界で言う北アメリカ大陸より少し小さいくらいじゃ。


さながら、アレクサンドロス大王異世界版といったところじゃな。




「まあもう何千年も前のことらしいっす。正直いたかどうかもわかんないっすけど、こんな道作れるんだからすげえ王様だったんじゃないすかねえ」




「じゃろうの。大陸全土に道を作るなら、10年や20年ではとても足りぬじゃろうし・・・」




「空飛ぶデカい船を持ってたとか、エルフより長生きだったとか、いろんな伝説が残ってまさあ」




以前アゼルが話していた『旧文明』関係かもしれぬな。


まったく、この世界は面白いのう。






わしら一行は森に入ってしばらく歩き続けた。


道がしっかりしておるから、歩きやすくていいのう。




「そのリーノちゃんっての、かわいそうっすねえ」




「おなごを騙して金を巻き上げるなんぞ、傭兵の・・・いや男としてもカスじゃ。おぬしも気を付けるんじゃぞ」




「えへへ・・・俺っちは巻きあげられる方が性に合ってまさあ」




「それもどうなんじゃ・・・ぬ」




無駄話をしつつ歩いておると、街道の左右から気配がする。


柄に手をかけ、ダイドラに言う。




「武器を抜いておけ・・・何か来る。わしは馬車の左側面に出る、おぬしは右じゃ」




「え?・・・へ、へい!」




ダイドラが腰に吊っていた2本の斧を持つ。


何か臭いを嗅ぎ取ったらしい、尻尾が逆立っておる。




「御者ァ!!何か来よるぞォ!!!」




前方に声をかけ、馬車の左側に走る。


わしの声を聞いたのか、こちらにはラギの姿がある。


素早いのう・・・




「射線を確保せい!馬車の屋根に乗れ!!」




「ワカッタ!」




ラギがしなやかに跳躍し、馬車の屋根に着地。


音がほとんど聞こえんな、いい身のこなしじゃ。


さて、そろそろか・・・気配が強くなってくる。




木立の奥から走る音が聞こえてくる・・・四つ足の獣のようじゃな。


茂みを割って何かが飛び出してきた。




「しゃあっ!!!!」




体を捻り、初太刀の抜き打ちを放つ。




「キュオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」




そいつは耳障りな悲鳴を上げる。


手応え、あり!




「ギ・グリフォン、ダ!」




ラギが後方から声を上げる。


それがコイツの名前か。




頭と前足は鷲のような、胴体と後ろ足は獅子のような魔物じゃな。


かなりデカい、馬車と同じくらいの大きさじゃ。


右前足をざくりと斬りつけたが、致命傷ではないな。




「キュア!!!」




傷ついた前足を振り下ろして、叩き潰そうとしてくる。


直線的で読みやすいのう!




「オォッ!!」




脇に構え前方に深く踏み込み、前足をくぐりつつ、がら空きの胴体を斬り後ろへ抜ける。




「ギュウアッ!?」




ほう、これだけ斬っても内臓まで届かぬか!・・・面白い!


振り返る勢いで後ろ足の関節を斬りつける。


動きが止まった・・・さすがにここは鍛えられまい!




「離レロ!」




ラギの声に従い後ろへ跳ぶ。




刹那、重い風切り音と共に巨大な矢が飛来した。




「ギュ!?・・・ァ」




矢はグリフォンの喉から胴体までを貫き、トドメを刺した。




「良い腕じゃ!」




「オ前モ!」




腕を上げてラギに合図を送る。


森の奥に他に気配はない。


・・・こちらは片付いたか。


反対側の様子を見ておこう。






「よっしゃぁ!行けえ!!」




「オオオオオオオオオオオッ!!!」




「ギュン!?」




見に行くと、丁度ダイドラがグリフォンの脳天に2本の斧をめり込ませるところじゃった。


直前にゴドが盾ごと体当たりして動きを止めたらしい。


ほう、こやつらも中々やるではないか。




刃の部分が脳に到達したのか、グリフォンは崩れ落ちて動かなくなる。


即死じゃな、大した力じゃ。




「あっ!兄貴!そっちは大丈夫ですかい!?」




「おう、ラギのおかげで楽に片付いたわい」




周囲に気配はないので、血振りをして納刀する。




「ギ・グリフォンがこんなとこに出るとはな・・・荒野じゃよく見かけるんだが」




盾の様子を確かめつつ、ゴドが言う。




「まあでも、いい臨時収入す!こいつは毛皮が高く売れるんすよ!」




ダイドラが嬉々として討伐部位であろう前足の爪を落とし、胴体の解体を始める。


手際がいいのう、見学させてもらおうか。




「肉は食えんのか?」




「おいおいジュウベエさんよ、肉食の魔物なんざ臭くて食えやしねえぞ?」




ゴドがあきれてように言う。


ふむ、そうなのか。


肉食獣がまずいのはこの世界でも同じか。




大体のやり方はわかったので反対に戻る。


鹿なら捌いたことはあるが、ああもデカい獣は初めてじゃからな。




戻ると、そこにはすっかり皮を剥がれたグリフォンが転がっておった。


皮をかついだラギが、長いナイフの手入れをしている。




「おう、すまんのう。手伝えなんだか」




「気ニスルナ、我、得意。ジュウベ、前デ戦ッタ・・・勇敢」




「それしか戦い方を知らぬだけじゃよ。」




「勇猛・・・ジュウベ、イイ戦士」




「こそばゆいのう、お主こそ大した弓の腕じゃった」




「我、照レル」




御者の許可が取れたので剥いだ皮を馬車に積み、グリフォンの死体を細かく刻んで森に捨てる。


魔法使いがいれば焼くので楽らしいが、あいにくとこの場にはおらんからのう。




血の臭いに魔物が寄ってくる前に移動を開始した。






「いやー、行きだけでこんな稼ぎになるたあ、今回はついてるっす!」




馬車の後方を歩きながら、無駄話をしつつも周囲の気配を探る。


どうやら何もおらんようじゃな。


なんのつもりか、屋根の精霊どもも手で丸を作って知らせてくる。


さながら簡易レーダーじゃな。




「あのギ・グリフォンとやらの毛皮はそんなに高いのか?」




「魔法ギルドが高く買い取ってくれるんすよ!魔法に耐性があるとかで!」




ダイドラはほくほく顔じゃ。


尻尾もウネウネと忙しく動いておる。




「そいつは重畳。ヴィグランデに戻ったらまた黒糸館に行けるのう」




「へへへ・・・兄貴も男なんすね!」




「当たり前じゃ、こんな女がおるか」




「いや、オーガとかの女傭兵はけっこうゴツいすよ?・・・まああっちにはでっかい胸がついてるんで、男には見えないっすけど」




「ほう・・・それはいつかお目にかかりたいものよ」




「兄貴も好きなんすねえ!」




「わしが女嫌いになるとすれば、今際の際だけよ」




「今から行くケファレにもいい店があるんすよ!どうすか今晩あたり!」




「むう、気になるがやめておこう。仕事中ゆえな・・・店の名前だけ教えてくれ、今度行く」




「意外と真面目っすね・・・」




そこはしっかりとしておかねばな。


ぬ、待て意外とはなんじゃダイドラよ。






それから先は魔物に出会うことなく、無事に森を抜けることができた。


開けた場所に馬車を停め、簡単な昼食をする。


固いパンと干し肉、それに生ぬるい塩スープ。


・・・キトゥン嬢の弁当が恋しいのう。




街道沿いにおそらく3時間ほど歩くと、遠くにぼやりと城壁が見えてきた。




「兄貴!ケファレの街が見えてきたっす!」




ヴィグランデの街より城壁が低い。


魔物の襲撃の頻度が低いのか。


ここいらはあちらより平和な地域らしいのう。




城門から街に入り、ギルドで御者から依頼金の半分を貰う。


この後は自由に行動していいらしいが、明日の朝にはギルドに集合してほしいとのこと。




ダイドラとゴドは夜の街へ繰り出すようじゃ。


若いのう・・・いやわしも若かったか。




明日に備えて早々に休むことにした。


ラギも同じ考えなのか、2人でギルドが経営している宿舎に泊まることにした。


場所はギルドの裏手なのですぐに着いた。


泊まりを頼み、食堂で簡単な夕食を摂った。




メニューはパンと何かのごった煮のようなスープ。


どうやら調味料は塩と香草しかないようじゃの、果物の甘さが恋しいわい。




井戸水で体を拭き、用意された部屋に入る。


料金も手ごろじゃが、中々いい部屋じゃな。




手裏剣の確認と整備をすませ、早々に寝ることにした。






『きょうはいかないのー?』『おんなのところ!』『まじめ!』




「・・・おやすみ小人ども」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る