第31話 十兵衛、吸血鬼と戦う。

「・・・と、いうわけじゃ」




セリン、ラギ、ペトラにわしの状況を説明した。




元々別世界の爺だったこと。




リトス様にここに連れて来てもらったこと。




ついでに若返らせてもらったこと。




・・・こうして振り返るとすぐに説明できることじゃのう。


まあ、そもそも別の世界から来たという話がかなりの眉唾物じゃが。




しかし、もうこれ以上嘘を付き続けるのもなんじゃ、その、面倒じゃ。


アリオ殿達には秘密にしておってもいいとしても、この3人は恐らくこれから長い付き合いになる。


命を預けることも、預けられることもあるやもしれん。


そんな相手に嘘を付いたままというのは・・・どうにも居心地が悪いのでな。




3人は口を挟むことなく、じっと話を聞いてくれていた。


さて、どう反応するかの・・・




「で、実際はいくつなんだよジュウベエ」




・・・いつも通りじゃのう、ペトラよ。




「・・・79じゃ」




「へえ、意外と年くってんだなあ・・・」




こやつ、本当にわしの話を聞いておったのか?




「でも納得したぜ。そんだけ長い間鍛えてたならつええわけだわ、70年以上も剣振ってたんだからなあ」




・・・ほう、なるほど。


意外とわかっておるな。




「いいなあ・・・あたいも婆になったら若返りてえなあ。ジュウベエと同じくらい強くなれるじゃんか」




細かいことは気にしておらんようじゃ。


・・・こやつ、いい女になるのう。


今でも十分そうじゃが。




「ジュウベ、親父ト同ジクライ・・・ナノニ、落チ着イテル」




ラギはマジマジとわしの顔を見ながら呟いた。


・・・長生きじゃなあ、リザード。




「お主らとは寿命が違うからのう・・・わしの世界でも、人族なら80も生きれば長生きじゃ」




そう言うと、急にラギはわしに縋り付いてきた。


おいおいおい首が締まるわい。




「嘘!?ジュウベ、アト1年デ死ンジャウ!?ヤダ!ソンナノヤダ!!」




仮面の穴から涙目がチラチラ見える。


・・・そうとらえよったのか、こ奴は。


きっかり80で死ぬわけなかろう。




「ええい落ち着け!若返っておろう!?少なくとも後50年は大丈夫じゃい!!」




「・・・ホント?ホント?」




幼子にするように、頭を撫でる。




「まったく・・・心配性じゃのう、孫がおったらラギくらいの年かのう」




ポンポンと頭を叩く。


尻尾が足元で跳ねまわってうるさい。


図体は大きいのに、こういう所は年齢相応じゃな。




「でっかい孫ができたなあ!ジュウベエ」




ペトラはさも楽しそうに笑っている。


こやつめが、他人事だと思って・・・




ラギを落ち着かせていると、セリンが黙ったままだということに気が付いた。


座ったまま顔を俯かせ、何やら小さな声でブツブツ言っておる。




「・・・すわ」




何と言っておるのか聞こうとした瞬間、セリンは目を爛々と光らせてわしの方を見る。




「すっばらしいですわ!!」




『ぴえ!』『こわえるふ!』『こわこわ!』




あまりの迫力に、精霊どもがわしの服の中に逃げ込む。


そんなことなどお構いなしに、セリンが凄まじい勢いでにじり寄ってきた。




「エランリュリ師の『多元宇宙論説』は本当だったのですわ!なんてことですの!あああ・・・この波長、この不可思議な魔力波長が別世界の住人ですのね・・・!!」




そのままの勢いでセリンがわしの胸に飛び込み、何やら頬を上気させながら体を摺り寄せ、潤んだ瞳で見上げてくる。


おいやめんかどこに手を入れておる!


嫁入り前の娘がなんとはしたない!!




「ジュウベエ!あなたの世界のことを教えてくださいまし!隅から隅まで教えてくださいまし!」




「やめんか馬鹿者アリオ殿が起きるであろうが!」




「ダメ!セリン、メッ!!」




「がっはっは!賑やかだねえ!」




ペトラも見ておらんで助けろ!


セリン・・・こやつなんという力の強さじゃ!


全く引きはがせぬ!


ラギが一生懸命後ろから引っ張ってくれているが、それでもわしに張り付いたように離れぬ!




「地形は?種族は?生活様式は?国は?歴史は?民族は?なんですのなんですのなんですのお!?」




・・・目の焦点があっておらぬ!


なんじゃこの迫力は!?


こうなっては仕方があるまい・・・アレを使う!




「ええい・・・落ち着け!」




「ひぎぃ!?んああっ!?」




縋り付くセリンの背中にあるツボを強く押す。


ここを押されれば脱力するはずじゃ。


電撃が流れたようにセリンは仰け反り、珍妙な叫び声を上げてやっと静かになった。


・・・まったく、せわしない奴よ。




「のう、聞かれれば答えてやるがお主はがっつきすぎじゃ。わしより何倍も生きておるのに、少しは落ち着かぬか」




「あぁん・・・んんぅ・・・わ、わかりまひたでしゅわ・・・」




クラゲか何かのようにぐったりと伏せ、はあはあと息を漏らすセリン。


・・・おい、これはそんな変な効果のあるツボではないぞ。




「ジュ、ジュウベ、大人・・・」




ほら言わんことではない、すっかりラギに悪影響が及んだではないか。




「・・・寝る!寝るぞわしは!」




全ての現実から逃げるように、わしはとっとと寝袋に潜り込んだ。


・・・知らんわもう。


明日になればセリンも落ち着くじゃろう。




『あったかー』『ふかふかー』




いつの間にか復活しておった精霊どもの声を聞きつつ、わしは無理やり目を閉じた。








「申し訳ありませんわ・・・」




朝起きると、昨日とは別人のようなセリンがおった。


まったく・・・研究者という者たちは全てこうなのか?




「わかればええわい、聞きたいことがあるなら教えてやる・・・が、節度を持てよ、セリン」




「あううう・・・恥ずかしいですわぁ・・・もうお嫁に行けませんわぁ・・・」




よくわからんポーズで地面に座り込んでおる。




「ジュウベエ様・・・あの、その・・・大変ですな・・・エルフの皆様は情が深いらしいですから・・・」




激しく何か勘違いしておるアリオ殿が気を遣ってくる。


いかん、この勘違いはいかん!




「そういう色気のある話ではないですぞアリオ殿!このような凹凸のない肉体に欲情なぞせぬ!」




「ちょっとォ!!昨日のことは申し訳ないですがそれとこれとは話が違いましてよ!!誰がレガッソン断壁ですのオオオオォ!!!!!」




恐らくは有名な断崖絶壁であろう名を叫びながら、セリンがわしに縋り付く。


ええい離さぬかこの・・・力が強い!!




結局、もう一度あのツボを押す羽目になった。


あられもない叫びを上げてくたりとセリンは横になった・・・何故そんなに艶めかしい悲鳴を上げるのか。


アリオ殿の疑いは・・・晴れておるのか、これは?


『若いですなあ・・・』と遠い目をして笑っておる・・・晴れておらん!


ああもう・・・起きてきたラギにも変な目で見られるし、厄日じゃ今日は。


ペトラは爆笑しておったが。




まったく、戦う前に変に疲れたわい。






「くれぐれも、お気をつけて」




「帰りは夜になりましょうな、気長に待っていてくだされ」




見送るアリオ殿に返す。




「アゼル、頼むぞ」




「はいっ!お任せください!!」




留守を任せるアゼルにも声をかけ、昨日の洞窟へ向けて歩き出す。


体調は万全じゃ、抜かりはない。




「ジュウベエ様・・・」




「おう、確か・・・トログじゃったな」




そろそろ村の出口、というところでトログに会った。


昨日よりはいい顔になったのう。


家族を守る男の顔じゃ。




「昨日はありがとうございました・・・また、戦いに行かれるのですね」




「ああ、後顧の憂いは断たねばならぬ」




「・・・どうか、ご武運を・・・自分の村なのに、戦えない身が恨めしいです」




拳をきつく握り、悔しそうにこぼすトログ。


わしは、思わず軽く頭をはたいた。


結構いい音じゃな。




「馬鹿者」




「えっ」




きょとんとした顔のトログを睨む。




「考え違いをするな、お主は戦わねばならぬぞ」




「お、俺が・・・ですか?」




「日々を生きるのも戦いよ・・・お主が守らねばならんのはまず嫁さんじゃろうが」




肩をぽんと叩いてやる。




「家族を守り、村を守り、命を紡げ。それはわしの戦いよりよほど尊く、そしてよほど辛い・・・長いぞ、お主の戦いはのう」




「それが・・・それが、戦いでしょうか」




「おう、お主にしかできぬ戦いよ・・・ぬかるなよ?無様を晒せば・・・ほれ、サグに怒られるぞ?」




胸元から短剣を見せる。


トログは一瞬泣きそうな顔でそれを見つめ、その後目に力を込めてわしに頷いた。




「はい・・・はい!」




「おう、いい面構えじゃ・・・こりゃあええ親父になるわい、はっはっは」




ばんばんと肩をまた叩き、わしらは歩き出す。


背後で、トログがずっと頭を下げておる気配がした。




「さっすが爺だなジュウベエ、いいこと言うじゃねえか」




「はっは、伊達に長生きしておらぬよ」




ペトラの声に答えつつ、気持ちを切り替えていく。


さて・・・これからは命の取り合いじゃ。


腰を据えてかからねば、のう。








「ひゃ~!すっげえ!ジュウベエすっげえなあ!ほとんど一撃じゃねえかよ!」




洞窟に入り、奥へと続く道を歩いているとペトラが死体を見て言う。


そこら中に転がっとるしな、盗賊ども。




「なあに、酔いつぶれて連携もろくに取れぬ者共じゃ、物の数にも入らぬわ」




「なあセリン見ろってこれ!すっげえぞ!頭が綺麗に真っ二つだぜ?それも縦だぞホラホラ」




「ちょっと!断面を見せないでくださいまし!!」




「ダメ!ペトラ、バッチイ!!」




嬉々として盗賊の死体を持ち上げるペトラ。


思わず顔を背けるセリンと諫めるラギ。


・・・賑やかなことじゃわい。






死体を見つけては喜ぶペトラに辟易しつつ、村人の檻が置かれていた広間へたどり着いた。


うむ・・・やはりこの先じゃろうな、風に潮の香りが混じっておる。




「恐らくこの先が入り江になっておるのじゃろうな・・・」




『なってる!』『ふなつきばー!』『ざぱーん!』




肩の上に乗った精霊どもがきゃいきゃい騒ぐ。


・・・先に教えぬか。




『さっぷらーいず!』




「はいはい・・・」




セリンが杖の先端に灯した不思議な明かりを目印に進んでいくと、はたして波打つ音が聞こえてきた。


やはり海に繋がっておったか。




「はえー・・・意外とでけえな。こりゃかなり大掛かりな奴隷商売になってたんだなあ」




「桟橋、大キイ」




「敵は吸血鬼・・・となると、他の場所にもあるでしょうが・・・とりあえずここは確実に潰しておきませんとね」




ラギの言う通り、大き目の桟橋じゃな。


かなり大きな船でも利用できそうじゃ。


ここで奴隷を積み込み、そのまま帰るというわけか。




「ふむ、何か来そうな気配はないし・・・しばらくここで休むとするかの」




かがり火台にセリンが火を点けるのを見つつ、提案する。


やはり吸血鬼、日中には活動せんらしいの。


夕方か、夜にならねばここには来ぬじゃろうなあ。




「とりあえず隠形の結界を張りますから、その後でゆっくり作戦会議といきましょうか」




マジッグバッグから綺麗な石と紙を取り出し、セリンがとことこと歩き出す


棒を使って直径10メートルほどの円を地面に描いたセリンが、等間隔で紙と石を置き何やら唱えている。


唱え終わると、半透明の幕が一瞬見えた。




「はい、一丁上がりですわ!これで外部からわたくしたちは見えませんわよ」




いつぞやの夜にわしが使われたものと同じじゃな。


外から見ても何も変わらんなあ。




「ほう・・・便利なものじゃな」




「かなり高位の魔法使いには違和感を感じ取られますけれど、大体は気付けませんわ」




・・・すごいのう、魔法。


この世界はある意味、もとの世界の先を行っておるな。




「さてと・・・作戦会議ですわ!」




きりりと表情を変えたセリンの元、わしらは結界の中に車座で座った。








どれくらいの時間が経ったであろうか。


かがり火が照り返す水面に変化がある。


遠くに船影が見える・・・ような気がするのう。




「・・・来るな」




「ムニャ・・・?」




背中に寄りかかって眠っていたラギが目を覚ます。




「セリン」




「ええ、気付きましてよ・・・来ますわね」




・・・格好つけて答えるなら、わしの膝に乗せた頭をどけぬか。


よくわからんエルフじゃのう。




「ラギ、準備はよくって?」




「イツデモ!」




ラギはいつもの矢に、宝石を括りつけたものを準備している。




「あたいらは後詰だなあ」




「ぬかるなよ、ペトラ」




「おう!」




わしらは武器を点検し、体をほぐす。


いくらなんでも、海の上にまで飛んでは行けぬ。


まずはラギとセリンに任せよう。




「・・・モウ少シ」




ぎちぎちと弦を引き絞りながら、ラギが慎重に狙いを定める。


驚いたことに矢の数は6本、扇状に広がって装填されている。


・・・なるほどのう、あの連射速度の秘密はこれか。




「・・・アト、少シ」




鱗に覆われたラギの腕に、縄のような筋肉の束が浮き出る。


あの弓、とんでもない強弓じゃな。




「・・・撃ツッ!!」




びょう、という弦鳴りと共に6本の矢が同時に射出される。


それらが虚空に吸い込まれると同時に、ラギはまた新たな6本を放つ。




「・・・刺さりましたわ・・・いい腕ですわね」




目を閉じ、杖を額に当てるセリンがこぼす。


杖の先端が光り、目を見開いたセリンが叫ぶ。




「『弾けて混ざれ』!!」




一瞬後、暗闇が真昼のように明るくなり、波間に船の姿を浮かび上がらせる。


大きい船じゃな・・・乗っているのは・・・何人かはわからんが、かなりの人数じゃ。


その後、船体のあちこちから爆発が上がる。


見る見るうちに船体が炎に包まれていく。




これが、今回の作戦じゃ。


まず気付かれていない距離から、セリンが爆発の魔法を封じ込めた石(魔法石と言うらしい)を矢にくっつけて飛ばす。


着弾後、魔法で爆発させて先制攻撃。


あわよくばこれで全滅させようというものじゃが・・・そうもうまくはいかんようじゃな。




「いくつか影が跳んだ・・・来るぞ、ペトラ」




「へっへへ、腕が鳴るねぇ・・・!」




爆発の瞬間、宙へ跳ぶ影が見えた。


ここからはわしらの仕事じゃな。






影が下り立つより一瞬早く、わしとペトラは結界から飛び出した。




「『地母神の加護よ』!!」




暗闇に鮮やかな朱色の閃光が走る。


わしは、ペトラとは逆の相手に向かって跳ぶ。




「なんだ貴様r」




「しゃあっ!!!」




紫色の美男子の顔を撥ね飛ばす。


馬鹿めが、声をかける暇があれば動かぬか。


驚いたように大口を開けたまま、吸血鬼の首は灰になった。


・・・やはり、魔法を斬った時よりも少し疲れが強いのう。




「ぎいいあああああ!?」




「るうううううおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!」




視界の隅で、ペトラの戦斧に十字に斬られる吸血鬼が見える。


あちらは気にせんでもよさそうじゃのう。




なんせ、まだまだ来るからのう。


上空には、岸に降り立とうとしている無数の影。




「おのれっ!」




仲間の死に様を見て、空中で戦闘態勢に入る吸血鬼。


翻ったローブの裾から覗くのは、黒い剣。


ほう、こ奴は剣士か。




着地しながらの振り下ろしを横に跳んで躱し、同時に手裏剣を投擲。




「ぎっ!?」




ローブ越しに、どこかへ刺さったようじゃな。


鉄製じゃから致命傷にはならんが、動きを止めるには十分じゃ!




「ぬうんっ!」




「ぎゃっ!?」




深く踏み込み、足首を斬り飛ばす。




「おおおっ!!!」




空中で刃を翻し、胸を切り裂く。


何か軽い石のようなモノを斬った手応えがある。


なんじゃ、これは。




「ぎ・・・あ・・・」




吸血鬼が瞬時に灰へと姿を変えた。


・・・ほう、これが弱点か。


デカいゴブリンのように、魔石が胸に埋まっておるのか。


これは楽じゃのう。


隙があったら狙ってみるか。




「うううおおおおっ!!!」




そう考えながら後ろへ跳ぶと、さっきまでわしがいた所に黒い・・・大鎌が突き刺さる。


はは、大鎌とは・・・初めて見たわい。




「おのれえ!!おのれえ!!!」




吸血鬼が着地するなり、叫びながらそれを振り回す。


ほほう・・・あれほどの大鎌をよくも振る。


膂力は中々のものじゃな、この吸血鬼。


槍とも薙刀とも太刀筋が違うのう・・・面白い!




「はっは、こりゃいいのう・・・扇風機にはまだ早い季節じゃが」




「貴様ァ!!おおのれええええええ!!!」




扇風機が何なのかはわかっておらぬようじゃが、馬鹿にされたことはわかったらしい。


・・・若いのう。


目に見えて太刀筋が乱れ始めたわい。




わざと大き目の動作で後ろに跳ぶフェイントを入れる。


案の定振り上げの体勢に入ったので、瞬時に懐へ踏み込む。




「残念」




「っぎ!?っがァア!?」




脇差で指を切り落とし、そのまま喉に突き入れる。


気合を入れ過ぎたのか、疲れと共に吸血鬼の喉が円状に灰と化して消し飛んだ。


・・・いかんのう、出力?が安定せん。


もう少し練習せねばな。




「『塵より生まれし者、塵に帰れ』!!」




わしの横を通り過ぎた光弾が、着地した吸血鬼の胴体に大穴を開ける。


おお、体が泣き別れになったぞ。


セリンもやるのう。




じゃが近距離では分が悪い。


ラギ共々気を付けてやらねば。




「うるあぁ!!もっと来いよおおおおお!!!」




ペトラは・・・心配なさそうじゃな。


腕やら足やらが空中に乱れ飛んでおる。


聖剣うんぬんは関係なさそうじゃな、ああまでバラバラじゃと。




「もらったァ!」




「戯けが」




横薙ぎに振るわれる槍を伏して躱しつつ踏み込み、低く回転しながら腹を斬り抜く。


不意打ちに声を出すとはのう。


吸血鬼は阿呆しかおらんのか?


散らばるはらわたが灰になり、地面へ落ちる。




前方にふわりと着地した吸血鬼が、わしに手を向ける。


収束する魔力を感じる・・・魔法使いか!




「『黒吠雷』!」




手のひらから発生した黒い稲妻が、わしに飛ぶ。


昨日の吸血鬼と一緒じゃな。




「っし!!」




脇差で斬り飛ばし、前へ走る。


ほう・・両手で構えるということは連射か!


時間差を付けて放たれる稲妻を、二刀で斬り飛ばしながら走る。




「っこの・・・!このォ!!」




そろそろ間合いに入る頃、吸血鬼は焦れたように両手を合わせる。


・・・大技が来るか。




「『夜より来たりし漆黒n』・・・!?」




馬鹿者が、判断が遅いわい。


吸血鬼は目を見開き、喉に突き刺さった十字手裏剣を見ている。




「おおう、りぃやぁ!!!!」




どん、と踏み込みつつ、両手に握った二刀を交差する軌道で振り抜く。


吸血鬼の胴体に吸い込まれた二刀は、易々とそれを両断した。




「っひ!?」




灰の中を駆け抜け、背後の吸血鬼に向けて脇差を投げる。


虚空を切り裂いた脇差が、胸の中心に深々と突き刺さった。


・・・なるほど、わしの手から離れれば普通の脇差と変わらぬのか。


灰にはなっていない。




「っぎぃい!?」




まあ、痛みで動きが止まれば同じことじゃがな。




「っはぁ!!」




踏み込んだ勢いを逃さず、恐怖に歪んだ首を撥ね飛ばした。


空中に飛んだ首は、地面に落ちる前に灰になって散った。


胴体に刺さった脇差を抜くと、柄を持った瞬間に少しの倦怠感。


じわじわと胴体も灰になって散った。




・・・ふむ、これでわしの方はあらかた片付いたのう。


セリンたちの方でも終わったようじゃ。


これで全員か。


吸血鬼と言っても、さほど強いわけでは・・・






『じゅうべー!うえ!!』






精霊の声と同時に、不意に気配が産まれる。


背筋に悪寒が走り、後方へ跳ぶ。


遅れて、地面に鋭利な短剣のようなものが突き立つ。


数は無数。


漆黒の刃じゃ。


まだ上におったのか・・・どうやら、今までの連中とは格が違うようじゃのう。




「・・・あれを、躱すか」




虚空から声が響いたかと思うと、空中にローブを纏った吸血鬼が姿を現した。


隠形の結界・・・か。




「誇れよ人族。ここ100年はないことだ」




「ハッ!それは随分と弱い者虐めをしてきたようじゃのう・・・」




ふわりと地面に降りた吸血鬼が、フードを外す。


・・・女か。


額にも目がある、すこぶるつきの美人じゃが・・・


視線が気にくわんな。


他者を塵芥同然に思っている目つきじゃ。


わしの好みではない。




「大した使い手でもないが、部下をすべて失ってしまった。お前の血で贖ってもらう」




「残念じゃがそんな安値では売ってやれんのう・・・トマトジュースでも啜っておれ」




吸血鬼がローブの前を開け、剣を抜く。


西洋風の豪奢な長剣じゃな。


だが、ただの美術品ではない。


刀身から禍々しい気配が立ち上っておる。




「さてさて、恐ろしいのう。その刀で何人斬った・・・吸血鬼」




「さて、同族は斬らぬから零といったところか。貴様ら人族なら無数に斬ったが・・・数えるのも馬鹿々々しい」




吸血鬼が構える。




「お前は少し面白いな、人族・・・我が名を聞くことを許そう」




「悪いがのう、蝙蝠もどきの名なぞ聞いたところで腹の足しにもならんわい」




言い返すと、凄まじい殺気が空間に満ちた。


はは、煽られるには慣れておらんか吸血鬼。




「そうか・・・死ね」




言い放った途端、吸血鬼は冗談のような踏み込みでわしに肉薄する。


なんと、速い!!


動作にブレが極端に少ない、こやつかなりの使い手じゃ!




剣と刀とが音を立てて衝突し、刀からは紫電が、剣からは黒い稲妻がほとばしる。


躱す暇がなかった・・・わしに、受け太刀を使わせるとは・・・




面白い!


面白いぞ!!




「笑うか・・・貴様!」




「はは、ははははぁ!さぁて・・・やろうか、吸血鬼!!!」




この世界に来て初めて出会う強者。


背筋に震えるような歓喜を感じながら、わしは歯を剥き出して笑った。




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