第44話 十兵衛、アーク=エルフと知り合う。
「アーク=エルフ様だあ・・・なんとお美しい」「俺初めて見ちまったよ!寿命が延びそうだぜ!」「おいらは逆に縮みそうだあ・・・」
野次馬がそう言い合うのをよそに、竜から降りた4人はバッフに先導されてギルドの中へ。
「竜が飛ぶぞォ!みんな離れろォ!!」
そうギルド職員の声が飛ぶや否や、野次馬はさらに距離を取った。
白い・・・魔導竜は周囲をくるりと一瞥して、「クルルゥ」と一声。
軽く翼を振って、ふわりと浮き上がるように飛び上がった。
巨体に似合わず、随分と可愛らしい声じゃな。
「キュアァ!」
凜と一声吠えると、魔導竜はあっという間に上昇した。
一呼吸の間にあそこまで・・・アレではジェット機でも追いつけんのう。
夕暮れの空に一筋、流星のような軌跡を残して・・・あっという間に消えていった。
「ひやー・・・今日は珍しいもんを何個も見ちまったなあ」
わしの横でペトラがこぼす。
同感じゃわい。
「イイモノ、ミタ!」
・・・いつからわしの後ろにおったんじゃ、ラギよ。
「・・・たまげたらより腹が減ったわい、何か食いに行くか?」
「お、いいねえ!行く行く!」
「行ク!!」
昼は半分以上肉を残してしもうたしの。
「私もいっくわぁ~」
ライネが後ろから抱き着いてきよった。
ううむ、幸せな感触じゃ・・・
しかしこやつもいつの間に・・・
「ライネ、ギルドの仕事はいいのか?」
「うふ、今日はお休みなのよぉ?前もって通達されてたけれど、あのアーク=エルフさんが原因ねえ」
「ほう、そうなのか?」
「なんでも魔法ギルドと大事な会議があるんですって。一部の職員以外はみんなお休みぃ」
なるほど、ギルドに人気が無かったのはそのせいか。
「あ、来た来た」
ライネの声に目を向けると、道の向こうから護衛の兵士に守られた魔法使いらしい一団がやってくる。
後ろの方に、セリンらしきのが見えるの。
野次馬を押しのけるその一団の先頭には、杖を持った見慣れぬ種族の・・・女、か?
「あの種族は初めて見るのう、女・・・でいいのか?」
「ヴィグランデ魔法ギルド長、『森呼び』のニキータ・・・ドライアドっていうのよぉ、ジュウベエ」
髪は植物の葉。
体は・・・木彫りの女神像のようじゃ。
継ぎ目のない彫刻が、ぬるぬると動いているように見える。
しかも・・・当然じゃが『二つ名』持ちか。
ふむ・・・しかし美しい種族じゃ。
荘厳ですらある。
・・・何故背中を抓る、ライネ。
「へえ、ウチの方のダナイデスってのとは別なんかな?」
「親戚みたいなものねぇ、森によって微妙に違うのよぉ」
ふむ、ペトラの故郷にもおるらしい。
「森カラ離レルノ、珍シイ!」
「彼女は変わり者で有名らしいからねぇ・・・ギルド長揃い踏みに、アーク=エルフまで・・・これ、ちょっとした一大事ねぇ」
ふうむ、何かが起こりそうじゃの・・・おもしろくなりそうじゃわい。
じゃが、わしらには今の所関わりはない。
とにかく、腹ごしらえじゃな。
「まあ、とにかく飯に行くか・・・ライネよ、連れて行くからそろそろ離れぬか?」
「おんぶしてもいいのよぉ?よくペトラにしてるみたいにぃ」
「ばっばばば馬鹿野郎!そんなに頻繁じゃねえやい!!」
「はっは、お主が酔いつぶれたらそうしてやろう」
「イイナー・・・ンミュ!?ヨクナイ!!」
きゃいきゃい賑やかなまま、わしらは食事処へ歩き出す。
今日はどこへ行こうかのう?
「あーうめえ!いっくらでも飲めるぞォ!!」
上気した頬を緩め、ペトラが大きいジョッキを持ち上げる。
相変わらずよく飲むのう・・・
ここは、ペトラのおすすめだという居酒屋じゃ。
店内はその古さから雑多な印象を受けるが、掃除は行き届いており汚い感じはない。
料理は豪快な焼き物と強い酒が主体・・・なるほど、ペトラが好きそうじゃ。
「アムマム・・・ウマ!ウマイ!!」
例によって何かはわからんが、巨大な骨付きの肉を夢中で頬張るラギ。
夢中すぎじゃぞ、仮面が肉汁塗れではないか。
「豪快なのに大味じゃないわねぇ・・・いいお店知ってるのね、ペトラ」
上品にナイフで肉を切り分けながら、ライネも満足そうじゃ。
木でできたコップを呷る。
酸味と酒精のきつい果実酒じゃが、濃い肉料理によく合うわい。
値段も高くはないし、中々いい店じゃのう。
「ほいよ、お待たせ」
どん、と目の前に肉野菜炒めめいたものが載った皿が置かれる。
そこには、にこやかに・・・たぶん笑っておる男の熊っぽいビースト。
毛皮で隠しきれぬほどの筋肉・・・こやつ、強いのう。
前掛けをしているから・・・ここの従業員かの?
「うまそうじゃが・・・わしらは頼んでおらんぞ?」
「おう、コイツは店からの・・・俺からの奢りだ!遠慮すんな!!」
ふむ?
なんでまた・・・?
「おー!おっちゃん!今日は気前いいなあ!!」
「ばっかやろう、俺はいつでも気前がいいんだよ!」
気安い様子で話しておるのを見るに、ペトラとは顔見知りか。
「この強そうな兄さんが例の『ジュウベエ』だろ? この先も末永く通って欲しいからな! 先行投資……ってやつだ! もちろん2人のお嬢さんにもな!!」
ほう?わしを知っておるのか。
「ペトラはここんとこ酔うと毎回『ジュウベエはすげえ!』だの『ジュウベエはつええ!!』だの大騒ぎだからな!がはは、今日やっとこの目で見れたぜ!」
「ぶばぁ!?ちちちち違わい!!そんな頻繁に言ってねえよ!!」
わしに向かって盛大に酒をぶちまけ、目を白黒させるペトラ。
酒がもったいない。
これだけで酔いそうじゃわい。
「アアア・・・キレイキレイ・・・ミュアア!我ハイイ!?」
ラギがわしの顔を拭いてくれるので、わしもお返しに拭いてやる。
「まるで親子ねぇ・・・」
苦笑いしながらわしらを見るライネ。
年齢から言えば祖父と孫じゃがなあ・・・
ペトラは、何やらビーストと言い争っておる。
随分と真っ赤じゃな・・・そんなに恥ずかしいのか。
「がはは!そいじゃごゆっくり!俺は店長のハイグルだ!!」
ビースト・・・ハイグルはそう言うと、楽しそうに厨房へと戻って行った。
「行っちまえ行っちまえ!!・・・ったくぅ」
照れ隠しのように、ペトラは酒を呷る。
微笑ましいのう。
「ふふふ・・・さぁて、それじゃ聞かせてもらおうかしらぁ?デュルケンでの大冒険を!」
目に好奇心を光らせ、ライネが水を向けてくる。
こやつ・・・それが目的だったんじゃな。
「ジュウベ!スゴカッタ!!」
「ああうん、そうじゃなくってぇ・・・」
激烈に説明が下手くそじゃな、ラギ。
「つってもあたいらは港にずっといたからなあ・・・ここはジュウベエに頼むぜ!」
・・・そうなるとは思っておったよ。
あまり終わった戦いをひけらかすのは好きではないんじゃがな。
まあ、酒の肴に丁度いいか。
「さてのう・・・それではまず初めから・・・」
コップに残った酒を飲み干し、わしは語り始めた。
「ニャム・・・」
「ジュウベエ、ホントに力が強いのねえ・・・ラギちゃん結構重そうなのにぃ」
「うにゅ~・・・めがまわりゅ・・・」
「相も変わらず飲み過ぎじゃ、ペトラ」
すっかり日の落ちた街を、4人で歩く。
背中に背負ったラギは、何やら幸せそうに寝言を呟いておる。
「たった1杯でこんなに酔うなんてねえ・・・」
「ま、その方がええじゃろ。体のためにはのう」
わしが語った武勇伝のようなモノ。
それは3人をかなり興奮させ、もっともっととせがまれた。
気付けば、別の卓の客も聞いておったなあ。
移動が大変なこの世界では、外の話を聞くのがかなり刺激的なんじゃろう。
盛り上がったのはよかったが・・・ラギが興奮のあまりペトラのジョッキを誤って飲み干してしもうた。
一瞬でその顔は赤く染まり、すぐにテープルへ突っ伏して寝始めた。
話も終わり、時間も遅くなったで帰ろうとしたが起きぬ。
というわけで、わしが背負うことにしたのじゃ。
ペトラはご覧の有様じゃから頼めぬし、ライネにはちと荷が重いしのう。
「ご苦労様ジュウベエ、ここでいいわ」
「うぁ~・・・?ここどこぉ?」
「しっかりしなさいよもう!宿の前よぉ!」
いつしか3人の宿に着いたようじゃ。
傭兵は宿暮らしが多い。
依頼があれば東奔西走大忙しじゃからな。
しかもここは女性傭兵専用。
セキュリティもしっかりしているらしく、なかなか人気の物件らしい。
ライネもその理由でここに住んでおるようじゃ。
まあのう・・・これだけ美人なら、下手な所に住めば貞操の危機じゃな。
「よっこいしょ」
宿の前のベンチに、ラギを座らせる。
「ほーれラギ、着いたぞ」
「ウニュム・・・ハァイ」
仮面の上から目をごしごし擦り、ラギは目を開ける。
「ジッチャ・・・アタシ、マダネル・・・」
「ふふ、酔い過ぎて子供に戻ってるわぁ」
わしを爺様と間違えているのか、かわいらしいことを言うラギをライネに任せる。
「お主もしっかり寝ろよ、ペトラ」
「うい~・・・おやしゅみ~・・・」
頭をガシガシと掻きながら、ペトラは一足先に宿へ消えていった。
「後は頼むぞ、ライネ」
「はぁい。さ~ラギちゃん、おねんねしましょうね~」
「バッチャ・・・」
「誰がおばあちゃんですってえ!?」
ぎゃいぎゃい騒ぎ始めたライネに手を振り、わしは帰路に就くことにした。
頭上に浮かぶ月を見上げながら歩く。
前の世界とは色も大きさも違うが、それでも月はいい。
風流じゃなあ・・・
適当な酒場で酒を買って、月見酒と洒落こむのも一興かのう。
・・・おう、この世界に来て良いことがもう一つあった。
酒に付き合ってくれる奴が多い事じゃな。
前の世界はのう・・・弟子は全員下戸じゃったしな。
いや、無我は違うが・・・あ奴は酔うと無限に嫁さんのノロケを言うからのう。
懐かしい面々を思い返しながら歩いていると、ふと違和感に気付く。
―――周囲に、気配が全くない。
先程まで聞こえていた街の喧騒も消えている。
まるで、ゴーストタウンじゃ。
この感覚には覚えがある。
以前に暗殺者に襲われた時と同じ・・・『結界』とやらが使用されておるんじゃろう。
さて、どうしたものか・・・そう考えていた時。
半ば無意識に抜刀し、目の前の空間を斬り付けた。
しかし我が愛刀は空間を薙ぐことはせず、代わりに虚空から突き出た槍の穂先を斬り飛ばす。
跳び下がり、次に備える。
「さてさて・・・今日はいい日じゃな」
わしは何を斬った?
斬り飛ばした穂先は空間に溶けるように消えてしもうた。
こうなるということは・・・あの槍は実体ではあるまい。
「珍しいものを見て、美味い酒を飲み、最後にはいい相手・・・ふふ、まっとこ良き日じゃわい」
軽口を叩きながら、気配を探る。
・・・ぬ
ごくごく薄い気配を感じる。
殺気を出す人間よりも、もっと微かな気配を。
「南雲流、十兵衛・・・参る!!」
下段から上段に切り替えつつ、体を半回転。
「っしゃあ!!」
振り返った空間を、上から下に両断する勢いで振り下ろす。
・・・!?
が、刃は丁度わしの頭ほどの高さで何かに阻まれるように止まる。
なんと、面妖な・・・!
何かに包み込まれておるようじゃ・・・!
そう思案した瞬間、横の空間に歪みが『視えた』
「っふ!!」
またも虚空から出現した槍を、片手で抜いた脇差で逸らす。
さてさて、このままこうしておるわけにも・・・いかんなあ!!
絡めとられた愛刀の柄を力強く握り、丹田から力を出す。
「コォオオオオオ・・・!!」
息吹の要領で、魔力を刀に伝える。
体を通った魔力が柄から刀身に流れ込むのを感じる。
吐き切った息を止め、大きく吸い込む。
「・・・っがぁあああああああああああああああああああああ!!!!!」
息を吐き出すと同時に、刀身から放出される紫電。
辺りが昼間のように明るく染まる。
「GAAAAAAAAAAAAGYAAAAGIIIII!!!」
虚空にそれが触れると、何かが痙攣しながら現れた。
全身を紫電に焼かれてのたうつそれは、鎧を着た・・・人形じゃった。
ロボットめいた動きでしばし動いた後、それは空間に掻き消えるように消え去った。
ふむ、傀儡か。
これも魔法かのう。
なるほど、どうりで殺気が感じられんわけじゃ。
体から力を抜くとほぼ同時に、先程と同じ気配が背後から。
間抜けが!
もう気配は覚えたぞ!!
「おぉおっ!!」
振り向きざまに横薙ぎに振る。
青い軌跡が踊り、今まさにわしに突きかかろうとしていた人形を焼き斬る。
胴体を両断された人形が、でたらめに痙攣して空間に溶ける。
「・・・種が割れた手品なぞ、何度やっても同じことよ」
確信がある。
これをやった術者が、近くにおるという確信が。
薄い人形の気配に交じって・・・さらに薄い気配がある。
―――殺気!!
正面に突如として膨れ上がった気配。
瞬時に空間を断ち割り、大上段から大剣が振り下ろされる。
「っしゃあぁっ!!!」
その振り下ろしに合わせ、こちらも振り下ろす。
一瞬力を込め、向こうの刀身の軌道をほんの少しズラす。
「が!?」
奴の振り下ろしはわしの肩を掠め。
わしの振り下ろしは、確かな手応えと共に何も見えぬ空間を・・・断ち割った。
南雲流剣術、奥伝ノ四『天面合撃てんめんがっし』
服一枚とはいえ、逸らしきれなんだか・・・中々の剛力じゃ。
「うぐ・・・」
空間が揺らぎ、よろめきつつ人の姿が現れた。
おや・・・?
こやつは・・・?
現れたのは、昼間にギルドの前に降り立ったエルフの護衛。
白銀の鎧に身を包んだ・・・なんといったかの。
まあとにかく、そやつじゃった。
「・・・参った、殺せ」
兜に縦の傷を刻んだそ奴は、剣を支えになんとか立っておる。
ほう・・・アレをまともに喰らって斬れぬ兜、か。
かなり頑丈じゃな。
もっとも、中身は衝撃で脳震盪くらいは起こしておるじゃろうが。
いまいち効果はわからんが、魔力も通っておるじゃろうし。
「・・・挑まれて相手をするのはやぶさかでもないが、わしに何かの遺恨あってのことかのう?」
そう言いつつ納刀する。
鯉口は、まだ切っておく。
「・・・」
だんまりか。
さて・・・どうしたものか。
先程までの好戦的な態度なら斬り捨てるのじゃが・・・すっかり殺気が萎んでおる。
むう、盗賊や凶状持ちならなんとでもするが・・・こやつ、魔法ギルドの関係者じゃしなあ。
以前、セリンに絡んだエルフとやった時も・・・確か殺してはまずいというような事を言っておったような。
『じゅー!べー!!』
ぬ。
なにやら精霊がへろへろになりながら飛んできた。
目の前で項垂れる鎧を気にしながら、手を伸ばす。
『やっとはいれた~!』
わしの腕につかまるなり、だらりとぶら下がり精魂尽きた様子の精霊。
結界に無理やり侵入してきたのじゃろうか。
以前にセリンも似たような感じになっておったなあ。
『ちゅかれた~』
「おうおう、どうした。急用かの?」
よじよじと腕を上り、精霊が肩まで来る。
『へふ~・・・あー!おまえー!!』
「・・・ッ!!!」
鎧が、精霊に向けて驚いた動作を見せる。
『じゅうべーは大丈夫だっていったのに!!ばか!!まぬけ!!みみなが!!!!』
「お、おおおお許しを!お許しを精霊様!!!」
『ずがたかい!!たかすぎる!!!ばかーっ!!!!』
「は、ははぁ~!!!!」
先程までの無言はどこへやら。
鎧は支えにしておった大剣を放り捨てるなり、大地に身を投げ出して平身低頭の体勢じゃ。
・・・一体全体、何が起こっておる?
『まだずがたかい!!もぐれ!!じめんに!!!』
「は!はひ!!」
ついに鎧は必死で地面まで掘り出した。
・・・面白いのでしばらく見ておこうかのう。
「―――やぁやぁ、ごめんねぇ」
横合いから急に声がした。
瞬間、横に跳びつつ居合を飛ばす。
「わぁ、こわぁい」
不可視の障壁によって、刃は止められた。
これは・・・リトス様を斬ろうとした時と、同じ・・・!
空間が揺らぎ、たおやかな白い指が刃を摘まみながら出てくる。
素手、じゃと・・・!
いや、僅かに隙間がある・・・障壁のような魔法か!
「ウチの部下が迷惑かけたねぇ、申し訳ない」
ずるりと空間から出てきたのは、あのアークエルフじゃった。
フードは外れており、その人外めいた美貌が剥き出しになっておる。
微塵の気配も感じられなんだ。
加えて、・・・魔法で刀を止めるか。
―――おも、しろい。
「・・・そんな顔してるとこ悪いけど、わたしは君と事を構えるつもりはないからねぇ?これは自衛だよ、自衛」
「それはなんとも、残念じゃなぁ」
指は開かれた。
殺気がまるでない・・・これでは仕方があるまい。
納刀し、息をつく。
『ぶかのきょういくはきちんと、しろー!!!』
いつの間にか肩に登っておった精霊が吠えた。
こやつは何の精霊じゃろう。
吠えた時に一瞬火花・・・いや電気が弾けた。
雷の精霊、かの?
「やぁやぁ面目ない・・・」
のほほんと答えながら、そのアークエルフはぽりぽりと頭をかく。
見た目は荘厳じゃが、中身は少し抜けているように見えるのう。
「エウリクの氷菓子を供えるからさ、許してよぉ」
『うぐ!ぐぐう・・・ぐぐ、だめ!はんせいしろ!!!』
「おやまぁ、随分と気に入られたようだね」
空中でぷるぷると震える精霊を見て、アークエルフは目を丸くした。
「―――タミヤジュウベエ、くん?」
わしの名も・・・苗字もお見通しか。
底が知れぬな。
「ふむ、では麗しのお嬢さん・・・お名前を教えていただけますかな?」
「やぁ、嬉しいねぇ・・・お嬢さんなんて言われたの、何百年ぶりだろうか」
彼女は口元に手を当て、ころころとおかしそうに笑う。
アークエルフは長生きなんじゃなあ・・・
「こほん・・・それでは自己紹介といこうか」
彼女は気取った様子で横にふわりと回り。
「『万識ばんしき』のアルゥレイヤ・・・レイヤでいいよ、ジュウベエくん」
そう、陶然と微笑んだ。
まるで、精霊のような・・・いや、女神様方にも似た気配を感じる。
はは、面白い連中が多いのう・・・この世界は。
「・・・ところで、ファラス」
「は!はい!!」
先程からひたすら地面を掘り返しておった鎧が、雷にでも撃たれたように返す。
・・・おいおい、少しの間に結構掘ったのう。
「悪い子だ、悪い子だねぇ・・・誰がジュウベエくんを襲えなんて言ったんだい?」
「お、おおお、お許しを・・・!!!」
かたかたと震える音がわしまで聞こえてくる。
よほど恐ろしい相手のようじゃな。
「私に謝ってもしようがないじゃないかぁ?ジュウベエくんだろぉう?」
鎧はわしの方を見つめるなり、地面に頭をめり込ませる。
・・・前衛的な土下座じゃなあ。
「申し訳ありません!ジュウベエ様ぁ!!平に、平にご容赦を!!お望みとあればこの首も差し出しますゥ!!!!」
「おいおい、首なんていらないだろうジュウベエくんは。ここは一つ、その体を提供してはどうかなぁ?彼、かなりの絶倫らしいしねえ・・・」
「っひ!ひぅう・・・は、はいぃ!!!」
「待て待て待て」
話が妙な方向へ行きかけたので思わず止める。
「人を色気違い呼ばわりするでない、嫌がる女なぞ抱く気もないし、そんな礼は御免じゃ・・・此度はわしも気にしておらん。仲間や住人を巻き込んどったら、話は別じゃがのう」
傷も受けておらんし、わしとしては何もいらん。
むしろ、面白い相手と戦えてうれしいくらいじゃ。
「おやおやぁ、お優しいジュウベエくんだこと」
「あっありがとうございます!ありがとうございますぅ!!」
『そーだそーだ!いっしょうわすれるなー!!』
その兜をてしてしと踏みしめる精霊が少し面白い。
この世界において、精霊に嫌われるというのは大分大事らしいしのう。
「さてさて・・・返す返すも部下がご迷惑をおかけしたね、ジュウべエくん。お詫びと言っては何だが・・・酒でもどうかな?」
「ほう、いいのう・・・それではそれで手打ちといたすか」
少々変じゃが、大美人と酒が飲めるならお釣りがくるわい。
「お主も来るか?馳走してもらえるようじゃぞ」
『いくいく!いきまくる!!』
先程までの怒りは吹き飛んだようじゃな。
わしの編み笠の上にすとんと腰を下ろし、精霊は嬉しそうに足をぶらつかせた。
「よかったよかった・・・それじゃあ行こうか。いい店があるんだよぉ、この街には」
アークエルフ・・・レイヤはそう言うと、先に立って歩き出した。
「ファラスぅ、王都に戻ったらしばらく謹慎ね。その穴、しっかり埋めとくんだよぉ」
「はいぃ・・・」
せっせと土を埋め戻す鎧を尻目に、わしらは夜の街へと歩き出した。
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