第43話 十兵衛、アークエルフに遭遇する。

「えーいっ!」




「掛け声が大きすぎる、つられて動きまで大きくなっとるぞ」




「はーい!せんせえ!」




「振りは細かく、鋭くじゃ。脇差は掠るだけでも切れる故のう」




「はーい!・・・えいっ!」




「そうじゃそうじゃ、それでええ。大事なのは狙う場所よ、子供の力でも急所は斬れる・・・大事なのは手数で圧倒することじゃ」




「はーい!せんせえ!」




アリオ商会の中庭。


わしはそこで、ナリア嬢に稽古をつけておる。


彼女の手には、グリュン殿の所で注文しておいた脇差が握られておる。




「・・・よし!今日はここまでじゃ、柔軟をしてしっかり体を休めよ」




「せんせえ、わたしはまだ、だいじょうぶです!」




額に玉の汗を浮かべたナリア嬢が抗議する。




「いかん、これ以上は体を痛める・・・どうしてもと言うなら寝る前に教えた通りに素振りをしておけい。これは師匠の命令じゃ」




「はーい!」




素直に従い、教えた通りに柔軟を始めるナリア嬢を見ながら、わしは思わず頬を緩める。


ふふ、これは・・・中々の才能やもしれぬな。


飲み込みが早く、素直ではあるが負けん気も強い。


結構な使い手になるやもしれんな。


アゼルもそうじゃが、わしの周囲には素直な若者が多いのう。




首元で揺れる青真珠を見つつ、わしは庭の芝生に座り込んだ。


うむ、いい天気じゃ・・・さあて、今日はどうしようか。








デュルケンでギルドに報告したわしらは、その翌日にヴィグランデに帰ることにした。


クラーケンの騒動に巻き込まれたミルド嬢を、実家で休ませてやらねばならんからな。


わしとしては、もう一度『岬の女王』に寄りたかったが・・・依頼主には逆らえんからのう。


出発の前にウルリカへ言付けを頼み、早朝に帰路へ着いた。




まあ、客と娼婦の関係なぞそんなものじゃな。


あまり情を移しても仕方があるまい。




あれほどいい女なら何度でも褥を共にしたいが・・・


人生をあの港町で終えるには、この体は若すぎる。




こればかりは性分じゃな、わしの。


ウルリカには、悪い男に引っかかったと思ってもらおうかの。




ちなみに、言伝の返事はすぐに届いた。


ヴィグランデを離れて半日ほどだったじゃろうか。


水の精霊が、手紙を持って追いかけてきた。


どうやらウルリカも、精霊と少しは話が通じるらしい。




『じゅーべーしか、見ちゃだめー』




と、そう言われて渡された手紙には。




『気が向いたらあんたの子供を産んでやるから、また来な。それ以外でも来たら顔、出しな』




それだけ、達筆な文字で記されていた。


・・・ふふ、いい女じゃのう。


体があと30年年寄りならば、トンボ返りするところじゃったわ。




『気が向いたらまた『仲良く』してね!絶対だからね!!』




乱れた筆致でアマラのものらしき署名まであったのは、笑ってしもうたがのう。


・・・まっこと、いい女たちじゃ。






そうそう・・・移動の最中に、セリンが青真珠・・・精霊石を首飾りに加工してくれた。


例によって、何度かの気絶を挟みつつじゃが。


まるで、起き上がりこぼしめいて中々愉快であった。




「ジュウベエといると、心臓がいくつあっても足りませんわ・・・何個か増やしたい気分ですわぁ・・・」




などと、よくわからんことも言っておった。


ぶつくさ言いつつも、出来上がったそれは見事なものであった。


エルフは細工も上手らしい。


・・・マジッグバッグも作れるぐらいじゃし、当たり前か。








まあ、そんなこんなでわしらは行きよりも短い時間でヴィグランデに帰ることができた。


行きと違って、魔物も盗賊も出なかったからのう。


ラヒ村に立ち寄った際に、もう工事が始まっておったのは驚いたが。


ヴィグランデに着くなり、アリオ殿がすぐに手配したらしい。


さすが一門の商人、行動も速いわい。


サグよ・・・お主の義理の兄もよくやっておったぞ。




そして帰るなりグリュン殿に脇差を注文し、今に至るというわけじゃ。


まさか3日で仕上げてくるとは思わなんだが。


さすがに完璧に再現とはいかぬが、それでもいい仕事をするわい・・・ドワーフ様様じゃな。


子供の手習い用としては、十分じゃ。




ちなみに恐縮したアリオ殿が代金を払おうとしておったが・・・固辞した。


それなりに懐も温かいし、こういうものは師匠が送らねばな。






「・・・ありがとうございました!せんせえ!」




「うむ、鍛錬は欠かさず行うんじゃぞ・・・ええ子じゃ」




「えへへぇ・・・」




ぺこりと下げたその頭を撫でてやる。


恥ずかしそうにはにかんだナリア嬢は、着替えのために家へ帰って行った。


遠巻きに見ていたキトゥンと手をつなぎ、楽しそうに。




さてと・・・これから何をしたものか。


時砂で確認すると、時刻は昼過ぎじゃ。




セリンから1日以上この街を離れるなときつく言われとるからのう・・・


なんでも、そろそろ王都の師匠へ送った手紙の返事が来るころらしい。


その内容によっては、わしらは王都へ向かうことになるとかならぬとか。


専属傭兵じゃからな、雇い主の命令には従わねば。




どうも、セリンとおると何かと強敵に出会えるしのう。


はっは、願ったり叶ったりじゃわい。




『たのしそー』『おんなのこと、かんがえてるのー?』『すっけべー!』




風の精霊どもが纏わりついてくる。


こやつら・・・姿はかわいらしくなったが、当然ながら中身は変わっておらぬな。




「馬ぁ鹿、昼飯のことじゃわい」




とりあえず、飯でも食いに行こう。


今日は外食の気分じゃ。


デュルケンの報奨金もそろそろ貰えるじゃろうし、刀を振り回して金がもらえるこの世界は最高じゃなあ!


おこぼれおこぼれなどと言いながらついてくる精霊どもを引きつれ、わしは歩き出した。






「うち、食堂じゃないんだけれどぉ・・・ま、いいわ」




ミリィが少し呆れたようにわしを睨んだ。


街を散策しているうちに、知らず知らずに足が向いた先は『黒糸館』


仕方なかろう、あれから結構外食もしたが・・・ここが一番美味いんじゃから。




「入ってぇ」




そう言われて入った店内には、当然のことながら誰もおらん。


流石に昼間から来る助平はわしくらいのもんじゃな。


今日は食事だけのつもりじゃが。




「わぅう!ジュウベエ様ぁ!!」




「おーう、久方ぶりじゃなあ」




どこの席に座ろうか・・・と考えておると、奥からリーノが走り出てきてわしに抱き着いた。


ふうむ・・・久方ぶりのこの感触、良いのう。


毛皮の感触がまた、なんとも・・・




「ふぅう・・・スンスンスンスンスンスン」




「嗅ぐな嗅ぐな」




わしの胸に顔を埋め、一心不乱に匂いを嗅ぐリーノ。


その美味そうな尻から生えている尻尾は、まるで扇風機のように回転しておる。




「とりあえず座らせてほしいのう」




「ひゃ、ひゃいい・・・」




若干腰が引け、顔を紅潮させたリーノと一緒に席に着く。




「・・・跨るな跨るな」




「きゅぅん、すみませぇん」




わしの方を向いて跨ってきたリーノを脇にどかせる。


随分と積極的じゃなあ、こやつ。




「ミリィ、すまんが何か適当に・・・」




「おまかせくださぁい!!」




言い終わる前に、リーノがあっという間に駆け出して行った。




「うふ、随分と気に入られたわねぇジュウベエ」




入れ替わりに、ミリィが苦笑しながら向かいのソファーに腰かけた。




「さてのう、少し頑張りすぎたか」




「悪い人ねえ、ジュウベエ?」




頬杖をつき、わしを睨むその姿は相変わらず凄まじい色気じゃ。


アゼルのような若造なら、これだけで虜になってしまうじゃろうの。




「町で見かけないって、リーノが寂しがっていたわよ?お仕事かしらぁ?」




「うむ、依頼主の都合で少しデュルケンまでのう。いやぁ、中々楽しかったわい」




「・・・デュルケン、へぇ」




そう呟くと、ミリィはわしの方へ体を伸ばした。


そのまま、すんすんと匂いを嗅いだ。


・・・くすぐったいのう。




「・・・ウルリカは、元気だったぁ?」




体を離したミリィは、両目を怪しく光らせておる。


・・・たまげたのう。


あれから大分日は経っておるし、風呂にもきちんと入ったぞ。


匂い消しの魔法も、ここに来る前にかけてもらったというのに・・・




「おう、知り合いかの?」




まあ、別に隠すようなことでもないか。


何もやましいことはない。


やらしいことはかなりしたが。




「うふ、昔ちょっとね・・・あと、今のはカマをかけただけよぉ?」




「っは、こりゃ一本取られたわい」




いやあ・・・何年生きても、女には勝てんのう。




「わう!お待たせいたしましたぁ!!」




2人して笑い合っていると、リーノが湯気が立つ大きな皿を持ってきた。


どん、とわしの前に置かれたそれは・・・なんとも香ばしい匂いの肉の塊じゃった。


四角く分厚いステーキ・・・これが本当のサイコロステーキじゃな。




「リーノ・・・こんな真昼間っからどれだけ精を付けさせるわけぇ?」




「きゃうぅう・・・」




眉間を押さえるミリィ。


たしかに、コイツは昼から食うにはちと豪勢じゃな。




「まあまあ、よかろうよ。先程まで稽古しておって腹も減っとるし・・・一緒に食おうか2人とも」




どう見ても1人前には見えぬ。


ラギならぺろりと平らげるじゃろうが。




「はいっ!すぐに切り分けますね!!」




リーノが目を輝かせ、ナイフを取り出す。




「あらぁ、じゃあ私もお言葉に甘えようかしら・・・お酒出すわね」




「おいおい、昼間から酒か?」




「ここでは私が法律よぉ?」




ふむ、そういうことなら仕方ないのう。


遅めの昼食は、中々刺激的になりそうじゃわい。






「クラーケン!?クラーケンを倒したんですか!?」




噛むごとに肉汁が溢れる肉を堪能しつつ、2人にデュルケンでの顛末を話す。




「うむ、楽しい相手じゃったよ・・・後アレじゃ、いり・・・いりなんとかの眷属とやらとも戦ったぞ」




「『イリオーンの眷属』ね。ジュウベエ、貴方って本当に強いのねぇ・・・」




おお、そう言えばそんな名前じゃったか。


あの金色イルカのインパクトが強すぎてすっかり忘れておったわい。




「はっは、じゃが今回はセイレーンの・・・『蒼の団』がおらねば無理だったろうなあ。あ奴らのお陰じゃよ」




移動するにも、、あ奴らがおらねば何もできなんだしのう。


海の上をああまで高速で動けるとは・・・セイレーン恐るべき、じゃな。




「はえ~、・・・ママ、『蒼の団』って?」




「デュルケンやマレイア、ミッラシ辺りで有名な傭兵団ねぇ・・・ちなみに副業で、ウチみたいな仕事もしてるわよぉ?」




「わふ!?」




聞き馴れぬ名前が出たのう。


恐らく港町なんじゃろうとは思うが。




・・・ぬ。


どうしたリーノよ。


服なぞ掴みおって。




「すんすんすんすん・・・」




嗅ぐなと言うに。




「・・・うっすら他の女の匂いがしますっ!!」




何故分かるのじゃ。


あれから1週間以上も経っておるというのに・・・


ビーストの嗅覚、恐るべきじゃ。




「わふるぅ・・・!商売敵です!」




あれほど離れておれば商売敵もあるまいに・・・いや、これは焼餅か。


可愛らしいことじゃの・・・




「わもももも・・・んっく!・・・ジュウベエ様!上!上行きましょっ!!」




肉の塊を猛然と食いつくしたリーノは、口の端を油でてらてらさせたままにじり寄ってきた。


随分と情熱的じゃが、まだ日が高い。


さすがにそんな気にはなれぬなあ。




「待て待てリーノ、今日の所は・・・」




「ひゃん!もう私に飽きちゃったんですかあ!?」




「あっ駄目じゃこれ聞こえておらぬ」




凄まじい力でわしを立たせようとするリーノ。


こやつは・・・傭兵にでもなった方がいいのではないかのう?




助けを求めてミリィを見ると、彼女は悪戯っぽく微笑みながらついと顔をそらす。


助ける気は無いようじゃなあ・・・




「行きましょう!私サービスしますからすっごいサービスしますかrにゅん!?」




埒が開かぬので、リーノを強引に抱き寄せて唇から舌をねじ込む。


香辛料の香りを堪能しながら、しばしそのまま。


視界の端に、ほんのり頬を染めたミリィが見える。




「・・・っぷあぁ・・・」




口を離すと、目を白黒させ頬を上気させるリーノ。




「のう、今日はこれで勘弁してくれるか?」




「ひゃ・・・ひゃいぃい・・・♡」




リーノは若干虚ろな表情で、足を震わせながらぼんやりと答えた。


ふう、なんとか正気に戻ったか。


・・・いや、戻ってはおらんなこれ。




申し訳ないが何故か今日は気が乗らぬ。


なんとなく、そんな気分なんじゃ。


わしとて、多少はそんな日もある。




「ちょっとぉ、他にお客さんがいないからってぇ・・・」




「すまんすまん、今日の所はここで失礼するわい」




ジト目で睨んでくるミリィに軽く手を上げ、わしは早々に退散することにした。




「みゃ、みゃたきてくらさぁい・・・♡」




「おう、今度はしっかり夜に来るわい」




何故かソファに突っ伏したリーノに手を振り、出口に向かう。


代金はテーブルの上に置いておいた。


少し多いかもしれんが・・・ま、迷惑料じゃな。




「女泣かせねぇ・・・」




背後でミリィが何事かを呟くのを聞くとも聞かず、わしはドアをくぐって道に出た。






街をあてもなく歩く。


本当はもっとゆっくりしておきたかったんじゃが、あれではのう。


さて・・・どうしたものか。




この時間からギルドへ行ってものう・・・碌な依頼も残っておらんじゃろうし。


それに、長い事ここを離れるわけにもいかんしなあ。




・・・む。


そう言えばさっきは酒を飲みそこなったな。


・・・あそこへ行くか。






「いらっしゃいませーっ!あ、お久しぶりでーす!!」




というわけで、ギルドに併設された酒場にやって来た。




「おう、相変わらず美味そうな尻じゃなあ・・・適当に何かつまむものと酒を」




「はいはーい!」




いつもながら素晴らしい衣装を着た・・・たしかノナじゃったか?に注文をし、適当な椅子に腰かける。


店内を見渡せば・・・客はまばらじゃな。


この時間は大体仕事でもしておるんじゃろう、傭兵も。




とりあえず、ここでしばらく暇を潰して・・・夜になる前に帰るとするか。


夕食は・・・わしの分も用意されておるんじゃろうのう。


せっかく娘が帰ってきたんじゃから、親子水入らずで過ごせばええのに・・・


なんとも、気を遣われ過ぎると背中が痒くなってくるわい。




「昼間っから酒かよ、暇人めえ。やっぱりおめえ半分くらいオーガだな?」




「・・・その言葉、そっくりそのままお返しし申す」




どかり、とギルド長のバッフ殿が横の席に着く。




「がはは、ギルド長なんてのはな、暇なぐらいが丁度いいんだよ。おーいノナ!俺にもおんなじの頼む!!」




はーい、と遠くから声が返ってくる。




「ま、付き合えや・・・デュルケンじゃあ大分活躍したらしいじゃねえかよ」




耳が早いことじゃ・・・いや、あの通信魔法めいたものがあればその日のうちにわかることか。




「おっまたせしましたー!どうぞー!」




目の前には木のジョッキと・・・紫色の枝豆を茹でたようなものが置かれる。


ふむ、見た目はアレじゃが豆なら食えんこともなかろう。




「そうそう、おめえの言ってた『蒸留酒』な。もうそろそろできそうだぜ」




ごくごくと酒を一気に飲み干したバッフ殿がそう言う。




「なんと、早いものですな」




「こと酒にかけては、俺たちドワーフは本気でやるからな!それに今までにない新しい種類と来たら全力よ!・・・あとよ、別に敬語はいらねえぞ」




「ぬ、そういうわけにも・・・」




「あのよお、ギルド長ったって俺ぁ元傭兵だぜ?堅苦しいのはナシでいこうや・・・年も近いしな」




・・・ドワーフの年齢は男も女もわからん。


男の方は皆髭だらけじゃし、女の方は小学生にしか見えん。


よほど老境の者なら白髪などでわかるが。




「わしはたぶん30そこそこじゃが・・・」




「ああそうか、記憶がねえんだな。俺は42の若造だよ」




42は大分上なのじゃが・・・


いや、ひょっとしたらドワーフは人族の二倍くらい生きるのやもしれんな。


若造というなら、それくらいの感覚なんじゃろう。




「・・・バッフ殿がそれでよいのであれば」




「いいに決まってんだろ?強ぇえ上に『愛し子』ときたら、ドワーフにとっちゃあ生涯の友人よ!機嫌を損ねたら仕事にならねえしよ!!」




がははと愉快そうに笑い、豪快に鞘ごと枝豆を食い散らかすバッフ殿・・・いや、バッフ。


むう、そうまで言うのであれば・・・いいか。


元の年齢的にはわしの方が年上じゃし。




しかしなぜ愛し子じゃと・・・ああ、鍛冶屋から聞いておるのか。


同じドワーフじゃものなあ。




「ふふ、それではそうしておこうかの。蒸留酒ができたらわしにも試飲させてくれ」




「そうこなくっちゃなあ!しっかし試作品を飲んだが・・・きっつくて最高の酒だぜ!ありゃあよぉ!!」




熟成もさせていないのに最高とは・・・ちゃんとしたウイスキーを飲んだら失神しそうじゃの。




「思い出したがな、木の樽に詰めて何年も置いておくと一入いい味になる、らしい」




「なんだって!?おいおい折角の酒を何年も飲めねえのかよ!?」




飲んべえはこれだからのう。




「むう・・・たしか海や湖に沈めておけば早く出来上がると聞いたことがあるのう・・・それに、それこそ魔法で何とかならんのか?」




「ちょっと待ってくれ、メモする」




バッフは胸元から手帳を取り出し、すぐさま記録していく。


酒に対しては勤勉じゃなあ・・・




「わしは本職ではない、話半分に聞いておけよ」




「おうよ!しかし魔法、魔法ねえ・・・待てよ、酒は生き物じゃねえからライラリア協定にも触れねえし、ちょいとリルルに頼んでみるか・・・?」




しばし思考に没頭し始めたバッフを見つつ、わしはぬるいワインのような酒を流し込んだ。


魔法があるのじゃからもっと冷やしてほしいのう・・・




『ひやすー?』




肩に乗っておった青色の精霊が聞いてくる。


・・・いつの間に。


こやつらは殺気もないので気配が読みにくいのう。




「この豆が代金でどうじゃ?」




『しょーがないなー、ほいほー!』




珍妙な掛け声と共に、ジョッキの表面に薄く霜が張る。


おお、これはちょうどいい。


くいと呷ると、よく冷えたワインが喉を通過していく。


ううむ、やはりこちらの方が最高じゃ。




「じゅ、ジュウベエ・・・すまねえけど俺の分も精霊様に頼んでくれねえか?」




その様子を見たのか、バッフが恐る恐るわしに言ってきた。




「・・・だ、そうじゃが?」




『ばっふのおっちゃんはおくさんとラブラブだからゆるーす!おそなえもくれるし!!』




「はは、そうかそうか」




こう見えて夫婦仲は良好らしいの。




「エルフと仲睦まじいゆえ、許すとな」




バッフのジョッキも同じように冷えた。




「おお!こいつぁいい!!おおーい!果実の盛り合わせ持って来い!」




「まじすかー!?ギルド長いつから甘党に~?」




「馬鹿野郎!精霊様への献上品だ!一番いいやつ持って来い!!」




どうやら、精霊への貢ぎ物らしいのう。




「・・・いい商売じゃのう、お主」




『くだものはべつばーらー!』




さよか。


嬉しそうにくるくると回る精霊からは、神聖の欠片も感じられぬがのう。




「がはは!精霊様は最高だぜ!!」




『あがめよーうやまえー』『かじつー!』『あまあま~!』






いつの間にやら増えた精霊が果物を貪り、わしらは冷えたワインをしこたま楽しんだ。


そろそろお暇するか・・・と思っておった時じゃ。






バッフの腕にはまるブレスレットが、きんきんと甲高い音を立て始めたのは。






「・・・!こいつはいけねえ!!」




先程までと打って変わり、別人の形相になったバッフはすぐに席を立って走り出す。


ギルドの外へと。




「着陸信号だ!でけえのが来るぞお!!」




その声を聞き、ギルドの職員も血相を変えて外へ。


わしも野次馬になるとするかの。


精霊に冷やしてもらった酒瓶を持ち、ゆるりと立ち上がった。


まだ飲んでおらんから勿体ないしの。




外に出ると、前の通りはバッフを中心に円状に空間がとられておる。


大体半径・・・10メートルか。


いち早く駆け付けた野次馬連中は、広がったギルド職員に整理されておる。




「んお、ジュウベエじゃん・・・あ!いいもの持ってんなあ」




適当な場所で眺めていると、後ろからペトラが歩いてきた。




「美味いぞ、ホレ」




「あんがと!んぐ・・・っぱぁ!冷えててうめえ!!」




酒瓶を渡すと、まるで水のようにぐびぐび飲んでおる。


これは・・・後でまた冷やしてもらおうかの。




「ええじゃろ、精霊に頼んだ」




「えーいいなあ!あたいの分も今度お願いしていいかな?ちゃんと貢ぎ物すっから!」




まだ肩におる精霊に目を向けると、笑顔で大きく頷いた。


どうやら了承したらしい。




「ところで、これは何の騒ぎじゃ」




「んあー?あたいも来たばっかだからわかんねえけど・・・この感じはアレだ、飛竜が来るな。こんだけ空間を開けてんだもん、ホレ、デュルケンでもあったろ?」




飛竜・・・ああ、なるほど。


着陸がどうとか言っておったな。




「しっかしヴィグランデまで竜が飛ぶなんざ・・・結構な大ごとだぜ。普通は通信魔法で片が付くからよお・・・ほれ」




飲みかけの酒瓶が返ってくる。


わしはそれを一口呷り、また返す。


ペトラは何のためらいもなく美味そうに飲んでおる。


・・・もうこやつに女らしい振る舞いは期待すまい。


異世界じゃし。




「・・・お!きたきた」




ペトラの声に空を見上げると、なにやら影が一つ。


確かに竜じゃな、あれは。




「・・・?なんかデカくねえか?」




「そうなのか?」




「普通の飛竜籠はもうちょい小さいんだけど・・・お、おお?」




竜らしき影は瞬く間に高度を落としてくる。


・・・たしかに、前にデュルケンで見たものとはだいぶ違うように見えるが・・・




その竜は、前のものと違いかなり大きい。


しかも翼が2対4枚ある。


体表は鱗ではなく、白色の柔らかそうな毛で覆われておる。


なんというか・・・神聖な感じがするのう。


その周囲に、風の精霊が円を描くようにして飛んでおる。




「うっそだろ・・・魔導竜じゃねえか・・・初めて見たぜ」




「魔導、竜?」




聞き馴れぬ名前じゃな。




「王都魔法ギルド専用の竜だよ、ジュウベエ。あたいも見るのは初めてなんだ」




「ほう・・・ならば随分なお偉いさんが運ばれておるのか?」




「たぶん・・・そうだと思う。ここまで竜が来るのも異例なんだぜ?」




魔法ギルドが、傭兵ギルドに?


なんでまた・・・


何かの用事じゃろうか。




魔導竜とやらは、その大きさをまるで感じさせぬふわりとした動きで着陸した。


土埃も舞い上がらんとは・・・アレは魔法で飛んでおるのか?


その腹には、観覧車のゴンドラめいたものが括りつけられておる。


あれが、いわば客車のようなものか?




ゴンドラの入り口が開くと、中から4人が出てきた。




3人は、つるりとした白銀の鎧を身にまとった戦士。


1人は・・・頭からすっぽりローブを被ったかなり小柄な人影じゃ。


わしの腰辺りまでの身長じゃろう。




「ひええ・・・『キディーシア』だ。上位ギルド員限定の護衛戦士だぜ・・・強そうだなあ」




ペトラが言う通り、鎧の3人は一切の隙が無い。


この瞬間にどの方向から敵が来ても対応できるように、さりげなく配置を完了しておる。


得物であろう腰に差した剣からも、並々ならぬ威圧感を感じる。


さぞ名剣であろうな。




ええのう・・・強さの底が知れぬ。


この世界は、やはり最高じゃ!




「そんなのが護衛してんだから・・・あのちっこいの、相当のお偉いさんだぜ」




視線の先では、バッフが腰を折ってローブに恭しく対応している。


そのローブにも細かな文様が刻まれておる・・・確かに、安物ではなさそうじゃな。




『・・・みぃつけた』




不意に、耳元で鈴を転がすような声が響いた。


だが、これは近くにおる雰囲気ではない。


以前、ミリィが魔法で話しかけてきた時によく似ておる。




となれば・・・恐らく。




バッフの前のローブが、真っ直ぐにわしの方を向いておる。


やはり、あやつか。




『あぁ、勘違いはやめてね・・・後で挨拶に行くからさ』




するりと鯉口を切ろうとしたわしに、そう声がかかる。


・・・ほう、この距離で気付きおったか。


おもしろい。




『やぁ・・・こわぁい、まるで狼・・・いや、竜かなぁ』




知らずに歯を剥き出すわしに向けて、ローブはゆっくりとその顔をさらけ出した。




新緑色の髪。




深い金色の瞳。




そして・・・




セリンのものよりも、さらに長い耳。




「たまげたぜ、アーク=エルフじゃねえか・・・」




傍らでそう呟くペトラの声を聞きながら、わしはゆっくりと体の緊張を解いた。


・・・なんとも、楽しくなりそうじゃのう。


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