第21話 十兵衛、貴族の家で大いに暴れる。

「ええい!お前では話にならん!!とっととジュウベエとかいう傭兵を出せ!!!」






・・・ぬ?


今ジュウベエと言ったか?




ペトラと飲んでいると、ギルドの方から罵声が聞こえてきた。




「おい、今のが聞こえたか?」




「ん~あ~?にゃにい?」




ペトラが真っ赤な顔で聞き返してくる。


駄目じゃこやつは、いつの間にか完全に酔っぱらっておる。


よくよく見れば、服もはだけて色々丸見えじゃ。


若い娘がなんとはしたない・・・いや、服装は元からか。




「おーい、ノナ!」




先程名を知った店員を呼ぶ。




「はぁい♪追加の注文かしらっ」




パタパタ駆けてくるノナに、ペトラを任せることにする。




「すまんが連れが酔いつぶれてしもうた、このままでは色々目に毒でな。毛布か何かくれ」




じゃらりと銭をテーブルの上に出す。


これで足りるじゃろう。




「あららあ・・・いいけど、ちょっと多いわよ?」




「手間賃じゃよ、釣りはお主が懐に入れればよい。しばらくここで寝かせてやってくれ」




「にゅうう~みゃだ飲めるぞ~」




なにやらブツブツ言うペトラを残し、立ち上がる。




「すまぬがわしに客のようでな、済めばまた戻る。頼むぞノナ」




「かしこまり~!」




さて、わしに何の用じゃろうか・・・






「まったく、近頃のギルドはなっておらん!私を待たせるとは・・・!」




「ですから、こちらでは傭兵の呼び出しは行っておりません!御用があるなら個別に依頼をお出しになってください!」




赤毛の受付嬢が半泣きになりつつも、目の前の偉そうな男に毅然と対応している。


む、前にも見た顔じゃな。




「私の頼みが聞けぬというのか!?・・・平民風情が、調子に乗るでない!!」




怒鳴っている男はまだ若い。


今のわしより少し下といった所か。


整った顔立ちじゃが、高慢な雰囲気と態度がそれを台無しにしておるのう。




高級そうな衣服を身にまとっておるな。


腰に差した剣も装飾だけで高そうじゃ。


・・・貴族、じゃな。




さて、貴族にこうまで呼び出される覚えはないがのう。


受付嬢が泣きそうじゃし、助けてやるとするか。






「失礼、十兵衛とは某ですが・・・何か御用でありましょうか?」




横から声をかけると、男はこちらを見た。




「・・・貴様がジュウベエか!?」




「は!先程からただならぬご様子、何をそこまでお怒りでいらっしゃいますか?」




こんな若造に貴様呼ばわりされる筋合いはないが、相手は貴族。


何があるかわからぬし、初手は下手に出ておこう。




「フン、最低限の礼儀はわきまえておるらしいな・・・知れたことよ、わが妹のことだ!」




・・・?


妹?


はて、貴族の女なぞ抱いたことはないが・・・?




「ノルトハウゼン卿の前で、妹に恥をかかせただろう!知らぬとは言わせぬぞ!!」




ノルトハウゼン・・・?




おお!あの時立ち合った高慢ちきな女兵士か!


なるほど、これがあ奴の兄貴か・・・性格がよく似ておるのう。




「恥・・・とは?あれはノルトハウゼン卿にお許しをいただいた、尋常な立ち合いでありましたが・・・周りの方々もご覧になっていらっしゃいましたが」




「それだ!・・・わからぬ男よ、それが悪いと言っているのだ!」




ふむ、どういうことであろうかのう。


もしや・・・




「もしや、某が勝ったことがご不満でいらっしゃる、と?」




「その通りだ!察しが悪いな!!」




・・・言い切りよったわ。


何じゃ、こやつは。




「ラシュッド家の娘が傭兵風情に負けたなどと・・・妹は物笑いの種よ!」




「・・・それで、某にどうせよ、と?」




「もう一度、妹と立ち合ってもらう・・・我が屋敷で、私の前でな!!」




酒のせいでもあるまいに、頭痛がしてきよった。


もう一度立ち合ってどうせよと言うのじゃ。


しかも相手の屋敷でじゃと?


負けるつもりは毛頭ないが、勝ったとしてもいらぬいちゃもんを付けられそうじゃ。


最悪の場合、屋敷に私兵を伏せておりそうじゃ。


わしを逃がさず殺すために。




・・・ふむ、まあそれも一興か。


おもしろい、やってやろうではないか。


なあに、死ねばそこで終わり。


わしがくたばるだけのことよ。




「御意にござ」






「おもしれえじゃねえか、俺も行くぜ」






不意にカウンターから声がかかる。


見ればそこにはギルド長、バッフ殿の姿がある




「よろしいでしょう?ラシュッド様、ジュウベエの側の立会人ですよ、俺ぁ」




「・・・好きにしろ!傭兵!ではすぐに来てもらおうか、表に馬車を待たせてある!」




ラシュッドは言い捨てると表に出ていく。


その先には2台の馬車の姿。


ふむ、用意のいい事よ。




「よいのか、バッフ殿。面倒ごとじゃぞ、これは」




「馬鹿野郎、だから俺がついていくんじゃねえかよ。・・・お前も気付いてるだろう、屋敷に来いってことの理由を」




「後日の再試合に赴くと、なんのかんの難癖をつけて全員で襲い掛かる・・・よくあることじゃよ、昔からのう」




懐かしいのう。


若い頃はよくあったわ。


最近では、そんな道場なぞとんと見かけなくなったが。




「やっぱりだ・・・おめえ、罠と承知で行く気じゃねえか」




「罠なぞ、踏み破るわい。ここで死ぬるなら、所詮ここまでの人生だったということよ」




知らず、口の端が持ち上がる。




負けることが恥なのではない。


逃げることが恥なのだ。




「・・・ハッ!おめえを見てるとよ、俺たちドワーフの古い戦詩を思い出すぜ。『・・・例え死すとも前へ、前へ、まばゆき勲は前にのみあり・・・』ってな」




「ほう、良い詩じゃな。わしの国にもあるぞ、『切り結ぶ、太刀の下こそ地獄なれ、踏み込みゆけば、あとは極楽』とな」




たしか柳生じゃったかな、これは。




「おどれえた!おめえ、先祖にドワーフがいるんじゃねえのか?」




ガハハ!と笑いながらバッフ殿が言う。


世界が変われど、戦士の理は変わらぬものじゃろうよ。




「おうい、赤毛の嬢ちゃん。隣の酒場に連れがおる、酔いが醒めるまで寝かせておいてくれぬか」




「は、はい!・・・あの、ありがとうございました!どうか、お気をつけて!」




「ふふ、前にも言ったがお主のそれで百人力よ。それではのう」




受付嬢にそう言うと、わしはバッフ殿と連れ立って馬車に向かった。




「ウチの受付嬢を口説いてんじゃねえよ、ライネだけにしとけ」




「はは、あれは爺様に懐いておる孫娘のようなもんじゃい」








「ラシュッド家は、そこまで底意地の悪い家じゃねえが・・・さっきの男は別だ」




「ほう、やはりか。性格の悪さが顔に出ておったしのう」




馬車に乗るなり、バッフ殿が小声で話しかけてくる。




「ロアール・ラシュッド・・・長男で次期当主だが、色々評判が悪くてな」




「ふむ、どんな?」




「腕は立つ・・・立つんだが、なにより負けることが大嫌いでな。自分に勝った相手に、なんのかんのと難癖を付けるんで有名だぜ」




なんとも、戦士の風上にもおけぬ輩じゃな。


戦うことが好きなのではなく、勝つことが好きなのじゃろう。


情けないことよ。


せっかくの腕が泣くわい。




「わしが勝ったのは妹の方なのじゃが・・・」




「ラーラってんだろ?アイツが溺愛してるんでそれも有名だ。次男と次女は評判がいいのによ・・・最近じゃあ現当主に、次男の方を跡取りにしろって声も家中で多いらしい」




ごとごとと揺れる馬車の中で溜息をつく。




「勝負に負けて兄に泣きつく妹と、妹の代わりに文句を付ける兄、か・・・なるほど、性根の腐りようがよく似ておるわ」




「ガハハ!言うじゃねえかよ!・・・闇討ちまがいの噂がいくつもある、気を付けな」




「ふふふ、敵のお膝元に踏み込むんじゃぞ?ないほうがどうかしておるわい・・・すまぬのう、巻き込んでしもうて」




「・・・想定済みだよ、そんなのは。それに、大暴れした時にギルド長がいりゃあ便利だぞ」




「・・・お主もそのつもりか」




「・・・応よ」




顔を見合わせ、思わず二人で大笑いした。


さぞ御者は不思議に思ったじゃろうの。








そのまま馬車はしばらく走り、止まった。


馬車から下りると、目の前には立派な屋敷が前に見える。




「立派なもんじゃのう・・・これが貴族の屋敷か」




「(見てくれだけはな・・・)俺たち平民風情にゃ、目に毒だぜ」




毒づくバッフ殿と立っていると、家令らしき男がこちらへ歩いてくる。


年齢は・・・50そこそこといったところか。


執事服を着こなした涼し気な男じゃな。


一見細身に見えるが・・・全身が鍛えられた筋肉で覆われている。


加えて身のこなしに隙が無い。


あれは戦う男の体じゃ。


・・・なかなかの腕前と見た。




「ようこそいらっしゃいました、わたくしは家令のグスタフと申します」




「これはご丁寧に・・・傭兵、十兵衛にござる」




「傭兵ギルド長、『赤光』のバッフです」




・・・なんと、バッフ殿は二つ名持ちであったか。


ギルド長なだけはあるのう。




「まずはこちらへ、お茶をお持ちいたします」




ほう、戦いに来た相手に茶を振舞うのか。




「グスタフ!差し出がましいことを言うな!傭兵風情なぞ、庭の片隅で待たせておけばよい!!」




前の馬車から下りたロアールが怒鳴る。


ふむ、これは・・・




「・・・ロアール様、ラシュッド家が招いた客人に茶も出さぬなど、もってのほかで御座います。お父上にご報告させていただきますが、よろしいですかな?」




「・・・っ!好きにしろ!!」




顔を真っ赤にしたロアールが、屋敷へ速足で歩いていく。




「逃げるなよジュウベエ!」




そう言い捨てながら。




阿呆が、ここまで来て逃げるならはなから馬車に乗っておらぬわ。




「・・・失礼いたしました。それでは、こちらへ・・・」




先に立ってグスタフが歩き出す。


わしらもそれについて歩き出した。




「・・・どうやら、家中でのうんぬんというのは本当らしいのう」




「あのグスタフってのは、先代の頃からここに仕えている家令さ。現当主も頭が上がらんらしい」




歩きながらバッフ殿と話す。




「何度かの戦乱や魔物の大規模討伐・・・それを最前線で乗り切った猛者だって話だ。ま、おめえも見たらすぐわかっただろう?」




「一目瞭然にの。あのロアールよりラーラより、あの男と戦いたいものじゃ」




「・・・そう言うと思ったぜ。おめえ、中にオーガとか隠れてんじゃねえか?」






豪奢な応接間に通されてしばし待つと、先程のグスタフが茶を運んできた。




「お待たせいたしました、どうぞ」




「ありがたく頂戴致します」




「いただきます・・・あちち」




湯気を立てるカップから、芳醇な香りが立ち上ってくる。


一口含み、香りを楽しむ。


ふむ・・・よい香りじゃ、例によって嗅ぎ馴れぬものじゃが。


それに、舌に痺れもない・・・毒はないようじゃな。


バッフ殿も普通に飲んでおる。




「ジュウベエ様、とおっしゃいましたな」




グスタフがじっとわしを見つめてくる。


敵意を一切感じさせぬ視線。


殺気もない。






「・・・ロアール様を、殺すのだけはご勘弁ください」






ほう、直球できおったか。




「・・・ふむ、某が立ち会うのは妹のラーラ様と思っておりましたが」




はぐらかしつつ、もう一口茶を飲む。




「腹の探り合いは無しといたしましょう・・・あなたとて、あのロアール様が尋常な立会人をなさらぬ事くらい、とうにご承知のはず」




視線に力がある。


殺気ではないが、有無を言わせぬ迫力じゃな。


わしも同じような視線を送りつつ、言う。




「次期当主を殺されては風聞が悪い・・・ということですかな?」




聞き返すと、グスタフはゆっくりと首を振る。




「『ラシュッド家の身内を』ということです。これで、おわかりかと」




ほう、なるほど。




「あい分かり申した」




そう返すと、グスタフはにこりと微笑んだ。




「立ち合いの刻限まで、ごゆるりと。その時にまた呼びに参ります」




グスタフが部屋を出ていくと、バッフ殿が息を吐く。




「おっ始めるのかと思っちまったぜ」




「ふふ、そんな雰囲気ではなかったゆえにな」




グスタフは強い。


強いが、わしとは決して立ち合わぬじゃろう。


主人の命令無しで剣を抜く種類の人間ではない。


そして・・・




「ラシュッド家としては、わしと事を構えるつもりはなさそうじゃしのう・・・残念じゃ」




「そこで残念って言えるおめえが凄えよ。ま、あのグスタフがああまで言うんじゃあ、現当主も同じ意見だろうさ」




先程グスタフは「次期当主」ではなく「身内」と言い直した。


つまり、あのロアールがこの先当主になることはない。


当主の信任も篤いであろうグスタフが、自分のみの考えであのような発言をするとは思えぬしのう。




「まあ、これでいいじゃねえか。貴族本人より『家』を敵に回す方が厄介だしよ」




「わしとしては、かかってくるなら全て斬り伏せるまで・・・と言いたいところじゃが、手打ち所がはっきりしておるとやりやすいしのう」




強くもないものにあまり寄ってたかられても困る。




「そういえば、バッフ殿は丸腰のようじゃが・・・いざ戦いとなればどうする?」




「ん?おお・・・心配すんなって、ちゃあんとここに入ってるよ」




そう言うと、バッフ殿は首から下げた財布入れのようなものを服から引っ張り出した。




「それは・・・エルフのマジッグバッグじゃな?ドワーフにも使えるとは・・・」




以前見たセリンのものと雰囲気が似ておる。


アリオ商会のものとは、精密さも違うように見える。




「おお、これは俺の嫁さんに作ってもらったもんだからな。俺専用だ」




・・・なんとなんと。


エルフの嫁さん持ちとは。




「エルフとドワーフは、仲が悪いと聞いていたが・・・」




「・・・ははーん、鍛冶屋の連中から聞いたんだな?そりゃアイツらだけだ、何百年も前はそうだったらしいが今はそうでもねえよ」




鍛冶連中は頭が固てえからなあ、と笑うバッフ殿。


ドワーフにもいろいろあるんじゃのう。




その後、他愛のない世間話なぞをしていると、グスタフが再びやって来た。


相手の準備が整ったらしい。


さて、それでは行くとするか。






案内されたのは屋敷の中庭・・・と言っていいのかどうか知らんが、広い空間じゃ。


中央に石が円形に埋められ、闘技場の様相じゃな。


私兵の訓練場所じゃろうか。




「逃げずに来たこと、褒めてやろう!傭兵!!」




やはりと言うべきか、そこにはロアールが高そうな鎧を着込んで待っていた。


盾と兜はなし、か。


背後には私兵らしき一団も見える。


数は20人前後。


その中に、こちらを憎悪のこもった目で睨む女が一人。


・・・なるほど、あれがラーラか。


以前は兜でわからんかった。




ふむ、身長は高く、出るところは出ておる。


長い金髪も美しい。


目鼻立ちも整っておる・・・が、性格の悪さが顔に滲み出ておる。


兄貴と同じじゃな、残念なことよ。




「ふむ、某が立ち合うのは妹御のはずですが?」




白々しいが、一応聞いておく。




「妹は、貴様との戦いで負った傷が深くてな!私が代わりに立ち合う!!」




はは、こうまで堂々としているといっそ清々しいわい。




「異論はあるか!傭兵!!」




わしは、ロアールの前に進み出た。


バッフ殿は、私兵が動き出したらすぐに対応できるであろう場所に立った。




「無い!!」




もうへりくだる必要はないじゃろう。




「この勝負、禁じ手はあるか!?」




「そのようなもの、ないわ!!どちらかが死ぬか『まいった』と言うまで終わらぬ!!」




・・・ほう、それはなんとも。


都合がいいのう。




「今手を付いて謝れば、許してやるが・・・どうだ傭兵?」




いやらしい笑みを浮かべ、ロアールがほざく。




「ははは、ははははは!!!」




つい、こらえ切れずに笑いが飛び出した。


ロアールは呆気にとられた表情じゃ。




「・・・御託はもうよいわ・・・かかって来い、小僧ォ!!」




わしの言葉に顔を赤くしたロアールが、腰の剣を抜き放つ。


その細い刀身には何らかの揺らぎ・・・なるほど、魔法具か。




「・・・っ!その物言い、地獄で後悔させてやるぞ傭兵・・・!!」




「させてみよ、お坊ちゃん」




距離を置いて向かい合う。




「ラスタイン流剣術、ロアール・ラシュッド!」




突き上げた剣が光り輝く。


呼応するようにわしも刀を抜き、下段に構える。




「南雲流、十兵衛・・・参る!」






「『走れ、焔』!」




ロアールがわしに切っ先を向けて叫ぶと、刀身から一筋の炎が帯のように放たれる。


横に跳んで躱すと、なんとわしの動きに付いてくる。


む、追尾性能まであるのか!




そのまま横へ走ると、ロアールの腕の振りとともに炎も曲がる。


・・・なんじゃ、鞭のようなものか。


刀身がそのまま炎に置き換わっただけじゃな、つまらぬ。




左手を懐に入れ、十字手裏剣を取り出す。


それをロアールに向けて放つ。




「ぬうっ!小癪な!!」




刀身の炎が消え、細かい振りでロアールが手裏剣を叩き落とす。


ほう、これくらいはできるか。


重心のブレもない、腕は確かなようじゃな。




棒手裏剣を放つとともに、刀を担いでロアールに向けて走る。




「ぬうあっ!『散れ!焔』っ!!」




またもや手裏剣をはじくと、ロアールは剣の腹をわしに向ける。


すると、いくつかの塊に分かれた炎の礫がまるで散弾のように向かってくる。


ぬ、これは少し厄介じゃな。




跳び下がって礫を避ける。


これは追っては来ぬな。


視界の端で、炎が着弾した庭木が燃えるのが見える。


まるで油を含んでおるようにへばりつく炎じゃ。




さて、どうするか。


あれを見る限り、叩き落とせるようなものでもないじゃろう。


急所だけを庇って一気に肉薄してもよいが、『後に』控えているであろう戦いの前にいたずらに傷を負いたくはないのう。




正攻法で攻め、疲弊を待つか。




「さっきまでの威勢はどうしたぁっ!『走れ!焔』ぁ!!」




再びの長い炎。


今度は上段からの斬り下ろしか。




走りながら横に躱すと、地面から翻って横薙ぎが飛んでくる。


跳んで躱すと、また翻る。


地に伏せ、また手裏剣を投げる。




「おのれっ!」




するとまた炎は消え、ロアールが手裏剣をはじく。


とうやら炎を出したままでは、細かく剣を振るえぬと見た。


せわしない事じゃのう。


が、今度は間を置かぬぞ。




肉薄しながら指の腹に3枚の手裏剣を挟み、腕の振りに合わせて連射。






南雲流手裏剣投法、『かさね


指に挟んだ手裏剣を、振るたびに1枚ずつ投げる技じゃ。






魔法具とは、常に設定された呪文を唱えねば使用できぬ。


呪文を間違えても、つっかえても、魔法は発動せぬ。


さて、この技を前にそれができるかのう?




手裏剣で死ぬことはそうそうない。


頭に当たらねば傷は浅く、毒でも塗らぬ限り致命傷にはならぬ。


わしならば急所でなければ構わぬが、こやつは違うのう。


先程から急所以外もはじいておる。


よほど傷つくのが嫌なのじゃろう。




どこに投げても捌く・・・くく、やりやすいわい。




「ぬっ!ぐっ!このっ!!」




その間に、いくらでも接近できる。




「そらぁ!間合いに入るぞ小僧!!」




「ぐあぁっ!?」




声をかけつつ、さらに手裏剣。


気を取られたか、棒手裏剣がロアールの足、膝の隙間に命中。


御大層な鎧を着ておるが、関節まで固くはなかろうよ!




間合いに入ったわしに、突きが飛んでくる。


もはや呪文を唱える暇は与えぬぞ!




そこそこ鋭い突きに刀身を合わせ、円を描きつつ巻き取りながら上方向に勢いを付けて逸らす。




「しゃあっ!!」「っぎ!?」




逸らされたことで開いた、右脇の下を斬り上げる。


ここも鎧が薄い、ざくりといい感触じゃ。




「ち、『散れ!ほのぐぎゅ!?」




呪文を唱えようとしたその口に、柄頭を思い切り叩き込む。


砕けた歯が宙に舞った。




唱える口が潰れれば、魔法剣とてただの豪華な剣に過ぎぬわ!


兜がないのが災いしたのう!




口から血の糸を引く柄頭を引き抜き、手の内で刀身を回転。




「いいやぁあっ!!」




すぐさま峰でロアールの首筋に、ばしりと一撃を叩き込んだ。


手に、鎖骨の砕ける感触。




「っし!!」




駄目押しに踏み込み、顎に向けもう一度柄を横から打ち込む。


白目を剥くロアールの腹に蹴りを入れ、地面に引き倒した。


ふむ、しばらく起きてはこれぬじゃろう。






「ロアール様!・・・おのれえ!!」




控えておった私兵の1人が、槍の穂先をこちらに向けつつ走ってくる。


やはり、のう。




「これは尋常な立ち合いのはず!何故外野が出て来る!!」




「黙れ黙れ黙れっ!者ども!!そやつを生かして帰すでない!!」




ラーラがこちらを血走った目で睨み、命令を出してくる。


ふふ、なりふり構わぬか。




「ぬううあああああ!」




槍がこちらに突き出される。


なんとも、のろい突きじゃのう。






先程グスタフはわしにこう言った。


『ロアールは』殺すな、と。






「ぬうん!!」




槍をいなし、私兵の首を裂く。


ごぼごぼと不明瞭な声を出しながら、首の皮一枚で繋がった頭を背中方向へ倒しつつ私兵は崩れ落ちた。




「っひ!?」




その凄惨な死に様に怯んだのか、ラーラが息を呑む。


今更遅いわ・・・小娘!






「助太刀かあ・・・じゃあこっちにも助太刀がいてもいいよなあ?」




のそりとわしの横に立つバッフ殿。


その手には、身長の二倍はあろうかという長大な戦斧。


それを片手で持つとは・・・ペトラ以上の膂力じゃな。




「『赤光』のバッフだ。死にてえ奴からかかってきな!!」




ぶおんぶおんと凄まじい速度で戦斧を旋回させつつ、バッフ殿が言い放つ。


周囲に殺気が満ち、私兵の集団はさらに怯む。




わしも血塗りの刀を担ぎ、私兵に向かう。




「ははははは!!足りぬ、足りぬぞ小僧ども・・・かかって来ぉい!!片端から成仏させてくれるわ!!!」




わしらは、じりじりと私兵に向けて歩き出した。

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