第56話 【第一部完】十兵衛、修羅場の客車を経験する。【第一部最終回】

「私は忘れておらんからな、アルゥレイヤ。よくもまあ、あのような所業ができたものだ・・・流石『白の一党』というべきか、傲慢な性格は悠久の時を経ても変わらんらしいと見える」




「ふぅん?『黒の一党』は執念深くて困るねェ・・・あの時はアレが最適解だったんだよぉ?頭のお固いキミタチには何年経っても理解できないらしいけどねえ?」




「っは?その薄い体同様、固くて頑固なのはそちらだろう?ああいやだいやだ、長生きしすぎた老婆にありがちなことだぞ?」




「乳と尻に纏わりついた贅肉ごときが多少多いくらいで何を偉そうに・・・腹までダブついているからさぁぞ中身は真っ黒なんだろうねぇ?」




「・・・今この場でそっ首叩き落としてもよいのだが?」




「・・・できないことは極力口にしないことだねェ?」




うーむ、散々戦った後じゃから酒が美味い。


本当によい酒じゃ・・・この世界、侮れぬな。




この付け合わせの干し肉も絶品じゃ。


調理技術自体は未発達の部分もあるが、素材本来の味としては甲乙つけがたいどころか、勝っているものすらある。


世界に魔力があるのがいいのか、それとも自然豊かな環境がいいのか・・・うむ、わからんが別に気にもならんな。


美味いものは美味い。




「お主も疲れたじゃろう天鼓。食え食え」




『あーん!・・・ももむ!もももむ!おいしーっ!』




「はは、そうかそうか・・・今回も色々と世話になったのう」




『くるしゅーない!えへぇ~』




明らかに顔よりもデカい干し肉を頬張りながら、天鼓が笑う。


ふふ、かわいらしいことじゃ。


昔飼っておった文鳥を思い出すのう・・・




「ジュウベ、ジュウベ・・・我モ!我モ!」




「ほいほい」




「ンマ!ンマーイ!!」




袖を引いてねだってきたラギにも同じようにしてやる。


さっきまでは心配して半泣きじゃったというのに、子供は切り替えが早くてええのう。




「んへぇ・・・もう飲めにゅい・・・」




「・・・天鼓、手が空いたら毛布でもかけてやれ」




『ペトラちゃんはもーう!女の子なのにもーう!』




とうの昔に酔いつぶれたペトラが、席に体を投げ出して大股を開いて寝ておる。


色々と丸出しじゃぞ・・・一応わしも男なんじゃがな。


色気を欠片も感じぬから、どうこうするつもりもないがの。


遊び疲れた子供が寝ておるようなもんじゃわい。




「・・・あの、ジュウベエ」




「なんじゃセリン、お主もか・・・ホレ」




「あむ・・・あら、美味しいですわねぇ。さすが師匠、いいものを揃えて・・・って!!」




反対側からセリンが袖を引いてきたので干し肉を放り込む。


こやつも甘えん坊じゃな。




「っち!違いますわよっ!干し肉ではありませんわっ!!」




ニコニコしながら干し肉を食ったかと思えば、急に眼を吊り上げてわしの胸倉を掴んできよった。


なんじゃ急に。




「師匠とあの方!なんで放っておくんですの!?客車内の空気が最悪ですわっ!!!」




「・・・ああ、なんじゃ。そのことか」




「なんじゃではありませんわ!・・・っひ!?ちょっとちょっと魔力の集中が始まってますわっ!?」




確かに、周囲から何かの力がセスルとレイヤの元に集まるような気配がある。






「―――吹くじゃないか・・・スキアの小娘風情がァ・・・!!!」




「―――なまっちろい耄碌婆が・・・!吠え面かかせてやろうか・・・!!!」






・・・やれ、困ったのう。


このままでは少し大変なことになりそうじゃな。


かと言ってどうすれば止まるかなぞわしには皆目見当がつかぬし・・・




「・・・セリンよ」




「なんですの!?なんでそんなに落ち着いていられるんですのっ!?」




「・・・人生、諦めも肝心じゃぞ?」




「ジュウベエの、おばか!!スケベ!!おじいさま!!!」




罵倒になっておらん罵倒を聞き流しつつ、わしは今までのことを思い返す。






といってもそんなに複雑な話ではない。




不可思議で胸糞の悪いあの空間から抜け出し、あわや巨人と決戦・・・という所で、魔導竜が助けに来た。


着陸した途端客車からはラギが飛び出し、大丈夫か怪我はないかとあやうく全裸にされそうになった。


セリンも出てきたが、ペトラはその時すでに酔いつぶれておったな。




そして、セスルとレイヤは睨み合ったまま小言の応酬を始めた。


どうやら、昔馴染みであったらしい。


それも最悪の。




わしは小言を叩き合う2人に割って入り、セスルを同道させることをレイヤに認めさせた・・・かなり嫌がられたがな。


それでもあそこで大層世話になったのは確かじゃし、こんな人里離れた森の中に残していくのも忍びない。


せめてどこかの街の近くか、それこそ王都まで連れて行ってやってほしい。


そう頼むと、いつもの飄々とした顔からは想像もできぬほど嫌な表情をして・・・レイヤは渋々それを許した。




許したが・・・




魔導竜が飛び立ってから小一時間は優に経っておるというのに小言の応酬は止まず。


それどころか、今もこうしてどんどん殺気立ってきておる。


ふむ、いかがしたものか。






「のう、セリンよ・・・あの2人はそんなに確執があるのか?」




「わたくしもそれほど詳しくはありませんの・・・なにぶん、遥か昔のことですので」




未だに膨れ上がりつつある殺気から目を背け、セリンに聞く。


こやつでもそういう言い方をするとなれば・・・100や200ではきかぬほどの昔かの。




「『白の一党』『黒の一党』という単語から察するに・・わたくしが生まれるよりもっともっと前のことだというのは、確かですわ」




「ほう?有名な組織なのか?」




エルフ同士でも仲が悪い時期があったのかのう。


それにしても、セスルもかなり年がいっておるということか。


精々セリンと同じくらいかと思っていたから、面食らったわい。


なんというか・・・レイヤに比べて、仙人然とした所がなかったゆえにな。




「ソレ知ッテル!『白黒大戦びゃっこくの・おおいくさ』デショ!!」




干し肉の塊を齧りつつ、ラギが話に入ってきた。


随分物騒な単語が出てきたのう。




「あら、博識ですわね、ラギ」




「里ニ古イ伝承、アル!!ゴ先祖様ガ半分イナクナッタ怖イ怖イ昔話!!」




・・・半分、じゃと?


リザードの総数は知らんが、それでも小競り合いというわけではあるまい。


おおいくさ、などと呼ばれているくらいであるし。




「・・・まあ、有体に言えばエルフ族が白黒2つの派閥に分かれて大陸中を巻き込んで起こした未曽有の大戦争のことですわ」




「・・・なんとまあ、そんなに軽く語るほどのことではないと思うが」




どれほど前のことかは知らんが、とんでもない戦争だったようじゃな。




「何分口伝でしか伝わっていないことですので・・・お互いの陣営の子孫ですらとうに忘れ去ったことですわ。今ではエルフの各部族にわだかまりはほぼありませんのよ?」




そう言いつつ、セリンは横目で恐ろしそうに2人を見つめ、続ける。




「もっとも・・・『生き証人』の間では、過去のことではないようですが・・・」




・・・この世界、度を越えて長生きの連中が多すぎるわい。


人間の寿命なぞ本当にちっぽけじゃなあ。


わしは人生二回目みたいなもんじゃから、さして思う所はないがの。




じゃがまあ、王都行きの途中で刃傷沙汰は困る。


なによりここでことが起きれば、かわいらしい魔導竜が哀れじゃ。


セリンには冗談を言ったが・・・そろそろ、止める努力をしようかのう。


わしとてこんなしょうもない理由で死にたくはない。




「仕方あるまいて・・・のう、ご両人。色々と経緯があるのはわしにも察せられたが、ここはひとつこの爺の顔に免じて―――」




そこまで言った所で、違和感に気付く。




先程までの空気が、消えておる。


この清浄な気配、まさか―――






『のうのう、我の顔に免じてこらえてくれぬか?』






いつのまにか、睨み合う2人の真ん中に・・・リトス様が顕現しておられた。


いつからそこにおったのか、全くわからぬ。


気付けば、最初からそうであったかのように・・・そこに、いつもの豪奢な美貌があった。




『わー!リトス様かーわいいー!』




天鼓が場違いなほどの黄色い声を上げる。




もっとも・・・いつぞや夢で見たように、幼女の姿であったが。


色々ちんまい姿ではあるが、それでも全身から感じる神々しさはいささかも衰えることはない。


しかしなぜ・・・




『省エネもーどというやつじゃな、でかい姿だと顕現するのも色々しんどいのでのう』




・・・さよか。


神様も色々と大変らしい。




『リトス様リトス様~!天鼓です!じゅうべえに名前をもらいました!』




『おうおう、良い名をもろうたのう天鼓よ・・・幸せなことぞ?心せよ』




『はーいっ!いっぱいオンガエシしまーす!』




『うむ、良い心がけじゃ』




天鼓はリトス様の周囲を飛び回って楽しそうに話しておる。


今も頭を撫でられて嬉しそうじゃ。




「り、リトス様・・・」




「ご、ご尊顔を拝し、恐悦至極・・・」




・・・が、両脇の2人と。




「あへぁ・・・」




またしても、わしにもたれかかって気絶したセリンはそれどころではないようじゃが。


・・・おいセリン、涎が垂れておるぞ。




『ヨンドレイラの娘、それにお主は・・・おう、もしやゾンラルインの縁者か?』




なんとまあ、舌を噛みそうな名前じゃのう。




「・・・はい、その末席を、汚させていただいております」




『ほう、やはりそうか。あやつはよい男であったが、いかんせん早死にじゃったのう・・・2000と88、ううむ、早い事じゃ』




2088歳で、早死に・・・?


エルフの寿命は一体何年なんじゃ・・・


もう考えるだけ無駄な気がしてきたわい。




『それにしても・・・お主ら、旧交を温めるのはよい事ではあるがのう』




リトス様はそう言って2人を抱き寄せた。


そして笑顔のまま、告げる。






『―――我の戦士が、見事に務めを果たしたのじゃ。水を差しては・・・くれるなよ?』






口調は穏やか、表情も慈愛に満ちておる。


おるが、それを聞いた途端・・・なんと2人はひっしと抱き合った。




「仰せのままに!なあセスルくん!!」




「ええ!レイヤ師!!これこの通り!!」




小刻みに震えておるわ、よほど恐ろしいらしい。


それを見ると、リトス様は一転して破顔。




『うむ、よいよい。仲良きことは美しき哉・・・ふふふ』




2人をそのまま放置し、リトス様はこちらへ駆けてくる。


見かけは幼女じゃが、気配があまりにも荘厳過ぎる。


もう慣れたが、それでも緊張するのう。




『十兵衛!よくやった!』




ぴょいと地面を蹴り、軽やかに回転するとリトス様はわしの膝に尻を乗せる。


・・・重さを全く感じぬ。


『ここにいるようで、いない』といことか。


埒外の存在じゃな、相変わらず。




「ヒゥエ」




何かを感じたのか、セリンは痙攣した。


気絶しておっても面白いのう、こやつ。




「・・・あれで、ご満足いただけましたか?」




そう言うと、リトス様は体を回してわしの頬を優しく掴んだ。


おお・・・相変わらず美しい瞳じゃ。




『満足か、じゃと?大満足じゃ!!大儀であった!!!』




どうやら太鼓判を押されたらしい。




「わしは、好きに暴れ回っただけですがのう」




『かっかっか!よいよいそれでよいのじゃ!あやつの悲鳴ときたら・・・三界に悉く響き渡りよったわい!ふふははははは!愉快愉快!!!!』




あやつ・・・とは、あの時の気配の主か。


悲鳴を上げたのか、それではわしの一撃も少しは効いたらしい。




「やはり殺せてはおらんようでしたか・・・」




『ふふふ、我々とお主らでは命の成り立ちも有り様も違う。容易に殺せるものではないぞ?』




ということは、『殺せる』手段もあるということか。


・・・ならば、よい。


見ておれ、外道よ。


今は無理じゃが、いつか。


いつの日か。


必ず、必ずその首・・・貰い受ける。




『~~~~~っ!良い目じゃ!良い目じゃのう!・・・のぉう十兵衛、やはり1つ我に献上せぬか?せぬか?』




リトス様は目に齧りつかんばかりに張り付いてきた。


わしの目がいたくお気に入りのようじゃ。


さて、流石に目はのう・・・




「アノ!アノ!ワ、ワワワ・・・我ノ尻尾ノ先、献上シマス!!ジュウベノ目、ユルシテ、クダサイ!!」




なんとラギが、突如としてリトス様に縋り付いた。


おいおい、尻尾の先とはいえ体の一部じゃろ。


それはいかんぞ、ラギ。




『ほぉう・・・ふむ、おお!朱色か!』




リトス様も何やら興味をそそられた様子。


・・・これは不味い!




『しかし、わかっておるのか雷竜の末裔よ?それを捧げるというのがいかなる意味を持つのか』




「・・・ハイ!ダカラ、ジュウベノ目・・・取ラナイデ、クダサイ!」




仮面越しに見えるラギの目には、涙が光っておる。


尻尾の先はかなり重要な部位らしい。




「リトス様、それはあまりにも・・・」




わしが思わず割って入ろうとすると。




『偉いッ!!!!!!!!!!!!!!!!!』




「ヒャワァ!?」




リトス様が突如として光り輝いた。


眩しくて目がろくに開けられぬ!?




『ふふふ、ほんの冗談じゃ・・・剛毅で、優しく・・・胆力ある娘よのう』




「ワワワ、ワワワワ・・・」




リトス様はラギの頭を抱えるようにして撫でておる。


慈愛に満ちた表情じゃが、当のラギは目を白黒させて大慌てじゃ。




『我は大いに好きじゃぞ~お主のような娘は大好きじゃぞ~』




「キョ、キョキョ・・・恐悦至極デ、デス!」




撫で回す手を止め、リトス様はラギを正面から見つめた。




『名を聞いておこうか、勇気ある戦士よ』




「ラギ、デス!『ガ=ジャ=ガル=ギィ』ノ娘、『ギルガガント=ス』ノ末!デス!!」




・・・エルフに負けず劣らず、こちらも舌を噛みそうな名前じゃのう。


先程雷竜の末裔と言うておったな、というとリザードのご先祖様は竜なのか?


爬虫類・・・なのか?竜は。




『おう、確かにあ奴の名じゃ、懐かしいのう・・・ふふ、今日は良き日じゃ』




リトス様はそう言いつつ、客車内を見回す。




『ヨンドレイラの娘、ゾンラルインの縁者・・・それに雷竜の末裔の強い娘。あなや、懐かしいのう、懐かしいのう』




レイヤとセリンは張り付いたような笑顔で抱き合い、ラギは姿勢を正す。




『・・・あそこで寝ておるのは、はあ・・・はは、『八斧帝』の匂いが僅かにするのう』




こんな状況でも眠りこけるペトラを、懐かしそうに見やり苦笑い。


・・・あやつも何かの縁者か。


まあ、遡ればどいつもこいつも有名人に突き当たるじゃろうな。


何しろ神様じゃ、生きてきた年数が段違いじゃ。




『そしてこやつは・・・おお!よく見ればネスルリオラと似ておるのう!すぐ気絶するところなぞ、あやつにそっくりじゃわい!くふふ、不敬なるぞ~?』




「ひぅん!お許し・・お許しを・・・ですわぁあ・・・」




セリンは気絶したまま器用に答えを返した。


・・・こやつも色々面白いのう。




『さて十兵衛、此度は我の我がままで苦労を掛けたな』




「何を仰いますやら、わしはここに来れた・・・そのことだけでも、感謝の尽きようがございませぬ」




若くしてもろうて、思うままに暴れ回る許しを得た。


これ以上は、わしには過ぎたる望みじゃ。


これより上を望んでは、罰が当たるわい。




『欲がない男よのう・・・くふふ、そういう所じゃぞ、お主』




わしの胸を指で突くリトス様は、満面の笑み。


機嫌を損ねるかと思ったが、存外嬉しそうじゃわい。




『じゃがのう・・・それでは我の気が・・・おうおう、そうじゃ!』




言うなり、リトス様は虚空へ腕を突っ込む。


手首から先が、空間に溶けるように見えなくなった。




『ど~こじゃったかのう。たしかこのあたりに・・・おうおう、あったあった!』




しばらく探るように手を動かし、リトス様は勢いよく引き抜く。


その手には、古びた金属片が握られておった。


あれは・・・鏃、か?




『十兵衛は何もいらんというじゃろうからのう・・・ホレ末裔の娘、いや、ラギ』




それを、ぽいとラギに投げ渡した。




「ヒャワ!!ウ、嘘嘘嘘ォ!?!?!?」




それを受け取るなり、ラギはこの世の終わりのように騒ぎ出した。


見た所ただのボロい鏃にしか見えぬが・・・?




『正真正銘、弓娘のモノよ。お主が握れたということは、遅かれ早かれ授かる流れじゃったな、ふふ』




「アワ、ワワワワワワワワワワ・・・」




渡す気軽さとは反対に、受け取ったラギはもう小規模な地震にでもあったような有様じゃ。


よほど凄いモノらしい。




『まあ、取っておくよい。我は橋渡しをしただけに過ぎぬからのう・・・あやつも了承済みじゃ』




「ジュ、ジュジュジュ、ジュウベ・・・ハワァ」




ラギはわしに縋り付き、涙目でその鏃を見せてくる。


ううむ、やはりただの鏃にしか見えぬが・・・?




『ふふわははは!愉快愉快!・・・おっと、そろそろ時間かの』




ひとしきり高笑いをした後、リトス様はそう言った。




『十兵衛、重ね重ね大儀であった!しばらくはあやつらもおとなしくなるじゃろうて・・・しばし体を休めよ!』




「しばらくは・・・ということは、また出てくるのですな。それは・・・よいことを聞きましたわい」




それに備えて、また腕を磨いておかねばの。




幾度かの戦いを経て、確信した。


この世界で、わしは・・・まだまだ強くなれる。


それが、それが・・・嬉しゅうて、たまらぬ。




『やめよその目は!欲しくなるであろう!まったく・・・』




形の良い眉を顰めた後、リトス様は不意にわしの頭を抱える。




『では、またのう』




そしていつかのように、額にそっと口付けた。


相変わらず、熱い接吻じゃな。




そして・・・初めからいなかったように、リトス様の気配はもうどこにも感じられなかった。


来るときも唐突、帰る時も唐突じゃな。


静寂が満ちる客室の中、わしは一つ苦笑いをした。






「・・・行かれた、ねえ」




「・・・そのよう、だな」




しばらくして、レイヤ達はパッと体を離した。


そして、お互いに心から嫌そうな顔をしている。




「・・・女神様直々のお達しだ。まあ、王都くらいまでなら席を貸してやろうかねぇ」




「・・・は、それは感謝しておこう。女神様直々のお達しだからな・・・仕方があるまい」




が、リトス様は恐ろしいらしい。


先程までのように、殺気が迸ることはなかった。


どうやら折り合いがついたらしい。


これにて一件落着、か。


女神様々・・・じゃのう。




「それでラギよ、結局その鏃はなんじゃ?」




「カ、加護!射神ヨルゥル様ノ加護!!『全キ鏃』!!!」




・・・加護?


・・・まったきやじり?


何かは知らんが、かなり凄いモノなんじゃな。


その舌を噛みそうな名前の神は・・・以前にラギが言っておったような気がする。




「それは弓師にとって垂涎の代物だよ、ジュウベエ」




レイヤが補足してくれるようじゃな。




「ああ、それは弓の技量と、その美しさを称して与えられるモノだ。そこのお嬢ちゃんは類まれな才能があると認められたのさ」




かと思えばセスルまで説明をしてくれる。


・・・こんな所でも張り合うんじゃな、お主らは。




「フワワワ・・・ワアアアア!」




ラギは目を輝かせ手の中の鏃を一心に見つめておる。


かわいらしいもんじゃな。


欲しいプレゼントを貰った幼子のようじゃ。




「ジュウベ!ジュウベノオカゲ!ジュウベ!ジュウベ大好キッ!!」




「おいおい、わしは何もしておらんぞ。ソレはお主のたゆまぬ研鑽の褒章じゃよ」




感極まったように抱き着いてくるラギの背中を撫で、その力強さに苦笑する。


疲れた体には効くのう・・・




わしから見てもラギの腕前は大したものじゃし、何の不思議はない。


複数の、それもあれほど巨大な矢を続け様に放つなぞ、前の世界でもとんと見聞きしたことはないからのう。


順当な結果じゃろうて。




『わーい!よかったねえ!よかったねえラギちゃん!!』




天鼓がわがことのように喜び、ラギの周りを飛ぶ。


魔力の粒がキラキラと輝き、幻想的な美しさで客車内を照らす。




「ウン!嬉シイ!産マレテカラ今マデデ、一番嬉シイ!!」




ラギは相変わらずわしを抱きしめたまま、着物へ涙をこぼす。




・・・今は何を言っても通じぬじゃろう。


わしは、甘んじてその強すぎる抱擁に身を任せることにした。




「ジュウベ!大好キ!!」




「はいはい、よかったのう」

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【第一部完】異界血風録~若返ったので、異世界でわしより強い奴へ会いに行く~ 秋津 モトノブ @motonobu

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