第54話 十兵衛、同郷の者と出会う。
「これは、またなんとも・・・趣が変わったな」
『ふっしぎ~!』
骨の巨人の守っておった門をくぐると、すぐさま景色が変わった。
「・・・ほう」
セスルと天鼓は見慣れぬ情景に珍しそうに辺りを見回しておるが・・・わしには、幾分か見慣れた景色じゃ。
「・・・さぁて、鬼が出るか・・・蛇が出るか、のう」
そこは、朽ち果てた村のような場所じゃった。
かつて家であったモノは森に侵食され、柱や戸に蔦が巻き付いておる。
そしてその家の様式は、時代劇で見るような・・・昔の日本のモノじゃった。
茅葺の屋根、木戸に障子。
もはや扉が開ききった家々の内部には、やはり同じように朽ちた畳の成れの果て。
ほう、仏壇まであるか。
「・・・ジュウベエ」
「おう、気付いておる」
細剣に手を触れながら素早く周囲を見るセスル。
「ここは・・・今までの場所と違うようだ。『終点』が近い」
「で、あろうなあ」
『終点』かどうかは知らぬが、この周囲を取り巻く空気は異質。
先程までの鬱蒼とした空気ではないが、それでも張りつめた『何か』がある。
「おそらく、ここの『門番』は・・・かなり手強いぞ」
覚悟を決めた顔で細剣を抜こうとする、セスルの手を軽く押さえる。
「おっと。ここはわしに任せてもらおうかの」
「しかし・・・」
「さっきの雷で随分と魔力を使ったんじゃろう?その上怪我までしとる者をこれ以上働かせられぬよ」
ぽん、と腰の愛刀を軽く叩く。
「わしとて、お主が守られる程か弱いおなごだとは思わぬが・・・少しは意地を張らせてもらうわい」
「・・・ふふ、そうか。ふふふ・・・」
セスルは嫣然と微笑んだ。
おう、色気があるのう。
「女扱いされたのは・・・50年振りかな?」
おっと、年季が入っておるのう。
このようないい女を50年も・・・ふむ、よほど周りの男が阿呆だったんじゃろう。
以前見た仲間の連中は・・・どちらかと言うと『崇拝』に近いものがあるようじゃったのう。
『じゅーべーは油断するとすぐ口説く~う!』
天鼓が肩に乗ってぼやく。
「はっは、いい女を褒めぬのは男の名折れよ」
無駄口を叩きながら、村を歩く。
周囲に気配はない。
動物も、虫すらおらぬ。
これ程森が茂っておるにも関わらずじゃ。
・・・やはり、ここは現実とは似て非なるものじゃろうなあ。
「ジュウベエ、お前・・・エルフ、ではないな?長命種とも思えんが・・・ふむ、不思議な男だな」
「おや?わしに興味でもあるかな?」
「肉体と魂の波長が・・・合っているようで合っていない、ような気がする」
ふむ、前にも似たような事を言われたのう。
エルフの目は随分と便利なものらしい。
「さてのう・・・いい男には秘密が多いと聞くしな」
『いい精霊にもねーっ!』
天鼓が楽しそうに言う。
その声を聞きながらも、わしらは進む。
やがて村の向こうに、長い石段が見えてきた。
かなりくたびれてはいるが、崩れ去るほど痛んではいない。
そしてその上には、前の世界で見慣れていたものがある。
「ほう、鳥居があるということは・・・あの先は神社か」
『トリイ?ジンジャー?』
「ま、わかりやすく言うと神殿と・・・その入り口じゃな」
「詳しいな、ジュウベエ。キミに考古学の知識があるとは思わなかった」
こういう時に翻訳の加護は便利じゃな。
細かい齟齬もなさそうじゃ。
リトス様には本当にお世話になるのう。
「なあに、わしの故郷では見慣れたものよ」
『えっ!?じゅーべーの故郷ってこんな・・・ボロ・・・じゃなくて古いの!?』
若干言葉を選んだな、天鼓。
「はっは、時代がズレておるのよ。わしが知っておる故国は、もうすこーし発展しておる」
『はえ~・・・』
「ハザマの中では時間も空間も無茶苦茶だ。この風景が現実に即したものか、それともここの主が零から作り出したものなのかもわからん」
なんでもあり、ということじゃな。
・・・あれほど悪趣味な空間を創り出す奴じゃ。
この先にも、見かけ通りのものがあるとは限らぬな。
「精緻な石段だ・・・ジュウベエの故郷に興味が湧いてきたな」
「わしもどこにあるかはわからぬが、いつか行けたら案内してやろう」
興味深そうに石段を観察するセスル。
こやつは戦士じゃが、エルフという種族は皆研究者気質があるのかもしれんな。
「わからん?おかしなことを言う」
「わしは『エーテル渦』に巻き込まれたらしゅうてのう。気が付いたらこの国におったというわけよ」
すっかり忘れかけていた設定を話す。
こう言えばいいから、便利な言葉じゃな。
「なんと・・・渦に巻き込まれた者を見たのは初めてだ。さぞ、苦労しているだろう?」
なんとも、いたましそうな目線を送ってくるのう。
それほどの苦境とも思わぬがな、わしは。
「なあに、どこへ行ってもこの身があればやっていける。帰りを待つ者もおらんしなあ」
・・・弟子共は元気にしておるじゃろうし。
あ奴らとて子供ではない。
もう老いぼれの手助けなぞ、いらんじゃろう。
「強いな、ジュウベエは」
「『心根が強ければ何事も恐れることはない』と、師匠に常々言われておってのう。わしの信条じゃよ」
石段を上る。
一段上がるごとに、上から何かを感じる。
これは、殺意か。
それとも、怒りか。
『なんか・・・なんかいる~!怖いけど、怖いけど悲しいのがいるぅ~!』
肩にきつくしがみ付く天鼓を撫でる。
感受性が豊かじゃな。
「・・・いる、な。門番が」
セスルの目が、鋭くなる。
「これは・・・中々のもんじゃな」
凄まじい殺気を感じる。
じゃがこれは・・・先程までの連中と、違う。
『自我』を持った誰かの、殺意。
そうしてわしらは石段を上りきり、鳥居をくぐった。
そこは、年季の入った神社があった。
鳥居から続く本殿は荒廃し、今にも崩れ落ちそうな様相。
そして、本殿の前に・・・人影。
「・・・はは」
まさか、まさかこの世界で・・・
―――甲冑を着込んだ武者に、会えるとは思わなんだ。
全身に刻まれた傷が歴戦を感じさせる、朱色のくたびれた武者甲冑。
兜と面頬で、その顔は見えぬ。
そして得物は・・・刃渡り3尺を優に超える、長尺刀。
それを軽そうに担ぎ・・・そやつは何の気負いも見せず、ただ、立っている。
一分の隙も、ない。
「―――やはり、わし向けの敵じゃな」
進み出る。
全身に、質量を持った殺気が叩きつけられる。
はは・・・心地よい。
武者の顔が、上がった。
面頬の奥にあるのは、確かな理性を持った瞳。
わしを、射貫くように見ている。
「・・・侍、か」
武者が、低く声を発する。
今のわしと、そう変わらぬ年頃か?
「―――それ以上、寄るな。斬ってしまう故」
さらに、放射される殺気。
「そういうわけにもゆかぬのよ。わしは、ここをこさえた奴を斬らねばならぬ・・・お主こそ、道を譲ってはくれぬか?」
「できぬ相談だ。心根はともかく、拙者の体は意のままにならぬ・・・ただ、間合いに入るものを斬り伏せてしまう」
近付くにつれ、武者が抜刀の姿勢を取る。
なるほどのう・・・技や自我はそのままに、行動だけを縛っておるのか。
なんとも、なんとも意地が悪い。
それほど面倒臭い手法を使うとは、かなりの重鎮らしいのう、こやつは。
「幾人も、幾人も斬らずともよい者たちを斬った・・・お主は久方ぶりの同郷と見える・・・斬りたくはない」
声に凄まじい悔しさを滲ませながらも、武者はするりとその長尺刀を抜いた。
がらん、と音を立てて鞘が落ちる。
「―――心配ご無用。ここで死ぬるなら、所詮それまでの人生よ」
それに応えるように鯉口を切る。
愛刀が、澄んだ境内の陽射しを反射して輝いた。
「・・・是非も無し、か」
武者の目が変わる。
あたかも戦場を駆ける、狼のように。
「余計な茶々が入っておるのは我慢ならんが・・・それでもわしは、やらねばならん」
息を吐きながら、正眼に構える。
武者は、峰を肩に担いだ。
風の音が、やけに大きい。
「どことも知れぬ場所の侍よ・・・しからば、せめて全力でお相手致そう」
「おう、それは重畳よなあ」
じりじりと、お互いの間合いが近付く。
そして・・・いつものように、名乗った。
「―――南雲流、田宮十兵衛」
「―――無尽流、
悠然とした長尺刀の構えは、やはり無尽流・・・しかも名の変わる前か。
鎧の様式から見ても、戦国末期じゃな。
・・・そして『井宮』ときた。
あの天下分け目の合戦で数多くの首級を上げ、その戦禍の中に消えた男の名。
室町の世から続く無尽流の中でも、随一と評された手練れ。
このような場所で会えるとは、のう。
―――不本意ながら心が、震える。
わしの目の前に、切望しても決して戦えるはずのなかった男がいる。
・・・このことだけは、ここの主に感謝してもよいかも、しれんのう。
このこと、だけは。
間合いが、さらに迫る。
示し合わせたように、同時に発した。
「「―――参る」」
石畳を、蹴る。
間合いは瞬く間に縮まり、そのことを意識する間もなく。
「ぬぅう・・・あっ!!!!!!」
凄まじい速さで、長尺刀が振り下ろされた。
っはは!速い!!
あれほどの重量を・・・これほどの、速さで!!
「っしぃい・・・!!」
空気を断ち切る勢いのそれを、後方に跳んで躱す。
目前を刃が通過した瞬間に、再び踏み込む。
「おおおおぁ!!!」
飛び込んだ勢いで、面を撃つ。
兜ごと、いただく!!
「っふ!」
だが、愛刀の刃が兜に触れた瞬間に滑る。
奴の、体捌きによって。
兜の曲面に沿って滑った刃は、なにも切断することはなく。
肩の鎧にわずかな切り傷を残し、抜けた。
「おおおおっ!!!!」
それと同時に、振り下ろされていた長尺刀は反転。
体勢の乱れたわしに向かって、振り下ろしとほぼ等速で跳ね上がった。
このままでは、股間から腹を裂かれる!
「ぬうっ!!」
左に倒れ込むように斬撃を回避し、膝を折る。
崩れ落ちる力を、横回転に変換。
片足で沈み込みながら、下段へ斬撃を放つ。
「っはぁあ!!」
南雲流剣術、『草薙』
刃が、奴の右脛に食い込む。
―――が、斬れぬ。
脚絆に食い込んだ瞬間、足を動かされた。
刃筋の立たぬ斬撃では、鎧は斬れぬ!
「っふぅう!!」
「っが!?」
そのまま体の向きを変えず、奴は当て身を繰り出す。
一瞬回避が遅れ、奴の肩が胸に当たった。
幾分か肺の空気を放出しながら、脱力して逆らわず跳ぶ。
それでも胸骨が、みしりと軋んだ。
「いぃい・・・ああああああああっ!!!!」
奴が跳ね上げていた長尺刀が、再び振り下ろされる。
躱す暇は、ない!!
「ぬん!!」
迫るそれに、刀を合わす。
中空に火花を散らしながら、斬撃を受け流した。
逸れた長尺刀は、石畳に勢いよく食い込む。
なんという、剛剣!!
・・・わしに、受け太刀をさせるとは。
面白い、流石は無尽流最強の男!!
「っしゃぁあ!!」
そのまま、奴の喉元目掛けて突く。
長尺刀はまだ足元。
切り返す暇は与えぬ!!
風を孕んだ切っ先が、今度は面頬によって逸らされる。
首の振りで突きは外れ、奴の後方へと。
「おおおっ!!!」
長尺刀の柄尻がわしの顔面に突き出される。
手甲は、その峰を握っている。
切り返すのではなく、槍のように使いよったか!!
手甲があるからこその合戦刀法、見事!!
「っふ!」
胴を蹴って、後方へ跳ぶ。
すんでの所で直撃は避けた。
避けた、が。
「っごおおお!!!」
すぐさま奴は腰を回す。
瞬時に持ち替えられた長尺刀の刀身が、横薙ぎの形で空間を払う。
―――空中では身動きがとれぬ!
「っちぃい・・・!!!」
刃と刃が衝突し、火花を散らす。
嚙み合った瞬間に、腕を押し出し脱力。
まともに受ければ、この刀とて折れるやもしれん!
わしの力と奴の斬撃。
その両方が、わしを後方へと跳ばす。
「ふう、う!は、ははは!!」
足を滑らせながら着地。
声が、漏れる。
「楽しい・・・楽しいのう!井宮殿!!」
楽に勝てる相手ではない。
それどころか、油断すればたやすく殺されるほどの相手。
ここへ来て、ようやく・・・ようやく巡り合えた!
「お主の技と、わしの技・・・どちらが強いか弱いかだけじゃ!楽しいのう!!」
振るうのは魔法でもなく、不可思議な力でもなく。
対するのは魔物でもなく、亜人でもない。
異世界で、2人の侍がただ戦っておるだけ。
―――それが、たまらなく楽しい。
「・・・ああ、そうだな」
面頬の下で、奴が微笑んだ気がした。
どうやらあちらも、同じ気持ちらしい。
嗚呼、今日は・・・なんと良い日じゃ。
それからも、斬り合うことしばし。
死力を尽くして戦った。
魔法だけは使っておらぬが、この場では必要ない。
お互いに有効打は、無し。
恐らく尋常の体ではない向こうとは違い、珍しいことにわしは大分汗をかいていた。
さほどの時間が経過したわけではない。
ないが、これほどの命の削り合い・・・消耗するのも無理からぬことではある。
絶えず背筋はひりつき、寒気が走る。
「嫌なもんじゃのう・・・人の身というものは」
手元の愛刀を見る。
幾度となく刃が嚙み合った時にできた刃こぼれが、端から修復されていく。
相変わらず、便利なもんじゃな。
だが、それを振るう体はどうにもならぬ。
あれほどの剛剣を何度もいなした手は、微かに震え始めておる。
当て身によって与えられた衝撃は、肋骨にヒビを入れたようじゃ。
「ままならぬのう・・・いずれ、終わりが来るというのは」
ゆっくり息を吐き、正眼に構える。
いつまでも、いつまでもこうして戦っていたいが・・・そうもいかぬ。
ここを出ねばならぬし、戦いが長引けば動くことも難しくなっていくであろう。
向こうは魂?幽霊?のようなもんじゃから、体力はおそらく無尽蔵。
わしだけが、弱っていく。
―――往く、か。
「こぉおおお・・・」
息吹に合わせ、力を練る。
魔力ではない、わしが本来持っておった力を。
体が十全に動くうちに、勝負を決する。
この、一撃で。
『がんばれー!がんばれじゅーべー!!』
必死に応援する天鼓の声を聞きながら、わしは地面を蹴った。
「っしぃいい・・・!!!」
大上段に振りかぶりながら、間合いを詰める。
「・・・!!」
奴も同じように大きく長尺刀を振り上げ、わしを迎え撃つようにどっしりと構えた。
真っ向から両断・・・うむ、清々しい姿勢じゃ。
ここの主にも見習ってほしいものじゃなぁ。
「―――豪ッ!!!!!!!!!!!!」
瞬く間に間合いは詰まり、長さに勝る長尺刀が凄まじい勢いで振り下ろされる。
当たれば、肉体を容易く切断せしめるほどの威力、速さ。
まだじゃ、まだ・・・!!
時間が引き延ばされたように景色が澱む中、長尺刀の切っ先がわしの額に向けて迫る。
まだじゃ・・・!!
奴の振り下ろしが生じさせた風が、体に激突する。
―――ここおっ!!!!!
「―――応ッ!!!!!!!!!!!!」
裂帛の気合を込めて、愛刀を振り下ろす。
お互いにほぼ等速で振るわれた刃が、空中で鏡写しの軌道を描く。
十分に速度が出た瞬間、左手を離して右手だけで刀を振る。
同時に、体を開く。
わしの頭を割る軌道の長尺刀の腹に、愛刀の腹が鋭く振れる。
ほんの、少しだけ。
僅かにずらされた軌道。
―――それが、勝負を分けた。
「っぐぅう!!」
「っが!?」
長尺刀は、わしの開いた体の側面を通過。
着物ごと左胸を切り裂きながら、石畳に食い込み。
愛刀は、奴の首元に入って鎧を肉体もろとも切断しながら勢いよく腹から下方へ抜けた。
人間ならば、致命傷。
―――南雲流剣術、奥伝ノ二『
「あぁ、これで・・・やっ・・・と」
奴は、血液の代わりに魔力を放出しながら体を折り。
「終わ・・・る」
石畳に、どかりと膝を落とした。
その衝撃で、長尺刀は奴の手を離れ。
境内に、澄んだ金属音を響かせた。
「見事・・・御、見事」
称賛の声を聞きながら、残心。
鮮血を散らす胸の傷を、左手で押さえた。
もう少し、身を開くのが遅ければ・・・肋骨は切断され、肺は切り裂かれておった。
それほどの、剛剣。
「・・・よい、勝負であったのう・・・井宮殿」
鋭い痛みを訴えてくる傷を押さえながら、わしは少しばかり寂しい気持ちで呟いた。
「ああ・・・とても、良き、勝負で御座った・・・」
返答する奴の声色は、まるで晴れ渡った空のように朗らかであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます