第47話 十兵衛、蜘蛛の夜を知る。(※性的な表現アリ)

『お前という男はもう・・・なんというか・・・』




気が付くと、前にも来た白い世界におった。


ここは・・・リトス様の所か。


例によって体が動かん。




『規格外というか・・・予想外というか・・・』




当のリトス様は、いつぞやのように童女姿で胡坐をかき、頭を抱えて唸っておられる。


下着が丸見えじゃのう・・・女神様も下着、付けるんじゃなあ。




それにしても・・・なにやらすみませんなあ、度々。




『・・・んじゃが面白い!!許す!!面白きことはよきことなり!!!』




許されてしもうた。




ここへ来たのは・・・やはり、精霊に名づけをしたからですかな?




『おうおう、その通りよ。精霊への名付けは原初の魔法、故に消費も重いからな』




そんなことを頼んできおったのか、天鼓のやつ。


しかし好かれたもんじゃな。


これもリトス様の加護か何かなんじゃろうか。




『いや、それに関しては我『のーたっち』じゃ。お前が好かれるのは・・・我にもわからん』




・・・前の世界でも犬猫にやたら懐かれておったのう。


許せ弟子たちよ、道場の周辺が犬猫まみれになった時に怒ったが、半分はわしのせいじゃ。




『・・・まあ、よい。精霊どもには不用意に名付けを頼まぬように伝えさせておく』




それはありがたい。


次から次へと頼まれては、毎日昏倒してしまいそうじゃ。




『それだけではない、名付けは付けられる方への負担も大きい。産まれてからそれほど経っておらぬ精霊では、魔力の奔流に耐えきれずに消滅する』




なんと。


天鼓め、あやつ・・・命知らずな。




『ふふ、それだけお前が気に入ったんじゃろう。滅多にないことじゃぞ』




リトス様はそう言うと、瞬く間にいつもの艶やかな姿に戻った。


おお・・・こうして下から見ておると眼福じゃわい。




『っふ、褒美である。見よ見よ・・・馬鹿者見すぎじゃ助平!』




気紛れであることよなあ。




『ま、今回はさほど大変なことにもならんであろう。そろそろ、時間じゃな』




言う間に、周囲が白く染まり始める。


おっと、今回はもう仕舞か。




『これだけちょくちょく会えること自体が異例なんじゃぞ。お前は我が呼んだゆえ、特別じゃ』




ふふ、それはありがたい事じゃ。




『さて・・・近々お前に力を貸してもらいたい。よいか?』




ふむ、女子供を虐殺せよ・・・とでも言われぬ限りは。




『我をどこぞの邪神と一緒にするでないわ!もとより、お前にそんなつまらぬ事を頼むわけもあるまい・・・わかるの?』




わしが役立つこと・・・はは、なるほど。


そういう、ことか。




『指一本動かせぬ癖にいい顔で笑いよるわ・・・くふふ』




リトス様も大層嬉しそうじゃ。


どのようなお顔でも美しいが・・・やはりこの方の笑顔は特に素晴らしいわい。


寿命が延びるわ。




『ピンとこぬ喜び方をするもんじゃの・・・まあ、悪い気はせぬがな』




むう。


もそっと見ておきたいのに、白い光で視界が染まる。


残念無念じゃな。




『ははは、なあにじきにまた会えるわ・・・あ、そうじゃそうじゃ』




白い視界の中で、リトス様の声が響く。




『お前があのリザードの娘にやったこと、ハイエルフの小娘にはしてはならぬぞ』




・・・?


おお、血を飲ませて精霊が見えるようにしたアレか。




『エルフ共には元々その力が強く備わっておる・・・その上アレをやれば、毒にしかならぬ。ゆめゆめ忘れるな』




なんとまあ。


肝に、銘じておきましょうぞ。




『それに、あの方法は精霊にも負担がかかる・・・しばし間を空けよ』




ぬ。


わしは別にもうする気はないのじゃが・・・




『ふふふ、さあて・・・どうかの』




おかし気な笑い声を最後に、わしの意識は闇へと沈んだ。








柔らかい物の上に、頭が乗っておる。


戻ったか、こちら側へ。




「オハヨ」『ねぼすけ!』




目を開くと、わしを覗き込むラギと・・・その後ろでケラケラ笑う天鼓が見えた。




「・・・お主、これほどしんどいなら、先に説明せぬか」




誰のせいじゃと思うておる。




『お主ノウ!名前で呼んで!!』




さっきまでの笑い顔をかなぐり捨て、天鼓が顔面に飛び掛かってきた。




「はいはい・・・天鼓よ。そちらは体に障りはないか?」




『にゅふー!天鼓!私は天鼓!!』




天鼓は満面の笑みでわしの頬にぐりぐりと頭を押し付けてきた。


・・・まあ、元気そうではある。




「ジュウベ、ダイジョブ?」




「おう、お主の膝枕で元気百倍じゃわい」




「ミュゥウ・・・」




仮面越しでもわかるほど顔が赤いのう。


おぼこいことじゃな。




・・・ぬ。




いつの間にかすっかり夜になってるではないか。


なるほど、寝坊助じゃなあ。




「いささか寝すぎたようじゃな・・・今から動くのは危ないし、今晩は野宿じゃの」




「準備、万端!」




ラギが差す方を見ると、そこには焚火とこじんまりした植物のテントのようなものがある。


ほほう・・・なかなか手が込んでおるな。


なんとまあ、準備がいい。




「天鼓サマ、手伝ッテクレタ!」




『褒めたたえよー!』




「そりゃ、すまんのう・・・二人とも」




ラギの膝から頭を持ち上げる。


貧血でも起こしたように頭がふらついたが・・・問題はない。


食って寝ればすぐに治るじゃろう。




昼前に食った猪肉もまだあるし、水もある。


十分に一晩過ごせそうじゃな。




そう思ったんじゃが。




「おい・・・ないんじゃが、肉」




あれほどあった肉が跡形も・・・まさかこやつら。




『美味しかったので』




「ゴメンナサイ・・・」




軽く10人前はあったじゃろうに・・・ラギはともかく、天鼓はその体のどこにそんなに入るのじゃ。




「まあ、よいわ。それでは夕餉用に何か探すかの・・・」




『あ、だいじょぶ。もう少しで来るから』




立ち上がろうとしたわしを天鼓が制止する。


はて、来るとは・・・?




『ちわー!』『たくはいびんでーす!』『はんこよこせー!』




森の闇の中から、いくつもの精霊が何かを抱えて帰ってきた。


見れば、木の実や果物のようじゃ。


食料を集めてくれたのか、ありがたいのう。




『イノシシうまうま』『くったぶんは』『はたらきまーす!』




・・・なるほどのう。


そういうことか。


確かにこれほどおれば、あの肉もなくなるじゃろうて。






そしてわしらは精霊の心尽くしで集まった夕食を食べ、早々に眠ることにした。


見張りのために交代で眠ろうかと提案したが、なんと天鼓たち精霊が見張りをしてくれるらしい。




『精霊は気分で眠るから気にしないで―!』




なんとも、便利な生き物じゃわい。


では、甘えるとするかの。




「ジュウベ!ココ!ココ!」




テントの中でいち早く寝転がったラギが、自らの傍らをバンバン叩いて呼ぶ。


ほう・・・あの猪の毛皮を敷いたのか。


若干臭そうではあるが、暖かそうじゃの。




「急ごしらえゆえ、狭さは致し方なし・・・か。ラギよ、すまんが一晩我慢してくれ」




ほぼ密着状態じゃな。


嫁入り前の娘と同衾とは・・・いささか心苦しいのう。




「イイ!仕方ナイ!我慢、スル!!」




・・・言葉とは裏腹に、随分とまあ嬉しそうじゃな。


懐かれたもんじゃ。


・・・尻尾を巻き付けるでない。




「天鼓よ、すまぬが頼むぞ」




『合点承知のすけ!』




・・・こやつら、前の世界のことを知っておるのか?


いや、これも翻訳の加護のお陰様・・・かの。




「明日は早いぞラギ。それでは、おやすみ」




「オヤスミ!ジュウベ!!」




若干獣臭くゴワゴワの地面に身を横たえると、日中の疲れかすぐに瞼が重くなってきた。


大あくびをすると、さらに眠くなってくる。




「ミュミュ・・・ジュウベ、カワイイ」




何事かラギが呟くのを聞きながら、わしの意識はすぐに闇へ溶けて消えた。








『じゅうべー!』






天鼓の声に、すぐさま覚醒する。


空が白んできておるな、早朝か。




「ニャムゥ・・・」




わしにしがみつくように寝ておるラギの腕と尻尾をどかし、枕元の愛刀を引っ掴んで外へ飛び出す。




「どうしたぁ!?」




テントから飛び出しながら抜刀。


峰を肩に担いで問う。




『仲間が騒いでる!こわいの来るって!!』




ふむ、精霊レーダー・・・相変わらず便利なもんじゃわい。




『南のほう!凄い速さでこっちに来てる!!』




視線を動かすと、森の隙間に疾走する影が見えた。


かなりの速度じゃ。


見た所二本足・・・人型の魔物か!


足の辺りが、不可思議な燐光で明滅しておる。


・・・魔法、か?




しかし、起き抜けの運動には・・・丁度いいわい!


そろそろ姿が見えてきそうじゃ、なんとも速いのう。




「さあて・・・鬼も蛇もまとめて刻ん・・・で・・・?」




構えを解く。




『どしたー!?』




「ああ、うむ・・・その、知り合いじゃ、アレ」




視線の先で、見慣れた緑色の衣が揺れておる。






「見っつけ!ました!わああああああああああああああああああああっ!!!!!!」






衣は揺れても、胸は揺れんのう・・・セリン。






「ぜえ・・・はあ・・・おぶっ!?ああぅう・・・」




「馬鹿者、戦いに備えて最低限の体力は残して走らぬか。そう息が上がっておっては、剣の一つも振れんぞ」




「わた、わたくし剣士では・・・うぷ」




地面にへたり込み、息も絶え絶えのセリンの背中をさする。


先程の高速移動はやはり魔法の産物か。


足の光が消えると同時に、この状態じゃ。




「のう、確かに1日で帰る予定が狂ったのはすまぬが・・・何もここまですぐに探しに来ずともよいぞ?心配性じゃのう」




今回は遺憾ながらラギも付いとることじゃしな。


言いつつ、水筒の水を差し出す。




『こわえるふ・・・』『こわ・・・』『ぼーそーきかんしゃ・・・』




そんなセリンを遠巻きにし、精霊どもは魚群めいた塊を作っておる。


怖いなら逃げてもよかろうに・・・怖いもの見たさが過ぎるのかの。




「んぐっんぐっんぐっ・・・ぷっはぁ!!違いましてよっ!!!」




水筒を豪快に飲み干し、セリンがわしを睨む。


ぬ?


一体どうしたんじゃろう。




「ジュウベエ!あなた・・・また何かとんでもないことをしでかしましたわねっ!!」




・・・心当たりは、ある。




「十兵衛たちが向かった方向から、急に強い魔力振動波を感じましたの!街中の精霊様たちも何故か躍り上がって喜んでいるし・・・これは何かあると『韋駄天』の付加まで唱えて飛んできたんですのよっ!!」




・・・大いに、ある。




「いや・・・うむ、まあ・・・その、のう。落ち着けよ?」




こうまで早くバレてしまうとはのう。


魔力、便利じゃな。




「ンミュゥアァ・・・ウルシャイ・・・ンア、セリン・・・オハヨォ」




テントからもぞもぞとラギが這い出してきた。


やっと起きてきたのか。


いくらなんでも気を抜きすぎじゃぞ。


大方わしを信頼してのことであろうが・・・それでものう。




「ラギ!ジュウベエ何をしでかしたか説明・・・説明・・・せつ、めい・・・いいい?」




ラギを振り向いたセリンが吠えようとして、まるで雷に打たれたように動きを止めた。


油の切れたロボットよろしく、頭をガクガクとさせておる。


忙しないやつじゃのう。




「あにゃ、あにゃた、しょ、しょの頬、頬っぺたのにょ・・・!?」




今度は小刻みに振動までしよる。


器用なことじゃな。




「ミュウゥウ!?」




かと思えば俊敏な動きでラギに飛び掛かり、その仮面を両手でがしりと掴んだ。




「こっこここここれ・・・これは・・・この、この魔力はぁあ・・・!?!?!?」




「ニュウ!?ダメ!仮面トレチャウ!!ヤーッ!!」




ラギは起き抜けにパニックを起こしておるようじゃ。


いくらなんでも、常軌を逸しすぎじゃぞこの様子。




「おいセリン、頼むから落ち着k」






「ンアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」






止めようとした刹那。


セリンはとんでもない悲鳴を上げ・・・空を仰ぐように仰け反った。


周囲の木からは鳥が一斉に飛び立ち、遠巻きの精霊どもは地面を転げ回って驚いておる。






「きゅう」






そして・・・白目を剥いたセリンは顔面から地面に突っ伏して失神した。


・・・なんじゃ、この反応。




『じゅうべえ・・・やっぱあのハイエルフこわい』




着物の胸元に潜り込んだ天鼓が、声を漏らす。




「ミュ!?ミュァ!?エ!?ナニ!?ジュウベ!ジュウベ!!セリンドウシタ!?」




「わしにもわからん・・・ああ、全く分からんとも」




尻を突き出して地面に倒れたセリンを前に、狼狽して尻尾を振り回すラギ。


・・・朝から賑やかなこと、じゃなあ。


わしは、若干の頭痛を覚えて頭を押さえた。








「んあ、なんだ夢でしたの・・・わたくしとしたことが、とんだ悪夢を見たものですわぁ・・・」




わしの膝を枕にしたセリンが、目をつぶったままそう言った。




「残念ながら、夢ではないぞ・・・」




「あらまあ、そうでしたのジュウベエ・・・うふふ、いいお膝ですことぉ・・・」




そう言って、セリンは器用に二度寝に入った。


こやつ・・・大物じゃな。


撫で回すな、膝を。






結局セリンが完全に覚醒したのは、日も登り始めた朝のことであった。


わしの膝をヨダレまみれにしおって・・・綺麗になるとは言え、はしたない。




「・・・夢では、なかったのですね。そうですの・・・」




何やら格好をつけておるが、涎くらい吹かぬか。




「にゃむむ・・・ぷはっ、ありがとうございますわ」




拭いてやってもその態度か。


凄まじいマイペースじゃの。




「ま、とにかく怪我がなくてよかったですわね」




すっくと立ちあがったセリンは、そのまま来た道をすたすたと引き返し始める。




「おい、セリンよ。お主・・・」




訳が分からぬので、その背中に声をかけるが・・・




「ごめんなさいジュウベエ、少し1人にしてくださらない?考えをまとめる時間が欲しいんですの・・・『足よ、駿馬の如く我を運べ』」




流れるように、杖で両足をとんとんと叩く。


ほう、あれが早く走れる魔法かの?




「たぶん・・・3日くらいは必要ですわ。それまでは・・・」




セリンは、前の世界の陸上競技めいたスタートポーズをとる。






「一人で街から出ちゃダメですわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」






そして、声を置き去りにするほどの速度で走り去っていった。


後には、セリンの巻き起こした風があるだけである。


わしらは、それを呆然と見ていることしかできなかった。




「・・・帰るか」




『かえろかえろ』




「・・・ウン」




そして、何とも言えぬ雰囲気のまま撤収作業を開始した。


依頼よりも・・・その後の方が疲れるわい。








「依頼が終わったその足で、ウチに来たってわけぇ?うふ、嬉しい」




目の前には、艶めかしい足を優雅に組んだアラクネの大美人・・・ミリィの姿。




「おう、以前のお誘いを思い出してのう」






あの後、ヴィグランデまで何事もなく戻ったわしらは、ギルドで完了報告をした後で解散した。


そうして、そのまま『黒糸館』までやって来たわけじゃ。


今日は定休日・・・そう、ミリィに酒に付き合ってくれと言われておったことを思い出したのじゃ。




「知っての通り今日は貸し切りよぉ・・・さ、入って入ってぇ」




いつもとは違い、がらんとした店内に入る。




む。


・・・あの気配が、ない。


今日は用心棒も休みか。




「いいお酒、入ったのよぉ?ちょっと座って待っててぇ」




そう言うと、ミリィは奥へと消えていく。




開いた適当な席に腰かけると、ようやっとリラックスできた気がした。




『アリおっさんの家にも帰んないで娼館直行とか・・・じゅうべえすっけべ~!』




「ふん、男は誰でも助平よ。それなくしては男とは言えぬ」




天鼓がニヤニヤしながら頬を付いてくる。


それをいなしながら待っておると、盆を持ったミリィが帰ってきた。




「まあ、かわいらしい精霊サマねぇ」




「・・・見えるのか?」




『にゅっふん!可愛いからしかたないね!』




これは驚いた。


以前もこの店で精霊と話したこともあったが、その時はまるで見えておらぬように振舞っておったからのう。




「ハイ=エルフほどじゃないけれど、私達アラクネもそういう種族なのよぉ?元々森から産まれたんですもの、ご先祖様は」




ほう・・・なるほど。




「忠告だけどねジュウベエ、あまり見えることを知られない方がいいわよぉ?『精霊眼』は高く売れるからぁ」




「その言葉は初めて聞いたな、どういうことじゃ?」




わしの隣に腰を下ろしたミリィは、その艶やかな足の一本をついとわしの頬に這わせた。




「その名の通り、精霊を見ることができる目玉のこと。錬金術とかの素材として有用、らしいわよぉ」




「目玉が材料になるのか?」




「ええ、非合法な錬金術師相手の・・・これも非合法な『取り立て屋テイクン』って連中がいてねぇ・・・たまに事件になってるわぁ」




ふむ、そいつは困ったもんじゃな。


狩られるつもりはないが・・・それでもそんな手合いに追いかけ回されるのは御免じゃの。


強いものがおれば、その限りではないが。




「なるほどのう・・・それはいいことを聞いた。肝に銘じておこう」




テーブルの上に、紫色の液体が入った綺麗なグラスがある。


ほう・・・葡萄酒かの?




「うふ。ジュウベエっておもしろいわぁ・・・何でも知ってる風なのに、時々何も知らない子供みたいに見えるもの・・・」




こっちの知識は借りものじゃしな。


さすがに、このごろは頭の百科事典に頼る回数も減ってきたが。




「さて・・・いい男には謎が多いと聞くしの。乾杯」




「いい女にも、ねぇ。乾杯」




ちりんとグラスが鳴り、お互いに酒を飲む。


やはり葡萄酒・・・ではないな。


似ておるが、どうも違う。


じゃが、鼻に抜ける芳醇な香りは素晴らしい。




『甘酸っぱい!おいし!』




いつの間に用意されたのか、天鼓は小さいグラスを傾けておる。


中身はジュースか。




「・・・美味いの、いい酒じゃ」




「お口に合って何より・・・だわぁ。まだまだあるからねぇ」




といっても、これはガバガバと飲む酒ではないのう。


なあに、まだ昼前じゃ。


夜までには間がある。


ゆっくり、楽しむとするか。








「それで?これはどうしたことじゃ」




「うふふぅ・・・知ってる癖にぃ」




わしは今、ソファに寝ておる。




「いや、それはわかるが・・・この状態じゃ」




体中を絹糸のようなもので縛られて。




どれほど飲んだ頃であったか、気付けばこの状態になっておった。


殺気のない行動は読みにくいが・・・それにしてもかなりの早業よ。


やはり、ミリィも只者でななかった・・・ということかの。




今日ここへ来た時から、こうなる予感はしておった。


いや、縛られることではないが。


男と女じゃ、こういう成り行きもあろう。




「私ねぇ・・・ちょっと困った癖があってぇ・・・」




言いながら、ミリィはわしにのしかかってきた。


顔にあるすべての目が、熱を持ったように潤んでおる。


酔いのせいか、それとも・・・




「『仲良く』するときに縛るの、好きなのぉ・・・」




しゅるり、と。


優雅さと妖艶さを兼ね備えるような所作で、ミリィの服が床に落ちる。




ほう・・・アラクネの裸とは、こうなっておるのか。


なんともまあ・・・




「美しいの、まるで女神じゃ」




人のような皮膚と、艶めかしい光沢を放つ皮膚。


柔らかそうでいて、硬そうでもある。


それに・・・ふふ、立派なもんじゃ。




「人族の癖にぃ・・・本気で言ってるのねぇ、嬉しい」




「はっは、ここまで来て嘘を言って何になる」




縛られたままのわしから、器用に服を脱がしつつ・・・ミリィが頬に舌を這わせた。




「・・・覚悟してよねぇ、ジュウベエ。前にも言ったけど・・・」




わしは『右手』を、糸から出してお返しとばかりにその上気した頬を撫でる。




「蜘蛛の夜は長い、か?」




「嘘ぉ・・・私の糸を、千切ったのぉ?」




驚愕に見開いた瞳のすべてに、わしの顔が写る。




「わしにも少し、困った癖があってな」




続いて左手を出す。




「きゃっ!?」




ミリィの背中に手を回し、強くこちらへ抱き寄せた。


存外に可愛らしい悲鳴じゃの。




「縛るのも、嫌いではない」




「んむ・・・ん・・・んん・・・♡」




濃厚な口付けを交わす。




『お、お邪魔しましたぁ~』




視界の隅で、天鼓が真っ赤な顔で壁の中に消えていくのが見えた。




「蜘蛛の夜と、わしの夜・・・どちらが長いか勝負といこうか」




すっかり火のついた瞳で、ミリィがわしにしなだれかかってくる。




さてさて・・・今晩は眠れるかのう。

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